・お昼寝添い寝
 吐いたため息に欠伸が混じる。そのまま息を吸ったらそれも大きな欠伸に変わった。
 はじめは自分で制御できそうなのに、ある段階までいくと口が勝手に動いていくから人間の身体は不思議だ。
 がばりと開いた口が息を吸って、吐いて、おまけで目尻に涙を呼び出す。おかげですっかり集中力が切れてしまった。大典太は読んでいた書物を閉じる。
 次の出陣に備え、現地の歴史をまとめた資料を読んでいたのだが意外と集中していたらしい。お八つ時にはまだ早いが、昼食を終えてからの時間としては体感よりも進んでいた。
 ずっと書物に落としていた目を遠くにやり、腕を組んで上に延ばす。ついでに首を傾ければ、少々強めの音が上がった。
 ぼんやりしているとまた欠伸がやってくる。寝不足の認識はないが、この穏やかで静かな時間に訪れた誘惑は大層魅力的だった。
 今日は非番で、周囲の部屋の住人は出かけていて、何か急いでやらなければいけないこともない。絶好の昼寝日和。時には誘惑に身を委ねてもいいだろう。
 大典太はごろりと畳に横になる。尻に敷いていた座布団を枕代わりにすると、頭の高さもちょうど良い。「畳にそのまま寝ると体を痛めますよ」と頭の中の前田がたしなめるが、頭の中の声なので聞かなかったことにする。
 むしろいま布団を敷いてしまったら、そのまま夜まで寝てしまいそうだ。多少寝心地が悪いくらいがちょうど良いのだと自分を正当化する。
 目を閉じて、ただ周りの音に耳を傾ける。抜ける風が庭木を揺らす音や鳥の声、遠くから切れ切れに聞こえる人の声は、道場で手合わせをしている仲間のものだろうか。耳を通っていく音をぼんやりと聞いているうちに、意識もふわりと溶けていく。
 すっかり耳になじんだ音の中に足音が混ざって、大典太の耳はほんの少しだけ覚醒した。
 少し早足で規則正しいその音に、持ち主の顔が思い浮かぶ。隣の部屋の住人、最近恋仲になった水心子正秀のものだ。
 今日は馴染みの友と買い物に出かけると話していたからその帰りだろう。それならそろそろ起きなければと思うものの、寝付いたばかりの体はまだ覚醒を拒んでいる。
「大典た……」
 静かに空いた襖と共に呼ばれた名前は途中で切れ、少しの沈黙が落ちる。目を覚まして迎えてやりたい気持ちはあるものの、今はまだ眠気のほうが優位だった。
 こちらの様子を探っていた気配が遠ざかる。しばらくして、いつもより静かな足音と気配が近づいてきた。それがすぐそばまで来たと思うと、ふわりと何かが体に乗せられる感触がした。ほんの少し体が温かくなる。
 大典太に毛布を掛けたあとも、水心子が離れる気配はなかった。おかげでだいぶ意識は覚醒したのだが、今ここで起きてしまうと今度は逆に驚かせてしまいそうな気がして、大典太は半覚醒のまま寝たふりを続ける。
 放り出していた手が持ち上げられる。しばらく相手の手で遊ばれている感触がしたかと思うと、ややあって腕まで持ち上げられ、開いた隙間に何かが滑り込んできた。
 腕に触れる柔らかな髪と、ひそめた呼吸が服越しに伝わってくる。普段から高めの体温は、いつもより少しだけ高い気がした。
 
 
 
 もう少しだけ、おやすみ。
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0610夜のワンライ
初公開日: 2024年06月10日
最終更新日: 2024年06月10日
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コメント
書きたいとこまで書けますように