それは、輝けるような星の残響。
かつての少女が願い、かつての少女が思い、そうしてあらゆる概念に凌辱されながら、それでも決しててばなさなかったひとかけら。
その感情は、かつての誰かに向けるために。
そうして、誰かの心に手向けるために。
たったそれだけの、ただそれっぽっちの、たった一言に命のすべてをかけた少女の話。
これは、どこにでもある世界の話。
もう終わってしまった物語の、いみじくも生きぎたなくも続く、その「向こう側」の話である。
ただぼんやりと、その窓枠の向こうを見ていた。
女の触れる指は、いつでも優しくて、そして表面をなぞるだけの物だった。
否、たぶん本人にとってはそうだというだけで実際どうだったかと言われれば甚だ形容に困る。しいて言うのであれば、まあ普通だったかな、と言わないでもない。
ただ、彼女にとってその普通がいかなる苦痛と苦難の上に成り立っているのかに関しては思いをはせずにいられない。
万が一、何があっても、本当にかすかな那由他分の一であっても、その人を傷つける可能性がぬぐいきれない。
その恐れを抱いたままで、大好きな何かに触れるということが、たとえどれだけの精神的苦痛を課すのかは想像もつかない。
その恐怖のままで、傷つけたくない誰かの隣にいることが、どれだけの拷問なのかなど想像もつかない。
ただ、その苦痛を抱いたまま、常に自分の隣にいるのが、彼女だった。
彼女が、その「普通」を成立させるために、いったいどれだけの細心の注意と気が狂うような努力を重ねたのか、全く想像もつかない。
ただ、自分はそれを享受するだけだった。
何も考えていなかったわけではない。
ただ、それが一番だと思っていただけだ。そしてそれは実際、間違いではなかった。
下手に動いて自分にけがをさせる方が嫌だということを、自分はよく理解していた。
だから、動かなかった。ただ一mmも動かずに、ただ信じ続けていた。
「この女が自分を傷つけるわけはない」と、ただ流れる川のように。ただ星降る夜のように。じっと。
この街には夜が無い。
厳密には、星が無い。
自分がこの世界に、というかこの街に訪れてまっさきに思ったのはそれだった。
女は諸事情あって、割と夜に出歩くことも多かった。その影響か繁華街に行くこともあった。
かつてはホームグラウンドだったとのたまうその言論の裏側が気にならないこともないが、自分は決してそこには踏み込まなかった。年齢考えたらつまり自分たちと同じ時分にここによく立ち入っていたってことになるんですけど本当にいいんですか?という旨の言葉は決して口に出さなかった。
口に出した旧友はすさまじい勢いでリンゴジュースを口に突っ込まれていた。
ナムアミダブツ。心の中で合掌した。
それはそれとして、星の話である。
星。それは、自分たちの住まう場所から見れば、それこそ星屑のように無限に目に入る物だった。
もちろん天気次第で目に入らないことも多い…何なら今の季節ならそっちの方が多い…が、それでもなお、星と呼ばれるものは夜空を仰いだのなら無数に存在するものである。
この街では、それは途方もない贅沢だったらしい。
見あげても、そこに無数の星屑はない。厳密には、気配は感じる。目を凝らしても見つめられないことはない。知識としても知っている。
だがそれらは視神経的現実の前では意味がなく、頭上にある真っ暗な闇の中はよどむように瞳を閉じ、星は数個の一等星が、ただ片手で数えられる程度、煌めいて瞬いているだけだった。
最初にその情景を見た時、自分はあんぐりと口を開けたものだった。
自分の知っているものとはかけ離れた、真っ黒い口が開いているような暗闇が夜空と呼ばれていたから。
その数個しかない星を、だけど慈しむようにいつも眺めていた。
厳密には、玄関の扉を開いて、家へ帰ろうとする道すがらに、彼女は星を眺めていた。
1,2個、多くても5個くらいしか見えないその星たちを、慈しむように眺める。
その瞬間はいつも1秒2秒に満ちない時間だったが、その星が、彼女にとっての心の支えなんだと慮るには十二分な時間だった。
その瞳は、いつだって、美しいものに向けられていた。
液晶の向こう側。舞台の向こうで活躍する、彼女の友人。
そして何よりも、いとおしい誰かへの声援。
その視線が、自分に向けられたことは、ほとんどないことを知っていて。
一番|太陽そのもののような。
愛おしい、いとおしい、と、常に叫ぶような目でこちらを見るものだから。
幸せそうに、幸福そうに、まぶしいものを見るように自分を見るものだから。
ただ、壊れそうなものを触るようにおぼつかない手つきで触れようとするものだから。
気が付いたら、まあ、いいかと思ってしまった。
まあ。これくらい、いいか。と。
そう思ってしまった。それがこの女の|征服常套手段であることを重々承知のうえで、それでも。
カット
Latest / 48:53
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
輝ける星の話。
初公開日: 2024年01月17日
最終更新日: 2024年01月17日
ブックマーク
スキ!
コメント
それは、輝ける星の話。
特殊設定二次創作です。