わたしの家は、グリダニアの外れで養蜂を営んでいる。
どれほど昔からなのかは定かではない。唯一由来を知っていそうな祖母も昨年の冬に亡くなった。もしかしたら、数代前に移り住んだ程度の歴史なのかもしれないが、我が家に代々伝わる運動神経の拙さと、どこかのんびりと下がった眉、おもたげに下がった瞼を考えれば、どこにいても大して変わらない暮らしをしていただろう。チョコボを飼うとか、畑を耕すとか、地面にへばりつくように生きていたはずだ。
それは、わたしにとって悪いことではなかった。両親にとってはどうなのだろう。言葉少なな家族だから聞いてみたことはないが、少なくとも双子の弟だけは同じだと断言できる。生まれたときから、糖蜜漬けのパイみたいにくっついていた。もとは別の生き物だったかもしれないが、ベタベタと分かちがたく、甘ったるいが口には優しい。
わたしたちの暮らしは良く言えば穏やか、悪く言えば単調だ。季節のうつろいに合わせて咲く花は変わるものの、グリダニアはつねに穏やかな気候であるから、蜂も蜜を集めるのに困らない。だが、なんといってもブラッドカーラント! あの低木に白く小さな花がぽつぽつと見えはじめる、あの季節はなによりも待ち遠しい。蜜を取れるだけではなく、甘酸っぱい赤い実まで生るというのだから、森の民につごうのいい植物だった。
ジャムにするために果実を摘み、父の目を盗んでつまみ食いして、指の先を真っ赤に染める。その楽しみを夢見ながら、現実のわたしたちは黙々と巣箱から巣枠を取り出す。ナイフで蜜ふたを切り取り、分離器にかける。ハンドルをゆっくり、ぐるん、ぐるんと回すたび、とろりとした黄金の蜜が溶け出し、季節はめぐり、わたしたちはひとつずつ年を取る。
蜂蜜は瓶詰めして綺麗にラッピングし、荷車に積み込んで街へ出荷する。年頃になっても街に興味がなく、森ばかり走り回っていたのがわたしたちの常だったが、このときばかりは別だった。この仕事を手伝えば、帰りにマーケットで好きなものを買える。本や、花や、こまごまとした飾り物、お菓子、果物、とにかく素敵なものが手に入る。すばらしい仕事だ。
わたしたちはいつだってその役割に手を上げていたが、続く長雨の中仕事をしたせいで、わたしはその日、熱をだしていた。だから父と弟だけが、街に向かったのだった。とはいえ、身体が資本の仕事をしているのだから、夕方ごろにはわたしはケロリと回復して、帰りがおそいねえなどと呑気に話しながら、母とふたり向き合って、クルザスカロットの皮をむいていた。
臭み抜きをしていたマトンのロインを切って、ワイルドオニオンの皮をむき、小麦粉を準備したあたりで(おわかりだろうが、今日の夕食はマトンシチューだ)、わたしたちの慎ましやかな家の扉が、バタン! と音を立てた。
戸口に立つ弟の目は、獣のようにらんらんと輝いていた。
ねえ、知ってた? あの人、英雄だよ! 今日、いたんだって。街に、グリダニアに! グリダニアの冒険者ギルドに登録してたんだって。そう、最初に登録したの、この街なんだって! 俺は見れなかったけど、レフルガンのやつが見たんだってさ! すごかったらしいぜ、歴戦のツワモノって感じで……武器とか見てみたかったな、きっとおれのみたいに木製の柄とかじゃないのだけはわかるな、ってレフルガンのやつと話してたんだ。あ、そうそう、みて、この肉。あの人がしとめたっていうバッファローの、いいところをもらってきたんだ。大変だったよ、あんまりにも大きいからさばききれなくてさ、父さんと手伝ってきたんだ。ごめん、遅くなって。父さんはいま、おとなりさんにおすそ分け中だよ。あれ、今日ってシチュー? ちょうどいいじゃん、これ、サーロインだよ! そのまんま焼くのもいいけどさ、かわりに入れようよ。……あれ、こんなところに血がついてる。ごめん、母さん、洗ってくるからさ、石鹸取ってよ。バッファローの血ってきれいに取れると思う?
* * *
(わずかなノイズ音、レコーダーのスイッチを入れたと思われる。虫の音が遠くに聞こえるが、それ以上の情報は読み取れない。歯切れのいい男の声が続くが、位置の関係か、音は途切れている)
『――さんの話をお聞かせ願えませんか?』
はあ、懐かしい名前さね。
数十年前に飛び出したきりの弟の名前をこんなところで聞くとは思わんかったが、なんの用だい? こんなさびれた、集落と呼ぶのも烏滸がましい場所に。偏屈な爺いと婆あしかいないってのに、あんたみたいな若者がよく来たもんだ。
『ご存知ありませんか、―――年前に、――』
へえ、……とうとうくたばっちまったか。まあ、往生したんじゃないかね。しぶとく生きたもんだ。どこかのギルドで働いてたかなんだかだと思っていたが、話ってなんだい、借金でもこさえたか?
『いえ、―――』
あの英雄の回顧録? おい、何冊目だ、飽きないね。しかも、うちの弟なんて大した関わりもないはずと思うがね。あんた、ガセネタつかまされたんじゃないか。誰から聞いた? ウルダハの商人の言うことなら聞くもんじゃないよ、わたしも昔に痛い目を見た。
『今回の回顧録は、――足跡の中心ではなく、―――』
ははあ、都会の人は難しいことを考えるね。まあ、変わった趣向でも、出せば出すだけ売れるってなもんか。税金やらの話をするよりよっぽど耳に優しいってなもんだね。はいはい、市井のものらしく答えてやろうじゃないか。
とはいえ、なんも面白いこたないよ。ガセネタだって言っただろ? まあ、街を飛び出したあとになにかしらあったのかもしれないが、あれきり疎遠でね。わたしと言えば、変わらず同じ仕事をして、腰を痛めて引退しただけの、ただの老人だよ。
弟は、あの英雄に出会った日から変わっちまったのさ。直接見たわけでもないのに、のぼせ上がったもんだよ。いつか自分も冒険して英雄に出会うんだって、採蜜の仕事をしてもどこか呆けたままさ。まあ、田舎暮らしのノロマだってことを自分でわかったのが利口だったね。それを知るまでに腕と足が一本ずつ必要だったが。ありふれた話だよ、あの英雄にあやかった名前の子供ぐらいにね。
さて。これ以上詳しいことを聞くなら、街のやつに聞いたほうがいい。連絡先を書いてやるから、とっとと行くんだね。日が暮れっちまう。
……おい、あんたはなんでこの仕事をしてるんだい?
『――年前に、私は―――で英雄に助けられて、―――』
(ノイズ音。一度録音を切ったと思われる)
『すみません、――で、――』
はあ、なるほどね。あんたが自分の記録を書いたほうがおもしろいんじゃないかい?
いやさね、同じ目だなと思ったんだよ、弟と。
終末の災厄だかなんだか知らんが、わたしにはあの英雄もたいして変わらんよ。救われたことは感謝してるがね。ただ、人知が及ぶものでもないって意味では同じってものさ。気まぐれにやってきて、なにごともなく去ることを祈る。嵐が過ぎた後に、フェアリーアップルがおちてたら儲けもんだ。その程度さね。
おい、灯りをつけんどくれ。この老体の目にはまぶしすぎる。