巨大な青い瞳が、鏡から二人をじっと、見つめている。
人間はおろか、生き物でもない不気味な目が。
「っ…!!」
咄嗟の判断で柊夜はトリガーを引く。
撃ち出された弾丸は大きな音を立てて、鏡にひび割れを作る。
大きな青い瞳は、割れた鏡の1つ1つに、数を増やしていく。
「な…」
「おいっ!周り見ろっ!」
”柊夜”に怒鳴られて、鏡から目を離した柊夜は、言葉を失う。
「なん…だよ……。これ…」
目だった。
空にも、鏡にも、向こうの水面にも。
見渡す限りにあの瞳が現れて、不気味な色をたたえてこちらを見ている。
ゆらり、水面が揺れると、空にあった瞳が一斉に目を閉じる様に消え去った。
地響きがして、水の中から触手がゆっくりと現れる。
ぶよぶよとした何かに、ただデタラメに青い瞳がいくつもついた化け物が、二人の前に現れた。
柊夜の頭の中で、警告が鳴り響く。
細胞の1つ1つが恐怖に犯される様な感覚。
人間ごときが到底太刀打ちできないのだと、知らしめるような存在感。
呼吸さえ忘れるような緊張。
そんな中、柊夜の頭によぎったのは、部屋で見つけた児童書だ。
「…こいつが、ゴグ=フール…」
名前と同時に、書かれていた一文を思い出す。
『狂気を食らう者』
その言葉に理解が追いついた瞬間、柊夜は直感する。
この化け物の狙いは”柊夜”だ。
はじかれたように世界が加速する。
先ほどまでとは比べものにならない早さで、無数の触手が”柊夜”に襲いかかった。
「…っ!させるかっ!」
”柊夜”との間に割り込むように、柊夜は前へと立ち塞がる。
躊躇いなく引いた弾丸は、触手についた目を潰し、緑の体液をまき散らす。
「お前…、馬鹿っ…逃げろっ!」
血を失いすぎて青白い顔のまま、立つこともできない”柊夜”は怒鳴る。
「狙いは俺だ……!さっさと自分の世界に帰れっ!!」
「知るかっ!!」
柊夜は見向きもせずに怒鳴り返す。
「こんなところで死なせてもらえると思うな…!
何が何でも、お前を帰すんだよ…!!」
そう言いながらも、応戦する柊夜は射撃のたびに、
ぐらりとその身を揺らしている。
腹部の怪我のせいで、反動をうまく殺しきれないのだ。
それでも、柊夜に恐怖はなかった。
必ず、二人で生きて帰る。
その覚悟が柊夜に力を与え続ける。
反動のごとに突き抜ける腹部の痛みも、触手の棘に抉られた腕も、
柊夜の研ぎ澄まされた集中力を切らせる事はできない。
1発トリガーを引くごとに、化け物の僅かに異なる反応から、柊夜は弱点を見つけていく。
射撃の数だけ目を潰された化け物は、”柊夜”を忘れて、攻撃をする柊夜へと標的を変えた。
複数の触手を柊夜へと伸ばし、邪魔者を殺そうとする。
「くっ…」
後ろには”柊夜”がいて、避けることはできない。
襲い来る触手達をを柊夜はどれも一撃で打ち落とす。
身体のあちこちを赤く染め、肩で息をする柊夜だが、化け物も無事ではない様子だ。
触手についた小さな目だけではなく、本体にある大きな目のいくつかからも、
緑の液体が流れ出し地面を汚している。
それでも、人間よりも遙かに体力のあるらしい化け物は、
狂ったように柊夜に触手を伸ばした。
「あと…、少し…」
おおよその弱点を見切った柊夜は、最もダメージが大きい場所に攻撃を通すための
チャンスをうかがう。
複数の触手を伸ばして獲物を捕獲しようとする瞬間、僅かな間だけひときわ大きな目玉が
獲物を見定めるように現れるのだ。
最もダメージの残っている一本を残して、柊夜は五つの触手を打ち落とす。
残った一本が襲いかかってくるのが、コマ送りに見えた。
その向こうで、大きな目玉がぎょろりと現れる。
柊夜はとどめとばかりにトリガーを引いた。
「…ぁ…」
どすり…、身体を抉る音がする。
グロッグのスライドは後ろに下がったまま、止まっていた。
頭のどこかで冷静な部分が柊夜をあざ笑う。
