※大幅に変更される可能性があります。
 白い石造りの建物で、中には椅子が並べられ参拝できるように作られている。一番奥は一段高くなっており、そこには教壇が一つと椅子が一つ。背後には天秤を象った白い壁が存在感をだしていた。いくつもの白い柱に天井を支えられているここは、天秤の神の間。
 教壇の前に佇むのは二つの影、そして入口付近には縄で縛られて連れてこられたタルフが膝を折って座らされている。
「……なんで、おめぇがいるんやざ?」
「タルフを誘いに来たんだよ。こっちに来ないかって」
 タルフの前に進み出た方の影は、タルフがよく知る水瓶の加護を持つサダル。彼は、いつも同様ににっこりと笑ったままタルフに応えた。水色の瞳は笑っていなくて、タルフは緊張して喉を鳴らす。
「それについてはもう話がついてるはずやざ。うらはいかん」
「なんで? ベンスさんに会いたくないの?」
「いるわけないやざ」
 もうサダルの顔は笑ってなかった。ただ見下すように見てくる目に、タルフは下唇を噛んだ。いるはずのないサダルから出された名前――自分の兄を思い出す。
 ベンスは蟹の星ではよくいるタイプの人間だった。明るく、誰とでも酒を酌み交わし、笑いあう。蟹の星で一番多い職種の漁師だった。
 逆にタルフは浮いていた。蟹の星では珍しく内気で、引きこもりがち、上手く話ができないため口数も多くはなかった。だから、いつも兄ベンスの後ろに引っ付いて回っていた。蟹の星の大人たちはそんなタルフにも笑顔で話しかけてくれたし、ベンスの弟として面倒を見てくれる人ばかりだった。だから、タルフが兄が好きだったし、蟹の星での暮らしはとても幸せだった。たとえ、蟹の星では珍しい青い髪で子ども同士での喧嘩は絶えなかったとしても。
 その暮らしに加わったのがサダルだった。ある日、漁に出たベンスをタルフは港で本を読みながら待っていた。
「そうですかー、やっぱり販売経路を広げることは難しいんですね」
 ずっと、漁師の帰りを待つ人に交渉を持ちかけては玉砕している水色の髪の少年がいることは目の端に映っていた。
 けど、蟹の星の人たちに商売っ気はなく、自分たちが食べる分だけ食料があればいいという考え方が強かった。足りなければ近隣で食料を分け生きていく。助け合いの精神で保っている星なのだ。
 だから、同盟星とのやりとりも必要最低限、食べていくのに困らないようにするためのものであって、過剰に関わることもない。ただ若者は憧れを持って水瓶や天秤の星に行くことが多くて、働き手が少ないと親が嘆いていたのをタルフは聞いていた。だから、水瓶の星に行った人間に頼めばいいのに、と未だに交渉をしようと躍起になっている少年をちらりと見た。
 目があった。
 髪と同じ水色の瞳が大きく見開かれた。早足でこちらに向かってくることに、タルフは身を縮ませる。
「やあ、君ひとり?」
「…………」
 同じ珍しい青い髪に親近感を覚えていたタルフだったが、話しかけられてしまえば持ち前の人見知り気質が顔を出して、話したくないとばかりに無言を貫く。
「ねえ、聞きたいんだけど、蟹の神について教えてくれないかな?」
「…………」
 顔をそらした程度では、回り込んできてにこにこと聞いてくる少年にタルフは下唇を噛んだ。キッと睨みつけるが、タルフの前髪は長くて少年からは目が見えなかった。
 だから、サダルにはタルフの言いたいことは伝わらなかった。
「えっと……僕、サダルって言うんだ。ちょっとさ困ってて……同い年くらいだしできれば仲良くしたいんだけど」
「……知らんやざ」
 困ってるアピールをするサダルにタルフはすべてひっくるめて一言だけ返答した。これで関わりたくないって言うのが伝わるはずだ。とタルフは肩の力を抜く。
「あ、もしかして怪しいやつだと思ってる? 僕さ、水瓶の加護持ってるし、ほら」
 しかし、どっかに行く様子もなく慌てて自分の主張を始めるサダルは、海の方に手を向ける。海の水が一塊浮いてタルフの前にふよふよと動いている。
「どう? すごいでしょ? 実はさ、僕店を開くんだけどそれに蟹の星の海産物を使いたくてさ。売ってるの買うのは新鮮さがちょっとね。直接やり取りした方が新鮮なものを手に入れられるじゃん。でも、伝手がないからこうやって蟹の星にまで来たんだけど」
 結局自分の話を続けるサダルに、タルフはこいつとは絶対に仲良くなれないと強く確信した。
 タルフは本を読むふりをして無視を決め込む。
「……君はこの星の人と少し違うよねちょっと特別っていうか――」
「うるさいやざ!!」
  いつまでも話をしてくれないタルフに、サダルは別の切り口から話をしようと特別感があると持ち上げようとした。しかし、それはタルフにとっては逆鱗だった。
 サダルの言葉をさえぎってタルフは叫ぶ。一番気にしていたことを、何もしらない部外者に指摘されて我慢ならなかった。
