「………ック………ック…」
布団を頭からかぶって寝ているバスティンに近づいてようやっと聞こえるか聞こえないかの嗚咽。だから、夜寝静まった暗い部屋の中、バスティン側に足を向けて、更に離れたところで寝ているベリアンとロノには気づかれにくい。そんな配置でベッドを置くことを希望したのはバスティン自身だ。
「……スン……ック…」
あまりに夢見が悪くて、バスティンは目が覚めてしまった。見ていた夢から現実に戻ったことで自分が泣いていること、布団をかぶって丸まって眠っていたことに気づく。もうずっとそうだ。ジェシカを手ずから喪ってから。いや、故郷の村を野党に襲われてからも悪夢を見ていたが、更にひどくなった。
目覚めた後、必ず金縛りに遭うのだが、動けないまま野党に斬られるとか、ジェシカの亡霊に斬られる、なんて幻も見ることがあった。ジェシカに斬られても仕方がない。俺はジェシカを守れなかった…。
「……スン……ック…スン…」
涙が止まらなくて、金縛りが解けた後も嗚咽が漏れてしまう。こんなの同室の2人には気付かれたくない。だからベッドを離れたところに配置して欲しいと頼んだ。バスティンがデビルズパレスの仲間入りした時からベリアンとロノは仲が良く、その間に入りたいとも思わないし、他の執事と仲良くするつもりもない。信頼し合う親しくなった仲間を自分の欠点のせいで喪うのはもう嫌だ。なら、最初から親しくしなければいい。
「…スン…はぁ…」
寝るのに疲れて、ベッドから降りる。
涙に濡れた顔を洗いに行こうとそっと部屋を出る。俯いてとぼとぼ歩いていると、誰かの足が見えた。顔を上げると、夜中の見回りの仕事をしているナックだった。蝋燭を持って屋敷内の巡回をしていたナックは、バスティンの姿を捉えると驚いた顔をした。
「君は、最近入ったばかりのバスティンくんですね。大丈夫ですか?」
「…………」
誰にも会いたくないし、誰とも話したくない。最初から仲良くしようと思っていないのだから、何も返事をしないことに抵抗も感じない。ただ、当初の目的の洗面所に向かうことに集中しようとした。
「…ちょっと!」
ナックに腕を掴まれた。蝋燭の火を顔に近づけられる。
「泣いているじゃありませんか!?」
…最悪だ。泣き顔なんて見られたくない。放っといてほしい。
だけど、昼間はハウレスの指導と自主練で身体はヘトヘトに疲れているのに夢見が悪いせいで目が覚めてしまった今の状況で疲れていないわけではない。ナックに腕を引かれればそれに抵抗できるような状態ではなかった。
「………スン…」
別に誰かに見つかってホッとしたわけじゃないし、慰められたかったわけでもない。
ジェシカを喪って彷徨っていた頃、悪魔執事にスカウトされた時の気持ちに似ていた。疲れ切って荒んでしまった心に、わずかに届いた灯り。ナックの大きな背中をただぼうっと眺めて、連れて行かれるままに歩いた。
連れてこられたのは3階の執事室。こんな時間だというのにルカスが起きている。
「ルカスさん。バスティンくんなのですが…」
「待ってくれ…俺は別に病気じゃない…」
「バスティンくん。とりあえず、ここに座って?」
言われて渋々いすに座るが、何が始まるのかとバスティンは不安だった。
「君はまだここに来て日が浅い。みんなにもそんな時期があった。ここに来る執事たちはみな、何かしら事情を抱えているんだ。だから、馴染むまで色々あるんだよ」
懐の下から掬い見上げるような物腰柔らかい物言いでルカスに語りかけられる。
「だから、何でもないから…1人にしてくれ…」
「君は抑圧タイプだね、バスティンくん」
頭を撫でられる。
なんなんだ。俺はなんでここに連れてこられた…?
「…苦しいんだね」
頬に流れた涙の跡を拭われる。
訳がわからない。ここに連れてこられた理由も、このルカスという男も。だけど、身体は疲れ切っているのに夢見が悪いせいで眠れない今の状況にさらに疲れ切った精神が極限に達してしまったのかもしれない。ルカスの手を振り払う力も出ず、逆に四肢の力は抜けて身体が崩れ落ちる。
「おっと…」
バスティンの上半身が傾いたので慌ててルカスが受け止めた。見ると、ルカスの腕の中でバスティンは寝ていた。安心したような表情で。
「私が巡回中に遭遇しました。今にも消えてしまいそうに泣いていたので…」
「うん。とても辛そうな顔をしていた。この子は外側に出さない子だね」
「昼間はハウレスの厳しい訓練に涼しい顔で取り組んでいるのに、夜の闇に紛れないと隠した本心は見せてくれない子ですね…」
「1番、悪魔化しやすいタイプかもしれない…」
バスティンの寝顔を撫でながらルカスは顔を上げる。
「まぁ、それを言うなら君も夜の闇に紛れても素直な本心はなかなか見せてくれないけどね」
「…ルカスさん、や、やめてください…」
ナックが困ったような表情になる。
「それからベリアン、出ておいで? バスティンくん、落ち着いたようで寝ついてくれたよ?」
閉じられた扉の方へ声をかけると、ドアノブが回され、そっとベリアンが部屋の中に入ってきた。
「…バレて…いたのですね、ルカスさん。ありがとうございます。私では、なかなかバスティンくんの心を開くのは難しくて…」
バスティンへ慈愛と困惑がない混ぜになった表情を向けるベリアン。
「うん…。私も完全にバスティンくんの心を掴めたとは思わないよ。なかなかに手強い子だね。ロノくんが見つけてきてくれたんだって?」
「はい。先の遠征で見つけられなかったのに、ロノくんがいつも炊き出しで向かう公園に1人蹲っていたそうです…」
「そうなんだね。まぁ、時間はかかるかもしれないけど、幸い私たちの時間は長いから、ゆっくりと距離を縮めていくといいよ」
「はい…! ルカスさん、ありがとうございます…!」