【同い年臣左if】
仲が良い訳ではなかった。
高校3年間、同じクラスになることはなく、ただお互い目立つ存在だったから、何となく意識はしていた。
そう、伏見臣と古市左京は、目立っていたーー主に悪い方の意味で。
商業高校で素行の悪い生徒は他にも何人かいたが、伏見臣、狛田那智、古市左京はその中でも頭一つ抜けていた。
暴走族・ヴォルフのW総長を張る臣と那智、悪い噂のある先輩達と1年生からよくつるんでいた左京。校内で暴れるなどの暴力行為はなかったものの、不登校で校外で度々騒ぎを起こすので、先生たちからも生徒たちからもよく噂をされていた。
「臣ー今日のテストどうだったよ?」
「ああ? ふつーだろ」
「ふつーに書けなかったんだな!」
「そういうお前は書けたのかよ」
「ああ?! 当たり前だろ! めっちゃ鉛筆転がしたわ!」
「……選択問題なんて、殆どなかっただろ」
臣と那智が教室でそんな話をしていると、ふっと廊下に目立つ金髪が通り過ぎた。さらっと靡く襟足に不思議と視線が奪われる。那智が臣の視線を辿り、その後ろ姿に気付いて教室から飛び出していった。
「さきょー!」
「あぁ?! なんだ狛田! 触んじゃねえ!」
那智に気付くと同時に肘鉄を食らわせた左京だが、連日臣とプロレスを繰り広げている那智には全くきかない。犬嫌いに纏わりつく大型犬のように右に左にうろうろしながら笑顔で話しかける。
「いいじゃねえかよ、左京! 左京は今日のテストできたか?! なあなあ、何問鉛筆転がした?」
「鉛筆? ……選択問題、3問くらいしかなかっただろうが。他どうやって埋めるんだ?」
「そりゃ俺の熱い気持ちをだな!」
「落第決定だな。ごくろーさん」
左京の冷たい物言いが気に食わず、臣は那智の後ろから歩み寄る。
「……そういうお前はどうなんだよ? 出席日数、俺らより足りてねえだろ」
「…………最低限は取ってる。少なくとも、テストの点はお前らより上だ」
「ああっ?!」
「ああん?!」
廊下の真ん中でメンチを切り合う臣と左京に、周囲がざわつく。真面目な生徒は慌てて先生を呼びに行った。
そんな二人の間に割って入ったのは、那智だ。
「おいお前ら! こんなとこで騒ぐなよ! どうせ騒ぐなら、アジト行こうぜ!」
ニカっと何事もないように無邪気な笑顔で誘う那智に、臣も左京も毒気を抜かれる。
「おい、伏見! 古市! 狛田! 何やってる!」
そのタイミングで生徒指導の先生がやってきて、臣も左京も完全にやる気をなくした。那智一人だけが何故かケンカ腰に先生に噛みつく。
「ああ!? 先公がなんの用事だよ?!」
「誰が先公だ! ちょっとお前ら来い!!」
「俺、用事あるんで失礼します」
「あ、おい、古市!」
「おい左京! アジトで遊ぼうぜ!!」
那智が先生の気を引いている間に、左京はさらっと逃げた。先生も那智も左京の背中に呼びかけるが、左京は無視したままあっという間に姿を消した。臣はそんな左京を半眼で見送る。
そしてなんとか生徒指導の先生を巻いて、那智を連れてヴォルフのアジトへ向かった。
「なあ、那智。なんで古市に構うんだよ」
那智は臣とよくつるむようになって少し経ち、隣のクラスの左京の存在に気づいてから先程のようによく構っていた。そして先程のように全く相手にされず終わるのだが……正直、臣はあまり面白くない。当たり前だ。誰だって自分の相棒が他の同級生に邪険に扱われていい気するはずがない。
だが、そんな臣の内心を知ってか知らずか、那智はきょとんとして無邪気に笑った。
「あ? だってアイツ、なんかおもしろそーじゃん。かしこそーだし」
「大して喋ったことねえんだから、そんなのわかんねーだろ」
「分かんだよ。それにアイツ、なんか俺と趣味合いそうな気がするんだよなー! なに? デキる男の勘、ってやつ?」
顎に人差し指と親指を当てドヤ顔をする那智の頭を、臣はなんとなく一発殴った。
「痛ってー! なにするんだよ?!」
「なんとなく」
「なんとなくで殴んな! お前は本当に喧嘩っ早いよな?!」
「那智に言われちゃおしまいだな。さっきだって意味もなく先公に噛みつきやがって」
「だってアイツが訳も知らねえのにひとまとめに怒るからさあ」
そのまま那智が生徒指導の先生の悪口を言い出して、臣は何となくほっとする。
