(設定を考えるのが苦手なので斎宮宗と影片みかの名前はそのままです。西洋かぶれの人形劇程度に思って読んで下さい)
 中ほどが膨らんだ柱が上下にひきのばされ、きゅっとくびれをつくり天井を支えている。どれも一様に白く磨き込まれ、二階からは大きなテラスが設置され、この領地を一望できるようになっていた。緑豊かなこの土地は、祖父の代には最も栄えたと言われているが、いまはゆるやかに衰退の道を歩んでいた。
 次男であり、末子の宗にとっては、そんな世の中の動きなど些細なものでしかなかった。彼の関心は主に服飾とアンティークドールに傾けられ、長男が家業に専念しているのを横目に、日々布に戯れ自ら針をもち、ときには眉をひそめられながらも自室に籠りきりなのが常である。
「お前も馬術や狩猟へ出かけたらどうだい」
 母にそう言われても、宗としては「馬鹿馬鹿しい」のひとことで終わる。無論、目上のひとにそんな態度をとるのはよくないという常識はある。そして家族に対して愛情も持ち合わせている宗は、せいぜいが「結構です、お母さま」と言葉を費やすくらいの気遣いはできた。幼い時からの繰り返しである。男の子なのだから勇ましく、もっと凛々しくあれ。外に目を向けろ。争いごとに興味を示せ。母だけでなく父も兄もそれとなく末子をかわいがり、同時に心配していたのであれこれ手をつくし宗を一人前の領主の息子に仕立て上げようとしていた。
 しかし、宗はまったくその期待にこたえなかった。最低限の馬術のたしなみを終え、舞踏会に出ても恥ずかしくないほどの腕前を身に着けると、あとは好き勝手書斎にこもり本を読み、裁縫の道具を揃えさせ、布を買いに街までこそこそ降りていくに至っては、とうとうあきれかえった祖父が宗のためにわざわざ懇意の仕立て屋を呼び資材の買い付けまでさせる始末にいたった。つまり、総じてみな、宗に甘い。
「いっちゃんはそんなに裁縫うまくなってどうするんだよ」
 仕立て屋の息子であり幼いころから屋敷に出入りしている紅郎は数少ない宗の友人である。赤髪をつんつんに立たせ、簡素な衣服を身に纏いいつの間にか宗を見下ろす背丈になって、相変わらず礼儀の一つも知らない口の利き方である。宗は彼に対してはさほど腹を立てず、ふん、と鼻を鳴らした。
「決まっているだろう。僕は僕が美しいと思うものを作り続けるのだよ」
「そんなことに夢中になっているとあっという間に爺さんになっちまうぜ」
「かまわないよ。さっさと大人になればなにひとつ邪魔されることなく好きなことができるのだろう」
 宗は素直にそう思っていた。いまは子供だから何をしても口を出され強制されわずらわしいことにひっぱりだされる。
 大人になれば。
 成人さえすれば。
 宗は家族にたいそう愛されていた。彼はだから、外のしきたりなどはなんとなく知っていたが、それがわが身に降りかかることは想像していなかった。どうせ兄が家督を継ぐ、姉はすきなだけ家にいて、数多並んだ婚約者からすきなものを選んで楽しく暮らすだろう。祖父は殺しても死にそうにないくらいまだまだ元気だし父と母は相変わらず仲がいい。つまり。宗はずっとこのまま、悠々自適に暮らしていけるとばかり思っていたのだ。
 だから、突然祖父から「明日結婚しろ」と言われたのは、青天の霹靂であった。
「……は?」 
 ふだんは取り澄ました顔をしている宗だが、さすがに開いた口がふさがらなかった。一方の頑固者で偏屈で変人の祖父は、いつもどおりゆったりと椅子にすわり宗を見下ろす。
「もう決まったことだ。まあ、いい薬になるだろう」
「待ってください、結婚は双方の自由意思という」
「まさかお前、いまどきそんなことを信じているのか?」
 祖父がぎょろりと目を見開く。宗は散々言い返した。いくらでも言葉はでてくる。今までため込んできた知識を総動員してなにがなんでもこの事実を受け入れないために気力をつくした。だが、宗の倍どころか妖怪の如く長生きし体力も気力も若者に引けをとらないこの老体はなかなかにしぶとく、結果、夜を徹しての討論は、うるさくて眠れないと姉が割り込んできて平行線のまま幕を閉じた。
 かくして翌朝である。
 興奮したまま寝床に入っていろいろと考え込んでしまったため宗はろくに眠れなかった。おかげでいつもは日が昇ると自然とひらく目蓋もなかなかもちあがらず、まぶしさから目を背けるよう寝返りを打つ。
