依頼を受けたときの初めの感想は、随分と困った相手の検査をしなければならないな、というものだった。
 
 私の務める病院は、この地区でも有数の総合病院だ。そのため、今までにも難易度の高い検査は経験がある。事件に巻き込まれた被害者や、悲惨な出来事を体験した人達の精神分析も、私の役目である。
「……はぁ、つまり、その、事件に巻き込まれた警官の知能検査……ですか?」
 上から頼まれた依頼は、丁度入院しているとある患者の検査だった。確かに私の担当ではあるものの、少し珍しいタイミングだと思った。
「…診断、出てるんですよね、その人。なのにわざわざ今から知能検査?」
  渡された資料には、今までに出ている診断と観察や面談の結果が並んでいる。
「…急性ストレス障害と、それに伴う心神耗弱…。右目の網膜剥離…、それに、拘束の履歴…。そこそこ、やばい人でしょうこれ。こんな精神状態で、診断まで出てるのに、検査、するんですか?」 
  ただでさえ、心理検査や知能検査というのは負荷の大きい内容だ。大人用であれば数時間の集中力や思考能力が問われる。元気な人であっても、場合によっては複数回に分けて行うこともあるものを、不安定で怪我をした直後の相手に行うのは気が引ける。
 その上、普通なら知能検査はこう言った診断を出すための材料として行うことが多い。既に診断が降りているというのに、今更追加で検査を行う理由がよく分からないのだ。
「どうしてもって…、いや、いいですけど…、最後まで出来なかったら当分取り直し、出来ないんですよ?それなのに今やらないといけないんですか?もっと、せめて安定してからとかのが…」
 心理士として進言はするものの、そこそこ急を要するらしく、「取れるって言い張ってるから」と話を初めに持ってきた同僚のWilliamも横から煮え切らないような答えを返す。余程なにか理由があるようだ。
「はぁ…、大人で…拘束されるってことは、暴れたって事でしょ…?……本当に大丈夫かなぁ…」 
 思うところは沢山あるが、仕事は仕事だ。ため息をついて、データに目を通す。
「Xuya G.Ortiz…、21歳。21歳か…、私の妹
くらいじゃないか…。同僚の殉職を目撃…それに自分も目を…。可哀想に…」
  近い歳の家族がいる身として、少しだけ同情してしまうところもありながら、午後イチの検査に向けて私は用意を始めた。
ーーーーーーーー
「…身体拘束は、一時的かつ最低限のはずだ」
「ああ、その通りだ、Ortiz。だから、最低限さ」
  検査に当てられた部屋に入ろうとすると、中から話し声がする。どうやら先に受験者の青年が来たらしい。扉を開けるか迷って、私は少しだけ話が終わるまで耳を済ませた。
「…けっ。……別に、本気を出せばこんな机くらい、いつだってやれるんだからな」
「だろうな。そうしないだろうと言う判断だから、手錠だけで済んでいるんじゃないか」
「…検査結果に影響出たら、不正行為で訴えてやる」
「これでも配慮はしてるんだ、これ以上揉め事を起こすなよ。またベットには嫌だろう?」
  手錠、という言葉に私は思わず生唾を飲む。扉の向こうの彼は、やはり本当に手を挙げたことがあるらしい。そこでふと、彼の言った言葉に引っかかった。
「…結果に影響が出たら…?」
  まるで検査の内容を知っているかのような言葉に、私は疑問を覚える。もしも内容を知っていたり、こなした事があるのなら、この検査は成立しないのだ。彼は一体、何者なのだろうか。
  一抹の不安を抱きながら、失礼します。と私は重い扉を開く。
  飾りのひとつ、時計のひとつもない殺風景な部屋の真ん中、金属製の重い机に左手を繋がれて、彼はいた。男性にしては長い黒髪、机とのサイズ感で分かる高い身長。長い足は左足を上にして組まれている。警官だと言う彼からは、独特の雰囲気が滲む。神経質そうにこちらを睨みつける目は、左右で違和感があった。
「初めまして。Xuya Ortizだね。私は今回君の検査を担当する、Julianだ。よろしく」
  緊張した事を見抜かれたのか、目の前の彼は鼻を鳴らす。
「…kfyskrvai」
 「え?」
 彼が発した早口の言葉は、私の知らない言語だった。思わずぽかんとした私に、監察官が口を挟む。
「…Xuya、真面目に受けろと言われただろう」
「なんでだよ、俺は自分の母語のひとつを話しただけだし。つか、英語でやれなんて言われてないね」
「…あの…」
「…日本語は先生はわからないんだし、お前は英語ネイティブだろう」 
「しらね。日本語の答え聞きたいなら通訳呼んできな」
  ふてぶてしく答える彼に、監察官はため息を着く。どうやら、彼はずっとこの態度でいたらしい。
「…あの、日本人…?ですか?」
「半分な。で、あんたが出来るの?ビビってるクセに。俺の事、怖いんだろ…」
  彼が挑発する様に左手を上げようとすると、ガチャガチャと机に繋がった手錠が音を立てる。ピントの合わない右目と鋭い光をたたえた左目が私を見つめる。
「…はい、白状すると、怖いですね…。けど、それとこれとは、別なので…」
「ふーん…」
「…検査は、やります」
「あっそ…」
  挑発に乗らなかった私が気に入らないのか、彼はつまらなさそうに背もたれに寄りかかって目を閉じた。
「あとは、よろしくお願いします」
「……はい、出来るだけのことは」
  短く挨拶を交わすと、監察官は部屋を出ていく。バタン、と思い扉が閉まり、鍵がかかる音がした。備え付けのカメラを通してこの部屋は監視もされている。何かあれば直ぐに助けは来るだろう。
  深呼吸をひとつして、改めて私は彼に向き直る。
「…改めまして、私はJulian。君の検査を担当する」
「…さっき聞いた」
「そうだね…。この検査は…」
「この検査は、知能を測るもの。できる限り諦めずに頑張って欲しい。ただし、分からない際には分からないと答えてもいい。時間がかかるが最後まで取り組んで欲しい。
……だろ」
 口上の説明をするよりも早く、早口で告げられた言葉に私は確信する。彼は、この検査を知っている。
「……ひとつ、質問がしたい」
「…なに?」
「この検査、受けたことがあるのかい?」
  
