「「お疲れっしたー!!」」
行きつけの小さな定食屋で、なみなみと注いだビールのジョッキをぶつけ合う。
カツンと小気味よい音を立て、2人は一気に半分くらい飲み干した。
「ぷはあーっ! やっぱ観劇後の一杯はたまらねえな!」
「全くっす! って、迫田さんビールマジで美味そうに飲むっすよね」
「まあな! 銀泉会の集まりでもよく言われんだよ。『迫田の飲みっぷりがいいつまみになる』ってな」
「はは、気持ちは分かるっす! 俺も職場の先輩らによく飲まされるんすよ」
笑いながら話す2人の元に、頼んだ食事が運ばれてくる。とんかつにエビフライ、みそ汁とおしんこもたっぷり、ご飯も無料大盛りだ。2人は話もそこそこに、今度は大きな口を開けて定食をかっ込む。
揚げたてさくさくの衣を噛み締め、中の具の熱さと弾力に舌鼓を打ち、ごくんと飲み下すと、それがそのままエネルギーに変わっていくような感覚になる。
「はあ……うめえ。観劇してるだけでこんだけ腹減るんだから、舞台の上のアニキたちなんかそりゃもう、すんげー腹が減るんだろうな」
「確かにそうっすね! 俺、仕事が肉体労働なんでマジで飯はよく食うんすが、観劇もそれと同じくらい腹減るんすよー。臣さんなんて、この上に更に飯作って食ってなんてしてんだから……すんげーよなあ」
2人は食事をしながら、しみじみと舞台上の推したちに思いを馳せる。半分ほどを数分で食べほし、やっと一息ついて今日の観劇のことを語り出した。
「いやあしかし、今回の公演も最高だったなあ! しかもあざみが主演でアニキが準主演……くう、決まった時の衝撃が、今でも体を駆け抜けるぜ」
「そうっすよね! 迫田さんにとっちゃあ、待ちに待った公演っすよね?! しかも、今回白兵戦もガンアクションも超かっこよくて! 殺陣の時は息できなかったっすよ!」
「だよなあ! おれもずっと息止めてたから、終わった瞬間「ぷはあっ」って音立てて息しちまって、隣のお姉さんにちょっと笑われちまったぜ」
「いや、みんな一緒っすよ! あの瞬間お客さんみんなが息継ぎしたっすもん。しかも、最初の暗闇の殺陣の時、照明と音響がバチッて噛み合ってて、めちゃくちゃカッコ良かったっすよ!!」
「それな! 照明と音響の噛み合い具合、ヤバかった! 中盤のアニキたちが捕まった場面だってすげー盛り上げ具合が最高でよ! また、周りを蹴散らすアニキたちの演技がやべーのなんのって」
「それなんすよ! 臣さん、元軍人って設定が似合いすぎて! 髪型も今回カリアゲで気合入りまくってるから、迫力が段ちなんすよね! 臣さん昔はあんま髪型変えるイメージなかったんすけど、最近は色んなセットしてるから、毎回新しい臣さんの魅力に気付いちまうんすよ」
「分かるぜ! それもこれも、全部あざみが頑張ってヘアメイク考えてるからなんだよな。今回の公演も、メイクがっつりやりてえってあざみの希望でああいう話になったらしいからな」
「へえ! あざみさんが! いやでも、あざみさんが入ってからマジでメイクのクオリティは段ちで上がりましたよね! あのゾンビ公演もメイク本格的すぎてやべーってなったけど、今回のヘアメイクも全員雰囲気違うけどめちゃくちゃかっけーし、この前のバンド公演もまた別の方向で良かったし……」
「だよなだよな! あざみ、まだ15歳なのにマジで意識も技術もやべーんだよ。さすが会長の息子、おれの推しだよ……!」
「ほんと、あざみさんすげーっす! あのバンド公演の時の臣さんの雰囲気の変わり具合、一瞬誰か分かんなかった位っすからね、この俺が。さすが役者・伏見臣っす!」
「分かるぜ! おれもまさかアニキの黒髪リーマンヘアを拝める日が来るとは思わなかった。ああ……金髪のアニキももちろんかっけーけど、黒髪のアニキのあの真面目な感じも最高だった……」
残りのおかずを食べながら、話はだんだん推し以外の話になっていく。
「でも誰か分かんないってことなら、今回の七尾さんもやべーっすよね! 一人二役でしかも片方ラスボスの悪女なんて、マジでぱねーっす!!」
「それは全く同意だぜ! 七尾さん、普段すっげーノリが良くて元気! って感じなのに、あの女ボスになった瞬間めちゃくちゃ色っぽくなるのすげーよなあ……あの色っぽい衣装も着こなしてたし、街で見かけてもぜってー男だって分かんねえわ」
「っすよね!? 俺、秋組の舞台初めて見たのが『異邦人』だったから、太一さんのあの元気ヒロインからの変わりぶりがヤバくて、なんかぐっと胸に来たっす……!」
「分かる、分かるぜリョウ! 役者の成長を実感する……それもまた観劇の醍醐味ってやつだ」
「醍醐味……迫田さん、難しい言葉知ってるんすね」
目を丸くするリョウに、ケンはへへ、と鼻をこすり上げ、「アニキからの受け売りだ」と胸を張った。リョウはそれを微笑ましげに見つめ、それから浸るように話し出す。
「あとは……俺は今回、臣さんと十座さんが一緒に殺陣やってるの見て……なんか、昔臣さんと那智さんが背中合わせに喧嘩してた頃のことめちゃくちゃ思い出して……全然そんな場面じゃないのに泣きそうになっちまったす」
