『アリス』10歳
元貴族の娘。簡単な治癒術が使えるものの、成功率は30%とかなり低い。口減しに廃れた街に捨てられ、辺り一帯を放浪しながらその日暮らしの生活を続ける。
『バーバラ』22歳
元伯爵家お抱えの騎士。時代の波についていけず没落したことで無期限の休暇をもらった。幼くして剣の道を極めたため実家の場所を覚えておらず、適当に討伐依頼をこなして旅をしている。
『マチュー』46歳
元パン屋のオーナー。夫婦仲はすっかり冷え切っていたが事業に失敗したことが引き金となり離婚。息子の親権を得られず職を失ったことで、路頭に迷っている。
その街の名は、レストヴィレッジ。通称、廃れた街。
ここはかつて紙の一大産地だったという言い伝えが残っている。しかし今では当時の栄光もすっかり失われ、隣町からこの村へ入るための道も整備されていない。
「廃れた街の名の通り、つーかここまで綺麗に建物が残ってんのも、それはそれで怖」
バーバラは額の汗を拭い、レストヴィレッジを一望した。大小様々な岩が転がり落ちてくる獣道を二日かけて進み、ようやくこの村に着いたばかりだ。持ってきた水筒は空になってしまったが、この辺りは湧き水に富んでいたため問題はなかった。さすがは紙の街。お水が美味しい。
一軒一軒声をかけてみるが、返事はなかった。外観こそ当時の面影を残しているが、近づいてみれば今にも崩れそうな建物ばかりだ。バーバラは服についた土を払いながらこの街の外周を歩いて回った。
中途半端に近代化を目指したのか、この村で一番高い教会の塔の頂上には、村のどこからでも見えるほどの機械仕掛けの時計があった。ツタで覆われ、酸性雨で錆びついているが今でも動いている。
その他にも、二階建ての工房らしき建物や作りかけのまま野外に放置された油圧機、全て枯れてしまった植物園、煤けて何も見えない街頭など、人がいないこと以外は完璧であった。
バーバラがわざわざこの街へやってきたのは、この街で製造されていたと見られる自立式ロボットを破壊するためであった。そのロボットはこの街が位置する山を駆け巡り、木々を薙ぎ倒して回るので麓の住民が大変困っているらしい。まあバーバラがこの依頼を受けた理由は人助け一割報酬九割だったが。
「ひとまずは、今晩の寝床かな」
高さのある塔から見下ろして探すのが早いだろうと、教会の礼拝堂で寝泊まりすることを決めた。そこなら大人が一人寝転べるほどのゆとりがある椅子があるだろうと踏んだのだ。正面の柵は色が剥げて、一部は根本から腐ってしまっていた。
敷地に入ることは簡単だったものの、教会の両開き扉は押しても引いても動かなくなってしまっていた。バーバラは両の手で小刻みに揺らしてみたが、腕が疲れるだけで扉に変化はない。
「なんで!動かないんだ!本当に!意っ味わかんない!」
あーだこーだと叫んでみても、ミシッと木の音が鳴るだけで手元は全く動かない。
裏から入ろうと教会の周囲を回ってみても、別の扉どころか手がかけられるほどの高さの窓もなかった。すなわち、正面の扉を攻略するしかないと言うわけだ。若干ヤケクソ気味に腰に差したサーベルを抜いた。
「そこ、そこの人。あんまり物壊さないでね。一応、今も誰かのものだから」
背後から声をかけてきたのは、背丈の割に大人びた表情の少女だった。少女の体格には大きすぎるバッグを肩から提げて、靴は親指が見えていた。探索中に人の歩いている姿は見当たらなかったが着ている服の汚れ具合から、眼前の少女は長い間この街に暮らしていることが察せられた。
「この街はもう誰も住んでないって聞いたんだけど?君一人?」
バーバラの質問には答えずに、少女は真っ直ぐに教会の扉へ向かい、その棒よりも細い足で蝶番の近くを蹴った。
「は?え今君が壊すなって」
