あぽろのどくはく
断続する銃声よりもたった一発の銃弾を恐れたことはあるだろうか、こちらを仕留めようとたったの一瞬を駆ける致命の弾丸、それは目も眩むほどの極光を秘めてるとも知ってるだろうか。
私、橘ひなのは、おれあぽのあぽろ担当として、かみとさんは一瞬の光の強さが凶悪だと思うのだ。
脳を焼かれた現象、オタクならだれでも経験あることだと思う、いやあれ。私は彼の光に焼かれていると気が付いた。鼓膜に突き刺さるたった一発の銃声を聞くと、かみとさんが脳裏に浮かぶのだ。ソロで回しても、フルパやコラボ配信でぎゃーぎゃー騒いでも、あの遠くまで響く孤高の銃声が、例え彼が放った銃弾でなくとも、こちらの脳裏を刺激する。
「アアアア、スナ上手く当たんないよぉ」
「ウソー」
「ホントー」
彼は知らないだろう、彼の銃弾がチームの無意識化に安心をくれていること。彼はそれを否定するだろう、自分以上にすごい人がいると、彼らならもっとすごいと、謙遜と憧憬が込められた声で真剣に。実際に彼とやっているのは私や、チームのみんなで、そんな私たちが言っているのに彼は微塵も受け取らない。
「残り三人」
「二人」
「ごめん、残り一人」
スナイパーという一発でも外したら終わる武器を、彼はこれまでの積み重ねからなるエイムとテクニック、立ち回りで可能な限りリスクを排除して運用する。何よりも卓越したエイムから出されるフリックショットはまるで侍が使う抜刀術のように見る人を魅了して、やられた側はキルログで自分がやられたことを初めて知る。
「かみーとつよい!!!」
「えっぐ」
「任せてくれぇ~」
私はふざけ半分でも彼が任せてくれと言ってくれたことにすっごく嬉しくなった。自己評価の低い彼が自分で自分を認めてくれたからだ。前からかみとさんは凄いって言ってるのに全く聞いてくれないし、むしろこちらを褒めてくる始末。配信上だったらエンタメとして自身を褒めたり、調子に乗ったりするけれど、彼の根底はいつも自分なんかという自己否定だ。
「橘さん」
「ひなーの」
「ひーたん」
最初の彼とは気まずかった。これまで私が関わったことが無いタイプで、一週間で関係値がリセットされて、会話もあんまり弾まない。リスナーに頼りながら、探り探り踏み出してたまに地雷踏んだり踏まれたり、少しわかり始めたら意図的にラインを踏み越えてみたり、彼が癖だといった丁寧語も外せるようになるまで割と長かった。私たちの仲がコンテンツになって、コラボ配信して、少しずつ化けの皮を剝がせるようになって、感情をむき出しにできて、中々いい感じで。
「いつもの橘さんのほうがかわいいですよ」
「まず配信に理解があって、ゲームが一緒にできて、歌が上手くて。あ、髪がツートンなのもいいな」
「起きてるわ」
彼が優しくて暖かい人物なのはよくわかっていた。頼りがいがあるのかは別として、一緒に楽しく過ごせることは確かで、それ以上でもそれ以下でも無かった。まあ、ちょっと声良いし、オタクだけどこっちの趣味も否定しないし、彼とのゲームは楽しいし、ほんのちょっと顔もいい、そこは認めてやらんこともない。
「やった!」
「そっち行ったかも」
「よっしゃあ!」
でもあのスナイパーは反則だと、私は思うのだ。もともと彼のエイムは凄かった。エイム練習を見てても、激しい動きをするゲームをしていても、彼の照準はピタリと目的の物へと付けられる。彼はスコープにさえ入っていれば、どこから敵が来ても打ち抜ける。たとえ視界を防がれても、スコープに写らなくても、相手に狙いをつけて引き金を引く、その弾丸は魔法のように相手に吸い込まれ、瞬く間に1キルの完成だ。たったの一瞬に目もくらむほどの極光を彼は放つ、光(フラッシュ)を受けているのはかみとさんなのに
「ねえ、かみとさん」
「なんすか」
「またゲームしようね」
最近は何かと彼のクリップを見る、この前出たヴァロの大会が特にお気に入りだ。編集者の方が上手くまとめてくれたおかげで実況の声とともに彼のプレイを楽しめる。当事者としてその場にいたからその時の記憶も併せてすっごく楽しい。他にも音に合わせてキルシーンを流していたり、面白い場面と共にキルシーンを流していたりと、色んな人がかみとさんのインチキショットを集めて再編して楽しんでることが伝わってきて口角がすこし上がる。
「お前もうプロになれよ!」
「私とやれて嬉しいんだよね」
「かみとさんがどうしてもって言うなら考えてやらんこともない」
彼のインチキショットを真似しようと、配信裏でフリックショット試してみたり、試合にスナイパーを担いだりと、なんというかファンガールみたいなことをしていると見えてくることがあった。彼の精密な狙撃は、白と黒のようにはっきりと分かれる結果が生まれる。たった一発の銃弾に魂を込めて放つ致命の弾丸、当たれば相手は倒れ、外れればこちらが倒れる。白(命中)と黒(失中)の境界線は彼のエイムに掛かっていて、どこまで行っても彼任せ、私や仲間には介入できない時間軸で彼は一人戦っている。
「後ろ後ろ」
「あと頼むよ」
「こっちやるね」
