「私今、あなたにすごく怒っているのですけれど?」
「うん、そうみたいだね」
すんでの所で信号に引っかかって、チェコの怒りはヒートアップした。元は俺の失態で今日の会議で使うデータの入ったUSBメモリを家に忘れてきた事が始まりだった。そこから思い出した順に過去の話を持ち出して、あーだこーだと文句垂れている。大体あなたね、で説教が始まる時は理不尽な理屈だと相場が決まっている。
今日は共同発表国のチェコに事前に共有していたスライドのデータでなんとか取り繕うことができた。しかし、その古いデータはまだチェコの研究成果を載せる前の段階だった。そのせいでチェコが考えてきた経済支援策は無駄になってしまった。
しかしどれだけチェコが俺を怒ろうとも、会議場から駅までが遠すぎるせいで行きと同じように、帰りも俺の車に乗らなければならなかった。それもまた腹立たしいようだ。それならわざわざ助手席に座らなければいいのに、いつもの癖か今も横で窓の外を睨みつけている。
「そろそろ機嫌直してよ」
「……クレープで手を打ちましょう」
「こないだ言ってたとこ?反対方向じゃない?」
「流石に今からではありませんわよ⁉︎夜も更けてきましたし」
俺の発言にチェコが身を乗り出してこっちを向いた。目の前の歩道を渡る歩行者も見えないほど月明かりに乏しいというのに、それでも外の人に見られないようにフロントガラス側に頭を傾けて唇を重ねた。チェコは目を閉じることも抵抗することも忘れ、黙って驚いている。信号が青に変わり、後ろの車からクラクションを鳴らされるまでそのままだった。
「今日はこれで許して」
「歯が当たりましたわ。やり直しを要求します」
「はいはい」
チェコに気付かれないように遠回りな道に進む左折をした。