「――――さま、朝ですよ」
 だれかが名前を呼んでいる。宗は、寝ぼけた頭でうんざりした。誰かに起こされることは嫌いだ。自室に勝手に入ってこられることもとんでもない。わきまえない使用人がいたものだ――新入りだろうか。
「し――――さま、おきてください」
「なんだね……ひとりで仕度はできるから、出ていってくれ」
「でも、お屋形様が宗さまは朝一番におれに会いたいだろうからはよいってさしあげてって」
「……うん?」
 耳馴染みのないイントネーションが聞こえ、宗は寝床で目を見開く。ゆっくりと起き上がり振り向くと、黒髪の見慣れない人物が部屋のドアの前に立っていた。両手を前にそろえ、組み合わせている。長いスカートは紺色。膨らんだ袖も腰回りもなんだかぶかぶかで、みっともない。おまけに長すぎる前髪のため鼻先と唇しか伺えなかった。後ろ髪はうなじをかくす程度だろうか。一言でいえば地味、朝にまちがってでた幽霊のようなありさまだ。
「……誰だ」
 低くかすれた声でそうたずねると、相手はびくっと肩を震わせ、それからおどおどと顔を揺らす。横髪はあちこち跳ねて、癖なのかきちんと溶かしていないだけなのか判別がつかない。首元のつまった服からまっしろい顎先が覗いて、手の甲と顔くらいしか肌を見せないつつましさも、だが清楚というよりひたすらにやぼったいのだった。
「はじめまして、今日からお世話になります、みかと申します」
 語尾が甘く伸びて、消えていく。みか、と宗は口の中で呟いた。知らない名前だ。知らない人間だ。いったい、なんなのだ。
「世話……? 新しいメイドかね? だとしたら覚えておいてほしいが、僕は朝部屋に入ってこられるのが嫌いだ」
「んあっすんません、これから気をつけます……あと、その、おれ、メイドやなくて、」
「じゃあなんだね、新しい庭師か、料理人か、仕立て屋みならいか」
「どれでもなくて……んと、お祖父さまから聞いてまへんか?」
「なにも――――」
 首をふって、それからひとつだけ思い当たるのは昨日のあの唐突な宣言と不毛な討論だ。
 宗は、ぎこちなく首を動かし今一度その幽霊じみた相手を見る。見つめる。相手は目元が隠れていて表情が伺いにくい。
「まさか……結婚がどうこう言われたけれど、」
 寝起きのため舌がもつれている。かすれた声を、けれど相手はきちんと聞き届けたらしい。かすかに首をかしげ、唇を緩ませた。
「んあ、えと、これからよろしゅうおねがいします」
 結婚、というか、正確には婚約らしかった。
 その後、ひとまず相手を部屋から追い出し――ティールームに案内させた――手早く着替えて朝食もとらずに祖父の部屋に飛び込んだものの、当の御屋形様は朝早々に旅立っていた。そうだ、領地の見学と収益や特産品の確認にいくと聞いていたじゃないか。がっくり肩をおとした宗をみな腫れものをさわるように遠巻きに扱うこと数日間。
 いつもどおりの図々しさでやってきた仕立て屋の息子をつかまえ、宗はさっそく布を見るのもそこそこにここ数日の災難をぶちまけるよりなかった。
「へえ、いっちゃんもとうとうそんな年か」
 憤懣やるかたなしといった宗を相手に、そんな態度をとれるのは紅郎くらいのものである。宗は獰猛な獣のように相手に食って掛かる。
「他人事だと思って気楽な返事だね!? だいたい本人の了承も得ずに婚約だ結婚だと、信じられないのだよ」
「良家ってそんなもんなんだろ? 俺たちみたいな平民には関係のない世界だぜ」
「……僕もりゅ~くんの家に生まれたかったものだよ」
「ははっ嫌みか? 貧乏に生まれたらそれこそお前の好きな人形だの高価な布だのに触れる機会は一生ねえよ」
「すまない、そう言う意味ではなかった」
 宗はすぐに謝罪をした。紅郎も怒ったそぶりはみせず「とはいえ、お坊ちゃんも大変だな」とどこか憐みの目をむけてくる。
「それで、婚約者とやらはどこにいるんだ? 一目見てみてえな」
「気に入ったらあげるよ」
「人をものみたいに言うなって」
「――部屋を与えたのに、広すぎて落ち着かないと言って使用人用の狭苦しい物置を定住地としたみたいなのだよ。おまけに、部屋にいるのも落ち着かないらしくあくせく動き回っている」
「あくせくねぇ……貴族の令嬢っぽくねえ形容詞だな、いったいなにして遊んでるんだ? お前の姉貴と一緒にオペラを見に行ったりか?」
「いや……使用人の如く掃除をしている」