目を潤ませたリョウに、ケンは「ああ……」ととある事実を思い出して頷いた。
「兵頭さん、那智さんに似てるんだったか……そうだよなあ、思わず重ねちまうよなあ……」
「っす……十座さんとは何度かツーリング行ったり飯食ったりして、那智さんとは全然違う人って分かっちゃいるんすけど……舞台の上の十座さんは、時々すげー那智さんに似てる瞬間があるんすよ……あ、これ、十座さんには内緒にしてくださいね」
「当たり前よ! でも、心で思うくらいなら自由じゃねえか!」
二カっと笑うケンはなんの衒いもなく爽やかで、リョウはそれだけで少し湿っぽくなってしまった心が軽くなるようだった。ケンのこういうところを、リョウはとても尊敬し、慕っている。年齢は殆ど変わらないが、やはり『迫田さん』と呼びたくなる器が、ケンにはあるのだ。
ケンは残り少ないエビフライを齧りながら話を変える。
「おれは、成長っていうのもおこがましいが、やっぱ摂津さんの演技っつーか、芝居に関わる色々がやべーって思うようになったな」
「万里さんっすか?」
そう言われてリョウはみそ汁を飲みながら万里の演技を思い出す。元々イケメンでそつのない演技をする役者だと思っていたが、あの満開公演から確かに一皮むけた感じがある。なんというか……いい意味で、安定感が出たというか、穏やかさと激しさの緩急が更に鮮やかになったというか……。
ケンはリョウの思考が途切れるタイミングで、話を続けた。
「今回の摂津さん、一番アドリブ入れてるんすよね。それも、話を深めるようなめっちゃいい感じのヤツ。それに、あざみに聞いたんすけど、最後の七尾さんの悪女メイク、摂津さんがやってるらしいんすよ。あざみが舞台の上からはけれねえから、あざみの代わりを買って出てくれたらしくて。あざみが『あの人になら安心してメイク任せられる』って笑ってたの見て、舞台の上以外からでも仲間の信頼勝ち取れるリーダーってすげえなって。アニキも摂津さんのことはめっちゃ期待してますし、あざみも結構なついてるし……最初に会った時は、アニキや兵頭さんにつっかかる、いけすかねえイケメンだったんすけどねえ」
「へえ……! 万里さん、最初はそんな感じだったんすか! 今でも十座さんとはよくケンカしてるとこは見かけるっすけど、いけすかねえ感じはねえからなあ。なんか、昔の臣さんと那智さん思い出すっす。あの二人もよくケンカしてたから」
「今の摂津さんと兵頭さんの喧嘩は、なんか、和むんすよねえ……風物詩? みたいな」
「確かに。分かる気がするっす!」
そう言って笑い合い、定食の残りを綺麗に食べ干す。
「ふう、食った食った。次の店行くか?」
「いいっすね! 俺、明日朝早いんで、日付変わるまでなら付き合えるっす!」
「おれも日付変わるまでだな! 明日はアニキの代わりに店回り行かなきゃなんねえから」
「くう! 仕事の面でも左京さんを支えられるなんて、迫田さん羨ましいっす!」
盛り上がった二人は支払いをきっちり割り勘して店を出る。
「よーっし! 今日は推しについても、推し以外についても、語り明かすぞー!」
「おお! 推しも、推し以外も愛おしい! それがMANKAIカンパニー!」
「よく分かってんじゃねえか! さすがおれの兄弟分!」
互いに肩を組み、笑いながら夜の街に消えていくケンとリョウであった。
〇
組公演も一通り終わり、少し落ち着いたとある日のこと。
ケンは珍しくリョウから「会いたいっす」と誘いを受けた。観劇後とヴォルフ&銀泉会の合同飲み会以外はなかなか予定が合わないのだが、ケンは予定を調整しなんとかリョウと会った。
「なんでぇ、観劇と飲み会以外でリョウに会うのはなんか不思議な感じだな」
「はは、そうっすね。でも、今日はどうしてもこれを渡したくて」
そう言ってリョウが恭しく差し出したのは、以前リョウと一緒に観劇した秋組第十回公演のポスターだった。しかも、そこには左京や莇を始めとした秋組団員たちの寄せ書きが添えられていた。
「え……? えっ?! ええ?! おまっ、これっ、どうっ、どしっ?!」
激しく動揺するケンに、リョウはサプライズが成功したことを喜んだ。
「へへ……もうすぐ迫田さんの誕生日だったから、臣さんに頼んでポスター印刷してもらって、そこに秋組の皆さんにメッセージ書いてもらったっす! 迫田さん、これが一番喜ぶと思って」
「よろっ、おまっ、喜ぶなんてそんなっ! そんな言葉じゃ……っ!!」
ポスターを見つめながら、身体を震わせるケン。触れるのも恐れ多いが、もう片時も離したくなかった。涙で目の前が見えなくなりそうだが、涙でポスターを汚してしまっては大変なので必死に零れるのを堪える。
「でもおまっ、こ、これっ、どどど、どうやって保管……っ!」
動揺しまくっているケンに、リョウはにっこりと笑って持ってきていたもう一つの大きなプレゼントを差し出す。
「そう言うと思って、飾る為も額縁もセットっすー!」
「リョォォォー! お前えええぇぇぇ!!」
幸せに満ちたケンの叫びに、リョウもまた幸せそうに笑うのだった。【終】