エウレカ!
 思わずそう叫びだしたとて、誰も星を責められはしまい。椅子を蹴り出し、茶器を放り投げなかっただけ褒めてほしい。
 世紀の大発見だった。それを星にもたらしたのは、星槎海中枢の人気店・不夜候にて、隣のテーブルで仲睦まじく話し込むカップルだ。人の話を盗み聞きしようと思ったわけではない。ひとえに、品書きを最初から最後まで三回捲っても決断に至らなかった星が、二人のテーブルの上に置かれた見たことのない菓子を凝視していたせいである。
 彼らは互いに可愛らしくラッピングされた贈り物を取り出し、ひとしきり感謝を述べながらもテーブルの上で指を絡めるフェーズに入った。星も贈り物の影に隠れてしまった菓子を見分するために椅子の上で体を傾ける作業に忙しく、見かねた店員が声を掛けるまでそれは続いた。
 店員の丁寧な説明を受けて、ようやく棗なつめと牛奶ミルクの桃膠とうきょうに心を決めた星の耳に、彼らの話が飛び込んできた。そういう具合で、盗み聞きではないということにしていただきたい。兎に角、彼ら曰く、それはお付き合い三ヶ月の記念の品らしい。包み紙を開けて歓声を上げている。そのノリで互いに贈り物を渡していて財布は大丈夫なのか? と星は内心首をかしげたが、その直後の会話に衝撃を受けた。
「嘘、この間ショッピングに行ったときの……覚えててくれたの?」
「そりゃ、愛する君の言うことだからね」
 愛。
 愛!
 稲妻のような天啓であった。その単語は、ここ最近星の頭を悩ませていたベリタス・レイシオがもたらす行動の理由に、パチリと音を立てて嵌まった。点と点が線でつながってしまって、首をかしげていたエピソードが芋づる式に腑に落ちたのだ。
 とある日のことである。
 星穹列車のパーティ車両を訪れたレイシオは、紙袋を手に下げていた。星が問うと、スターピースカンパニーの提携先の企業が製造し、後日発売を控えた新製品の菓子の詰め合わせとのことである。夢獏よりも厚みを持った紙袋を、レイシオは差し出しながら言った。
「人の胃袋とカロリー摂取量には限界がある。星穹列車で処理してくれないか」
「え、いいの?」
「悪いと思うなら、謝意をこちらのアドレスに送ってやってくれ。僕が辛口の感想を述べるより、名だたる星穹列車の面々の優しいコメントのほうが先方も感謝するだろう」
 星は菓子の詰め合わせと、提携会社の連絡先が示された名刺を受け取って、星穹列車ファミリーのみんなで喜んで食べた。姫子がきっちりとビジネスメールを送信した結果、後日正式に発売された菓子のパッケージには『星穹列車の皆様も絶賛!』のキャッチコピーが踊っている。企業のやり方に星が感心したある日、姫子は星を呼び寄せて聞いた。
「ねえ、星。ちょっと相談に乗ってもらっていいかしら?」
「姫子が私に相談?」
「Dr.レイシオからこの間頂いた菓子折り、発売された製品を見たら結構な値段のものでね。さすがになにかお返しをしたほうがいいと思うんだけど……なにか思い当たるものはある?」
「うーん」
 レイシオが欲しがりそうな貴重な本。星にはなにが貴重なのか検討がつかない。
 好きな食べ物、知らない。
 筋トレグッズとかはひと通り持ってそう。
 ここはやっぱりお風呂関連だろうか。入浴剤詰め合わせとか、無難かも。
 星はその結論を姫子に告げ、二人で端末を覗き込んでネットショッピングを楽しんだ。後日、姫子のもとにレイシオから謝意を述べるメッセージが届いたそうだが、星にも連絡が入っていた。
『アドバイスは君が?』
『うん』
『悪くない』
 
 星は、おお、と驚いた。最大級の賛辞だ。
 そこで話が終われば話は早かったのだが、レイシオからの謎のお裾分けは定期的に行われた。そりゃあ、スターピースカンパニーともなれば提携企業は星の数ほどいるだろうし、届けられるものはどれも一級品なので悪いことではない。返礼品を選ぶネットショッピングに勤しむたびに頭に疑問がかすめるものの、喉元すぎればなんとやら、毎回スッカリ忘れていた。
 だが。
 ここで時間軸は冒頭に戻る。不夜候のテラスで星は呆然と突っ立っていた。周囲の視線を集めているが、星はそれどころではない。
 もしかしたら、毎回姫子だけじゃなくて、自分に連絡してくるのは。さり気なく『前回好きだと言っていただろう』云々言いつつ菓子を取り揃えてくるのは、なぜか菓子の袋に一緒に本が入っていて、さり気なく次回会って話す約束を取り付けられているのは、ひょっとして、そういうこと?
