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「カ・ン・ナ・ちゃーん!」
朝のHRが終わってすぐの自由時間。挨拶の直後に響いた自分を呼ぶ高い声に、カンナは大げさなくらい肩を揺らした。彼女はビビりな方ではないが、それでもそこまで驚いてしまうくらい声が大きかった。
「ごめんごめん、声大きかったね。こいつら群がる前にと思ったらつい」
言いながら、声の元凶である少女がカンナの方へ歩み寄ってきた。女子としては平均的な体格のカンナが少し見上げるくらいの彼女は、言葉の調子に違わず勝気な笑みを浮かべていた。落ち着いた感じだった先程の彼と比べると、瞳が力強く輝いている。
「こいつらって?」
「男子よ男子。カンナちゃん、まさか気付いてないの?アイツ等のフラチな視線!」
少女が態と声を張り上げつつ、こちらに視線を寄越している男子の団体の方をじろりと睨みつけた。途端、彼等はあからさまに嫌そうな顔をする。
「うわ、出たよ小姑」
「誰が小姑よ誰が!」
その内の一人が小声で呟いた言葉にも、少女は大越で返した。その男子は辟易したような顔をして、ふいと顔を逸らす。少女はふんと気に入らなさそうに鼻を鳴らして、カンナの方に向き直った。
「カンナちゃん可愛いし、都会っ子じゃん?田舎っぺの地味ィ~な男共からしたら、もうそれだけで格好の注目の的な訳!」
「そ、そうなの?」
「そうなの!うーん、天然で小動物チックなのも魅力的!でもそれは男共にとってもなんだよなあ・・・」
親指の爪を噛みながら、少女は不機嫌さを隠そうともせずにブツブツと呟く。カンナはよくわかっていないらしく首を傾げるしかない。彼女が困っている事に気付いたのだろう、少女はそれを止めて申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ごめんごめん、カンナちゃんには関係ないよね今の。あ、自己紹介!あたし斑目笑舞。気軽にエマって呼んで頂戴な」
「うん、エマちゃん」
素直に自分の名前を呼んでくれるカンナに、エマは喜びから満面の笑みを浮かべる。男性に対しては意地、と言うより敵意が勝つようだが、女性に対する態度は至って普通だ。先程は少し驚いたカンナだが、元より細かい事は気にしない性質なので、あぁいい人だ良かったくらいにしか思っていない。
「あはは、さっきは見苦しいとこ見せてごめんねえ。あたし男子が苦手ってか割と嫌いでさ。友達の彼氏とかについつい威嚇しちゃって、それで小姑なんて言われてんのよ」
「でもね~、そのおかげでクズ彼氏と別れられた人もいるし、悪いことばかりじゃないんだよぉ~?」
「ちょ、シズ!今そのフォローいいから!わざとらしくなっちゃうし、いやそうじゃないんだけど恥ずかしい!」
いつの間にか隣に立っていた友達らしき少女の言葉に、エマは顔を赤くし慌てて反論する。その様子がさっきまでと違い何だか面白く思えて、カンナはくすりと笑った。そんな様子には色々慣れっこらしく、シズと呼ばれたその少女はスルーを決め込んでカンナの方を向いた。
「うち今野静香~。シズでいいよぉ」
「シズちゃん!宜しくね」
「よろしゅ~。カンちゃん、慣れない事一杯で大変でしょ~。聞きたい事なんでも言いな~誰か答えてくれっから多分」
「相変わらず適当だよねシズ・・・。んまあ言う事には一理あるよ。聞きたい事今のうちに聞いて!」
二人にそう言われ、カンナは暫し考え込んだ。クラスの誰にも言っていないが引っ越しからは少し経っているし、街の構造も穴場でない限りは大まかには把握している。今更態々聞くような事も無い。であれば町の事ではなくこの学校の事、特に彼女達の事を聞くべきだ。そう直感した。
「あそこに座ってる彼の事、教えて欲しいな」
その思考を完全に無下にする形で、カンナの口から殆ど無意識に言葉が出た。あれ、と思った時には意外な疑問を食らった眼前の二人は固まっていた。間違えたと思い撤回しにかかろうとしたカンナだったが、それよりも先に盛大な椅子の倒れる音が教室に響き渡った。
「今アオイ君のお話した!?」
倒れた椅子をそのままに、かなり離れた場所にいたその元凶が凄い勢いでこちらに近付いてきて、カンナに詰め寄った。詰め寄ったと言うには彼女の瞳は爛々と輝きすぎていたのだが、詰め寄ったとしか言いようがないくらい顔が近い。カンナはビビりつつも首を傾げる。その仕草で冷静になったのか、少女が少し距離を取った。
「そーりー!推しの話とあってつい!私大西玲央奈、レオでOKヨ☆アオイ君を陰からじっくりじっとり眺めるだけのヘンタ・・・ファン兼オタクです☆」
「あーもう始まったよこの最悪にも程がある自己紹介」
レオのあんまり過ぎる自己紹介に、エマは呆れたように突っ込む。レオはシズと同様それをガンスルーし、話を続けた。