 タルフの態度にサダルもつられて不機嫌になった。これだけ懸命に話しかけて、持ち上げて、それで怒る相手に会ったことなんてなかったから。
「はあ? なんで怒るのさ。髪の色も珍しいし、寡黙な人なんて会わなかったし、変じゃん」
「――っ! 我慢ならんやざ、おめぇとは誰も話さんやざ!」
「な、なにすんだよ!?」
 タルフが立ち上がってサダルに掴みかかる。言葉があまりうまくないタルフは力で対抗してしまう。
 掴みかかられれば、サダルもそれに抗った。取っ組み合いに発展するのに時間は必要なくて、タルフの兄ベンスが止めに入るまでいくつもの痣を作っていた。
 ベンスは戻ってきてそうそう、港でタルフが喧嘩をしていると報告を受けた。駆けつければ、見慣れない少年とタルフが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
 慌てて止めて、二人を自宅へと引きずって帰った。その場では知人が多く何事かと野次馬が集まってきていたからだ。
 二人を床に正座させてベンスは二人に問いかけた。
「何がどうなってこうなったんやざ?」
『こいつが――!』
 タルフとサダルは、はもったかと思えばにらみ合ってまた喧嘩を始めそうな勢い。ベンスは立ち上がりかけた二人の肩を掴んでため息を吐いた。
 漁をしているベンスの体格は良いため、肩を抑え込まれただけで二人は立ち上がることすらできなかった。
「順番に話すやざ。あんたは見かけない顔だけども、誰やざ?」
「僕は……水瓶の星の加護を受けたサダルです。この星には商売の取引のために来ました」
「それがどうしてタルフと喧嘩になるんやざ?」
「僕は同い年ぐらいの子がいるから話しかけただけで、いきなり掴みかかってきたのはあっち!」
「……うらは話したくなかったやざ。ずっと無視してんのに話しかけてきてうざかったんやざ」
「はあ? ずっと無視決め込んでたくせに『この星の人と少し違うよね』って言った瞬間大声出して掴みかかってきたんじゃん!」
「我慢の限界だっただけやざ」
「うむ、なんとなくわかったやざ」
 肩を抑えられて身動きが取れない二人は再び口で言い合いを始める。ベンスは肩から手を離したかと思えば、今度は頭をガシっと掴んだ。そして、にかっと明るく笑った。
 頭同士がぶつかったゴンという音が響く。
「――っ!」
「いったーっ!!」
「相手のことを配慮できんでどうやって商売するんやざ。タルフも、まずは口を使え、話をしろと言ってるんやざ」
 ベンスは自分の説教を聞いていた二人の腕を引き上げて立たせる。
「まずはお互い知るところからちゃんとするべきやざ。だいたい腹減ってる時はまともに話もできん。やから、腹ごしらえしてからな。サダル、夕飯でも食ってけ」
 二人を食卓の椅子に座らせると、ひとしきりわしゃわしゃと頭を撫でてからベンスは夕食の準備へと台所へ向かった。
 残された二人は、夕食が始まるまでただ無言でそのまま過ごすしかなかった。
 ベンスが夕食の準備を終わらせると、タルフは無言で食べ始めた。手で食べるタルフにサダルもおずおずと倣って料理に手をつける。
 慣れたスプーンやフォークというカトラリーがない食事に戸惑いながらも、一口ずつ食べてサダルは食べる手を止める。
「……ねえ、これってどういう料理?」
「ただ魚を焼いただけやざ」
「こっちは?」
「魚と野菜を煮込んだ料理やざ」
「……シンプルだね……でも、美味しい……いつも作ってあげてるの?」
「うん? 親がいない時はそうやざ」
 サダルがボロッと涙を流す。隣にいたタルフはびくっと驚いて固まった。
「……いいなあ」
「いつでも食べに来ていいやざ? タルフと近い年でここまでこいつにつっかかってきたのはあんたが初めてやざ、仲良くしてほしいやざ!」
「はあ? お兄ちゃん何言ってるやざ!?」
 タルフが立ち上がってベンスに突っかかるも、袖をサダルが引く。
「……タルフ、食べに来ていい……?」
「……勝手にするやざ!」
「へへ、ありがとう! タルフ!」
「~~! 家に来てもええけど、うらは仲良くしないやざ!」
 タルフは大きな声で宣言をして、ご飯を掻っ込むと自分の部屋へ駆け込んでいった。
「タルフって面倒くさいですね」
「言うてやらんでくれ。ほんに同年代の友達がいないから関わり方がわからないだけやざ。今日は泊まるところあるんやざ?」
「ないです」
「じゃあ、泊まっていくやざ」
「はい!」
 サダルはにこにことしながら夕食を楽しんだ。
 タルフにとっては最悪だった。夕食を掻っ込んで自室に閉じこもっていたが、同室であるはずの兄はリビングで寝るとサダルを代わりに連れてきたのだ。
 強引にもほどがある。タルフはいまだにサダルのことを許してはいなかった。だから、布団を被ったまま微動だにしないでサダルが寝るのをひたすら待っていた。
 サダルが布団に入った音がして、少しほっとするタルフ。このまま話さずに寝てしまいたかった。
「ねえ、起きてるでしょ?」
