「断る!」
 朗々と響く声に、みかは紅茶をいれていた手をとめる。結局気になって、薄く開いたままにしておいたドアから隣の部屋をそうっと覗き込んだ。
 部屋の主はいつもどおり豪奢な椅子に腰かけ足を組み、さらには腕組みまでしている。向かい合っているのは先ほどここを訪れた女給さんだろう。その横には一応紹介人という格好の、眼鏡の青年がいる。
「まあまあ、宗くん、もうすこし話をきいてくれませんか?」
「だいたい青葉、君もよくもまあ堂々とこの家の敷居を跨げたものだね? その上僕になにをさせよういうのだ」
 興奮すると少しだけ声が高くなり、よりよく響くようになる。青葉がいつもの穏やかで少し困ったような顔でまた何か答え、宗がまた鋭く言い返した。当の女給さんは何も言わず縮こまっているようだった。
 みかは再び作業台に戻り、砂時計が落ち切ったのを確認して重たいポットをもちあげた。そろりそろりと紅茶を三杯分注ぎ、お盆にのせてゆっくりと歩き出す。ソーサーとカップが軽く擦れてかちゃかちゃと音を立てる。部屋に一歩入ったとたん「背筋をのばせ」とこちらを見てもいない人から指示がとんできて、びくっと手がゆれる。がちゃ、とひときわ大きな音が鳴る。お盆を覗き込んで、こぼれていないことを確認しため息を飲み込んだ。
「へその下を意識して、顎はひく。歩き方から教えてやらねばならないのかね?」
「んあ、はひぃ」
 言われた通り体のあちこちを意識して、若干ぎこちなく、彼らの方に歩み寄った。女給さんは相変わらず俯いているしこの部屋の主人はふんぞり返って背後のみかのことなど振り向きもしない。唯一、青葉だけが顔をあげ「あ、みかくん。どうも~」と穏やかに笑ってくれた。
「えと、お紅茶ですぅ」
 そうっとお客さんにソーサーを差し出す。彼女は伏せていた顔をあげ、こちらを見た。礼を言おうとした口が、だが途中でとまりみかの顔をまじまじと見つめてくる。あからさまに驚いた眼でみられ、みかは慣れているとはいえやっぱり不安になって、そっと目をそらした。
「あまり見ないでやってくれるかね」
 先ほどより幾分低い落ち着いた声がさしはさまれ、彼女は慌てたように顔を宗にむける。みかもその視線から逃げ出すことができて、ほっとした。三人分の紅茶をテーブルに並べ、ミルクとお砂糖壺もそえて、そろそろと宗の背後に立った。出しゃばらないように、口をださないようにと常々言いくるめられている。
【なにかあるときは僕の背後にいるように】
 そう命令されているので、だから、みかの居場所はいつでもこの人の後ろだ。大きな椅子の後ろに立つと相手の視線が遮られて、緊張がすこしだけ緩む。
「それで、どうしてそんなに驚くのだね」
 宗の言葉は先ほどのぶしつけな視線への問いかけで、みかとしてはたぶんこの両目の色が違うことが気持ち悪いのだろうくらいにしか思っていなかったのだが――それはまあいつものことだ――、彼女の答えは予想とは違った。
「あの――旦那様の人形に、その、よく似ていて」
「――――なに?」
 足を組み替える気配がする。みかは背後から彼らを眺めた。椅子に座った宗を見つめる女給はまだ二十代だろうか、若々しい見た目だ。肩に流れる黒髪をひとつにくくり、質素な服装に身を包んでいる。青葉とどういう関係なのだろう。
「彼女のつとめている鷺宮家の当主は、どうも骨董好きなんですよ。とくにアンティークドールも収集しているみたいで」
「先にそれを言いたまえ」
「だから宗くんに相談しにきたんですよ。それを話も聞かずにけんもほろろに怒るから、ほら、彼女もすっかり縮こまっちゃってる」
「ふん、その子が喋れないなら君が説明したらいいじゃないか、それで? ドール? 何年製? 製作者は?」
 先ほどのうんざりした口調とは打って変わって急に問い詰める調子になった宗に戸惑ったのか、いよいよ女給さんは口をまごつかせてしまう。みかは思わず顔を出し、ひじ掛けにのった彼の手に触れた。いつでもドールに触れられるよう、常に清潔な白手袋をしている手の甲だ。
「お師さん、ほんなたくさん喋ったらびっくりしてまうよ。なあ? えっと……おれに似たお人形さんが居るのん?」
「え、あ……はい」
 彼女が戸惑いながらうなずいて、宗は鼻をならす。青葉がとりなすように「それでですね」と続ける。
「その当主が先日亡くなられたんですよ」
「んあ、それはお悔やみ申し上げます」
「その死に方がどうにも自然死ではないらしく」
「……?」
 みかが首をかしげるので、青葉は「ええとですね、病死じゃないってくらいでとってください」と付け足した。宗は黙って紅茶を飲んでいる。
「原因は青酸カリじゃないかと」
「んあ、えっと、」
「つまり毒殺ですねえ」
「自殺かもしれないじゃないか」
 ここでようやく宗が口をはさんだ。毒殺、自殺、とますます物騒な言葉がならぶ。ようやく女給さんの沈痛そうな表情の意味がわかりかけてきた。主人が死んだのだ、しかも病気や事故ではなさそう。それは悲しい気持ちになるかもしれない。
