おはようございます。こんにちは。失礼します。いただきます。さようなら。ごちそうさまでした。
 挨拶は、人間関係を築くための基礎だ。
 学がない銀時だって、何十年と日本の地で育ってきたのだ。皮肉と悪口と屁理屈だけが人一倍に流暢なだけで、きちんとした挨拶だってそれなりにできる。
 ましてや相対する男だって、今となっては銀時よりも幾分か年下だが、日本に生まれ日本に育った立派な純日本男児だ。この数年、たしかに文化は見違えるほどに進化したかもしれないが、銀時の記憶の限りでは、挨拶の言葉は多少の変化はあれど(所謂“若者言葉“というものに、銀時はもうついていけなかった)そう変わっていない。
 つまり、言いたいことはこうだ。
 数十年ぶりに会う、それも少しだけ気まずい別れ方をした相手だった。
 そんな相手に、「本日はお日柄も良く…」と挨拶をした銀時は誉められこそすれ、決して間違った態度はとっていないはずである。
「………っっっぶねえなお前!銀さんの愛くるしい立派なふわふわキュートな前髪が!数本切れちゃったでしょうが!!」
 たしかに少し他人行儀が過ぎた気もする。だが相対してからもう体感で10分くらい無言の空間が続けば、誰だって気まずくもなる。距離感を見失う。銀時は間違っていない。むしろ、この状況で言葉を発した勇気に乾杯してほしい。ただ久しぶりすぎて、どういうテンションで行くべきか健気に悩んだ末、知らない土地で初めて出会う老夫婦にするような挨拶を選んでしまっただけだ。
「ハッ。鈍ってるテメェが悪い。」
 挨拶をしただけの銀時に突然切りかかってきた男は、悪びれた様子もなく刀を下ろす。
 スンと澄ました顔を呆然と眺めて、ああそうだったと思い出す。
「こちとら銃刀法違反の社会で何十年も生きてきてんだよ!テメェと違って初期装備に刀なんて持ってねーの!わかる?!今や情報という武器でみんな戦ってんの。刀なんぞより余程切れ味がいいぜ。お前の豆腐メンタルなんてすぐにサイの目切りされちまうだろうよ!」
 言いながら、前髪の量感を確かめるように手を動かす。この場所にたどりついてから、記憶よりも随分と見た目が若返っているようだが、果たして切れた前髪が復活するかなんてことは全くわからない。見てくれがせっかく若返ったというのに、薄味の頭なんてそれこそ嫌すぎる。それならいっそ最期の姿のままで禿げたい。
「そうかィ。それはツマらねぇ時代になったもんだな。」
 男は、どこから取り出したのか、いつの間にか煙管をふかしている。あまり認めたくはないが、お前は確かに、月と煙管の似合う男だった。
「…どんな所でも、“ここ“よりかはマシだろうよ。」
「……そうでもねえよ。」
 間髪入れない否定の声に、意外に思い高杉を見ると、パチリと目が合った。先に逸らしたら負けなような気がして、そのままじっとしている。
 ふ、と表情を緩めて男ーー高杉は視線を上げた。いつの間にか、そこには月が浮かんでいる。
「確かに暫くは、退屈で気が狂いそうだったがな。」
 それはそうだろう。こんな場所、まともな人間ならばとうに気が狂っている。ぼんやりと足元を照らす光以外に、何もない場所。体は自由に動かせるものの、視界に広がるのは暗い海の底のような、境界線さえ見つけられない空間だ。痛覚や空腹は感じないようだが、思考が自由な分、それらの“異常”が鮮明になる。高杉は1人、この場所で一体どれ程の時間を過ごしたのだろうか。
「ねえ、それどうやってやんの。」
 それ。高杉の持つ煙管を指して聞いた。
 銀時が1人この薄暗い闇を彷徨っている時は、本当に文字通り何もなかったのだ。長い時間暗闇を歩きつづける最中、自分が“坂田銀時“であるということすら曖昧になってきた頃、目の前にふっとこいつが現れた。
 そこでやっと、ここは地獄だと知った。
 けれど高杉は、その手にもつ煙管でぷかぷかと煙をふかし、左腰には刀を差しているではないか。おまけに月まで見えやがる。ここは地獄であるならば、正しく地獄らしくあるべきだ。この男だけなぜ高待遇なのか、エコ贔屓もいいところである。
「……等価交換だ。」
「等価交換?」
「……ここでは何も望むな。望んだ分だけ、先の地獄で苦しむことになる。」
 涼しい顔をしているが、その瞳がやけに真剣味を帯びていて、視線を避けるように顔を逸らす。珍しく銀時を慮っただろう言葉に、不意をつかれた。
「ふ、ふうん…。ヅラや辰馬は?俺より先に来ただろ?」
「さあな、俺は知らねェよ 。ここは入り口みたいなもんだからな。各々が進んだ道の先で、やっと“次“の路に進める。」
 
「…お前は行かなかったの。」
 高杉は質問には答えず、そんなことよりテメェ、とやや刺々しい声を出す。
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