古谷姉夫妻を見送った直後、深町から到着した旨の一報が来た。
「すみません、今日は報道車両がいくらか出ていて、少し回り道を」
 と謝る深町に、楓は問題ないと手を振って応えた。
 タッチの差だったな、と楓は嘆息する。元プロ選手ならではの勘と洞察力で、あの二人を見て欲しかった気もしたが、深町にまで不愉快な思いをさせるのも気が引けた。
「フクザツです」
「えっ、どうされました?」
「それが……」
 落ち着いたところで話を、と思い応接室を振り返るが、あの二人がいた空間と思うと気が進まない。どうするか、と一瞬考えた楓だが、
「そうだ、事故現場、ある程度は見られますか?」
「そのものはまだ……少し離れた所からであれば、問題ない思います」
 加納の談によると、まだ現場検証が残っているらしく、KEEP OUTのテープも貼られているそうだが、ある程度の位置までは近付けるらしい。またこの寒さだ、作業員以外は居ないはずと踏んで、楓は深町を外に誘った。
 彼と話がしてみたかった。
「こうして見ると、本当に大きいですね」
 燃焼実験施設の側にも、例の巨大な風車が海岸沿いに林立している。彼らは白い巨人のように、今日も北の海を無言で眺めていた。
「私が現役のころはまったくありませんでしたからね。帰ってきて驚きました」
 それはそうだろう。この規模の風力発電が20年未満で根付くのだ。土地に余裕があるのもあるだろうが、地域振興として切実に望まれていたのだろう。
 昨日と違い、今日は朝から雪がちらついていた。灰色の雲に覆われた空から、重量のある雪が落ちていたが、今は止んでいる。鈍色の海は強い風に白波を立てている。
 事故現場からはものが燃えた匂いがしたが、海風に流されていく。
 荒涼とした風景だった。
「……懐かしいな」
 ぽつりと、深町はそう言った。冬の日本海、恐らくこれが本当の姿なのだろう。だから、楓もつい応えていた。
「この風景は、故郷に似ています」
「えっ? 山科先生、の、おくにはどちらですか?」
 意外そうな顔の深町に、楓は僅かに口角を上げた。楓にとって故郷とは祖父の祖国である。過ごした時間は6年ほどだが、思春期の6年は長い。
「ウェールズの北になります」
「……! そうでしたか、なるほど」
 深町が頷いたのは、楓の外見によるところも大きいだろう。近年、より髪の色が抜けて銀色の部分が増えた。元々薄い瞳の色も、光に当たれば灰青に見える。母曰く、年々祖父に似てきているという。
「あそこも冬はほぼ毎日、こんな天気で。偏西風を利用した風車が、ここと同じように増えているらしいです」
 江戸っ子気質を受け継いだ母に言わせると「陰気で嫌になっちゃう」そうだが、楓はあの閉じたような冬の光景が嫌いではなかった。祖父と過ごしたからかもしれない。
「そうですね……毎日、こんな曇天で、昨日のように晴れる日はめったにないんですが」
 深町の声は、冬の風に負けずよく通った。
「うちのバスケ部には、全国から生徒が集まります。今は海外からも。でも本当に冬は毎日雪が降ります。世界の全部が閉ざされるような」
 雪の白と、それ以外の、モノクロームの世界。
「そこに猛練習ですからね。当然、イヤになるんでしょう、毎年何人か脱走者が出ます。冬はそれでも逃げる気力がわかないらしくて……寒いですから。せいぜい海岸線まで走ってきて、バカヤロー!とか、叫んでましたよ」
 それこそ、空からこぼれる雪のように。自身の思い出なのか、チームメイトや、今の選手たちの話か。ただ、ほろほろと語られる深町の灰色の青春は、耳に馴染んだ。辛くとも遠くとも、間違いなく、あの頃の欠片。
「古谷は、この街に帰ってきたかったんでしょうか」
 轟々と鳴る風に乗せて、楓は彼に訊ねてみた。それは、深町自身への問いのようでもあった。
「……あいつが県内出身なのは知っていましたが」
 深町はそこで言葉を選んだ。深い夜の瞳がすっと細くなる。
 二人は事故現場に背を向け、ゆっくりと海岸線沿いの道を歩いた。
「うちの高校は公立校ですが、バスケ部のおかげで学生寮があります。工業高校ですから、男女比はほぼ9:1ほどで、女子バスケ部の部員はそれほど多くないですが、古谷は寮生だったんです」
「えっ」
 なんと。
 確かに、学生寮がある公立校は珍しいだろう。大家のおかげで高校スポーツ界の事情を、ある程度知っている楓としても耳に新しい。しかし、伝統ある強豪校であるなら、その事実は広く知られていたということか。
「バスケ部員以外で、県内出身の寮生は珍しいです。しかも古谷の実家は通えない距離ではなかった。現に、秋田市内から通学する生徒はいます。電車の本数は限られますが、バスもありますし」
 そうだろう。そもそも、部活や何か特別な理由がなければ、寮暮らしが必要な公立校は進学先に選ばない。つまり、彼女には”それだけの”理由があったのだ。
「夏休みも冬休みも……長く帰省しているのは見たことがありませんでした」
 その頃から。
 そこで、深町はくるりと振り返り、笑った。
「入学した日に、自己紹介があったんです。まあ、私は”バスケをしに来ました”とだけ言って、たぶんクラスメイトには引かれていましたが。古谷はね、」