 恥ずかしい話だがしぶしぶ答えると、さすがの紅郎も黙り込んだ。
「いったいどういう育ちなんだ? 俺の知ってる貴族様は掃除や洗濯なんざしねえ生き物だと思ってるんだが。ついでに針仕事もしねえけどな」
 最後は宗へのからかいではあるが、宗はうんざりした気分で頷くよりない。なにせ、みかという生き物がよくわからないのだ。どこからつれてきたのか、どういう経歴なのか、祖父は一切説明しなかったしほかの家族もよくわかっていないらしい。この屋敷に於いてお屋形様の決定は神の一声なので、だれも何も言わないのだ。そのせいで末子がどんな目にあっていようが、それはそれ。愛情深いが思い切りも良い家族たちに囲まれ、使用人はひたすら遠巻きに宗を眺め、手伝いをしたがるみかを持て余しながらもどうにか屋敷はいつもどおりのふうを装っている。
 ぱたぱた、と軽やかな足音が聞こえてきた。紅郎がおや、という顔をして廊下の方を振り向く。
「足音だ――珍しいな、子供でもいるのか?」
「いや――」
 重々しいため息をつくと、宗は仕方なく立ち上がる。いっそ子供ならよかったのに。紅郎の脇をすりむけ、廊下に続く扉をあけ、鋭くその名前を呼んだ。
「みか!」
「は、はひぃ」
 目の前を通り過ぎそうになった相手が足を止める。ひらりと質素なスカートが膨らみ、すぐに落ちた。ぼさぼさの髪のまま宗を見上げ、手を揃えて足を揃えて、まるで命令を待つ出来の悪い使用人のように肩をすくめる。
「宗さま、あの、こちらにいらしたんですね」
「走るなと何度言ったらわかるのかね? 君のふるまいは少々品に欠ける、僕の――」
 婚約者、と言うのがいやで、宗はそこでこほんと咳ばらいをした。
「僕の屋敷にいる以上、しとやかにふるまってもらわねば困るのだよ」
「お、それが噂の婚約者か?」
 ぬ、と宗の肩ごしに紅郎が廊下を覗き込んできた。みかは突然現れた男にぎょっとしたように肩をはねさせ、一歩後ずさる。宗は軽く眉をひそめ「これは野良猫みたいに警戒心が強いから、あまり刺激しないでくれ。面倒くさいから」と口早に告げた。
「へいへい。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
 荷物をまとめ大きなカバンを肩にかけ、紅郎がのっそりと出ていこうとした。宗はこの場に取り残されるのが嫌で、さりげなく歩幅をあわせて歩き出す。みかを置き去りにする格好だが、どうせまたどこかに駆けていくのだろう――今日はいったいなにをしているのだか。
(僕には関係ないけれど)
 なぜかみかは宗の世話を焼こうとする。部屋を片付け食事の手伝いやお茶の準備をしようとするがどうにもどれも危なっかしく落ち着かない。宗は追い払おうとするのだが、その都度悲しそうな声を出され、そうするとまるで宗の方が悪いような気がしてきて、結果として「勝手にしろ」と冷たく言い捨てるだけになっている。みかは拒絶されていないと勘違いして喜んでそばにいようとする。たまにこうして屋敷の中でも宗をさがしぱたぱたと軽やかに走り回っている。
「お祖父さまもいったい何を考えているのか」
「あの爺さん、怖えよな」
 幼いころから何度もふたりでいたずらをしでかしその都度平等に叱り飛ばされてきているので、紅郎の言葉に宗も頷くよりない。廊下の突き当りは吹き抜けで、ゆるやかに弧を描く階段が設置してあり一階の広間から玄関ホールまでつながっている。手すりは黒の真鍮。蔦のような文様がうつくしく、触れるとひんやりと冷たかった。
「あ、あの、宗さま」
 鼻にかかるあまい声が追いかけてくる。宗はすこしだけ、うっとうしく、苛立って足を速めた。紅郎が「呼んでるぜ」と忠告してくれるが、無視する。階段をふたりで降りていく最中も、もう一度、名前を呼ばれた。
「宗さま、あの、おれ」
 みかはいつも言い淀んでいる。なにか言いたいことがあるだろうに、それを口に出せないのか、どうにも歯切れが悪い。宗はそういう態度はあまり好きではない。かわりに、みかはよく動き回っている。喋る代わりに棚のほこりをはらい、寝台の皺をととのえ、調度品をみがき、紅茶の淹れ方を使用人にならおうとしている姿も見かけた。
(いっそ使用人としてなら、優しくしてやってもいいのに)
 婚約者、というにはあまりに態度がそぐわない。無論、急に婚約者面して甘えてこられても宗の性格上、屋敷から追い出すくらいのことはしてしまいそうだが。