どうしてそんな気持ちになるのかわからないが……那智が左京の話をしていると、なんとなく胸がざわつくのだ。
どうしてそんな気持ちになるのか――結局、答えは分からないままだった。
□
そのまま、那智は死んだ。
那智の死後、ヴォルフを抜けた臣は、周りの説得もあり、真面目に高校に行って大学に行くことにした。
そんな決意をした頃。放課後一人で教室にいた時、不意に教室に入ってきた左京に話しかけられた。
「伏見」
「……なんだ? なんか用か?」
普通の高校生に戻ると決めてからは、臣は狂狼の時の口調を封印した。だが、一般生徒ならいざ知らず、バチバチに睨み合っていた左京と対峙すると、封印したはずの狂狼が姿を現しそうになる。
左京は少し視線をさまよわせ、それから静かに言った。
「…………狛田、死んだんだってな」
「……ああ。バイク事故で亡くなったよ」
「そうか……」
臣の答えに、左京は静かに目を閉じた。ただそれだけの行為の中に左京の悼む気持ちが溢れていて、臣はぐっと胸が詰まった。
目を閉じて、静かに黙祷する左京を、美しいと思った。
「……っ!?」
以前からそうだ。臣は、左京を前にするとどうも落ち着かない。那智がいた頃は那智があまりに左京になつくので嫉妬してるのかとも思ったが、今のこの気持ちはそんな言葉では説明がつかなかった。「……伏見」
どれくらいの時間がたったのか、ゆっくりと目を開けた左京は、机に座る臣を見下ろして言った。
「飯、行くか?」
臣は渦巻く感情に整理がつけられず、口から先に出たのは――拒絶だった。
「…………行かねえ」
「そうか……」
左京は特に表情を変えず、それだけ言うと教室を後にした。
「…………」
臣はその背中が、不思議と瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
□
全く勉強をしなかった高校生活だったので、受験期はそれはそれは大変だったが、体力には人一倍自信が合った臣は、昼夜問わずひたすら勉強した。
正直、受験は今の臣にとってはとてもありがたかった。勉強さえしていれば、那智のことを考えずに済むから。だから、家族が心配するほどずーっと勉強していた。
そのお陰でなんとか希望した葉星大には合格できた。
左京は、本当に必要最低限の出席日数とそこそこの成績で、なんとか高校を卒業したらしい。
進路は知らなかった。それとなく先生に聞いてみても、皆一様に気まずそうに視線を逸らすだけだ。……多分、ロクな就職先ではなかったのだろう。
周りに葉星大に進んだ生徒はあまりおらず、臣はごく普通の大学生活を送ることができた。たまたま勧誘された写真部に入部し、ごく普通の友人たちと一緒に、ごくありきたりな大学生になった。
「そういや、俺ら今年成人だなー」
「だなー! やっと酒が飲める!」
「お前最近そればっかだな」
「成人の楽しみっつったら酒だろー!」
そんな会話をする友人たちの横で穏やかに笑っていると、不意に臣に話題が投げかけられた。
「なあ、伏見はもう成人式何着てくか決めた?」
「え?」
友人に尋ねられ、臣は目を丸くした。友人は「着物なら、お前の体格じゃ早めに探さないと見つかんないぞー」などと笑いながらアドバイスをされ、臣は曖昧に頷く。
…………正直、成人式など意識の片隅にもなかった。
会いたい友達はいない。唯一いた相棒は――二十歳を迎えることなく、死んでしまったのだから。
祝いたいこともない。相棒を死なせてしまった自分が、どうして成人することを祝えようか。
ただ――一人だけ、今どうしてるか気になった人はいた。
けれど、彼だって恐らく成人式などに出るつもりはないだろう。
「やっぱ着物は捨てがたいよなー、でも着付け面倒だから、やっぱスーツか?」
「成人式の後飲みにも行きたいし、俺はスーツかな」
「お前本当にそればっかだな」
友人たちの平和な会話が……別の世界の出来事のようだった。臣は輪を乱さないように、ただただ仮面のような笑顔を張り付けていた。
□
それから2年が経ち、臣は大学4年生になった。就職先も部活の先輩に紹介された小さな撮影事務所に決まっている、そんなある日。
「臣にぃ、鈴木さんって覚えてる? 鈴木順平」
「鈴木順平? ……悪い、記憶にないな」