 そこで星は今度こそ駆け出して、新作菓子を食べそこねたことに気づいて出戻りした。しっかり桃膠を味わい、馴染みの店員に信用ポイントを払って、星穹列車に戻って、なのかの部屋に飛び込んだ。
「なの! 助けて!」
* * *
 結論として、なのかの意見はあんまり参考にならなかった。
 そりゃあそうだ。恋とか愛とかに経験のない二人が集っても、せいぜい漫画だかアニメだかしか参考にするものがないのだ。記憶年数が互いに短すぎるふたりである。でも、じゃあ確実なところとしてヨウおじちゃんを呼ぶかといえば、さすがに気恥ずかしい。
 ピンクと白の雲に浮かんだような、可愛らしい部屋の窓際で、ぬいぐるみを抱き込んで星は唸った。なのかも唸った。巨大なパムのぬいぐるみはなのかのお気に入りだが、今日ばっかりは文句を言われなかった。互いに慣れない問題で頭がいっぱいだったのだ。
「でもさ、アンタにしては煮え切らないよね。いつもだったらこう、かっ飛ばす勢いでどうにかしちゃいそうなのにさ」
 考え疲れたなのかが紅茶で喉を潤しながら告げた素朴な疑問に、星は膝を抱えながらモゴモゴと言った。
「だって、どれが本当にあったのか、わかんなくて」
 星がいちばん途方にくれているのはそこだった。
 ピノコニーでの開拓の旅を通して、星はレイシオと親しくなった。
 レイシオの脳を刺激する体操のために、お題を求めるやりとりは端末に残っていた。だから、そこまでは多分、本当のことだ。ヤリーロ-Ⅵの現状について、相談をしたり個人的に指導を受ける中で、数回直接会って話もしている。大事にしたい、いろんな約束もできた。
 エナが描いた夢は、シャンパンに浮かぶ泡が弾けるように、現実と混じり合ってしまった。星がピノコニーで垣間見たあらゆる可能性は、実際にあったり、なかったり、映画の編集のように継ぎ接ぎされている。仙舟の壮麗な船団が実際には来ていなかっただなんて、星には未だに信じられない。
 あれって本当にあったこと? なんて確認するには出来事が多すぎた。ホテル・レバリーのロビーでココナの話をしたのって本当? 黒板の前でふたり話したときに見た、あのこめかみの傷は本当にあるの?
 どれも星にとっては大切な記憶で、得難い瞬間だ。どこまでがエナの夢なのか言葉に詰まる。なぜだか、ちょっと寂しい気持ちもある。どう考えたって、レイシオのせいじゃないのに。
 そんなこんなで複雑な心境の星は、レイシオへの態度を図りかねている。
 シリアスモードで黙り込んでしまった星の前で、空気を読まずになのかが首を傾げた。
「あれ、でもそれって、相手もなんじゃないの?」
「え?」
「向こうもピノコニーにいたんでしょ」
 星はパムのぬいぐるみから思わず手を離した。
 その通りだ。星が夢の記憶を持っているように、レイシオだってなにかしら、実現しなかった泡沫うたかたの記憶があるはずだ。つまり、星が知らなくて、レイシオだけが知っている『夢のなにか』が、この妙な態度の原因だったとしたら?