「……なんで話しかけられるんやざ?」
 同年代の子どもはみんな一度の取っ組み合いで自分から離れていった。だから、タルフはずっと年上か大人としか関わってこなかった。
 無視しても、殴っても、拒否しても、何度も話しかけてくるサダルにタルフは嫌いよりも意味がわからないという感情のが上回った。なんでこいつは諦めないのか、不思議でならなかった。無意識にサダルに興味を持ったのだ。だから、無視ではなく話すという選択肢をとっていた。
「うーん……お礼を言いたくてさ。ありがとう、タルフ」
「変なヤツやざ」
「タルフにとっては普通のことなのかもしれないけど、僕には人に料理を作ってもらうのも、怒られるのも、同年代と喧嘩するのも、全部初めてなんだ」
「……ふーん」
「水瓶の星で僕はずっとひとりだった。物心ついた時には僕は親戚の家に居て、親は失踪したんだって言われて育った。何か役に立たないと親戚の家にはいられなくて、僕は必死に雑用を覚えた。顔に笑顔を張り付けて、相手を持ち上げて、相手を気持ちよくさえすれば僕は殴られなかったし、ご飯も食べれた。僕は他の人の機嫌をずっと取るために生きて、笑顔は顔に張り付いた」
「ああ、断られてもにこにこしてたやざ。うらはどれもむかついたやざ」
「あのねぇ、君は本当に普通じゃないんだよ。特別扱いがイヤなんてさ……」
「特別はうらにとっては忌み言葉やざ。人と違えば、仲間外れになるしかないんやざ」
「うん……僕もひとりだった」
「……水瓶の加護を持ってるからやざ?」
「そう。人と違くなればなるほど、遠くなっていったよ。僕は雑用も覚えて相手への接客は完璧にできるようになった。生きるための術だったから他の人間と必死さが違ったんだ。水瓶の加護を得る条件は年に一度開かれるコンテストに優勝することなんだ。その出場権利は平等に与えられるから、望めば参加できる。僕は接客のコンテストで優勝した。最年少で。いつまでも親戚の家に居たくなくて、優勝すれば加護だけじゃなくて賞金も手に入る。加護が手に入れば身分も保証されるし、ないものばっかりの僕には願ったりだった。でも、加護を手に入れても親戚の態度は変わらなかった。それどころか僕が手に入れた賞金にも手を出されて……僕は家出して起業することにしたんだ。今回は、そのために蟹の星に来たんだよ。水瓶の星だと僕は有名すぎるから、加護を持ってくるくせに商売もできないのか。ってバカにされて相手にもされないし……」
「……行動に移したサダルはえらいやざ」
 タルフはサダルの話を聞きながら、自分も遠巻きにされた過去を思い出していた。同年代に異質扱いをされて、我慢できずに殴りかかって、その後は見ないふり。聞こえないふり。閉じこもるしかできない自分にくらべたら、サダルはどうにかしようとあがいて行動して、その行動力は羨ましかった。
「……うぅ……」
 たった一言にサダルは泣いた。喉の奥がつっかえて、胸が詰まって、言葉が出てこない。
「……ひっ……ごめん……タルフは蟹の星の人たちと違わない。同じくらいあったかい……」
 サダルが絞り出す声に今度はタルフの顔がくしゃりと歪んだ。
「……うらは……半分違うんやざ」
 ぽつりと呟いてタルフは布団を被った。聞こえていないかもしれないが、それ以上タルフは話したくなかった。
 サダルもまた、すすり泣きが強くなってそれ以上話せそうにはなかった。
 夜は更けていく。
 その日からサダルはタルフの家に居候して漁に出たり蟹の星の料理を学んだり、満喫した日々を過ごしていた。その影響か、商売については次第に口にしなくなった。
 タルフも前よりも同年代と過ごすことも増え、日常がもっと賑やかになった。
「ベンスさんってさ、蟹の神と親しいんでしょ?」
「気に入られてるとは聞くやざ」
 蟹の神は漁をするのが好きでしょっちゅう民とともに漁に出かけている。星の中のまとめ役として民からの信頼も厚く、気さくな人だ。タルフもベンスを経由して何度か会ったことがある。
 同盟星は基本、似たような政治の仕方をしていた。星を納め、神同士で星の親交を深めようと協力している。加護も複数に与えているし、その中から次代の神が選ばれる。
「次の加護持ち候補だとか」
「ほやほや。そろそろ新しい加護持ちを選ぶらしいやざ。お兄ちゃんも候補だって噂はそこら中で聞くやざ」
 ベンスは明るい性格から、周りの人たちから支持が厚い。次の神候補にもなる加護持ちに選ばれるなら民の人気度も必要になってくる。
「まあ、それは本当やよ」
「「!?」」
 突然話に入ってこられてタルフとサダルは驚いて後ろを振り返る。そこには真っ赤な髪をした青年――蟹の神キャンサーがにこにこしながら立っていた。
「漁の帰りやざ……?」
「そういうタルフはベンス待ちなんか?」
「……誰?」
 質問を質問で返してくるキャンサーに、サダルは訝し気に聞く。
「お、噂の水瓶の子! 話には聞いてたけど、かわいい顔してる子だね~」