「大丈夫、ここの扉は頑丈だから壊れない。それよりも、その剣しまったら?」
半ば放心状態でその様子を眺めていたバーバラは少女の言葉でようやく剣を収めた。少女はその様子を見て、今度は扉に体当たりした。バーバラも少女が蹴った方の扉を押して中に入った。
少女は三段下がった教会の内部を走り、壊れたオルガンの元へ行った。少女には高すぎる椅子に飛び乗って、逆立った木が見える鍵盤を叩いた。弦も切れてしまって音は出ないが、少女は楽しそうに何かの曲を弾いていた。
バーバラは重すぎるバックパックを扉からほど近い椅子に放置して、少女の横に座った。音が鳴らないのに、とはさすがに言えず少女が満足するまでその横に座っていた。
「君はいつからここにいるんだ?」
弾き終わった様子の少女に質問するが、少女はこれも答えなかった。しかし少女は椅子から降りるような真似はせず、ずっとオルガンの鍵盤を撫でていた。
バーバラもこれ以上の質問は控え、黙って少女のそばにいた。
すでに太陽は傾いており、そろそろ夕飯の支度のことも考える必要があった。少女をこの場に放置するわけにもいかず、バーバラは荷物に入った食料の残量を思い出していた。
「アリス。私の名前」
「アリスか、可愛い名前だね」
バーバラは行方不明の届出もない者に名乗るような真似はしなかった。それが騎士としての品格だと教わってきたからだ。バーバラの意図を汲み取ったのか、気を悪くした少女、すなわちアリスは椅子からひょいと飛び降りて懺悔室へ向かった。
バーバラは少女の姿を目で追ったが、その姿を追いかけるような真似はしなかった。アリスの恐ろしいほどに細い体に詰め込めるだけの栄養を確保するために、教会の外へ枯れ木を集めに行った。
バーバラが両手に抱えられるだけの木々を集めて礼拝堂に戻ると、アリスは懺悔室で本を読んでいた。おそらく礼拝堂の入り口にあった本棚から取り出したのだろう。バーバラは椅子に登って高窓を開け、木に火をつけた。バックパックの底から折りたたみ式の浅鍋を取り出し、それで噴水から汲み上げた水を沸かした。
「何してるの?」
「アリスに食わせるスープを作るのさ。ここは石レンガ造で天井も高い。今日はここに泊まるよ」
アリスはふーん、と興味なさそうな返事をして焚き火の番を始めた。バーバラは乾燥させた野菜を何種類か投入し、その場から立ち上がった。
「んじゃ、どっかそこら辺で狩ってくるから。火の番頼んだ」
「じゃあ、三軒先の民家の裏を見るといいよ。脱走した家畜がそこに集まって生活してるから」
「脱走したのに、どうして近くに留まってるのかね。俺には分からんな」
「……さあ、アリスにも分からない」
アリスの言う通り、そこには鶏の大群が固まって生活していた。鶏小屋には綺麗に整列した鶏たちが首を揃えて鳴いていた。柵の容量を明らかに超えており、何羽かは外に出てしまっていた。アリスが世話をしていたのだろうか、飼料らしきものが芝生の上に落ちている。鶏の横には山羊や豚も暮らしていた。
ありがたくそこから鶏を一羽と卵をいくつか頂いてアリスの元へ戻った。
「騎士さんは、いつまでここにいるの?」
バーバラは返答に困って、荷物を置いたあと指を三本立てた。腹筋には筋に沿うように血液が付着しており、血抜きに使った剣からはいまだに液体が滴っている。まだ年端もいかない子供に見せるには、なかなかにグロテスクな風貌をしている。
「有精卵もあるかもしれない、後ろ向いてろ」
卵よりも鶏の方が恐ろしく思えたが、アリスは大人しくバーバラの指示に従った。しかし大人しく待っていられるほど大人になりきれていなかったアリスは、バーバラの作業を静観していた。また、アリスは自分でも気づかないうちにバーバラのサーベルをずっと確認していた。
