4月という物は大変らしい。しんねんど、というものがあり、しんしゃいんという者どもが入ってくる。そのせいで水木は大層お疲れのようであった。お疲れの水木には大層悪い相が出ており、もちろん顔色も悪く、おかげで、身体を重たくする妖怪なども大量に引き寄せておった。
「そういう時にこそ、菖蒲湯じゃ」
「あぁ、端午の節句だもんな」
「それも、ある」
「も?」
水木が新しく入れてくれたバランス釜という便利な風呂を沸かしながら、商店街で安売りしていた菖蒲の葉を湯の中に埋める。青々としたその真っ直ぐな葉は爽やかな香りを放ち、ぴんと背筋を伸ばしていた。
「菖蒲の葉には魔除けの効果があるんじゃ!」
菖蒲の葉は真っ直ぐに伸び、まるで剣の切っ先のような形をしている。また、そのかぐわしい香りは魔を払う力を持っておるので、疲れの溜まったときは菖蒲湯にゆっくりと浸かるのが良いとされている。そういったうんちくを水木に熱弁すれば、あっという間に水だった湯船の中がお湯に変わる。バランス釜というやつは本当に便利じゃ。ぐつぐつと煮えたってしまう前に火を止め、はようはようと水木を急かして互いに素っ裸になる。
「何だ、ゲゲ郎お前も一緒に入るのか?」
最新のバランス釜といっても、水木の給料だけで買えた物だ。謙虚なサイズのそれは二人で湯船に入るには少々狭かったが、しかし、菖蒲の葉で魔を避けるならば共に入った方が良いだろう。ついでに肩でも揉んでやると言えば水木はなるほどと納得して大人しくかけ湯を始めていた。
互いにさっと身体を洗うと、じゃぶんと湯船に身体を沈める。前方に膝を抱えて小さく座る水木の後方にワシが足を広げて入ればどうにか大男二人でも湯船に肩まで浸かることが出来た。
湯に浸かって少しくたっとしなびた菖蒲の葉を持ち、ぺちぺちと水木の肩を叩き払う。ふんわりと漂う湯の香りと菖蒲の香り。菖蒲の葉からしたたる清められた水滴。水木の両肩に乗ってこちらを眺めていた妖怪達は居心地が悪そうにすごすごと退散していく。それを見るとも無しに見ながら、ワシは「どうじゃ?」と水木に尋ねてみた。
「なんか解らんが、すごく肩が軽くなっていく気がする」
「そうじゃろ?」
ふふふ、とワシが笑うと、水木がとん、とワシの胸に背をもたれてきた。胸の傷跡の辺りにしつこくひっついていた妖怪もぺちぺちと菖蒲の葉で払ってどけさせる。大分小さくなった疫病神だった。
「ゲゲ郎は、すごいな」
「なんの。菖蒲の葉のおかげじゃよ」
「いや。ゲゲ郎はいつだって俺の気持ちを和らげてくれる」
こてんと倒された水木の頭がワシの首筋に寄りかかる。どくどくと脈打つワシの鼓動がもしかしたら水木の耳にも届いているのかもしれない。温かな湯の温度と、それよりもずっと温かい水木の背中。互いに一糸まとわぬ姿だと思ったら、急に、ドキドキと胸が高鳴ってしまう。上目遣いに見上げられる水木の青い瞳。
ぽちゃんとどこかで水滴が垂れた。それが切っ掛けだったかのようにワシは思わず、水木のその薄い唇に口付けていた。
ちゅ、ちゅ。
軽い口付けの音が小さいはずなのに風呂場ではよく響く。
とろんと蕩けた水木の瞳の奥に湯よりもずっと熱い欲のような物を見た。最近はずっと水木が疲労困憊していて出来ていなかった夜の営みをもしかしたら今夜こそ出来るのかもしれない。
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スパコミ無配
初公開日: 2024年05月16日
最終更新日: 2024年05月02日
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菖蒲湯に入る話