「蟹の神キャンサー様やざ」
 まったく質問に答えるつもりがないキャンサーに、タルフが補足を付け加える。サダルは「あー」と納得したように、キャンサーを見た。
「神様って、奔放な人が多いのかな?」
「水瓶の神もそうやざ?」
「好き勝手なところは似てると思う」
「二人でこそこそ話しないでほしいやけど~! それにしても二人とも仲良しやんな~」
 泣き真似をしたかと思えば、すぐにぱっと笑うキャンサーにサダルは目を瞬く。タルフは話の方向を変えることにした。
「仲良くないやざ。それより、さっきの話の続きで何の噂が゛本当”なんやざ?」
「それわな、加護を授けよう思ってることや」
「ベンスさんに?」
「いんや? タルフにや」
「はあ?」
 きっぱりと言い放つキャンサーに再度目が点になる二人。振り回されているとはまさにこのことだと思う。
「うらは加護いらんやざ」
「でも決めたんやもん~! タルフに蟹の加護を授けるやざ」
「なんで……!」
「むかーしの友人にそっくりやねん。だから、大きくなったら絶対加護を授けるんやって思ってたんよ~。今ならもう身体も耐えられるっしょ。水瓶の加護持ちの友達もおるし、加護持ち同士仲良いのもええことやしな!」
 キャンサーの説明はタルフにとってまったく飲み込めないものだった。
 サダルは肩をすくませてそれ以上何も言わない。神の言葉は絶対だ。それを覆すことはできない。
「ってことで~、タルフに我が加護を与えるわ~」
 蟹の神キャンサーは有無も言わさずタルフに蟹の加護を与えた。
「ま、そのうち加護も使えるようになるわ、気長に待ちぃ」
 キャンサーはタルフの頭をわしゃわしゃと撫でると、その場を去っていった。後に残された場所では野次馬で集まっていた人間のひそひそ声が辺りを包む。
「あの半分しか蟹の血がない子が?」
「蟹の神の気まぐれはほんとわからないものやんな」
「同情かしら?」
「あのベンスさんの弟さんでしょ?」
「お兄さんを押しのけて加護をもらうなんて」
 周りのひそひそ声と非難にサダルが眉を顰める。普段関わっている人間ですら値踏みするような目でタルフを見ている。
「ねぇ――」
「サダル、いいやざ。帰る」
 タルフはサダルが周りに食って掛かろうとするのを止めて、歩き出した。早くこの場からいなくなりたかった。でも、家に帰ってベンスと会ったら何といえばいいのかわからない。帰ると口にしたくせにタルフの足は家とは反対方向へ向かっていた。
 夜の港。誰もいない港に座り込み、タルフが暗い闇に包まれた海を眺めていた。横にはなぜかついてきたサダルが同じように座っている。
「帰らないの?」
「サダルは戻ればいいやざ」
「……君を置いて帰るほど落ちぶれてない」
 一緒に暮らすうちに情は移っている。お互い仲が良いとは思ってはいないが、喧嘩できるほどに気は許している。そんな相手が落ち込んでいるのに放っておくほど、サダルは冷たくはない。
「そんなに気にすることだった?」
「当たり前やざ。うらみたいな中途半端な人間になんで加護なんか……」
「中途半端って、蟹の星の血が半分ってこと? でも、星同士の交流はあるし別に他の星が混じってたっておかしくはないんじゃないの?」
 水瓶の星でも他の星から来た人が結婚して生活していることだってあった。なんら不思議はないとサダルは思う。
「行き来できる星の血だったら、ほや」
「……どこの星?」
「魚の星……うらには人魚の血が流れてるやざ」
「まさか、人魚なんて」
 魚の星に陸地はない。すべて水の中で民は生活している。そのため他の星とは姿形が違い、魚に近しい姿をしていると言われている。人と魚の形の中間地点とも言われていて゛人魚”と呼ばれている。
 しかし、実際に見たことがある人は少なく、噂だけが独り歩きをしている。実際に魚の星にいったという人もいたし、人間とそう変わりないともいわれるが、交流している星同士の情報量とは雲泥の差。
 しかも蟹の星や水瓶の星のように水辺がたくさんある星は魚の星とつながっていると言われ、たびたび人魚の目撃例もある。
 その目撃例が厄介なのだ。人魚は海に人を引きずり込むだとか、美しい歌声で水を操り船を転覆させるだとか、海の恐怖を人魚に置き換える噂も流れている。しかし、蟹の民たちは噂ではなく真実だと信じられていた。
 だから魚の星から出てきた人間は出身を偽ることも多く、一般的には人魚などいないというのが通説である。
「水に浸かると皮膚に魚のうろこが出るやざ。気味悪がらないでいてくれるのはお兄ちゃんだけで、お兄ちゃんの親はそんなうらの面倒はみたくないからあの家にはあまり帰ってこないやざ」
「……ベンスさんは、ほんと懐が広いよね」
「ほや」
「そんな”お兄ちゃん”は絶対タルフの味方でいてくれると思うけど」
「……ほや」
 サダルの言葉にタルフは胸の重みが少し軽くなったように感じた。目に滲んだ涙を強引に拭い去ってタルフは立ち上がった。