「……いっちゃん、あんまり意地はるなって」
「僕はいじけてなどいない」
 階段を降り、ホールに足を踏み出した。紅郎を睨みつけるため視線を少しだけ上にやり、そうすると今降りてきた二階の廊下が見えた。そこに立ち、手すりに手をかけるみかの姿も。
 うつむいた顔が、なにかを言いたげに唇を噛む。
(だから、)
 宗は苛立つ。言いたいことがあれば言えばいいのに。相手だって、まさか望んでこちらの婚約者になりにきたわけでもないだろう――そうであればもっと嬉しそうにするはずだ。
(君もどうせ、僕なんてきらいなくせに)
 家族から無償の愛をうけ、数少ない友人の紅郎との関係は良好だが、そのほかすべての人間と宗は折り合いが悪かった。学友とは軽蔑しあう仲だし領地に降りても愛想がないと影で囁かれていることはしっている。甘やかされた次男坊。男らしい姿をみせない意気地なし。さまざまな噂は勝手に耳に入り、余計に宗を孤立させ、人嫌いにさせている。
「どうせ君だって、僕の婚約者なんて嫌だろう」
 だから宗は、そう言ってしまった。
 ホールから見上げたふきぬけの天井は高く、二階の手すりをにぎりしめたみかは、なにかにうたれたように硬直する。宗は、返事を聞きたくなかった。
(どうせみんな、僕のことを嫌いだから)
 使用人に対してなら貴族らしく振舞えばいい。鷹揚に、命令してやればいい。けれど婚約者、伴侶とは、互いに愛を交わし慈しむ存在のはずだ。そんなもの、宗には必要ない。そんな相手、いるはずがない。
 顔をそむけ、玄関に紅郎を送りだそうと足を踏み出した。その瞬間。 
 視界の端で、影が揺れた。
 宗はとっさに顔を上げる。手すりを掴んでいる白い手がみえる。その手すりを乗り越えるように靴がみえ、白い脚が覗いた。裾の長いスカートが広がる。紺色。考える間もなく、宗の足は玄関とは反対方向に動く。紅郎がなにか言いかけた。それよりもはやいのがみかで、まるで、猫のように、手すりを乗り越え二階から下に落下する。
 腕を伸ばし、足を大股に踏み出して、すべてが細切れの場面のように思えた。広がる布。白い素足。襟の詰まった服と、表情はわからないけれど真昼の月のようにしろい顔。ありったけの力をつかい、宗はその落下点に滑り込んで、おちてきたみかを抱きとめる。
「っ、いっちゃん、」
 驚いたように声をはりあげ、幼馴染に名前を呼ばれた。耳の奥がどくどくとうるさい。数秒、何も聞こえない引き延ばされた時間の後、急に感覚がもどってくる。腕の中に抱き留めた身体はそれなりに重たい。温かい。背中と足を支えるような格好で気を抜くとそのまま落としてしまいそうで、ぐっと腹筋と腕に力をいれ、みかを抱き直した。ぶらぶらとつま先がゆれ、みかは手を胸のあたりにきゅっと縮めて白い顔をさらしている。
「、この、ばか! あんな高いところから飛び降りるなんて、」
 咄嗟に紅郎に負けないくらいの声量で叱りつけてしまう。心臓が早鐘のように打ち鳴らされていてじわりと頭痛がしてきた。呼吸があらい。落ちてきた人間を受け止めるなんて、そんな野蛮なことしたことがなかった。相手を落とさなくてすんでほっとしているような、苛立っているような、意味が分からなくてとにかく、頭がかっかしている。
「で、でも、平気やもん、あのくらい」
 腕の中のみかが慌てて言い訳をするので、その顔を睨みつけるため覗き込んでやった。
「なにが、」
 みかもまた同じようにこちらを見上げていた。長い前髪がみだれ、普段は隠れている目元がまばらに露わになっている。気弱そうな態度とは正反対に、その目尻は猫のように吊り上がり、勝気な印象を与えていた。そしてなにより。
「……君、その瞳」
 宗は先ほどの怒りを忘れたようにぽかんと呟く。みかは、ようやく自分の顔がさらされていることに気づいたらしく、慌てて手を伸ばし前髪でまた目元を隠し俯いた。
「こら、隠すな」
 そう言ってもみかはうつむいてじっと体をこわばらせている。さっきまでの威勢の良さはどうしたというくらい、哀れに怯えている。その震えが伝わってきて、宗はいよいよ混乱した。
「どうして隠すのだね」
「だ、だって、気持ち悪いやろ」
「はあ? なにが」
「め、のいろ。違うし。顔も、なんか変やっていわれるし」
 ぼそぼそと呟かれる言葉は宗には理解不能だった。目の色がちがう、顔が変? 気持ち悪い?
