この選択を後悔させないで
 吐き出したいけど、必死に食事を摂る。
 食べるのは自分だけのためじゃないから、──自分の腹に宿る、もう一つの命のために。銀時は今日も必死に食べようと努力をする。
 つわりと妊娠による味覚の変化で、あんなに大好きだった甘味も食べれなくなってしまったけれど。銀時の体調や味覚の変化など知らない唐変木は、銀時が喜ぶとでも思っているのか、今日も甘味を送ってくる。
「せめて、さ。さっぱりしたものが食べたいかなぁ……」
 独り言ちて、立ち上がると洗面所へ向かう。吐いたせいで汚れてしまった顔と服じゃ、心配を掛けるだけだ。口を漱いで、ぱしゃっと水で顔を洗って引き締め、服を着替える。
 癪だが高杉の着ている着流しは暗めの色で柄が濃く、銀時の好みではない。背の高さも違うので裾が短くなってしまう。愚痴ったら大きめの着流しも用意してくれるようになったが、高杉が選んでいるのか、着流しはやはり暗色で派手な柄ばかりだ。
 その中でもちょっと落ち着いた色の、藍色に天竺牡丹と蝶の柄の着流しを羽織る。柄はともかく、藍色は今はとんと見なくなった空のような色で、嫌いじゃない。
 襟元を整え、帯を貝の口にでもして結ぼうとしたところで再び吐き気に襲われてしまう。堪えて蹲っていると、頭上から明るい声が聞こえてきた。
「……銀ちゃん、つらいアルか?」
「──…神楽、」
 見られたくなかったのに、……タイミングが悪すぎる。神楽が来ることは知らされていたのに迂闊だった。
 どこかへ飛んで行ってしまいそうな神楽の腕を掴み、繋ぎとめる。
 心配そうに銀時を見つめる神楽の瞳の奥には、──怒気が宿っていたから。
「……俺は、だいじょ、ぶ、……だから」
「でも、……つらそうアル」
「平気だって。……ありがとうな、神楽」
「……」
 襟元を整えて、帯をぎゅっぎゅ神楽が結ぶ。蝶々結びのようだが、帯の結い上げ方もあまり知らないだろうから文句は言わない。襟元から見える、鎖骨や胸元にある欝血痕を隠す方が先決だ。──体の至るところにあるので、すべてを隠しきるのは困難だが。
 吐き気が治まり、落ち着いたのでにっこり微笑むと、安堵したのか神楽から怒気は消え、にっこり笑い返してくれた。久しぶりに会えて嬉しいのは神楽だけじゃない。
 本当は神楽だけじゃなく、新八や定春にだって会いたいけど、男だという理由で許可されなかった。なんじゃそりゃ。
 神楽に会うのだって何度も交渉した。文句も言わず、従順で言われるがまま、おとなしく高杉に嬲られてやったし拒絶もしなかったのに、許されたのはたった三十分だ。ちょっと短すぎない?
 神楽は神威の妹、ということで特別待遇のようだ。
 高杉以外の人と会話らしい会話をするのは久しぶりなので、もっとゆっくりしたいのに。
 頬へと伸ばされた神楽の手を、銀時の薄くなった腹へと導く。これから大きくなるだろうが、今はそこまで目立っていない。
「──ここに、ややこが宿っているんだ」
「ややこ?」
「……赤ちゃんのことだよ」
「あかちゃん! 銀ちゃんの赤ちゃんなら、とっても可愛いアル‼」
 ──ジャラリ、と足枷の鎖が鳴る。
 重くて邪魔くさいそれは冷たく、ひんやりと触れてくる高杉の手を彷彿とさせるが、反対に銀時の腹に優しく触れてくる神楽の指はとても温かかった。
 銀ちゃんが寂しそうに手を振っている。
 ──だって、銀ちゃんは足首を強固な鎖で繋がれてしまっているので、どこへも行くことは出来ないのだから。
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この選択を後悔させないで
初公開日: 2024年06月21日
最終更新日: 2024年06月21日
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