弾薬の管理を怠るから…。
目の前の敵に集中しすぎていた柊夜は、直前の一発で弾薬が切れた事にかがつかなかったのだ。
危機的な状態では視野が狭まって、冷静な判断ができなくなる。
そんな基礎的な事も忘れるくらいには、ハイになっていたらしい。
棘のついた触手は、”柊夜”によって撃たれた腹部を狙ったように貫通して
傷を内側から引き裂いた。
声にならない悲鳴を上げた柊夜を、化け物はそのまま容易く自分の方へと引き寄せた。
地面に赤い線を残しながら、チカチカと火花の散る視界で、柊夜は左手でショルダーホルスターから
SAKURAを抜いた。
無意識にでも使える様にと、繰り返し身体に染みこませた動きで狙いを定める。
化け物の口の様な器官が開く。
表情の無いはずの化け物から、柊夜は狂喜を感じ取った。
「Sweet dreams…!」
口蓋に向けて、最後の一発のトリガーを引く。
響いた銃声は、二発分だった。

形容しがたい叫び声を上げて、青の目の化け物が水の中へと帰って行く。
口蓋から目玉に向かって貫通させたにも関わらず、あの化け物は死ななかったらしい。
静かに水面に化け物が消えていくと、無音の世界が広がった。
柊夜は、身体を貫いたまま引きちぎれた触手を引き抜かずに立ち上がる。
無理に抜く失血死をしかねない。
すでに傷口は酷い有様だ。
歩くたびに意識を飛ばしそうにしながら、柊夜はどうにか”柊夜”の元へとたどり着いた。
「…その腕で、撃ったのか?」
相変わらずだらりと下がる”柊夜”の腕の前には、自分のものと瓜二つのリバルバーが血に濡れて落ちている。”柊夜”はくくく…と小さく喉を鳴らした。
「千聡に、救われたんだろ…きっと…。碌に狙いもしてない…まぐれの、一発だ」
「…ありがとう」
「…お前を殺した銃で、お前を助けるなんて。…愉快な冗談だ…」
「……かもな」
二人で、小さく笑い合う。
”柊夜”の目には、かすかな光が灯っていた。
「…本当に、恐ろしいやつだよ…。お前…。
銃を使えないように、腕を狙ったのに…。
まだ使えるなんて…」
「……お陰様で、右腕はダメだろうな。
感覚がない…」
「……早く、帰ろう。夢から醒めたら、
怪我は無かったことになるだろ?」
「…。まあ、な」
それよりも、と"柊夜"は真剣な顔で
考え込む。
「…どうやって戻るのかを、考えないといけない…。この場所への出入りは弾薬がいる。
……けど、俺のもお前のも…、
さっきの戦いで使い切った……。
もう弾がない…」
"柊夜"の言葉に、ふと柊夜は思い出す。
以前、ある事件の調査の時に、特殊な弾を手に入れたのだ。一般的な9mmの特殊弾ではなく、チタンで作られた珍しいものを。手に入れた場所の都合で、国にも返す事無く、いざと言う時のお守りとして軽いチタンの弾は内ポケットに忍ばせてある。
「……それ、弾丸なら、なんでもいいか?」
「…? まあ、撃てれば」
「そうか……。なら、ある」
苦戦しながら革ジャンの内ポケットを探すと、
血に濡れて赤く染まった2発の弾が見つかった。
幸い、この戦いでも破れて落ちたりしなかったらしい。
「…不当所持」
「分かってるよ……だから隠してた…」
「……特殊弾だろ」
「ああ、チタン製……。お前が経験してない出来事で、手に入れた……。やる……」
「……ありがとう」
柊夜は落ちているSAKURAを拾って、チタンの弾
丸を入れる。そこに書かれた番号は、やはり千聡のものだった。
「……これで、どうしたらいいんだ?」
「…例の鏡に撃てばいい。撃ったやつの世界に繋がる」
その言葉を聞いて、柊夜は困惑する。
「撃てば…って、お前、もう撃てないって……」
「…ああ。だから、お前は帰れ。
俺は……ここに残るよ」
諦めた言葉に、柊夜はカチンと来て"柊夜"の胸ぐらを掴む。
「……まだ、そんな事言ってんのか?