「自殺ならまあそれでおしまいなんですけど、問題はその毒がどこに保管されていたかわからないということです」
「……んあ~?」
 ふたりの間では――女給さんも入れると三人か――話が通じ合っているのかもしれないが、みかはさっぱりわからない。首をかしげていると掴んでいた手が急に振り払われた。宗が首をひねってみかを振り向く。忌々しそうに眉をしかめたままだ。
「自殺であれば青酸カリをいれていた容器なり薬包紙なりが見つかるだろう。それがないということは誰かが混入させその容器を持ち去ったのではないかと言いたいのだよ、この男は」
「僕って言うか、警察がですけどね~」
「他殺なら犯人捜しは警察の仕事だ。僕は警察ではない。話はこれでおしまいでいいかね?」
「まあまあもう少しだけ」
 宗はそっけなく打ち切ろうとするが青葉はまったく気にした様子もなく自分のペースで話し続ける。女給さんはいよいよ困ったように肩をすぼめ、みかは話についていくのがやっとだった。
「最後に彼が飲んでいたのは紅茶だそうで」
 そう言われ、思わずみかは自分の淹れた三人分のカップを見てしまう。別に何の関係もないのに。
「その紅茶をいれたのが君というわけか」
 間髪入れず宗が言葉をひきとり、女給さんが泣きそうな顔で宗を見上げた。
「……私はなにもしてません」
「警察に言いたまえよ」
「いいました! でも、でも……ほかに毒をいれられる人はいなかったって」
 みかはおろおろと彼女と宗を見比べる。宗はもはや興味をなくしたように目を伏せ紅茶を飲んでいるが、あまりに薄情な態度に見えた。けれど、たしかに今の話のどこに宗が関係しているのか、相談相手に適しているのかは見えてこない。
(たしかにお師さんはなんでもお見通しってとこがあるけど)
 でも他人の家でおこった毒殺事件(うたがい)に首をつっこむほど好奇心旺盛でもお人よしでもないことは、青葉も十分わかっているはずだ。
「その御主人の骨董の趣味なんですけど、すこーしかたよっていまして」
 紅茶を飲んでいた青葉が、かちりと音をたててカップを置いた。
「なんでも、【呪いのドール】を収集していたようです」
「……はあ?」
 宗が、怪訝そうな声を出す。みかも思わず瞬きをした。呪いのドール? 
「なんだねそれは」
「当の主人は二週間前、それなりの値段を支払っていわくつきのドールを手に入れたようです。たいそうお気に召したのか自室に飾っていて、最近はそのお人形を鑑賞していることが多かったとか、客人にも自慢げに見せていたようですよ。ね?」
 最後は女給にといかけ、彼女はこくこくうなずく。宗は不機嫌そうに「呪いなんてあるはずがない」と吐き捨てた。
「そんなつまらない迷信を信じているような人間にドールの価値がわかるはずもない」
「そうですね、実際おうちのひとたちは気味悪がってさっさとそのお人形も手放したいみたいですよ」
「……ほう?」
 ここで、宗の声がすこし変わった。青葉は淡々と話し続ける。みかにも、なんとなく青葉の言いたいことが見えてくるような気がした。
「どうもその人形に呪い殺されたんじゃないかと不安になっているみたいです」
「つまり、その子はもうその家に不要ということなのだね?」
「でしょうねえ。けれどそれなりのお金を払っているみたいですし、なにより個人の遺品、というより証拠物件の一つですからそう簡単に手放せるものでもないでしょうし。警察もうんとはいわないでしょうね?」
 もはや相談者はおいてけぼりである。宗が足を組み替え、軽く身を乗り出した。青葉は相変わらずつかみどころのない態度でにっこりと笑う。
「事件が解決すれば、証拠も何も不要ですから、そのお人形がどこにあってもだれもなにも気にしないと思いますが」
「――気が変わった。いいだろう、僕の知恵をかしてやろうじゃないか」
 かつん、と指先でひじ掛けをはじき宗が足を組み替える。もう一度背もたれに身体をあずけ、目をふせ、ゆっくりと見開いた。みかはその横顔の美しさをぼうっと眺めてしまった。どんな時でも美しいひとだけれど、なにかに情熱を傾けているときがいっとうきれいな瞳をする。いまは、おそらくその人形の由来について、それを手元に置く算段について、知略を巡らせ始めたところだ。
(たぶん、お師さんにとって殺人事件とかはどうでもええんやろな)
 青葉が女給さんに「ほら、いったとおりでしょう?」と囁くのが聞こえた気がしたが、宗はまったく気にせず「先ほどの説明ではまったくたりない。可能な限り情報を細やかに適切に丁寧に述べたまえ」と宣い、それからみかのほうを振り向く。
「紅茶をもう一杯」
「んあ、はい」
 おかわりを要求され、みかはうれしくなってお盆を抱きしめた。
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探偵パロ
初公開日: 2024年05月13日
最終更新日: 2024年05月13日
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