斑鳩優弥は天才子役である。遠縁の親戚に当たる斑鳩平八郎が時代劇の大スターであることから最初のうちは七光りだのコネがどうのと週刊誌に書かれたが、暫くしてしまえば、そんなこともいとわないほどの魅力が彼にはあった。
彼の大きな瞳はお茶の間のおねぇさまがたをことごとく魅了した。さらさらの茶色の髪は時に誰もが撫でたいと思う柔らかさを湛え、時に、何者も寄せ付けない品格を醸し出した。たった6歳という若さにもかかわらず、ドラマやCM、そして長編映画やホラーにまで幅広く採用されるその表現力は、今や日本国内だけの名声にとどまらない。今年発表されたアカデミー賞で一躍、助演男優賞を取った優弥の名は、今では世界にまで知られるほどであった。
それほどまでの演技力を持つ優弥であるからこそ、今回の『時弥』役が成り立ったのだろう。前半の『時弥』としてのあどけない様子もさることながら、後半の『時貞に身体を乗っ取られた時弥』役も最新CGを使いつつ、元の表情は優弥が演じ、そこに時貞役の斑鳩平八郎が声を当てることになったのだ。
その、いかにも憎たらし表情、忌々しい笑い方。それら全てがたった6歳という優弥が演じきったのである。
CGや音声を重ねる関係上、優弥の芝居は早い段階で撮影が行われていた。映画ではよくあることだが、手間のかかるシーン(特にラスト近辺が多い)を先に撮影し、序盤のシーンは後回しになる。今回も優弥のシーンが最も早く撮影されていた。
もちろん、水木とゲゲ郎役の田中もその撮影に参加していた。主に優弥のアップのシーン中心に最初は撮影したため、水木と田中は血桜やその根元の池のほとりに佇むカットが多かったが、どんな小さなカットでも水木は気を抜いたりしない。映画の中の『水木』として彼は斧を片手に優弥演じる『時弥』に対峙していた。
対して、田中である。ズブの素人であるはずの田中ならばこういう背景の一部になる演技はできない物かと水木は侮っていた。しかし、確かに田中は『ゲゲ郎』なのである。同胞をいたぶり殺され、最愛の妻を攫われ、いわれの無い幼い子供達を都合の良い駒のように扱う『時貞』。そのあまりにも欲にまみれた男をじっと見つめる。もしくは、最愛の妻を探して血桜の根元を探し回る。どんなに小さく映っているカットだったとしても、田中は確かに『ゲゲ郎』なのであった。
「水木くん」
張りのある声で水木の名を呼ぶのは、克典役に抜擢された木村克典だ。水木とは多くの現場で共演している仲であるので、それなりに気心の知れた役者仲間である。恰幅のある肩幅、しっかりと張り出た頬骨。それらはいかにも無骨で、実際に武術も嗜んでいる木村は数々の任侠映画や刑事物、ライダー物の敵役など武闘派らしい出演キャリアを積んでいる人物であった。もちろん、木村のキャリアは水木よりもずっと上なので、水木は木村を尊敬できる先輩の一人として慕っている。
きっちりと『克典』の衣装とメイクで撮影の合間に声をかけてきた木村に、水木は一礼する。こぎれいな様子の木村に対して、血糊で汚れた水木を見て、木村は楽しそうに「景気よく血まみれだな」と快活に笑った。
「このままラストのシーンを一気に撮るみたいです」
「そうしないと血糊の位置修正が難しいだろうからなぁ」
「はい」
おかげで休憩中やカメラチェック中も顔にべったりと付いた血糊を拭うことさえ出来ない。端から見れば奇妙な光景かもしれなかった。
「で、どうだい? 相方の様子は?」
「今のところあまりセリフがないのでなんとも・・・・・・」
木村がこっそりと耳打ちしたのは『ゲゲ郎』役の田中のことだろう。水木は曖昧にそれに応える。ただ、セリフが無い中でもあの田中の立ち姿、必死に妻を探す演技は鬼気迫る物があり、水木には田中が本当にズブの素人だとは思えない気迫があった。
「木村さんは田中くんを見にいらっしゃったんですか?」
「いや、これからラストの村に狂骨があふれ出るシーンを撮るんだ」
「あぁ、あそこもCGすごい手間かかりますもんね」
『克典』のラスト、車に乗って狂骨が飛び回る村の中を逃げようとして『孝三』を轢き、さらには木に激突して死んでしまう場面。『克典』の出番としては短いが、CGで飛び回らせる狂骨の処理に時間がかかることからやはり早めに撮るのだろう。
「CGと言えば、田中くんのラスボス狂骨との対決シーンも大変そうだよなぁ」
こんなにCG盛りだくさんの映画なら血もCGにして貰えれば役者は楽なのに、と冗談半分で木村が笑う。役者としてしか生きてこなかった木村にしても水木にしてもCGというものを作る人間の得手不得手はよくわからないところが多かった。
「あ、丁度今からそのシーン撮るみたいなんで、暫く僕、控えなんです」
「あぁ、それで」
小声でそう話していた木村と水木からは遠い奥のセットの方から噂の田中を呼ぶ声が聞えてくる。どうやら丁度、水木達の話していた狂骨と『ゲゲ郎』の対決場面を撮るらしかった。巨大狂骨、通称:ラスボス狂骨と『ゲゲ郎』との対決シーンは一面ブルーシートで覆われたセットの中で撮影される。狂骨に飛び乗ったり追いかけられたり串刺しにされたりする全ての映像をただ青いクレーン車相手に鬼気迫る様子でやらなければならない。きっと、ベテランのスタントマンや役者でもそのシュールさに気が抜けてしまいそうな場面だ。
「お手並み拝見だな」
木村が電子タバコに火をつけながらニヤニヤと笑う。
「木村さんも人が悪い」
そう言いながらも、水木にもどこか田中の演技力を見極めるならこのタイミングだろうと思うところがあった。
「あっちが終らなきゃ私たちも暫く待機だ。困るだろう?」
「まぁ、確かに」
だから、楽しそうに見学に興じる木村に並び、水木も控え用のパイプ椅子を持ち出す。さすがにタバコは吹かさないが、物見遊山感覚で田中の見せ場の撮影を見守っていた。
だが、そうやって気軽な心持ちで田中の撮影を見ていられたのも束の間。
確かにワイヤーを活用はしてはいるが、その華麗な跳躍、軽い身のこなし、足に車輪でも付いているかのように速い疾走。そうして、そんなハードなアクションをしているにもかかわらず、汗一つ流さない田中の様子。それはまさに『ゲゲ郎』そのもので。
「水木くん・・・・・・」
そう言っただけで絶句する木村の心境ときっと全く変わらない心持ちで、水木は謎の新人田中を呆然と見ていた。
スタッフの賞賛の拍手がどこか遠く感じられたのも仕方のないことだっただろう。
これだけ花のある役者を、もしくは、モデルを揃えているというのに。
ダブル主演をする俺にとってだって相方がズブの素人では現場をどう切り盛りして良いのか解った物では無い。