 宇宙開発ロケットを打ち上げたいので、工業高校の方が役立つと思って来ました。
「ってね、言ったんですよ、あいつ」
「言ったんですか……」
 思わず嘆息する。彼女らしい、というか、古谷でなければ言わないような理由だ。当時から、宇宙への憧れが、いや、渇望があったとしたら。
 初志貫徹というような、清々しいものではなく。
「それでも毎日まいにち、何かしら起こって、ごく普通の高校生活を送っていたと思っていたんですが」
 そう言って、彼は淋しく笑った。
 低く響くのは、風と波の音ではなく、風車の回る音か。
 楓は頭上で回る白い羽を見ながら、ひとつ息を吸う。
「深町さんは、元日本代表キャプテンだったと伺いました」
 それに、深町は「おっ」という貌をする。
「私が下宿している家の大家が、野球をやってるんです。○○大付属の野球部OBで、先輩をたどると、深町さんと同期の選手につながるそうです」
「○○大というと、ああ、牧ですかね。なるほど、あそこの野球部も強豪だ」
 縦横のネットワークが強いんですよ、と肯ってから、楓は昨日、柳澤から聞いた件を持ち出す。
「深町さんの代は強かったと、インターハイ四連覇、公式戦三年間無敗だったとか」
「ああ、それ、嘘が混じってますね」
 あはは、と、軽く笑われた。しかし、その笑いはどこか空虚で、深町には似合わなかった。それが顔に出たのだろう、深町は楓を見るともう一度微笑んだ。
 痛みを含んで。
「インハイ四連覇はできませんでした。まあ、優勝候補、連覇確実という下馬評はいただいてましたがね。広島だったかな、緒戦敗退しました。うちはシードだったので、一勝してるあちらに勢いがあったのは確かですが、それでもね」
 相手はインハイ初出場の公立校でね、と、思い出話をする深町の横顔は無色透明だった。
「おかげで、地方紙やスポーツ紙なんかではずいぶん叩かれましたし……推薦が一旦白紙になった部員も居ました。学校でも盛大な壮行会があったんですが、早々に帰ってきたんで、ちょっと」
 聞いたことのある話だ。
 大家も二年の夏大、優勝候補筆頭で挑んだ甲子園で初戦敗退している。彼や柳澤に言わせると、非難されるのはまだマシで、労われるのが辛かったらしい。
 そこで深町は、キャプテンとして矢面に立っていたのだろう。敗軍の将として。
「連勝はいつか止まります。別に不思議はない。俺達に油断があったんでしょうし、あちらが強かった。それだけです」
 ただまあ、二年生エースやマネージャがね、ずいぶん落ち込んでましたが。
 と、そこだけは少し哀しそうに。
「まあ、しばらくはそれで、腫れ物に触るような扱いでした。すぐ、秋の国体の準備に入ったんですが、俺もちょっと集中出来なくて」
 そんなとき、立ち寄った生徒会室に古谷がいました。
「あいつ、生徒副会長だったんですよ」
「聞きました。なんというか、会長じゃないあたりが”らしい”ですね」
 楓が反射で応えると、違いない、と深町は言う。
「取材とか広報とか、生徒会にも影響があったとは思うんですが、そこでね、古谷に訊かれたんです」
 深町、君はやる気があるのか?
「いきなり何を言いやがる、と正直思いました。いや、慰めて欲しいわけじゃないですがね。それにしたって。当然、言い返しましたよ、あるに決まってると」
 じゃあ、そんな腑抜けた顔でいるのをやめろと。
 必ず、これから秋も冬も全部勝てと。
 ああ、バスケは野球と違って秋の国体のあと、冬の選抜まであるんで、と深町は風車に向かって言う。
「古谷ね、書道部の部長でもあったんですよ。選抜のときは、出場校は校名を書いたプラカード持って入場行進するんですが、それを書くのが部長の最後の役割なんだそうです。僕の花道を飾れ、くらいなことを言いましたよ、あいつは」
 言うだろう、彼女なら。
 というか、言えるのが古谷というひとだった。
「そこから、俺達は全部勝ちました。うちの副キャプテンがね、 って電報打ったんですよ。あの時代、まだケータイメールでさえなかったから」
 今度は、きちんと明るい笑い声だった。
「古谷、おまえ、何処に居るんだよ」
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北の街_202402251702
初公開日: 2024年02月25日
最終更新日: 2024年02月25日
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コメント
北のバスケの街で起きる爆発事故と行方不明事件
散華_20240831
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都築晶
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ちょっと出来心で旅先ですが沢深ワンドロワンライ参加しようかと
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