「帰るやざ」
「うん」
 二人は岐路に着く。ここから徐々に幸せが壊れていくのだ。
 タルフは拍子抜けした。ベンスはタルフが加護をもらったことをそれは喜んだし、豪華なお祝いの夕飯に、なぜか親戚が集まっての宴会。騒がしい宴は朝まで続いた。
 親戚から祝われた。
 と、いうのも加護を受けたタルフの姿かたちは変わっていたのだ。
 蟹の星でよくみられる赤い髪に茶色い瞳。水に入っても鱗は出なくなって、蟹の星の基準になった。望んでいたものが加護を授けられたことですべて叶ったのだ。
 もう誰も半分の血しかないなどと馬鹿にはしない。けれど、タルフはうれしい反面、戸惑いの気持ちも強かった。たかが見た目が変わっただけでこんなにも相手の態度が変わるなんて不思議だった。
「いやぁ、蟹の加護を授かるなんてさすがベンスの弟だな」
「蟹の神様はタルフのことを蟹の民として認めたのね」
 タルフのことを語る言葉が勝手に独り歩きをしていく。そこにタルフの本質はありはしない。いままでにない扱いにタルフは居心地の悪さを覚える。
「タルフ、よかったやざ」
 けれど、ベンスの嬉しそうな笑顔にタルフはその場から動けないでいた。何よりも心配してくれて、面倒を見てくれた兄が、自分の悩みがすべて解決したのだと、喜んでくれている。その気持ちを台無しにするなどタルフにはできなかった。だから、曖昧に笑って頷く。
 サダルだけはタルフに最後まで「おめでとう」とも「よかったね」とも言わなかった。
 その夜、タルフは布団に入ってサダルに話しかけた。
「……これがうらが望んだことやざ?」
「……そうだよ。ほんと、神様の願い事の叶え方は残酷だよね」
 サダルも願いを叶えた。不自由な親戚の家から独り立ちし、けど目の前には別の辛い現実があった。
「うらは加護なんかほしくなかったやざ」
「うん」
「……うらには相応しくない――重いんやざ。なんで、なんでお兄ちゃんじゃなかったんやざ?」
「ベンスさんは加護を持つのに相応しいと思う。でも僕は、タルフだって加護をもらう資質があると思う」
「……慰めはいらんやざ」
「違うよ、前に言ったじゃん。タルフは蟹の星の人たちと同じであったかいんだって。タルフの中身は何も変わってない」
「…………」
「僕は蟹の星に来てベンスさんとタルフに逢えて、幸せってこういうことなんだって知ることができたんだ」
「……贔屓目やざ」
「そうかもね。でも、人ひとり救ったなら加護をもらう資格くらいあるでしょ」
「……屁理屈。あーいえばこういうところは、ほんにサダルやざ」
「僕も変わらないからね。いつだってタルフに許してもらえないサダルだよ」
「寝るやざ……」
「おやすみ……」
 サダルとの会話でタルフの感じていた居心地の悪さは消えた。
 寝た後は、特に不便のない毎日を送った。でもタルフはなぜか不安が拭えなかった。
 帰ってくるようになったベンスの親にベンスと同じように我が子として接してもらえるようになっても、からかわれなくなって同い年の友達ができたとしても。
 兄と慕うベンスとの関りが徐々に希薄なっていっていた。初めは気づかなかった。周りの急激な変化の方が目立っていたから。いつの間にか、ベンスが近くにいないことのが多くなっていた。けれど、それはタルフの付き合いが広がったことと、蟹の神に加護について勉強させられる時間が多くなったせいだったのだから、自然なことだった。
 だから、気づけなかった。タルフもサダルも。
 タルフがベンスとひと月話していないことに気づいた時には遅かった。
「サダル、お兄ちゃんと商売は上手くいってるやざ?」
 その頃にはタルフが忙しくなったこともあってサダルが商売について再び手を伸ばしていた。その相方を務めていたのがベンスで、商売も順調だった。
「うん。今度、牡牛の星とも手を組めそうでさ、さらに販路が広がりそうだよ」
「……お兄ちゃんは、元気やざ?」
「うぅん。ちょっと根詰めすぎてる気はするんだよね。家では話してないの?」
「帰ってきてないやざ。新しい漁獲方法を試すって言ってから……」
「え? どのくらい?」
「一か月……おーてないやざ」
「……ねえ、思ったんだけど、おかしくない?」
 サダルはふと思う。商売っ気がなかったベンスは、サダルの言う案を危険がなければ実行してくれていた。けど、いつからだろう自分から商売のことを考えるようになってくれたのは。サダルが思いつかないような漁獲方法を試したり、牛の星の情報を教えてくれたのはベンスだ。明らかに最初に会った時とは知識の量が違かった。
「……今夜、しゃきんと話してみるやざ」
「僕も今日は一緒にご飯食べる」
「わかったやざ」
 一抹の不安を覚え二人はベンスの帰りを待って、港へと向かった。
 港で待つこと数時間。予定よりも遅い時間にベンスが指揮する船が戻ってきた。船から降りるベンスの姿にタルフとサダルは駆け寄った。ベンスは蟹の神キャンサーに肩に担がれてぐったりとしていたのだ。