だけど彼が戦うのたった一瞬だけでいいって、私は同時に知った。撃つ前は仲間の位置取りや、先に倒された仲間がくれる敵の情報、仲間のサポート、撃った後は仲間のリカバーや、キャラのスキル、倒されたとしても後の詰めもいる。彼が一人ではないことが気づけて嬉しい反面、やっぱりその一瞬を勝ち取れる彼には憧れに近い感情が芽生えることも確かだ。根底は賞賛だ、だけど彼の視点だけじゃなくて、彼の背中に追いつきたいとそう願ってしまう。
「おーい、ひなーの」
どうすればいいのか、目の前に出てきた敵を反射で倒しつつ思考を重ねる。最近エイム練習をしているおかげか上手く処理できた。でも彼ならもっと早い
「ひなーのってば」
あの一瞬を、あの刹那を制する速さを私は欲しい。あの時間軸だけでも彼を独りにしたくない、一緒に居れなくとも同じ場所に手を伸ばしたい。
「あー、これは聞いてないやつだ珍しい」
うん、いい調子。でもまだ、もっと
「うっし、次」
「ひなーの」
唐突に私が苦手としている音が聞こえた。マイクを食べたとも言われる超近距離での声とかみとさんの良い声での悪魔的マリアージュ、それは私の鼓膜を舐め生理的悪寒を誘い出す。
「なに!?うるさぁい!!!」
「ひなーの、これチームゲーム」
「あっ、ごめん」
今はおれあぽ配信中、作業やらなんやら以外の時間は全部練習に費やしてたせいでその時の癖が出てしまった。報告もなしに突っ込んでは敵を倒し、倒されたときはピンだけ無言で刺す。ソロプレイに馴染みすぎてしまったようだ。
「ひなーの、なんか焦ってない?体調悪い?」
ある程度まではエイムは伸びた、精密性も速度もある程度まではすらりと伸びた。だけど1か月も経つと鈍くなり2か月経つ頃にはこれが私という性能の限界とでも言うかのようにうんともすんとも変わらなかった。彼の領域にもう少しで手が届きそうだった、あと一歩だった。私は餌を目前にぶら下げられた動物のようにやり続けた、でもその一歩が余りにも遠くて深かった。
「ううん、だいじょぶ。まだやれるよ」
「報告だけお願いしますね」
「はーい」
今度はしっかり報告しながら、配信用に切替えてやっていく。やっぱりかみとさんのスナイパーは凄い、当たり前のように針の穴を通すような狙撃を成功させて相手の気勢を削る。今日の彼はそれなりに調子がいいみたいで彼の視点を見ているとインチキショットを成功させてる。削り削られ一進一退の攻防をラウンドごとに繰り返し、なんとかこの試合は勝利を収めることが出来た。
「おつかみとー」
「おつひなー」
ピコンと配信終わりにかみとさんからメッセージが届いた、内容はちょっと話したいとな。彼のエイムが脳内にあるうちに練習したかったんだけど仕方ない。承諾の旨を送ると珍しく彼から通話が掛けられてきた。
「はいはい、どうしましたー」
「もしもしー、ごめんなさい。ちょっと気になったことがありまして」
「なにー」
「もしかしてなんですけど、僕が何かしましたか?」
心配そうな声音で聞いてくるかみとさんに別の意味ですこし焦る。いや勝手に影響受けてるのは橘で、それが高じて今日の配信に出してしまった橘が明確に悪いのだ。決してかみとさんのせいでは無い。あー、どう説明しよう。んー、いやこれはもうさらけ出したほうが早いか。
「かみとさんが何かしたわけじゃないんだけど、私が勝手にね…」
これまでの経緯を簡単に話した。かみとさんのスナイパーに憧れたこと、ちょっとでも練習して追いつきたかったこと、一応相方として一緒に戦いたかったこと、最近の練習のこと。
「んー、なんか超気恥ずかしいっすね」
「うるさい」
「すみません、でも嬉しかったです。僕を憧れとして見てくれて」
彼の声は心底嬉しそうで、こちらの気分も恥ずかしさは未だにあるが若干上向きになる。それはそれとしておれお担当として他に何か言うことはないかと、私はそう問い詰めたい。私ばっかりが話してそっちは何も返してくれないじゃん、いや別に何も言わなくてもいいんですけど。ちょっとは何かあってもいいのではないかと橘は思うわけですよ。
「んー、技術的なところと心情的なところの二つがあるんですけどどっちがいいです?」
「どっちも」
「了解です。技術的なところはあとでメモって送ります。心情的なところですが…」
橘さんから言われて初めて確かに一人だなあって感じましたね。一人ですけど独りではないって橘さんも気づいてるじゃないですか、まさにその通りなんですよ。撃つ前、撃った後含めて僕は一人じゃない。え?撃つ時は独りじゃんって?いやいや、実はそうでもないんですよ。アヴァでもそうだったんですけど僕のスナイパーを上手いって言ってくれる人が居て、僕の腕前に期待して応援してくれる人が居た、今では僕を憧れとしてくれる人も居る。僕の楽しい(スナイパー)を肯定してくれて一緒に楽しんでくれる人が存在する、そんな人たちが僕の中にあります、僕の経験と技術のどれにも結び付いているんです。くさい言い方ですけど、心は共にってやつです。
「だからですね」
彼の声には心底の感謝があった。楽しいことだけでは無かっただろう、自分の上位互換が当たり前にいるような世界で戦ってきて嫌なことや心折れる出来事や言葉もあったはずだ。それでも彼にあるのは憧憬からの賞賛や嫉妬で、だけど自分ももっとうまくなってやるという意気込みで
「僕はいつも貴女や他のみんなと一緒に戦っています。案外独りじゃないんですよ」
彼の放つ光は余りにも色鮮やかで、また脳が焼かれる音がした。