 星は唸った。話がさらにややこしくなった。もしかしたら、万が一にもないだろうが、星が感じているような寂しさをレイシオも感じているかもしれないし、レイシオなりの親しみを持つような何かを夢の中の星は提供できたのかも。星は頭を必死に回して考え込み、しばらくしてから髪をかき回した。
「わかんない!」
「あーあ……」
「様子見。決めた。もう寝る」
 現状維持。
 結局それくらいしか、星に取れる手段はないのだ。そもそも、あの教授がなにかを意図して行動していて、その流れに逆らえる人間なんているんだろうか?
 星はパムのぬいぐるみを抱き込んで目を閉じ、収まりのいい姿勢を探してモゾモゾと体を動かす。部屋を占領されかかっていることにようやく気づいたなのかは、小さく悲鳴を上げた。
* * *
 まな板の上の鯉の気分で、星は次の約束の日を迎えた。
 何事もなく終わった。何事もなく、というのは、雑談したり次の本を貸し出したりまた次回の約束を取り付けられていたりという疑惑の行動まで含めて、である。
 レイシオ当人の様子と言えば、それはもう聡い教授のことで、顔を合わせた途端に面白そうに片眉を跳ね上げて、それで終わりだ。星が気づいたことに、レイシオも気づいた。二人の間の諒解といえば、それで十分だった。
 そもそも、別に嫌なことがあるかと言われると、そうではないのだ。もらえるお菓子は美味しいし、話は面白いし、別に嫌いな人ではない。むしろ楽しい。ただ、星が一方的にぎこちなさを覚えているだけだ。星穹列車のみんなだって、なのかが若干ニヤニヤしているだけで、みんな快く送り出してくれる。
 そんな感じで先日、レイシオの研究室に遊びに行ったんだけどおかしいかな、と星の知る限り一番真面目に答えてくれそうな符玄にメッセージを送ったら、呆れた表情のスタンプだけが返ってきた。
 そんなこんなで現状維持を決め込んだ星と、未だ思惑の知れぬレイシオの間には、いつの間にやら、妙な緊張感が漂いはじめた。
 でも、ふしぎなことに、嫌なものかといえば、これも、やっぱりそうではない。
 人の間にある緊張とは、つまるところ、互いを注視することだと星は思う。一挙一動を見つめ、その兆候と意図を見逃さないようにすること。居心地の悪さがあってもおかしくないものだが、鋭い目線を感じることが、そんなに嫌ではないのだ。
 こんなことがあった。星穹列車を訪れたレイシオが、みなを交えて話していた時。別れ際に、楽しい時間はあっという間ね、と姫子が告げて、あ、これって相対性理論だと星は思った。前にレイシオに教えてもらったやつ。思わず顔をあげて、顔を探す。目線がぱっと絡む。ニヤリと笑ったレイシオに、星も思わず笑った。このくすぐったい喜びはなんというのだろう。
 ヤリーロの雪原で見かけた、野生動物を思い出す。じりじりと回りつつ、距離を伺う二匹の雪豹。飛びかかるタイミングを伺っているのか、互いにふいと離れるのか。あの二匹は、結局どうなったんだっけ。星はその結末を覚えていない。
* * *
「次は、どこかに、出かけない?」
 くっきり、はっきり、一単語ずつ区切るように星は言った。
 その一言を発するにあたり、星はしばらく考えた。さり気なく誘うなんて上級者のふるまいは絶対に無理だ。無様にぎこちなくなるぐらいなら、潔く言ったほうがまだ自分らしい気がする。なので、ある日の別れ際、星はそう勢い込んで切り出した。
 星穹列車のラウンジで、星に背を向けて帰り支度をしていたレイシオは、くるりと振り返り、星の目を正面から見返した。暗黙のうちにふたりの間に横たわっていたラインを、星から一步踏み越えている。
 永遠に思える数瞬が過ぎて、レイシオはあっさりとひとつ頷いた。