卵は幸いにも全て無精卵だった。もういいぞ、とアリスに声をかけるとアリスは遠慮なくバーバラの手元を凝視した。
「アリス、そんな見られては作業が進まないのだが」
「これ私にもくれるんでしょ?だったら、何か盛られないように見ておくのは必要じゃないの?」
バーバラはぐうの音も出なかった。もちろん、まだ年齢が二桁にも満たないような子供に毒を盛るほど騎士道を忘れたわけでもないが、自分がこの年の時はここまで初対面の大人を警戒できていただろうか。幼い頃自分を育ててくれた親になんだか申し訳無くなってきた。
「心配なら荷物の中身も見ていいぞ。薬の類は一切ない」
「別に。そこまでじゃない」
バーバラはこのダブルスタンダードに頭を傾げつつ、手元の卵をかき混ぜた。その間、バーバラが適当に濯いだ鶏の状態に満足がいかなかったのか、自分で洗ってくると言い残し礼拝堂の外の噴水に向かった。
バーバラが野菜スープを完成させている時、アリスは思い出したかのように走って戻ってきた。
「内臓は?どこにあるの?」
「どうしようか悩んで、今向こうで天日干し中」
そう言ってバーバラはかき混ぜていたスプーンで、礼拝堂の脇に置かれた洗礼板を指した。洗礼板と言ってもすでに割れており、なんのご利益も望めそうにないものだ。
「じゃあ、あれ頂戴」
「別に構わない。ただ、結構臭いぞ」
アリスは洗い終わった鶏をバーバラに預け、内臓を持って森の方へ走った。バーバラもまた特に咎めず、二人分の食事を用意していた。
「召し上がれ」
バーバラが持ってきていたパンとスープ、それから山菜で作ったサラダ。いろんなものをかき集めて作った簡素な食事でも、アリスはがっついた。これまでの経験から食料は滞在日数より余分に用意していたがそれらも食い尽くすような豪快さでアリスは食べすすめた。
「アリス、聞いてもいいか」
「答えなくてもいいなら」
すでに何度か回答を控えただろう、と言いたくもなったがバーバラも聞かれたくないことは多々ある。そもそも廃れた街に来るような人間が何も抱えていないわけがないのだ。
「なあ、いつからここにいるんだ」
これをアリスに問うのは二回目になるのだが、バーバラはどうしても聞きたかった。足首までの長すぎるワンピースと、山道には不向きな指が見える靴。長期滞在を見込んだかのようなあまりに大きすぎるバッグ。おおよそたまたま迷い込んできた子どもの格好ではない。むしろ、ここに拘留された囚人のようだ。
アリスはひい、ふう、みい、と指折り数えて首を傾げた。
「分からない。多分、一週間」
「あー、じゃあどこから来たんだ?それなら分かるだろ」
アリスは逆方向に首を傾げた。つられてバーバラも首を傾げそうになった。いや、流石に自分が元いた場所ぐらいは分かるだろう。
「アリスね、ここまで歩いてないの。寝てたらここに来てた。だから、分からない」
バーバラはこの街までの道を思い出した。まさか馬車で来れるような平坦な道のりでは決してなく、高低差のきつい山道では誰かをおぶって登ることもできない。いっそ空を飛ぶでもしなければ脱力状態の人間を運べないだろう。
また、本を読んでいたところを見る限り家庭教師をつけれるほど裕福な家の娘であることは察せられた。しかし、そんな家の人間が果たして素手で内臓を触れるだろうか。彼女に聞けば聞くほど、彼女が何者なのかが見えなくなってくる。
「騎士さんは?騎士さんはどこから来たの?」
「あー、俺は特定のところに留まらないからな。いろんな所だ」
バーバラは誤魔化すようにスープを煽った。バーバラはこう見えても、説明書は隅々までくまなく読むタイプだ。特に今回の依頼は秘密保持に関して同意書まで別に用意されていた。それほどまでに自立式ロボットに関して後ろめたいことがあるのは、今回の依頼主であるギルドの会長の態度からもひしひしと感じていた。
