「海を見に行かない?」
そう水木さんに言われた時の私の胸の高鳴りをどう表現すれば良いのかまだよくわからない。
水木さんと出会ったのは小さなパンケーキ屋さんだ。水木さんはそこのお店のオーナー。いつも美味しいパンケーキを作ってくれる彼に惹かれていったのはきっと私だけじゃない。水木さんの経営するお店にはいつだって水木さんの作るふわふわのパンケーキを食べに来る若い女の子が一杯だった。
若い子だって可愛い子だって着飾ってる子だって一杯いるのに、そんな中、何で水木さんが私を選んでくれたのか私にはよく解らない。ただ、水木さんは「あんまり若すぎる子は好きじゃないんだ」と苦笑するばかり。
「それって私がおばさんだからって事ですか?」
「違うよ。落ち着いてる君だから話がしたいと思ったんだ」
水木さんは嘘は言わない。それは作ってくれるパンケーキのその正直な美味しさからすぐ解る。
「海って言っても、ここからだと遠くないですか?」
「車を出すよ」
「車?」
まさかの車デートだなんて思ってもいなかった私は思わず素っ頓狂な声を上げていたと思う。それでもそれを「ははは」と明るく笑い飛ばしてくれる水木さんが本当に本当に素敵だと思っていた。
「俺だって車くらい持ってるよ。食材の買い出しとかに結構使うんだ」
「そういう意味でビックリしたんじゃなくて……」
車デートなんていったら密室で二人っきりで結構近い距離で。そんなことを想像するだけで顔が熱くなる。久々の本気の恋だからこそちょっとしたことでも胸が強く揺さぶられていた。
「次の休日はお店を休みにしようと思ってたんだ。春のドライブと行こうや」
春の日差しよりもずっと温かい笑顔の水木さんのその青い瞳を私はぼぉっとしながらつい見つめてしまっていた。
楽しみな日って物はすぐにやってくる。精一杯のおしゃれをして、新作のリップを付けて待っていた待ち合わせ場所にすぅっと一台の青い車がやってくる。車に詳しくは無いから車種なんてわかんないけど、とにかく水木さんの瞳の色に似ていて綺麗だな、と思っていたらそこから水木さんが降りてきたからビックリした。
「お待たせ」
「いえ、全然……」
正直に言えば、楽しみすぎて待ち合わせ時間の三十分前に着いていたけれど、そんなことはどうでも良い。いつものコックコート姿でない水木さんのラフな私服にドキドキしていた。
乗って、と助手席のドアを開けられてまた私はひょえ、と緊張を高める。人の車に乗るのなんて滅多にないし、しかも助手席に乗るなんて。多分、初めてのことだった。
「ありがとうございます」
小さくなりながら助手席に乗ると、水木さんも運転席に乗り込む。その間近さにまた私はドキドキと緊張を高めていた。
「海浜公園の方に行こうと思うんだ。ちょっと高速とか乗るから時間かかるけど、乗り物酔いしないかな?」
「大丈夫です。あ、飲み物とかお菓子とか持ってきたのでもし良かったら」
「お茶とかあるかな?」
「前にお店でおすすめしてもらった紅茶淹れてきました」
「あぁ、あれ、美味いよな」
無邪気に微笑みながら車を発車させる水木さんの横顔。それをずっと見ながら、今日は自分の心臓が保つのかと私は自分が心配になり始めていた。
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