「お兄ちゃん!」
「ベンスさん!」
 二人にキャンサーは手を前に出して制止した。二人はその場に立ち止まる。
「他のモンは全員積み下ろしの作業やで」
 他の人に指示を出してキャンサーは二人についてくるように顔で方向を示した。二人が無言で頷くとキャンサーはベンスを肩に担ぎ歩き出した。
 蟹の神の家は少し広めだが、一般の家と大して変わりはない。元々質素な生活が性に合っているせいだろう。
 床にベンスを横たえさせ、蟹の神はタルフとサダルに向き直った。
「……助からん」
「どういう、ことやざ?」
 一言だけ苦々し気に言った蟹の神にタルフの目が揺れた。
「気づかんかった。まだあの加護がおるなんて……ベンスは加護を与えられたんやざ」
「与えられた? 貴方が与えたわけではなく?」
「オフィウクスーー13番目の星の神や」
 サダルはひゅっと喉を鳴らした。13番目の星オフィウクスーー不吉な象徴として今なお語り継がれている。でもどれも事実とは思えない子どもに言い聞かせるようなおとぎ話だ。それが蟹の神の口から出たということは、なにかしら良くないものなのだろう。そんなことは容易に想像できた。
「あいつは神の中でも異質なんや。誰にでも加護を与える――それはあいつが加護に適応できる力を正確に測れて、決して超えない分の加護を与えられるからや。なのに、今回のコレは明らかに力の調整がされておらん。ベンスの適性能力をオーバーしとる」
「加護の適性がオーバーしたら……どうなるんですか?」
「力を抑えきれなくなって加護が身体を食い破って出てくるんや」
「そんな……どうにかできないんやざ!?」
「ムリや。オフィウクスの加護を消したとしても弱ったベンスの身体はもうもたん。ほんに気づくのが遅かったんや……」
 蟹の神はぽんっとタルフとサダルの頭に手を置いた。
「できることといったら、すべてを終わらすことだけや」
「……僕は、僕は……」
 サダルは納得できなかった。諦められなかった。サダルにとってベンスはいなくてはならない人だった。かけがえのない恩人で、いなくなってはいけない人だった。だから、認めたくない、どうかしたいが答えが出ない、その混乱で言葉が出てこなかった。
 手を強く握り怒りで震えているタルフが噴火した。
「ふざけんなやざ! 出て来い、蛇使いの加護!!」
 大声を出したかと思えば、横たわっているベンスの胸元に掴みかかった。その時だ、タルフの目の前が真っ赤に染まった。ベンスの身体が破裂した中から赤い瞳がタルフを見つめた。
「ひっ」
 背筋が凍って寒気がし、タルフは目を見開いたまま固まった。サダルも目の前の霧散したベンスの上半身から血で赤づいた大きな銀色の蛇が姿を現したことに震えることしかできなかった。
「おめぇ、新しいオフィウクスの加護かっ!?」
 動いたのはキャンサーだった。風でタルフと銀色の蛇との間に防御壁を作る。タルフが風の勢いで後方へと下がった。
 銀色の蛇は舌をちろりと出し、出てきたベンスの残りの身体を飲み込むといくつもの小さな蛇に分裂して方々へ散った。
「ちっ、逃げるに徹するってことか、厄介やなっ!」
 いくつかの蛇を風の刃で切り裂くも、逃げる蛇すべてを潰すことはできなかった。
「くそ……タルフ、サダル平気か?」
 追いかけるのも無駄だと悟ったキャンサーは固まっている二人に駆け寄った。タルフは自分に付いた返り血を焦点が合っていない目で見つめている。サダルはベンスがいた虚空を見つめて震えていたが、口をぱくぱくとして疑問を口にする。理解したくはないが、事実を確認してしまうのだ。
「……いまのは、なん……」
「加護に喰われたんやざ。思ったより侵攻が早かった……」
「なんで、僕たちは平気、なのにっ」
「おめぇもタルフも制御できんければ同じやざ……自分が制御できる以上の力を使い続ければ加護に喰われる。気をつけろ」
「人間にそんなにデメリットがあるのに……加護を与える必要ある……?」
「神の力を抑えるために加護を与えるんやざ。神は星から増幅した力を吸収し幾年もかけて自分の力を増幅していくんよ。結果、醜い争いが起こった。いくつもの星が神が滅びたんや。やから、いくつかの星の神は自身の力を制御するために次世代へ引き継ぐ方法をとることにしたんや。蟹の星、水瓶の星もそれや。次世代に育ってもらわなあかんからな、普通の神は適性を見極めて加護を渡すんやざ。やけど、うちらとは違う考えを持つもんもおる。正反対に人間の力を取り込もうとする輩がな――」
 キャンサーは悲しそうにため息を吐いた後、窓から暗い空を眺めた。
「加護に人間を喰わせることで力が増幅するんや。それは星の力とは比べ物にならんほど力がつくらしい……加護のもうひとつの使い方や。あのオフィウクスの加護の主はそれをしとる。止めなあかん」
「……なんでベンスさんが」
「…………」
