地炎の構成員で正義の味方、ボルダータウンのチャンピオンで常にみんなのヒーロー然としている快活な青年──。
きっとルカさんについての印象を街の人に聞いて回ったなら、そんな内容であふれかえるだろう。無論、私だってそうだ。
「それで、お姉さんのおすすめはどれになるんだ?」
だから、目の前で真剣にお菓子を選ぶ姿はそれらのイメージから程遠い。年相応の、ただの男の子にしか見えなかった。
シュガーボンボンにマドレーヌ、キャンディにクリームたっぷりのケーキ。──数多くのお菓子たちが並ぶ店内は常に甘い香りに満ちている。
ここは下層部の中でも特に明るく、幸せがただよう、とあるコンフェクショナリー。今日はホワイトデーが近いこともあって、普段はあまりいらっしゃらない男性のお客様が多いようだ。誰も彼もが慣れない店の空気にそわそわしているのが見て取れる。
私はいつもどおり「いらっしゃいませー」と挨拶をしながらお客様を迎えつつ会計をこなし、声をかけられるたびに製菓の解説やお客様の要望に適うであろうおすすめを見繕っていた。平素に比べると目の回るような忙しさではあるが、それでも私は、楽しくてたまらなかった。
コンフェクショナリーはいい。お客様はみなプレゼントのために、お祝いのために、はたまた自分の笑顔のために店にやってくる。誰もがおいしく可愛いお菓子の前に笑顔になるのだ。ご購入いただいた直後の嬉しそうな表情といったら、もう。私こそ「ごちそうさまです、ありがとうございます」と言いたくなるほどである。
そんな調子で何組目かのお客様を見送った頃。ドアベルが新たな来客を告げた。
真っ赤な髪と機械の腕、地炎のスカーフをつけた青年──ルカさんだ。彼もまた、それまでの男性客と同様にきらきらした雰囲気に気圧されたように小さくうめき、……気合をいれるように思いきり頬を張ってから店内に踏み入った。
すごい音してた。バチンってすっごい音した。というかほっぺ真っ赤になってる。痛そう。大きな音に驚いていらっしゃいませのタイミングを逃してしまった私は、そのまま彼の様子をうかがう。
棚に並んでいるマカロンを眺めて、瓶に詰められたシュガーボンボンを眺め、リボンのかかったマドレーヌを眺めて、……そばにおいてあるポップをじぃと見つめ始めた。ポップには“ホワイトデーの贈り物とその意味”と称して、お菓子とメッセージの組み合わせが記してある。
「気になりますか?」集中しているらしいルカさんの隣にそっと並ぶ。「上層部から入ってきた文化なんですよ」
はっとした様子で顔を上げた彼の、青い瞳とかちあった。
「バレンタインが心を贈るイベントですから、きっとそれに合わせてホワイトデーにもメッセージが生まれたんでしょうね。……どなたかへのお返しをお探しですか?」
「あ、ああ。そうなんだ。うまいもんをもらったから、ちゃんとお礼がしたくて……。助かったよ、ポップを見てなきゃクッキーを渡すところだった」
クッキーに付随したメッセージは確か、“友達でいよう”だったはずだ。
助かったってことはつまり、これから告白するんですか!?……などと、もちろん口に出せるはずもなく。私は「お役に立てたようでなによりです」と無難な返答をしておく。
「それで、お姉さんのおすすめはどれになるんだ?」
「おすすめ、ですか?」
「それぞれにメッセージがあるんだろ? だったら、アイツが喜びそうなものを選びたいんだ。手伝ってくれないか?」
ほう、ほうほうほう……。恋バナの、幸せの気配がする。ボルダータウンのヒーローが、同年代の男の子になったようだ。
そのお話をもっと詳しく! と尋ねたくなる気持ちをグッとこらえて「そうですね……」と贈答用に包装された商品を、いくつか並べていく。
バレンタインデーが恋愛に絡められることが多いイベントだから、ホワイトデーの贈り物に添えられたメッセージも、愛を感じさせるものばかりだ。小瓶に詰められた色とりどりのキャンディーであれば“あなたが好きだ”。分かりやすい告白である。華やかで愛らしいマカロンであれば、“あなたが特別”。これならば、親友や両親などにも贈りやすいだろう。ゆっくりと口の中でほどけていく様子から“あなたのそばは安心する”という意味合いがつけられたキャラメルは、優しい甘さも相まって年代を問わず食べやすいお菓子である。
なるべく穏やかに、優しい語調を意識して紹介していく。ルカさんは真剣な様子で頷きながら、目の前のお菓子を吟味しはじめた。それから、よし、と小瓶に詰められたキャンディーを選びとる。
「これにする! なんかキラキラしてて、アイツの笑った感じと似てるしな」
これが青春の輝きかーー!! ルカさんの照れたようなはにかみに、無関係な私の胸まできゅうんときた。なんとか平静を装って、「それならば常温保存で日持ちもしますし、見た目も可愛らしいですから。きっとお相手も長く楽しんでくださいますね」と返した。私の理性は頑張った。
「そうだな。喜んでくれたら、オレも嬉しいよ」
──早く会いてえなあ。
会計を終えて、ドアベルとともにルカさんを見送る。完全に扉が閉まったところで──私はカウンターに寄りかかって脱力した。
す、すげえや。ボルダータウンのヒーローが、ただの恋する男の子だった。純なオーラで浄化されるかと思った。リング上の姿とも、モグラ党のみんなと遊んでいる姿とも違う。きっと“お相手”にしか見せないのだろう、気が抜けたような笑い方が脳裏にしっかり刻まれてしまった。
こ、これだからコンフェクショナリーはやめらんないんだよなあ~~。幸せのおすそ分けだ。おすそ分けしてもらった幸せのぶん、ホワイトデーの当日、ルカさんがちゃんと贈り物を渡せてお相手が喜んでくださるのをお祈りさせていただこう。
後日。ホワイトデー当日に行なわれたエキシビションマッチの決勝戦。
観戦していた私は、優勝を決めたルカさんが客席のある一点を見た途端、レフェリーの勝者宣言を受けるよりも先に待機場所に戻っていくのを見た。
──も、もしかして。そこにお相手がいるんですか!?
真っ赤な包装紙に包まれたお菓子を持って戻ってきたルカさんは、客席にまっすぐ分け入ってそれを“お相手”に渡した。
試合直後だからか、それとも“お相手”の前だから。顔を赤くして、それでも嬉しそうに笑う彼を見て、私は、私は……もう胸がいっぱいでいっぱいで……。
頼むから、末永く幸せでいてほしい。