「あの人は英葵。2月9日生まれ水瓶座A型のクール無口型イケメンなの!」
「い、いけ・・・?」
カンナが戸惑った様子でオウム返しする。確かに、一瞬見えた顔は前髪越しでも解るくらいには整っていた。そこは認めるがレオの勢いが強い。
「そ!でも無口だからね、私生活の事は全然わかんなくて、色々噂も立ってるの。不良と仲良くしてるとか」
「ヨネダと仲良いだけよ、それは」
「それも少し話してる姿しか目撃されないくらいドライな間柄だしぃ、ま~デマだわさ」
レオナの情報にエマとシズとがフォローを付け加える。先程男子は嫌いだと言ったエマだが、アオイにはあまり悪感情を抱いていないらしい。
「ま、そこがミステリアスでいいんだけどね!」
「出たよ。ホントわかんないな~その感覚」
「こら~、アオ君が影で女子に人気あるのが気に入らないからってぐちぐち言わないのぉ」
「わかってるわよもう」
シズの怒る気の微塵も無さそうな窘めに、エマは頬を膨らませつつも従った。先程の言動からしてもこの態度自体は改めたいとおもっているのだろう、とカンナは解釈する。
「しかし、入学早々彼に目を付けるとはお目が高いですなカンナ氏!どうどう?一緒にファンクラブ作らない?」
「お金ないからいいかな!」
「断る理由それ?ってかまだできてなかったんかい」
二人の天然な台詞に対し、エマが素早く突っ込みを入れる。しかし二人、特にカンナは何が可笑しいのかあんまりわかっていない様子で、首を傾げるばかりだ。そんな所も可愛く思えてしまうのだから本当にエマとしては面倒くさい。
「まあでも、アイツ人との接し方はあたし同様難ありだけど顔はいいからね。初見の人が興味持つのもまあ・・・よくあるし」
「不服そうで草。まあ顔いい人が起こす当然の事象ですよねわかります」
「あーもううるさい!あたしで遊ぶのいい加減やめて!?」
ぎゃいぎゃいと盛り上がる三人(シズは途中からフェードアウトしているが)を微笑ましく思いつつ、カンナはその三人の後ろ、先程指した彼の方に再度視線を向けた。彼女達のみならず教室中かなり騒がしいのに、彼は我関せずといった様子で静かに眠っている。
規則正しく上下する背中から、余程深く寝入っているようだ。硬い机というどう見ても眠り辛いだろう状態なのに、少し揺すったくらいでは目を覚ましそうにない。
(ミステリアスって言うには、ちょっと可愛すぎるような・・・)
そのギャップも面白くなってきて、ついつい笑ってしまいそうになるのをカンナは堪えた。どんちゃん騒ぎが一端落ち着いたエマがそれを横目に見て、同じようにアオイに視線を寄越す。
「アイツ、授業中以外はいつも寝てんのよね。一体夜中何してんだか・・・」
「あーっ!そうだ、夜!エマ、教えとかないといけない事もう一個あったじゃん!」
「そうだった!わーっどうしよう、あとちょっとで始業式・・・。ええいとりあえず大事なとこだけでも!」
エマがバン、とカンナの机を強く叩いた。またカンナがびくーっと肩を跳ねさせたが、それを謝る余裕も無いらしい。そんなに重大な事なのか、とカンナは生唾を飲む。
「カンナちゃん、猫鬼に気を付けて」
「み、みょうき・・・?」
「この町の都市伝説!病魔を振りまき人を襲い心臓を抜く――猫の鬼よ!」
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猫鬼。それは病を引き起こすとされる鬼の名。猫の頭と人の身体を持ち、大日如来を左手に病人を襲うとされる――正直よくわからない妖怪である。
それもその筈、猫鬼は鎌倉時代の書物にほんの少し残っているレベルの超マイナー妖怪なのだ。それなのに、今何故かその猫鬼がこの天降町で都市伝説と化していた。その理由の仔細を、カンナは始業式後にエマ達から教わった。
曰く、この町に猫鬼が出現し始めたのは数年前からのようだ。猫鬼は必ず夜に姿を現し、人を襲うのだという。暗闇の中瞳を怪しく光らせ、全身や凶器の長い爪の殆どを真新しい返り血に染めて、にたりと笑いながら人間を殺すべく迫って来る。追いつかれたら最後、心臓を抜かれて死んでしまうとされている。
普通ならただの安い怪談だと笑われるものだが、この町でその存在を疑う者はほとんどいないという。何しろ、目撃証言が余りにも多いのだ。夜間に外出した者の7割が目撃すると言われてしまう程、猫鬼はこの町に出現していた。実際、数日前にも彼女らの友人が襲われている。幸い怪我も無く逃げ帰る事が出来たが、あまりの恐怖から学校にも来れず引き籠っているという。
――だから、この町で夜中に出歩かないでね!絶対!——
エマはもしかすると、都会っ子は皆夜遊びしている、という認識をしているのかもしれない。そう薄々感じつつも特に何も突っ込まないまま、カンナは一人17時の明るい帰路を歩いていた。