 キャンサーはそれには答えられなかった。サダルは堰を切ったように泣き出し、いまだ一言も発さないタルフ。そんな二人に、キャンサーは黙ったまま風を操作する。風に乗せて睡眠効果のある花の花粉を運ばせて二人を眠らせた。
「辛いやろうが、二人にはもっと強くなってもらわなあかん……あれを止めるんはおめぇたちやざ」
 そして二人を寝室で寝かせるのだった。
 タルフは数週間経っても立ち直れずに、海を眺めていた。いつものように海から兄が戻ってくるような気がして。
 そんなタルフの横に、同じく目元が黒くなったひどい状態のサダルが腰を下ろした。
「僕、事業を続けるよ」
「…………」
 サダルが自分よりも先に立ち直ったことを察して、タルフは唇をぎゅっと噛んだ。現実を見せつけられているようだった。兄は死んだのだと、先を見ろと、言われたようでタルフの目に涙が滲む。
「僕、ベンスさんが死んだなんて信じない」
「えっ?」
 タルフは驚いてサダルを見た。てっきりサダルは自分の気持ちに区切りをつけたのだと思った。けど、サダルの目は黒く濁って海の底のようだった。
「だって神様は不老不死だって聞くし、加護をもらったんだったらその力があるかもしれないじゃん。瀕死の怪我を治す力を持つ神様だっているんだ、ベンスさんを治す力だってあるかもしれない。諦められるわけないじゃん」
「…………でも、死んだ人を生き返らせる力は聞いたことないやざ」
「全部の星を回ったの? ずっと生きてる神様なら絶大な力を持ってるかもしれないじゃんか! 僕は、他の星に行くし、あの蛇も探し出す。タルフは、何もしないの?」
「……うらは……」
 サダルが言うのは夢物語だとタルフは思う。それでも一筋の光があるのならそれにすがりたいと思った。いつかは兄の死と決別しなきゃいけないと、心の奥底ではわかっていた。
「……うらもオフィウクスについて調べるやざ。兄貴の仇は許さない」
 決意をして、タルフは立ち上がった。サダルに向かって手を差し出す。
「サダルと、やることは同じやざ」
「そうだね」
 サダルが握り返したその手を引いて立ち上がらせる。タルフはその日からまた生きようと思った。
 タルフは過去を反芻して、ふっと息を吐いた。サダルとタルフはあの時から、決めた思いが違ったのだ。
「サダル。兄貴は、もうこの世にいないんやざ」
「――っ! そうだよね、目の当たりにしないと信じられないよね!」
 手足を縛られて座らされていたタルフには、柱の陰にいる人物が誰なのかははっきりとわからなかった。
 サダルの後方の影が柱から姿を現す。
「ほら、ベンスさんだろ?」
 柔らかい笑みに、今では自分と同じ赤い髪と茶色い瞳。背の高さは昔よりも低く感じられるがそれはタルフが成長したからだろう。他人から見ればそれは完璧にベンスの形をしていた。
「元気やったやざ?」
「しゃべんなっ!!」
 タルフの身体が激しく怒りで震えた。
 ベンスの声、トーン、すべてがよく真似されている。が、それが兄ではないとタルフの身体も心も拒絶する。
「久しぶりに会ったのに、どうしてそんなこと言うやざ?」
「…………」
「タルフ、どうした――」
 ザンッという風を斬る音が響き、ベンスによく似た頭が宙を舞う。
 自身を縛っていた紐を切り裂いたタルフは巨大なハサミを出現させたのだ。それが一瞬のうちに飛び、彼の首を刈り取っていた。
「おめえに名前を呼ばれとうないやざ」
「――っ! タルフ、なんてこと!」
「兄貴はうらを責めるような言い方しないやざ。サダル、おめえこそなんてことしやがる」
 タルフは怒りに満ちた目でサダルを見る。彼がまだベンスの死に決別をつけていなかったのだと知って、悲しくて泣きたくなったし、ベンスの亡骸を侮辱したことに激しい怒りが込みあがってくる。
 怒りに任せてしまいそうだった。けれど、いままで一緒に過ごしてきたサダルとの思いが必死にタルフを留めていた。
 ベンスの首を刈ったハサミが一度姿を消したと思えばタルフの手に戻ってくる。
「オフィウクスの加護が兄貴の身体を使ってることなんか、加護があるうらたちには一目瞭然だろ! なんでおめえはそれを容認してるんやざ! 目が曇ってんのか!!」
「……でも、身体の修復ができたんだ、生き返るかもしれないじゃん! オフィウクス――蛇使いの星はいろんな技術があって、生き返られることができる可能性だって――」
「兄貴は望んでないやざ」
 タルフはベンスがなぜオフィウクスの加護を受けたのか、その理由を理解していた。レーピオスという男の元に話を聞き行った時、「ここから逃げ出したいという気持ち」と「世界を救う可能性がある人物」の条件でオフィウクスの加護が選んでるのだと聞いた。
 タルフは思う。兄は、抜け出したかったんだ。蟹の星の現状を変えたかったんだ。タルフが馴染めない世界を変えようとしてくれたんだ。だから、オフィウクスの加護を受けた。受け入れて――タルフの世界を変えた。
「サダルとうらが蟹の星で無事に過ごせるように兄ちゃんはしてくれたから」