弟の開に唐突にそんなことを聞かれ、臣は首を傾げた。
「そっか……鈴木先輩、俺の大学の先輩なんだけど、臣にぃと同じ高校だったらしいよ。隣のクラスだったそうけど」
「そうか……あの頃はあんまり人付き合いしてなかったからな……悪い」
「別に気にしないで。ちょっと聞いてみただけだから。ほら、俺がもうすぐ成人式だから、そんな話になって。鈴木先輩の成人式の写真も見せてもらったんだ」
そう言って開は携帯電話を臣に見せる。そこにはなんとなく見覚えのあるようなないような顔が並んでいた。あまり感慨はない。と、そこで気付いた。
「……古市も、来てなかったのか」
「? 古市?」
開に聞き返され、「あ、いや、なんでもない」と慌てて首を振った。不思議そうな顔をする開に、臣は成人の話に戻す。
「開ももうすぐ酒が飲めるようになるのか」
臣の言葉に、開は嬉しそうに目を細める。
「うん。父さんには成人したら一番に晩酌付き合えって言われた」
「はは、俺の時も一番に飲まされたな」
「俺も、臣にぃとも飲めるの楽しみにしてるよ」
「ほどほどで良ければ付き合うよ」
そんな話をしながら、臣はなんとなく左京とも飲みたいな、とぼんやり思った。
□
その日。臣は大学での用事を終えて、一人駅の近くをあてもなく歩いていた。
今日は家族みんな用事があり、食事の準備がいらなかった。自分だけの為に食事を作る気にはならず、かといって食べに行きたい店も今はなく、コンビニで何か買って帰ろうか、と考えていた時、目の前から見覚えのあるような金髪が歩いてくる。
「え?」
「あ?」
――そこには、スーツを着た大人になった左京がいた。なんとなく着慣れなさそうなスーツ姿だが、臣が知っている左京より少し雰囲気が柔らかくなっている気がする。
臣が気付いたと同時に、左京も臣に気付いたようだ。立ち止まって、臣の方をじっと見ている。
「「…………」」
二人の間に妙な沈黙が生まれる。互いにどこか気まずそうに視線を彷徨わせ……臣が口火を切った。
「よう、久しぶり」
「ああ。久しぶりだな」
「「…………」」
再び沈黙が支配する。「あー……」と臣は逡巡しながら、もう一度左京を見た。立ち止まって臣の言葉を待っているということは、少なくとも一緒にいることが嫌ではないという証拠だろう、と思うことにして、臣は覚悟を決める。
「飯、行くか?」
「!」
それは、数年前、左京から臣に発されたセリフだった。あの時断った臣から同じ言葉が聞けるとは思わず、左京は目を丸くする。そして、小さく口元を緩め、答えた。
「ああ」
そして二人は、左京が職場の人に連れられてよく行くという、小さな大衆居酒屋に言った。
店の隅の席に向かい合って座り、二人してビールを頼む。
高校生の頃には想像できなかった光景に、臣は気恥ずかしさと共に楽しさを覚えていた。
「……古市は、今何してるんだ?」
「……銀泉会ってとこで世話になってる」
「ぎんせんかい?」
聞き慣れない名前だったが、左京の雰囲気からして恐らくは普通の会社ではないのだろう。ただ、高校生の頃よりはまっとうな居場所なのだろうと、柔らかくなった雰囲気からなんとなく思った。
「伏見は……大学行ったんだったか」
「まあ、一応な。葉星大行って、今年卒業だ」
「卒業……そうか、俺たちも22になったんだからな。就職は? 決まってるのか?」
「ああ。写真部の先輩の紹介で、撮影事務所に入ることになった」
「写真部か……カメラの趣味があるのは知らなかったな」
「まあ、高校の時は大して興味なかったしな。というか……俺たち、ロクに会話したことなかっただろ」
臣の言葉に、左京は一瞬目を丸くして、それから遠くを見つめるような目をした。藤色の美しいその目に、臣は我知らず見惚れていた。
「……そういえばそうだな。いつも狛田が絡んできて、その後お前がやってくるから話した気になっていたが……」
そこまで言って、左京は口を噤む。臣も何と言えばいいか分からなくて、そのタイミングでビールが運ばれてきた。2人はホッとしてそれを受け取り、視線を合わせ、小さく笑ってジョッキを掲げた。
「「乾杯」」
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