「わかった。スケジュールの候補を後でいくつか送る。君も忙しいだろうから無理はするな」
 それだけ告げて、レイシオはさっさと帰っていった。
 星はふらふらと列車の壁に身を預けた。そのままその場に座り込みかけて、気合を入れなおし、足をしっかり地面に付けた。これは遠回しな最終確認で、日程が合わなかったら、たぶん次はない。
 その日の夜、レイシオからいくつかの日程が送られてきた。星は即座に返信しかけて思い直し、星穹列車のみんなに何度も入念にスケジュールを確認して、絶対に何事も起こらなそうな日を慎重に選定してから返信した。返信にはまもなく既読が付いて、了承の意が短く帰ってきた。
 じりじりと時は過ぎ、眠れぬ夜をいくらか過ごして、ようやっと迎えた当日。
 待ち合わせは、星がレイシオの第一真理大学にある研究室を訪れる形になった。ゲストパスをもらい、顔なじみの助手先生が先導する間も、星は自分の『ふつうの顔』を思い出すのに必死だった。何度目かに袖を通すお気に入りの普段着の襟元を、なんとなく整える。
 研究室のドアを開けると、レイシオは居室のソファに座り、黒いシャツに薄手のニットを合わせた見慣れぬ姿でキーボードを叩いていた。星の姿を認めると、眼鏡の奥の片眉を跳ね上げる。
「意外だな。違う服を持っていたのか」
「そういえば、あんたの前で着るの初めてだね。星穹列車ではシフト制が導入されたんだ。お小遣いが手に入るようになったから」
「労働の喜びが理解できたか?」
「あんまり」
「だが、自由になる金銭があるのは良いことだろう。選択の自由が生まれる」
「それは、そうかも」
 そこで、レイシオは立ち上がって、ラップトップと眼鏡をさっとしまうと、星の正面に立ってまじまじと見た。星はすこし、たじろぐ。普段と違う服装に、いささか調子が狂っていた。
「ここには戻らない予定だから、本棚を先に見ていくといい」
「え?」
「話していた入門書がいくつかある。着いてこい」
 レイシオはくるりと星に背を向けて、奥にある教授室に引き返した。星は思わず一步後ろに立つ助手の先生の顔を見たが、愛想よく、どうぞと手で促されるだけだ。
 怒られる気がする。先生に呼び出しされる生徒の気持ちだ。レイシオは星を待たずにさっさと歩いていってしまったので、星は恐る恐る教授室のドアを開ける。
「座れ」
 左右にみっちりと並んだ本棚と、重厚なデスクに、来客用のソファセット。教授室の中は整然と片付いていてシンプルだった。
 おっかなびっくり星は、入ってすぐのソファセットに腰掛けた。ふかふかだ。斜めに引っ掛けていた鞄を下ろして横に起き、手持ち無沙汰になって、なんとなく頭に上げていたサングラスを取って畳んだ。鞄にしまい込みながら、あたりをそわそわと伺う。
 レイシオが何冊かの本を取ってきて、星の横に座った。本のタイトルがわかるように机に並べたので、解説があるかと思ったが、そのまま黙っている。星が沈黙に耐えきれずに隣をちらりと伺うと、レイシオは素知らぬ表情で告げた。
「君には一旦整理の時間が必要なようだ」
 星は呻き声を上げた。返事にもならない、首を締められた鶏のような声だったが、レイシオは無視して続ける。
「今日一日、ずっとその調子でいるつもりか? 同行者に対して誠実ではないな」
「……そうだね……」
 ここまでいつも通りなのは、もはや、かえって律儀なのかも。
 星は観念した。いつか思った通り、レイシオがなにかを計画して実行したのなら、星にはその手のひらの上で踊ることしかできないのだ。