「……でも、ベンスさんがいないんじゃっ」
「死を受け入れるのは残った人間の役目。うらは、兄貴の死に決別をしたんやざ」
「…………」
「うらはその加護を許さない。トドメを刺して、持ち主の神を倒す。サダル、退け」
「~~っ! 僕はやだ! 希望があるんだ、邪魔はさせない!」
 サダルは、自分の加護を爆発させた。カタカタと揺れる地面、窓から淵から、水があっという間に流れ込む。
「ヘイヘイヘイ、ここまで黙ってやってたがどうするんダ?」
 ハサミが煽るようにタルフにきんきんと喚いた。
「なんだよ、加護の具現化に加えて意思までいつのまにそんなに強くなったのさ!」
 タルフの加護が具現化されて意思を持っていることにサダルは戸惑いながら、よりいっそう力を使って水を呼び寄せる。
 山羊の星での最終の日、タルフはマルフィクの指導の下、加護の具現化まで使えるようになっていたのだ。
 水の洪水がタルフを襲う。
「サダルはうらの血のもう半分が何だったか忘れたんやざ?」
「はっ?」
 水がタルフを飲み込んだ。サダルは呆けたまま荒れ狂う水を茫然と眺める。
 青い髪は海の青と相俟って黒く見えた。肌は鱗に覆われて、黒い瞳が水の中らサダルを射抜いた。
 タルフは水の中で自然に息をした。落ち着いている。そして、ハサミをサダルに向けて構えた。水を蹴った瞬間、スピードは勢いをつけてサダルへと向かう。
 ザンッという音と同時にサダルの身体から切り離された一部が宙を舞う。タルフはサダルの後ろに着地すると、ふっと息を吐いた。
 すると水はみるみるうちに引いていき、斬り落とされた腕が地面へと落ちる。
「うわあぁあ!」
 サダルの叫び声。
「なんで腕なんだヨォ」
「殺したいわけじゃない。でもうらの邪魔をするから容赦しなかっただけやざ」
 タルフは自分の加護の問いに答えると、座り込んで血が流れる左の腕の付け根を抑えるサダルをちらりと見る。それから何も言わずに、首を落とされたベンスへと近寄った。
 トドメを刺そうと大きくハサミを振りかぶる。
「どちらが怪我をさせた罪が重い?」
 落ち着いた声が響いたかと思えば、タルフの身体は金縛りにあったように固まった。力を入れてみても動くことができない。
 タルフの前にすっと声の主が姿を現す。余裕のある白い服を身にまとい、桃色の髪をレースのベールで覆っている聖女は灰色の瞳で弧を描きにこっと笑った。そしてタルフの手からハサミをそっと引きとった。
「危ないですからお預かりしますね」
「もーー! サダルがひとりでも大丈夫って言うから任せたのに! おねえさまにも逃げられちゃうし、厄日ですの~!!!」
 聖女の後ろでは鮮やかなオレンジ色の髪を二つに結んだ子どもがぷりぷりしながら立っている。フリフリの可愛らしい服装はそこらに散っている血とあまりに不釣り合いだ。
「うぅ、だってタルフが反撃してくるなんて思わなかったから……」
「あーあ、こんな怪我誰が治せるんですの~?」
「ヒアさん、止血してあげてください。ザヴィヤヴァさんならある程度どうにかしてくださるでしょう」
「うぇ~、サダルもエスカマリもわたしががんばったっておねえさまに口添えするんですのよ!?」
「もちろんですよ」
「わかったよ……」
 子ども――ヒアはサダルの近くに行くと腕の止血を始める。
 タルフの加護であるハサミが主人の意を汲んで聖女――エスカマリの手からすっと消え去った。
 エスカマリは肩をすくめて「あら」と言っただけでそれ以上ハサミについては気にした風もなく、オフィウクスの加護の頭を回収する。
「さ、貴方も黙ってないでさっさと首をくっつけてください。帰りますよ」
「まったくいきなり首を落とされるなんてびっくりしたよ」
 起き上がった身体は首を受け取ると、元の位置に顔を戻す。
「ねえ……タルフはどうするの?」
「そうですね、わたくしたちがサダルさんと同士というのをアスクさんたちに知られるのは避けたいですし、連れて帰りましょうか」
 タルフは歯噛みすらできずに、内側に怒りをため込むことしかできなかった。
 そうしてタルフはベンスの形をしたオフィウクスの加護によって連れ去られてしまったのだった。
カット
Latest / 730:01
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
オフィウクスの謎―加護を受けたと思ったら存在しない神だった―4章蟹の星1
初公開日: 2024年02月26日
最終更新日: 2024年07月08日
ブックマーク
スキ!
コメント
魚の星でマルフィクの過去を聞き、アスクたちは天秤の星へと降り立った。
FIX稿までは小説家になろうにUPしてあります。
https://ncode.syosetu.com/n1652he/
【3/2は臣綴の日】厨房の2人、 ★
寮の厨房で友情(愛情?)を育む、葉星大チューボー組
のーべる