一目惚れだった。
ガツンと頭を殴られたような、思い切り胸を一突きされたような――。彼女を見た瞬間、とんでもない衝撃が走った。
白黒の世界の中でも燦然と輝く、星を集めたような髪。強い意志が宿った瞳。トパーズと話してやわらかく笑っていたはず口元は、今は警戒心を隠しもせずきつく引き結ばれている。
アベンチュリンが表情をつくることも忘れてただひたすらに星の彼女を見つめていると、トパーズが“しまった”と言わんばかりに眉をひそめた。彼女とトパーズは二言三言言葉を交わしたのち、お互いに手を振ってお別れをしたようだ。トパーズはこちらに小走りで駆け寄ってきて、星の彼女は廊下のむこうに消えていく。
「まさか石心の君が直接書類を届けにくるとは思ってなかったよ。これってそんなに重要なものだったっけ?」
「息抜きと復習を兼ねてね。いつ記憶が抜け落ちるか分かったものじゃないし」
小脇に抱えていた紙束を渡す。ぱらぱらと指先でめくりながら確認するトパーズの横で廊下の先をじぃっと見つめていたアベンチュリンが「ところで、」と口を開と、すかさず「教えないし紹介しないし、二度と会わせるつもりはないよ」と一蹴された。取り付く島もないトパーズの態度に、少々面食らう。
「まだなにも言ってないじゃないか」
「おおかた、“あの子は誰だい、トパーズの友達かな? 僕に紹介してくれないか”……ってところじゃない?」
「ご明察」
「ダメだよ。頼まれているの」
誰に、なぜ。なんのために。
トパーズは「じゃ、私も仕事に戻るね」とアベンチュリンに手を振り離れていく。尋ねるいとますらなかった。
次に星の彼女を見つけたのは、レイシオの研究室に赴いたときだった。どうやらレイシオの講義を受けているらしい。マーカーペンでホワイトボードに大量の数式が展開されているのを、星の彼女がノートと参考書を広げながら何度も頷いている。
アベンチュリンが扉をあけた音に反応した二人は、片方はマーカーのキャップを閉めてこちらに近づいてきて、もう片方は慌てて机上に突っ伏し顔を隠してしまった。
「やあ教授。近くにきたから寄ったんだけど、忙しかったかな?」
「こい」
挨拶もそこそこに。レイシオはアベンチュリンの手首を掴んで無理やり廊下にひっぱりだすと、研究室の扉を閉めて背に隠した。まるで、中にいる彼女を守るかのような仕草だった。
「あれほど事前に連絡しろと言っただろう」
「あはは、さっきも言った通りたまたま近くにきただけだからね。迷惑だったか?」
「……迷惑というより、タイミングが悪い」
――おや、珍しい。
歯切れの悪い返答だ。いつもならもっと切って捨てるような物言いか、あるいは小言が飛んでくるのが常というのに。
腕を組んで目を伏せたレイシオは「もし用件があるなら後日改めて聞こう」と告げた。“だから今日は帰れ”と言いたいのだろう。それだけあの講義が大切なのか、――あるいは、彼女が大切なのか。ほとんど無意識に目を細める。目の前の彼をじっと見つめて「ふぅん……」とこぼせば、居心地が悪くなったのか、かすかにレイシオが身じろいだ。
「教授が個人講義だなんて珍しいね」
「僕が誘ったからな」
「へえ? 特別な子なんだ。あの子は誰なんだい?」
ぐ、と短くうめいたレイシオは「彼女に関する一切は、君に伝えないと約束しているんだ」と苦々しげにこぼした。表情と態度から察するに、彼自身はその約束に納得がいっていないようだ。ひとまずその場は「あ、そう。なら仕方ないね」と聞き分けよくしておいた。
すぐさま懐から端末を取りだして、メモ機能を呼び出す。どうやら星の彼女はトパーズとレイシオの共通の知人であり、レイシオから直々に講義の誘いを受けるくらいに優秀らしい。そしてどうしてか、アベンチュリンに自身のことを教えるなと頼んで回っているようだ。
「ギャンブラー、」端末をしまうと同時に声をかけられた。「彼女のことを知って、どうするつもりだ」
問われた意味がわからず、言葉を咀嚼する。
「正直、決められてないんだ。ただ、……そうだな」
姿を見かけたのはたったの二回。声もまともに聞いたことなどないし、なんなら彼女の容姿しか知らないような状態だ。これは一目惚れで、恋で、愛を抱えてしまったのだという自覚はあったが、だからそれをどうするのか、未来のことなどうまく考えられずにいる。
けれど、それでも。明確にひとつだけ。やりたいことがあった。
「彼女の名前をたくさん呼べたらいいな。今は、それくらいしか考えてないよ」