「…disavdix」
「な、なんて?」
 わざとらしく日本語で答えた彼に、冷や汗を流して私は聞き返す。分からないものはわからない。
「…やった事ないって言ったんだよ」
  イライラした様子で答えた彼に、私は正直に話しをする。
「…本当に?」
「さあな」
「…検査を受けたことがあるなら、この検査は内容を知っていたら出来ないことは、知っているはずだ」
「…それで?」
「君が口上を覚えているくらい、最近検査をしたなら、今回の検査は不成立になる。そうなると…、君の助けになれない」
  最後の言葉を聞いて、彼は僅かに表情を変えた。
「…助けになんてなるもんか」
 ポツリと呟かれた言葉が、私には酷く印象に残った。
「私は、ある人に頼まれて今日検査に来たんだ。その人は何も言っていないけど。でもね、私にはあの人が君を助けて欲しいと言っている様に感じたんだ。だから、協力してほしい。詳しいことはわからない…、だけど、何か君の助けになりたいんだ…」
  あまり長く話しをしては行けないと分かっていながらも、つい語りかけてしまった私に、彼はまた日本語で呟く。
「…ugskar」 
「…えっと…」
「……少し考えたら分かるだろ。心理出身なんだよ。子供用のやつ、触ったことあるだけ。こっちのは内容まで知らない。これでいいか?」
 まくし立てるように言われた内容で、ようやっと私は彼が何者なのか少しだけ理解出来た。彼もまた心理士だったのだ。
「…ありがとう、教えてくれて」
「別に…」
「…受けたことは、ないんだね?」
「今そう言っただろ……」
「…すまない。わかった、なら検査を始めよう。
先程、君が言った通りだ。君の能力を見せてくれ」
「はいはい…」
  僅かながらも信用してもらうことが出来たのか、先程までよりは少しだけ素直になった彼との検査が始まった。
ーーーーーーーーーー
  結論から言うと、それはもう大変だった。
  私は今までの検査の中で一番と言えるほどヘトヘトになって、自分の席へと座り込む。見かねたWilliamが甘いココアを持ってきてくれた。一口飲むと甘さが身体に染み渡る。
「……本当に、あれで心神耗弱?ありえないだろ…」
 