いい加減、気づけよ…、その考え方が……、
甘えが、あいつらを殺したんだぞ……。
生きろっつったろ…!それがお前の償いだ……」
「…そうだとしても…、物理的に無理だ…。
右腕は壊れてるし、左だって支えきれない……」
「…やかましい、やるんだよ!……手伝う。立てよ」
自分だって目眩がする程に血を失っているにも関わらず、柊夜は怪我をしていない左手を使って、"柊夜"に肩を貸す。
腕を脇の下から差し込んで立ち上がらせると、その左手にSAKURAを持たせて、その手に柊夜は自分の手を重ねる。
「……チタン製だ、反動も軽い。
鏡に当たればいいんだろ……簡単だ」
「…よく言う……。行くぞ……」
"柊夜"がトリガーを引くと、本来の弾よりも軽く速い弾丸は鏡に更に1つのひび割れを作った。
その場所から鏡がぐにゃりと歪んで、
あの時の路地裏をうつす。
「……お別れ、だな」
「…ああ。お陰様で酷い目にあった…」
「それは、ごめん……」
「…。……冗談だ。生きろよ……"俺"」 
「……。ああ。ありがとう。
千聡のこと…、それにみんなを……よろしく」
「言われなくても」
ほんの少しの間だけ、同じ色がすれ違う。
小さく頷いた"柊夜"は、柊夜の手を離れるとふらつきながら鏡の中へと歩いていった。
「                  」
最後に何かを言った気がしたが、ぐにゃりと戻っていく鏡の向こうの言葉は、柊夜には聞き取れなかった。
静寂が世界を包む。
目の前の鏡は、ひび割れて何人もの柊夜を映す。
その姿は、ボロボロの血だらけで。
それでも、強く光を湛えた目をしている。
"柊夜"に、どれだけの言葉が届いたのかは分からない。道は示した。あとは、"柊夜"次第だ。
「…帰ろう…。ちさとのところへ……」
認識番号の違う、自分のSAKURAに、柊夜はもうひとつの弾丸を込める。先程は話をしなかった、
もうひとつの弾は、シルバーでできていた。
2つの弾丸は、あの事件を生き抜いたことの証明だ。
頭の中で、きれいなフォームをする相棒を思い浮かべながら、日本警察で習う正しい姿勢で拳銃を構える。
身体に響く反動を受けて、呻き声を上げるのと、
三つ目の穴が鏡に空くのは同時だった。
ぐにゃり、また鏡の向こうが歪んで、見覚えの
ある部屋が映し出される。
目の前が暗くなる。
大切な銃だけはしっかりと握りしめて、
柊夜は倒れ込むように、鏡をくぐり抜けた。

「……ん…うー…?」
奇妙な夢を見た。
長くて、寂しくて…。
それに……。
内容を思い出した終夜は飛び上がる。
ごんっ、と足をベッドサイドにぶつけて、
ようやくここが職場の仮眠室な事を思い出した。
休日に2人でバイクで出かけようと思ったら、
出先で呼び出しを食らって20時間休憩も無しに事件の対応をしていたのだ。
あまりに疲れすぎて、帰る体力すらなかった柊夜と千聡は、ひとまず仮眠室を使うことにした。
ちらりと時計を見ると、寝始めてから20分と経っていない。我ながらよくあんな夢を見たものだと、柊夜は1人で感心する。
ふと、立ち上がって、右の脇腹に違和感を感じる。
ちょうど夢の中で大怪我をした場所は、怪我のひとつもある訳では無いのに、どことなくジワジワと痛む気がした。
「……寝違えでも、した…?」
独り言を呟いて、隣に並ぶベットの方へと向かう。
そこには千聡が寝ているのはずだ。
案の定、布団をすこし退けると、すやすやと寝息をたてる千聡がいる。
「…ちさと…。ちゃんと……いる……」
じわり、視界が滲む。
たかが夢なはずなのに、胸が痛くて仕方がない。
何も起きていないのに、千聡がいる事に酷く安心して、寝ているのにも関わらず、柊夜は千聡に抱きついた。
「んー……、しゅーや……。え?