あの後、カンナは彼女達3人を含む女子数名とカラオケに行っていた。無論男子禁制。まさにエマが言った通りの理由でカンナに群がろうとした男子達は悉く撃退された訳だがそれはさておき。始業式後だったので4時間くらいカラオケをした事になるのだが、彼女達は幾ら田舎でも高校生には早いのでは、となる17時には解散した。この態度が噂に更なる現実味を齎す。
だが、カンナには不思議に思う事があった。彼女達の話を疑っている訳ではないのだが、一方で矛盾を感じていたのだ。
それは、目撃情報が多い割に噂が曖昧な事だ。目撃情報が多いという事は、当然ながらそれだけ多くの人が猫鬼を目撃している事になる。目撃者が増えれば増える程、それの正体や行動ははっきりする筈なのだ。——本来なら。それなのに曖昧なのだ。
理由として考えられるものは二つ。一つは目撃した者が犠牲になっている可能性だが、目撃情報が多いことが判明している以上これは無い。死人には口など無いのだから。であればもう一つ。——実体の伴わない噂だけが独り歩きしている可能性。これしか考えられない。
「本当に猫鬼さんは悪い妖怪なのかなあ」
とはいえ、カンナは別に猫鬼の目撃者ではない。多少思う所はあっても指摘できる程の根拠など持ち合わせて居なかった。それでも、彼女の感情としては信じたいと思ってしまう。その理由は、彼女の家の中にあった。
少し古びた祖父の家——今は自分達の家だが——の前に立つ。慣れた場所ではないのに、何だか懐かしい香りがした。心地の良いその香りを軽く吸い込んで、玄関をがらりと開く。
「ただいまー!」
廊下の奥の方に届くように、カンナが声を張り上げた。すると声が消えた先、廊下の先に見える扉がゆっくりと開かれる。靴を脱いで揃えてからカンナが振り向くと、扉を開けた者がその視線の先へと姿を現した。
「にゃー」
それは、目に傷のある猫であった。雄のアメリカンショートヘア推定2歳。子猫時代に瀕死の所をカンナに救われた元野生の個体である。名はスカー。二度と消えない傷をそれでも受け入れ、誇りとして名乗れるくらい強く生きて欲しいという願いからカンナがつけたものだ。
尻尾をゆるく揺らしながら、スカーがカンナを出迎えるようにその足元に近付く。それを追いかけるように、半開きの扉からスカーより大きな何かが飛び出してきた。
「おねーちゃ!」
その速度はまさに弾丸。先に出てきたスカーを歩幅の差もあってあっという間に追い越し、カンナの腕の中に思いっきりダイブした。慣れっこだったカンナがちゃんと受け止める態勢を取っていたからいいが、そうでなかったら転んだり玄関にぶつかったりで怪我必至の勢いである。
「こらカグラ、危ないよ」
「だって、おねーちゃがおそいんだもん!」
「ふふ、ごめんね。スカーも待たせちゃったね」
「にゃお」
スカーが気にするな、という風に短く鳴き、くるりと踵を返して元居た方へ戻って行く。カンナもそれに続いてリビングに入るべく、カグラを放して先に戻るように伝えた。カグラは元気よく頷き、奥の方へとたとたとかけていく。それを見守ってから、カンナも足を踏み出した。
――チリン。
鈴の音が鳴る。カンナの鞄に括られたお守りの、紐についた小さな鈴が揺れて鳴ったのだ。音は小さすぎて殆どカンナに聞こえてはいなかったが、それが何かの合図のようにカンナはふっとある事を思い出して、後ろを振り返った。
「おいで」
カンナの優しい声に応えるように、玄関の扉の中央辺りが突然円形に白く染まった。——否、違う。扉をすり抜けて来たのだ。先程のスカーより少し小さい子猫のようなものが。白い布から黒い耳と尻尾を生やし、丸く愛らしい目をカンナに向けている”ナニカ”が。
「おかえり、てるちゃん」
カンナが声をかけるが、”それ”は特に何も反応を返さなかった。カンナはそれを気に留める事無く、リビングの方へ歩き出す。”それ”は廊下の床の高さまで猫のように飛んで、カンナの後を静かについて行った。
本日はここまで。
多分3000字くらい書けた・・・かな?
ではまた今度!
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天使が落ちた町①
初公開日: 2024年05月05日
最終更新日: 2024年05月06日
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◎用意中の新作オリジナル作品
・空白の盃5話
・テイルズオブミュウミュウ
・王夢転生ネタ3話
・その他リクエスト
一応一番上の奴からやりますがリクエストあればそちらを優先します
今回音声での会話は難しいですがコメントでの質問などには応じます
というかお話したいので一杯下さ(