(最近、主様は俺を担当執事にしてくれない。それは仕方ない。これは主様が決めることだから、俺にはどうすることもできない…)
最近の俺の悩みは上記のことが占めている。モヤモヤした気持ちを素振りで発散しようと中庭で大剣を振る。
(主様はよく、俺が寝ているのを見つけては眺めているらしく、気配で目が覚めるが主様を認めたらまだ眠くて重い瞼に抗えずよく二度寝してしまっていたな…)
主様に担当してもらっていたときのエピソードが次々と浮かぶ。アモンさんの花言葉講座を主様と聴きながら中庭の木陰で座り込んで寝落ちてしまったとき、椅子に座って読書する主様の後ろで立ったまま近くの壁にもたれて寝てしまったとき、馬小屋に新しい藁を敷いたタイミングでお帰りになられた主様に気づかず、気持ち良くてそのままウトウトしてたのを見つかったとき…数えたらキリがなかった。
最近はラムリさんの体調を気にされた主様がルカスさんに話を聞くためにルカスさんを担当にされていると聞く。
(主様は優しいからな。ラムリさんの身体を心配されるのも主様らしい)
主様のことを考えるといつも微笑みが自然と浮かぶ。今日はすぐに笑みが引いたが、バスティン本人はそれがなんなのかわからないし気にも留めなかった。無自覚な性格はこれだから憎めない。まさか自分が担当になることが少なくなって拗ねているなんて本人は気づかないのだ。
今日は久しぶりに俺が主様の担当になった。
どうしてだか、安心感が広がる気がする。主様がどうして今日は俺を担当にしたのかわからないが、せっかく担当にしてもらえたのならそつの無いようにしなければ。
「バスティン、久しぶり。調子はどう?」
「問題ない。主様にまた担当にしてもらえたから、満足がいくよう精一杯仕えさせていただきます」
胸に手を当てて、バスティンは恭しく一礼した後、こてんと首を傾げてやわらかい桜色の瞳をこちらへ向けた。
「居眠りで、どこか怪我したりしてない?」
「そ、…それはないが…すまない。以前担当だった時にもよく…ね、寝てしまって…」
歯切れ悪く話すバスティン。繊細な柳眉と桜色の眼を物憂げに伏せるように細めて、バツが悪いような答え方をする。自分の体調にも無自覚な彼は、居眠りグセは自分の失態だと思っているようなところがある。自分の意思でコントロールできないから、患っているのに…。
「そんな顔、しないでほしいな。バスティンは何にも悪くないんだから」
俯いてしまった彼の頬に手のひらをそっと添えて彼を見上げる。
「そうだ。まだ秋の服装のままだったね。すぐにあたたかい服にするから」
どういう仕組みか、いつもの燕尾服を着ていても主様に担当された瞬間に主様が決めてくださったコーディネートに早変わりする。バスティンは自身の身なりを見下ろし、薄い生地で先ほどから寒さを感じていたため「あぁ」と返事をした。
主様が着せ替えて下さったコーディネートは、全身を覆って、首元や背中を特にあたためる服装だった。モフモフしたものが首元を覆っている。先ほどの薄い生地の服装より断然あたたかくなり、安心して、気づかないふりをしようと必死だったが無視できなくなってきた気分が強くなる。それは、睡魔。
(いま、主様に眠りグセを謝ったばかりなのに…)
主様が満足げにコーディネートを眺めている。執事は真っ直ぐ静かに立っていなければいけないのに、抗いがたい睡魔が全身に覆い被さるようだ。瞼を上げているのが辛くて、それでも抵抗していたが、そう長くはもたなかったようだ。
「すぅ…すぅ…」
私が施したコーディネートを隅々まで見ていたら、不意に静かな寝息が聞こえた気がした。バスティンの表情を見てみると、いつも眠そうに細められることが多い眼が今は閉じられていた。
(わぁ! 私が着せ替えた後にこんなに安心した顔で寝られたらたまらないね!)
満面の笑みを浮かべた私がバスティンの立ったまま寝る姿を眺めていた。
彼はいつも急に寝落ちてしまう。こちらの世界では技術が進んでおらず診断が難しい症例をたぶん彼は患っている。ルカスに聞いても「今の技術ではバスティンくんの症例だけは診断の確定と薬を作るのができないに等しい」とのことで、見守るという形で彼の症例はみんなに受け入れられている。といっても、ほとんどの執事が詳細を知らされていないので、本人も含めて「クセ」だと思われている。
主である私の世界になら、診断と薬を作る技術があるので、私は知識として知っているだけ。それでも、私の世界の医者に見てもらわない限り、お薬は出してもらえない。市販で売られるような薬でもない。
でも、彼はこのままでいい。なんて、私の趣味なだけなんだけど…。
私は、人でも動物でも寝ている姿を眺めるのが好きだ。安心して、全て委ねきっているこの表情がたまらない。…あ、バスティンの場合は寝ている時に不用意に近づくと剣を向けられることがあるから、いつもは無闇に触ったり近づきすぎたりしないけど、今日はすでに近い距離で彼の服装を眺めている時の寝落ちだったから、大丈夫みたいだ。
(かわいい寝顔…)
長いまつ毛を蓄えた瞼が完全に降りていて、穏やかな表情で眠り続けるバスティン。
頭がゆらゆら揺れている。
(椅子に…座らせてあげられないかな…)
私は自分用の椅子を持ってきて、彼のふくらはぎにやわらかく当ててみた。すると、はっと起きた彼が大剣を抜くのが見えて、すぐに後ずさった。
「敵かっ…!? ……?」
椅子に切り掛かりそうになって、寸止めする。
「あっ…えっと、おはよ、バスティン」
間一髪避けた私が貼り付けた笑顔を見て、バスティンが申し訳なさそうな表情になる。
「すまない…俺はまた寝てしまったのか…」
バツの悪そうな表情で自分が手にした大剣を見やる。
「…主様に…剣まで向けて…しまうだなんて…」
あまりに辛そうな表情をするので、シュンとしながら大剣を仕舞うバスティンにそっと近づく。
「そんなに…落ち込まないで…! 私…寝ている人の寝顔を見るのが好きなの…。だからお願い…。そんなに辛そうにしないで」
そう。バスティンの尊い寝顔を見るのに、浅い覚悟ではダメだ。彼の担当になるには、寝ぼけて剣を向けられる前提でなければなれない…‼︎
このバスティンは私だけのものというように彼をそっと抱きしめる。
…とはいっても、バスティン自身が主の身体ギリギリのところでいつも我に帰って剣を止めるか避けてくれる。だって、バスティンは悪魔化したときだって、傭兵団の人間も仲間も、誰ひとり殺していない。ギリギリのところをわざと振り下ろしたり、急所をつかなかったり。悪魔化を自分で止めることはできなくても、剣は制御できたのだ。剣については一流である。だから心配ない。
「私がコーディネートした服装でバスティンが寝てくれたことが嬉しかったんだよ」
バスティンの胸に顔を埋めて、どうかこの気持ちが伝わりますようにと祈る。
「あるじさ…」
もったりした話し方だなぁと思っていると、穏やかな寝息が聞こえて来た。ふふっ。やっと安心して眠ってくれたかな♪