アリスはそんなバーバラをじっと見つめたあと、窓の外を指差した。
「アリスね、この辺りの土地は詳しいんだよ。ずっと向こうにある川を渡ると王都までの近道になるの。でも川の近くには荷物を狙う山賊たちが沢山いるから、行商人は護衛を雇うの。だから川の両岸にはギルドがあるんだよ。でも、反対側に遠回りだけど大きな道路ができたから、ギルドは儲けなくなってまた治安が悪くなったんだ」
バーバラはアリスの話を冗談半分で聞き流した。というのもアリスの言う『大きな道路』が建設されたのは、この街が廃れるよりも十年ほど前の話だからだ。それに、バーバラは王都にある由緒正しきギルドに長年所属している。ギルド内に飾られている地図に『川の両岸にあるギルド』など記載されていない。どうせ口頭伝承の類だろうと、ほとんど信じていなかった。
「アリスはどこでそれを聞いたんだ?」
「家の本棚でこっそり読んだの」
お前家があったのか、とは流石に言えなかった。結局、その日は礼拝堂の椅子で寝た。
翌朝、アリスが目を覚ました頃にはすでにバーバラは教会の周囲を走っていた。
「早いね。まだ日が昇ったばかりだよ」
バーバラは近づいてくるアリスに気づいて足を止めた。バーバラはフード付きの上着を羽織っていたが、アリスは震えるような寒い朝でも同じ格好であった。アリスのバッグの中身を一層疑うバーバラだが、アリスのお腹が鳴ったことでバーバラは噴水の縁に立てかけていたサーベルを手に取った。
「待ってろ、朝食は」
「私が作る。大丈夫、騎士さんは自分の事してて」
アリスに促され、バーバラは再び廃れた街での探索を始めた。ギルドからはロボットの詳細について何も聞かされなかった。見たら分かる、の一点張りで姿形すら教えてくれなかった。
おそらくギルドは、何かを討伐して欲しくてこんな依頼をしたわけではないのだろう。最近王都では木々を薙ぎ倒す“バケモノ“を“ロボット“と言い換え吹聴している者がいる。機械に仕事を奪われた労働者の虚言が発端なのだろうと見当がついているが、問題なのはそれを信じる者が大勢いることだ。このまま放置していては大事になってしまう、そう判断したお偉いさんが動物を狩ることに長けたバーバラに所属ギルドの名前で依頼したのだろう。
「めんどくせぇ事に巻き込まれたな……」
バーバラは熊の寝所を探すため、廃れた街から離れて山に入っていった。熊の生息自体聞いたことがないが、木々を倒すだけの力がある動物を考えたら熊ぐらいなものだ。熊は倒したという感覚がなく、ただ子熊の頃のように細めの木に登ったら折れてしまったとかそんな話にしてしまえばいいだろう。熊がいないなら鹿の角がぶつかったせいにしよう。何かしら実態のある動物を捕まえればそれで終わりなのだ。それに、相場より高い報酬の中には口止め料も意味も込められている。その裁量はバーバラに任されていると言い換えてもいい。
アリスが作ってくれている朝食のことを思い出して下山していたところ、遠くに洞穴を見つけた。サーベルを握り直し、教会からの方角とおおよその距離を把握した上で下山した。
「冷えた」
「すまなかった。そんなヘソ曲げないで、な?」
礼拝堂に戻ると頬を膨らませたアリスが仁王立ちでバーバラの帰りを待っていた。本来ならば暖かかったであろう汁物と目玉焼きが、二人分並んでいた。アリスはバーバラに背を向けてもそもそ食べ始めた。
「待て、アリス、まさか泣いてるのか?悪かったよ、ガキの泣き止ませ方なんて知らないんだ」
「泣いてないし、ガキじゃないし。アリスはこんなことで泣かないもん」
アリスは相変わらず背中を見せたまま、バーバラの方を見ようともしない。バーバラは生まれてこの方