「何を言っているのかわからないけれど、君の眼の色が違うことはおかしくはない。珍しいだけだ」
「……おかしいと珍しいは、ちゃうのん?」
「全然違う。珍しいというのは希少価値だ。おかしいというのはただの主観、ついでにいえば、その言葉を発した人間は僕とはとことん気があわなそうだけれど」
「どういうこと?」
 みかはまだおどおどとした口調で、けれど、宗と会話をしていた。会話になっている。ようやく、これと会話をしている、と気付いた。宗は相手に嫌がられていると思っていたし、そもそもみかの態度だって一方的に世話を焼こうとするだけでみか自身のことはなにひとつ口にしなかった。会話にすらならなかった。
(どうせ僕のことなど嫌いだろうと思っていたけれど)
 なんだか、まるで、相手も同じように思い込んでいた節がある。ようやくそのことに気づいた。みかは、宗に気持ち悪いと思われると勘違いして顔を隠していたのか?
「僕からみたら、君の瞳も顔立ちも変でもおかしくもないという話」
 なんだ、と肩の力が抜けた。宗は、ばかばかしくなってきた。婚約者だなんだといわれても、みかのことはさっぱりわからない。けれどいま顔をみて、その瞳をみて、まあ見た目は及第点かな、と感じた。それだけだ。
「きちんと髪をととのえれば、及第点くらいはつけてやろう。僕のまわりをうろうろするなら立ち振る舞いも気を付けたまえ」
 そっと床におろしてやると、みかはぐらぐらしながらも一応自分の足できちんと立った。どこもけがをしてはいなそうだ、と内心ほっとしながら、宗は相手に背中を向ける。一部始終を黙って見守っていた紅郎が、目をすがめ何か言いたげに宗を見ているが、無視することにした。
「――――言っておくが、婚約者と認めたわけじゃない」
「んあ、う、うん! じゃなくて、はい」
「へたくそな敬語なら使わないほうがましだから、話しやすいように話せばいい」
「……うん」
 それだけ言い捨て、宗は大股で玄関の方に歩き出す。紅郎が一歩遅れて、すぐに隣に追いついた。
「――いっちゃん、もうちょっと優しくしてやれよ」
「優しいも何も、僕はあれのことをなにひとつ知らないのだよ。そんな相手にどうしろと?」
 そっけなく言い返しながら、けれど、急に飛び降りてきた相手のことを、宗は考えてしまう。相手はいったい何を伝えたかったのか、なにを言いかけて、言いよどんでいるのか。
(――――たぶん、なにか、ある)
 祖父が急に連れてきた人間が、ただのどうでもいい存在のはずはない。そして図ったように長期の不在となったのも、必ず意味がある。
「僕への挑戦状か――ふん、受けて立とうじゃないか」
 紅郎を外に送り出しながら邸内を振り向くと、ホールの奥、先ほど飛び降りて、宗に受け止められたその場所にみかがまだ立ち尽くしていた。前髪に隠された色違いの双眸が、けれどたしかに宗を見つめていることを感じ、宗は唇を曲げて見せる。
「せいぜい覚悟していたまえ」
 その声が聞こえたのかどうか。みかは、なぜかはにかんだように微笑むのだった。
おしまい!
ありがとうございました~!
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