  使いすぎてズキズキと痛む頭を抱えてボヤいた私に、Williamが反応した。
「…うわ、え、やば…。Julian、これマジ?」
  へたばっていた私の代わりに採点をしてくれていたヤツが印刷された結果を見たらしい。
「……何?」
「IQ、130超えてんだけど」
「…まぁ、そうだろうよ」
   同僚の反応を聞いても、私は驚かなかった。検査をしたらそれくらいは分かってしまう。何せ、多くの課題で普通よりも後半まで問題を続けて正答していたのは分かっていたし、速さを調べる課題では、本来最後まで行かない前提で作られているかだいを、時間内に終わらせる勢いだったのだ。
「…その子、はじめの課題片手でやってそれだぞ」
「マジで?やばくない?」
「…左手、机に繋がれてたんだ。暴れたからって」
「あーね、書いてあった」
「…手がデカイからって片手でこなしてそれ」
「器用すぎ」
「ねー…」
  今思い返せば、右目は見えないのでは無かったか?使っていたのは右手だったのだから、やりにくかっただろうに。それでも高いスコアをたたき出して居るのだから恐ろしい男だ。
 
「…言語の方、これ、どういうコト??」
 興味が湧いたのか勝手に検査用紙を見ていたWilliamがまたも声を上げる。
「…おい、まだ文字直して無いんだから見るなよ」
「ギリ読めるから良いだろ、つかなにこれ?何語?」
「……日本語」
「わざわざ書いたのか?」
「書かされたんだよ……」
「書かされた?」
  机に潰れながら、私はWilliamに一部始終を説明する。
「……バイリンガル、なんだって、その子。日本語とのさ。で、日本語でも英語でも答えるから全部書けって…言ってきて…」
「…お前日本語わかんないだろ」
「そうだよ……、だからめちゃくちゃ頑張ったんじゃないか…」
「断りゃいいのに律儀だよなそういう所」
   Williamの言う通りなのだ。今回の検査は、日本語力を調べる必要など、どこにも無い。本来なら、別に日本語なんて無視したら良かった。良かったのだが…。
「…なんか、ほっとけなくて」
「お疲れさん。天才相手は大変だな…」
「…この数字だったら、MENSA入れるもんな」
「余裕っしょ」
「……この子さ、本当に、心神耗弱だと思うか?」
  急に真剣な声で尋ねた私に、Williamは少し驚いたような顔をした。しかし、直ぐに検査結果を見ながらふむ、考える。
「…検査結果からすると、知能の低下は見られない。もし下がっててこうならそれはそれで凄いけど、回答の仕方からは、支離滅裂さとか、違和感は無い風に、おれは思うけどな」
「……だよね。私もそんな気がするんだ。確かに口も態度もいいとは言い難いタイプではあったんだが……、なんというか、妄想やせん妄のような印象は受けなかった」
「…でも、心理検査とか観察、面談では出てたんだろ?」
「…そこが変なとこなんだよな。急性ストレス障害の診断の割には、しっかりしてるって言うか」
「これ、アセスメントどうすんの?」
「……まあ、結果通り書くしかないだろうね。君の友人が上手く活用出来ることを願って」
  机の上に出された検査結果の名前をチラリと見て、私はため息をこぼす。
 Xuya G.Ortiz、大学を二年で卒業して、警察になった天才。大変な出来事に巻き込まれたのに、強い光を目に宿していた青年。記録にかかれていた様な、暴れて鎮静剤や拘束具をされるような人物には、私にはとても見えなかった彼。
  願わくば、この検査結果が彼の役に立たんことを。
  妹に近い年齢の青年の為、私はパソコンに向き合って、アセスメントを書き始めた。
  
カット
Latest / 131:15
カットモードOFF
35:13
xuyagin1225
(◦`꒳´◦)ᵎᵎ
58:20
xuyagin1225
俺 is ベリー 態度悪い( ˙³˙ )
チャットコメント