 それで、あのエウレカの瞬間からを、詳らかに話した。レイシオの目を見ることは難しく、星はうつむきがちに、コーヒーテーブルのマホガニーの木目をじっと睨みつけながら話した。不夜候でプレゼントを贈り合う恋人たちの姿を見て、思わずなのかの部屋に駆け込んだこと。しかし、ピノコニーのもたらす夢のせいで、いくつかの疑念を抱いていること、正直言うと、今はそれをあんまり考えないようにしていること。動揺もあって話は要領を得なかったが、レイシオは、非常に辛抱強く星の話を聞いた。
 駆け込むように喋りきった星は、最後に「それで、」とつぶやき、そこで一旦、言葉を区切った。「できれば、はっきりさせておきたくて。なにがどこまで夢だったのか。あんたの夢の中で見た私と、いまここにいる私は、どうやったって一緒じゃない」
 レイシオは、そうだな、とポツリとこぼした。優雅に足を組んで、チラリと星の顔を見て続ける。
「エナの夢は非常に良くできている。君は、荒唐無稽な筋書きの夢を夜眠ったときに見たことは?」
 星は黙って頷いた。レイシオは話を続ける。
「非論理的で繋がりのない場面転換は夢にはよくある話だ。すなわち、エナの夢が実際の夢のように支離滅裂だった場合、『これは夢だ』と悟ってしまう確率が高い。だから、ある程度の可能性の閾値があると僕は推測している」
「つまり?」
「まったく起き得ない夢を、エナは描かない。それが僕の結論だ」
「結局、あったのか、なかったのかはどうなるの?」
「それはそんなに重要なことか?」
「え?」
 星はテーブルから目を離して顔を上げた。レイシオは並べた本から一冊を選び取りながら続ける。
「確定しなければいいだけの話だ。可能性が広がる」
「どっちでもいいんだ」
「シュレーディンガーの猫という単語を聞いたことは?」
「知らない」
「量子力学の言葉だ。概念に触れるにはちょうどいいきっかけだな、入門書を見繕ってやる」
 狐に摘まれたような表情の星に、レイシオは嘆息して続ける。
「僕はどちらでもいい。現実でも夢でもな。嫌なことであれば夢にしてしまえばいいし、望むことであれば現実にしてしまえばいい。君好みの結論だと思ったが?」
 確かに、それはかなり星好みの回答だった。もしかしたら、それなりに長く一緒に時間を過ごすうちに、星の考え方が多少レイシオにも伝染ったのかもしれなかった。星は納得しかけて、はっと我に返った。問題はまだある。
「あと、もうひとつ。あのプレゼント攻撃はなんなの?」
「愚問だな。僕には解決したい課題があり、一石三鳥の解決策が手元にあったから試行した」
 レイシオはソファの横においてあった自分の鞄に本をしまい込むと、ついでになにかを取り出した。そのまま、つまんで星の前に手を伸ばすので、星も素直に手のひらを開く。
「最もシンプルで、かつ原始的な手法、すなわち、贈与だ」
 
 レイシオは星の手のひらの上にキャンディの包み紙をおとした。
 三回目にもらったお裾分けの、瓶詰めのキャンディ。その中でも、星が好きだと言ったレモンスカッシュのフレーバーだ。蛍光色の包み紙を黙って外して、星は口に放り込む。
「相手に好意、もしくは攻撃の意思がないことを示す優れた手法だ。また、今回の状況にあたっては、返報性が発生することも優位点として挙げていいだろう。なにかを貰い、返すという一連のプロレスは時間を必要とする。僕も君も、互いに結論を出すのに時間が必要なことは明らかだった」
 パチパチとキャンディが弾ける。口の中で転がしながら、星は考えた。チョコレート、クッキー、見たこともない虹色の菓子。さまざまな入浴剤、バスオイルにふかふかのバスマット。そういう品物以外に、時間をゆっくりとかけて贈られたものがある。
「私はあんたに何を返せばいいの?」
「さて。それこそ実験の目的のひとつでもあるからな。君は何を返したらいいと思うんだ?」
 しごく面白そうにレイシオは聞く。
 私は何を返せばいいんだろう?
