恋も呪文も口移し
 坂田銀八はオメガだ。
 首元を守るチョーカーを付けていないし、オメガに似合わず見目は普通で、か弱くなく強い。元来、オメガは産む性のため、アルファに守ってもらわないと生きられないぐらい弱い者が多いのだが、銀八は例外で。体は丈夫で病気らしい病気をしたことないし、自身が発する発情期のフェロモンに寄って来たアルファを殴って返り討ちにできるぐらいには強かった。
 オメガらしくないオメガ。きっと一般ピーポーであるベータに近いオメガなのだろう。
 一応、お情け程度の発情期があるものの抑制剤で難なく抑えられるし、鼻が悪いのかアルファのフェロモンを感じることもない。自分のフェロモンはなんとなく感じはするが、ちょっと甘いお菓子のようなニオイのそれは、アルファどころか同類であるオメガに疎まれてしまうほど芳しくないらしく、オメガにも嫌厭されてしまう。
 銀八は考えれば考えるほど異端で、オメガらしくないオメガだった。
(……まぁ、生きるのに困ってないからいいけど)
 発情期も軽いし、将来を憂いて教職に就き、高校の国語教諭となったので、平凡に生きていくには問題ないだろう。
 問題といえば、オメガであると共に男性である銀八には子種がない。どうしても子供が欲しければ、アルファの男性か女性と結婚して自身が孕んで出産するしかないのだ。
 オメガの数はアルファより総体的に少なく、アルファ同士でオメガの取り合いが発生することもあるらしいが、オメガらしくなく疎まれがちな銀八がアルファやオメガのいざこざに巻き込まれたことは一度もない。逆にフェロモンを感じにくい銀八が仲裁に入ってやることは多々あっても、これからもきっと、自分が渦中の中心になってしまうような、そんな奇特な状況になることはないだろう。
 奇特な状況といえば、都市伝説のひとつに運命の番というものがある。
 何万分の一か、はたまた何億分の一か、ともかくすんごい低い確率で運命と言えるぐらい相性抜群のアルファとオメガがいるらしい。お互いに唯一無二で、出逢った瞬間にわかってしまうんだとか。
 都市伝説とか、誰が作ったんだろう。ベータが大多数を占めていて、アルファは少数で、それよりさらに希少なオメガ。お互いにどうやって出逢うんだっての。
 ──そう、ほんとに今まではそう思っていたんだ。
 さっぱりとしたシトラスの香り。見なくてもわかった。……ううん、感じる。これは俺のアルファだって。
 だから見なかった。アルファに気付かれてしまう前に、ニオイのしてくる方向とは逆の方向へと銀八は走り出した。
 今までの普通だった生活に戻れなくなるのが怖くて、銀八は運命を無視することにしたのだ。
 ……え、うそ。なんで、ほんとにいるの。
 運命の番とか、都市伝説じゃん。いるわけがないのに。
 アルファは追ってこなかった。逃げ出したオメガに気付かなかったのかもしれない。
 遠ざかっていくフェロモンを寂しく感じながら、ちらりと後ろを振り向けば。
 ──ニヤリ。口角を上げて嗤う、獰猛で美しくもある、捕食者の眼をしたアルファと目が合った。
「なぁヅラ、どっか飲みに行かない?」
「……飲み?」
「給料日前だけど、ちょっとぐらいいじゃん。明日は土曜日だし」
「ふむ。──…飲みの場を俺が決めていいならいいぞ」
「いつもの居酒屋じゃだめなの?」
「都合が悪い」
「ふぅん?」
「代わりと言っては何だが、飲み食いする酒代と食材費は俺が出そう」
「どうせつまみ作るのは俺だろうけど。え、いいの?」
 見るからに新築の、オートロック付きのワンルームマンションだった。銀八、桂の仕事場でもある高校にそこそこ近いとはいえ、駅にも近いので家賃は高そうだ。ちなみに銀八は家賃の安さを優先した結果、駅からも職場からも遠くなってしまった。Ωが避難先として駆け込めるシェルターが近くにあるので悪くはないと思っているが。
 こんな家賃が高そうな物件を住まいにできそうな知り合いがいただろうか? あいにく同僚には心当たりがなく、大学時代の共通する友人だったボンボンで金持ちの坂本ならあり得るかもしれないが、頑なに桂が誰の住居か明らかにしないので坂本でもないだろう。
 桂の知り合いで、しかし銀八に名前を言いにくい人物。──それは一体、誰なのか……?
 思考が纏まらない銀八を余所に、桂はインターフォンを躊躇なく押す。今日、しかも今さっき決まった飲みの会だ。不在の可能性は高い。
 なにせ桂は、連絡ツールなどで相手の在宅を確認した素振りは一切なかった。アポなしで、突撃☆となりの晩ごはん!とか、嫌われるから絶対に止めたほうがいいやつだ。俺だったら居留守を使って無視する。
 桂が何度もインターフォンを押していると、根負けしたのか反応があった。
「俺だ。銀八と一緒に飲みに来た」
「え、やっぱり俺の知ってる人の家なの?」
『……』
 ──ガチャン、と、オートロックが無言で解除される。
 扉の隙間から、水の滴る高杉が顔を出してきた。
「チェンジで‼」
「チェンジというか、高杉の家でこれから飲むんだ。チェンジは不可だぞ、銀時」
「なんで生徒の家で宅飲みしようとしてるの⁉」
「俺の酒が飲めねェのか」
「てめーの酒じゃないし! ほんと、まぎらわしいこと言うの止めてくんない⁉ 未成年で! 生徒でもある高杉の家で酒なんか飲めないから!」
「固ェこと言うなよ、銀八ィ」
「一般常識ですぅ!」
「αの執着を甘く見るな」
「……見てない」
「いいや、銀八。おぬしは侮っている。αはΩのために、α同士で殺し合いをしてしまうことだってあるんだぞ。本当に解っているのか?」
「…………」
「チャーハン」「唐揚げ」
「炊飯器ないんですけど」
「運命にしちまえばいいンだろ」
「そういう問題じゃないんだって!」
「ナニが? 俺にはそういう問題なンだって」
「──俺だけの運命になれよ。銀八」
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恋も呪文も口移し
初公開日: 2024年02月24日
最終更新日: 2024年02月24日
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降って来た高銀八オメガバースネタ。