ちょっと……どうしたの……?!」
寝ぼけた声を出した千聡は、目の前で泣いている柊夜を見て眠気が吹き飛んだらしい。
「…どうしたの?まさか、怪我してたの!?
痛いところある……?」
あわあわと慌てる千聡に、柊夜はしゃくりを上げながら首を振る。
「……ちがうんだ……ただ……ゆめが……」
「……夢?怖い夢を、みたの?」
「……うん。ちさとが……うー…!」
たったそれだけで、千聡は何を見たのかを察した様子で、そっと柊夜の背中を撫でた、
「それは、怖いな…。大丈夫、僕はここに居るよ。
ちゃんと生きてる。20分くらい寝てただけ。
柊夜と、一緒にいる」
「…うん」
「落ち着いたら帰ろ、柊夜」
「……うん」
どうにも泣きやめない柊夜の背中を撫でながら、
千聡は小さな声で歌を口ずさむ。
「アーメイジーンググレイス
ハウ スイート ザ サウンド……」
少しだけ高い優しい歌声と、微かにすすり泣く声が、暗い仮眠室の中に響いていた。

「……おっつー、あれ?神、目赤くね?
え、何?疲れすぎて泣いた?」
仮眠室を出ると、千聡元相棒の先輩が
ケラケラと笑ってちょっかいを掛けてくる。
「うー……ちょっと、夢見が悪くて……」
「は?悪夢で泣いたの?まぁじで??」
お前が泣くほど怖い悪夢ってなんだよ!と続けて絡んでくる先輩に、千聡が蹴りをいれる。
「だいたい!お前のせいだぞ大宮!
ひとの相棒をへろへろになるまでこき使っいやがって!だから柊夜が悪夢なんか見るんだよばーか!」
痛え痛え!と騒いで逃げながら、大宮は抗議をする。
「完全に八つ当たりじゃねぇかばーか!
さっさと連れて帰れ飼い主!」
「言われなくてもそうするわ!後始末任せたからサボるなよばーか!」
「サボらんわばーか!」
わいわいと仲良く揉めている先輩立ちを見て、
少しだけほっとして柊夜は喉を鳴らして笑う。
「……やっぱ、こうじゃないとな」
「しゅーや?」
「あうー」
「……あうーwww」
「しゅーやをいじめて遊ぶな大宮!」
「へーへー、気をつけて帰れー」
「ういっす……」
馬鹿みたいな茶番をして、班の仲間達に見送られながら、柊夜と千聡は2人で暮らす家へとかえって行った。

「……ああ。いらっしゃい。よく来たな」
扉を恐る恐る開けると、
髪の長い先生は穏やかな笑みを浮かべてくれた。
膝の上に、くたびれた柴犬のぬいぐるみを乗せて、右目に眼帯をした先生は、遠い昔に事件で大切な人を亡くして、同じような人を救うために心理士になったらしい。
この辺りでもとても信頼できると有名で
日本人とのハーフなのだと誰かが言っていた。
「……ここの席に来てくれるか?
うん、そこ。
……本当に、よく来てくれた。
…辛かったな。
ここでは、君が望むなら、全ての話は2人だけの秘密だ。どんな事でも、君が話したいことを……聞かせて欲しい」
右目に眼帯をしているだけでなく、
右腕も動かないのだと、紹介をしてくれた人が言っていた。
左手でサラサラと癖のある字を書く先生は、
手を止めるとやっぱり左手で、
首からかけた名札を見せてくれる。
「…今日から、君の担当になる、心理士の
シュウヤ・ジンだ。よろしく」
部屋の片隅に、見たことの無い拳銃がひとつ。
ガラスの箱に収められていた。
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xuyagin1225
よい夢をって、sweet dream ??
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ななし@ada03f
うん、dreamsだね
58:43
ななし@ada03f
つづり、順番入り食ってるよ。
58:44
xuyagin1225
ありがとう
59:39
xuyagin1225
あうあうありがとう
81:09
xuyagin1225
赤ずきんって、もっと後のはなしだっけ?
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