 星はちょっと途方にくれる。お菓子だけじゃない、知識だってそうだ。ヤリーロ-Ⅵの一件で、星はなんにも知らないということを改めて知った。それから、もしかしたら、あの面映ゆい目と目があったときの喜びも。誠意、信頼、好意、多分星には名前がつけられない、いろんなものが手のひらに載せられている。
 
「しかし、君も大概なことを言っていると気づいているか?」
 唐突な問いに、星は首をかしげた。レイシオは続ける。
「まだ短い人生の間で、君も様々な贈り物を受け取っている。そのサングラス、星核ハンターのお尋ね者からのものでは?」
「……よくわかったね」
「単純な推理だ。ただ、聞きたいのは、贈与が愛を示すという可能性に気づいたとき、まっさきに思い当たるのが僕からのカンパニーの横流し品だった、という点だがね」
 星は理解して、混乱した。なにか、ものすごく恥ずかしいことを切々と本人の前で語りつくした気がする。思わず小さくなっていた飴を飲み込んでしまい、星は喉をつまらせた。
「だが今はさしあたって、少し体を引くことを薦めるかな」
 今度は、きょとんとした。そういえば、いつも向かいに座るレイシオが、今日は隣に座っている。だから近くに感じるんだ、と星はようやく気づいた。こいつ、やるなと星は思ったが、それ以上に、自分の今の体勢が問題だった。レイシオの方にずいと体を乗り出している。
 なんでだろう、と星は思う。もしかしたら、と考える。口に出ていたかもしれない。考える。多分、ここは思考を停止させてはいけないところだ。レイシオに手ほどきされて、いくらかましになった思考回路で、ぐるぐると思考する。思い出す。いつもより近い距離に、レイシオのこめかみの傷をふと探しかけて、やめた。それよりも、と星は瞳を覗き込んだ。常には見られぬ距離で、叡智を帯びて輝く瞳。
「なんでだろうね。あんたが、どんな顔でこの話をしてるのか、興味があったからかもしれない」
 もっと近くで、と星が言葉を続けかけたとき、レイシオはもう一段階、距離を詰めた。星は反射的に身を引きかけて、ぐっと堪える。否定の意に取られるような行動をなるべくしたくはなかった。
 ソファに気にせず投げ出していた手が、急に行き場を無くす。距離をつめた隣の体の熱が、手のひらに伝わるような気がして、星は背筋をぶるりと震わせた。自分と違う体温を近くに感じることなんて、なのかに抱きついたりしたときに、何度もあったはずなのに。
 ニ匹の雪豹が、じりじりと回りつつ、距離を伺っている、あの緊張だ、と星は思う。星の体の震えを、レイシオは慎重に見定めている。行き先を失った手に手が重なっても、星はしばらく硬直していたが、やがてゆっくりと手のひらを上に向けて、握り返した。バットを振り回しているうちにできた指の硬さが、急に気恥ずかしく思えてくる。
 そこで、わかった。
 テーブルの上で指を絡めるふたり。指先に走る電流のような、恐怖と紙一重の喜び。手のひらの大きさ、傷のありか、節のかたち、ひとつひとつの違いを自分の指でたどって確かめる意味を。
 わかった? あんたも、この意味を。
 星はレイシオの顔を覗き込んだ。いままでで一番近く、表情の機微が、瞳が見える。その中に隠れた答えを探す。絡まった指と手が離れ、星の頬が大きな手のひらに包まれて、いままで聞いたことのないような声で、レイシオは問うた。
「キスをしても?」
 星は頷いた。唇が合わさるだけの、初心者向けの軽いキスだった。他人の体温が触れた途端、星は急に緊張を思い出して硬直した。
 唇をほどいたレイシオは、星の聞き間違いでなければ、軽く吹き出すように笑った。天地がひっくり返ったときにしか聞けない穏やかさで、星の背中を軽く抱きしめ、ぽんぽんと優しく叩く。それでようやく、星は肩の力を抜いて、ついでにため息を漏らした。自分でも驚くほど熱を帯びた息だった。レイシオはおどけて告げる。
「新発見だ。君はこういうときに黙るんだな」
 星は抗議の意を込めて、レイシオの背中を二、三回、愛情を込めて叩いた。
〆
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エウレカ!
初公開日: 2024年12月15日
最終更新日: 2024年12月28日
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HSR / レイ星
六分街心中
ZZZ:ライト→店長(性別どっちでも)
カミムラ
金枝篇(仮題)
レイ星・観用少女パロレイシオが「ドクター」と呼ばれるまでをパロディの軸で好き勝手に書く
カミムラ