その、跳躍を見たとき。
「ゲゲ郎だ」
俺は一人呟いてしまっていた。
古賀監督がやって来たのは、桜吹雪の美しい時期だった。どこからか飛んできた花弁が我が家の縁側にハラハラと舞い散るなか、俺は静かに古賀監督から渡された映画台本に目を落としていた。
古賀監督とは旧知の仲だ。だから、今回のオファーも俺は受けた。
『ゲゲゲの鬼太郎』作品と言えば、大人も子供もよく知るシリーズだ。つい最近、その実写化にあの天才子役と歌われる此瀬太郎くんが鬼太郎役で抜擢され、長編ドラマとして秋頃から映像化されるという前情報が出たばかりだ。その、エピソード0を今回、東映が古賀監督主体で作るということらしい。
古賀監督は任侠物やホラーを得意とする監督として有名だ。だのに、なぜ今回、子供向けアニメ発祥のドラマの映画版に、かの監督が呼ばれたのか俺としては疑問でならなかった。また、その主演としてなぜ俺が呼ばれたのか? と言うことも。
元々、任侠映画やらホラーやらほの暗い映画を得意とする古賀監督と、左耳の一部が欠けた役者である俺というのが相性が良かったから監督とは何本も映画を撮らせて貰っていた。それから、運が良かったのかどうなのか? 古賀監督の下の名前と俺の下の名前の漢字が同じだったことから古賀監督には親近感を抱いていただいていた様だった。
「聡いと書いて僕は『そう』だけど水木くんは『さとし』と読むんだね」
初めてのオーディションで朗らかにそう言ってくださった古賀監督の言葉を聞いて、初めて俺は自分の名前のことを深く考えるようになった。
実のところ、俺は捨て子で、実の親もよくわかってはいない。育てられた施設の軒下に『水木 総』という書き置き、いや、ただの紙と共に寝転がされていたそうだ。漢字しか解らないなかでも、施設の大人達は『総』を『さとし』と読んだのだろう。そのおかげで、その後、俺の名前は『みずきさとし』として認識されていた。
そうして、そのまま、俺はそれを芸名にした。一般的に芸名と本名を別にするのが役者たる物なのかもしれなかったが、元々あまり名前というもの自体にこだわりが無いのだ。だから、俺は芸名も『水木聡』でやっていた。時々インタビューアーに「ご家族を探したくて本名のまま芸能活動されてらっしゃるんでしょうか?」とぶしつけに聞かれる事もあったがそんな感情はさらさら無く、事務所に本名で登録したからそのまま本名で芸能活動をしているだけであった。
「今回の映画の話を聞いたとき、是非水木くんに出て貰いたい、君の当て書きで『水木』という青年を出したいと思ったんだ」
いつでも自分の作品について熱く語られる古賀監督はそう言って目を輝かしてらっしゃった。その意図はありがたいばかりでそれ以外の感情は無い。少しだけ、なんで俺? とは思ったが、出来上がった脚本を見てなるほど、俺が丁度良かったのだろうと納得が出来た。
時代は昭和。東京オリンピックよりも東京タワーが出来るよりも少し前。主人公、水木は戦争で心にも身体にも傷を追った青年。その傷を誤魔化すかのようにがむしゃらに働く彼が、事件に巻き込まれ、と言うか、積極的に突っ込んでいき、そこで謎の男『ゲゲ郎』と出会い、村の秘密を暴いていく。そんな筋立てのミステリー調の重々しい作品。明るくポップな作品よりもこういった重厚な雰囲気の作品にこそ、片耳に欠けのある俺のような役者は映えるのかもしれない。
「脚本は吉野くんに頼んだんだ。予想以上に水木くんが映える脚本にしてくれて今からすごく楽しみなんだよ」
子供のように目を輝かせる古賀監督は、鼻息荒く俺に語った。吉野と言えばきっと、脚本家の吉野幸弘さんの事だろう。彼と監督は何作も共演した事があり、もちろん、水木も何回も吉野の脚本でホラー映画に出演していた。
「鬼太郎役は引き続き此瀬くんにやって貰うけど、他のキャストは東映きっての名脇役を揃えて貰える事になってるんだ。時貞爺なんて、あの、水戸黄門でおなじみの斑鳩平八郎氏にお願いできたんだ」
「え? 斑鳩さんが?」
「そうだよ。時貞爺の孫役に斑鳩優弥くんを使いたいって話をしたら、なら、時貞は私がやりたいって平八郎さんの方から言ってくださって!」
「なるほど」
斑鳩優弥とはこちらも子役としてかなり活躍している子だ。一度現場で一緒に働く機会があったが、台本を覚えるのが早く、とても表情豊かな演技をする子だった。あの純粋そうなまん丸の瞳は確かに台本に書かれた時弥そのものに思えた。そしてたしか、元々子役同士として鬼太郎役の此瀬太郎くんと仲が良かった気がする。もしかしたら、その辺りも配慮しての配役なのかもしれなかった。
斑鳩優弥と斑鳩平八郎は遠縁の親戚らしい。おかげで確かに面影があるが、それにしても若い頃は遠山の金さんなどでもブレイクしたあの斑鳩平八郎がこんな大悪役をやるとなったら世間はどんな反応をするのだろうか?
「面白くなりそうだろう?」
丸みを帯びた古賀監督の頬がにんやりと吊り上がる。今回の映画は、ゲゲゲの鬼太郎作品の生みの親である水木しげる氏の生誕100周年を祝うための映画だ。だからといってどうやら東映もかなり力を入れてこの作品に取りかかっているらしかった。
「そんなにすごい役者ばかりを集めて、こちらが恐縮してしまいます」
殊勝なふりをしてそう言ってみても、この長い付き合いの監督は全てお見通しらしい。はっはと笑って飛んできた花びらを吹き飛ばしていた。そうして、「心にも無い事を」と俺の肩を小突く。
「ただ、まだゲゲ郎役の人が見つかって無くて・・・・・・」
「え?」
あぁあ、と嘆息する古賀監督の吐息だけがまだ冬の名残を残しているようにさめざめとしていた。
「舟木さんだと年が取り過ぎてるし、鏑木くんだとイケメン過ぎる気がして・・・・・・」
ひとまず出しておいたごく普通の紅茶を古賀監督はくるくるとティースプーンで掻き混ぜる。ミルクも入れないのにそんなことをして意味は無いのだが、どうやら監督は手持ち無沙汰らしい。
監督いわく、ゲゲ郎にふさわしい人間を発掘するためにもう既に何人かオーディションをしたらしい。しかし、その中でピンとくる人物がいなかった。
「それで僕に相談に来たんでしょうか?」
「藁をも掴むと言うか・・・・・・水木くんのツテでこのゲゲ郎役にぴったりな人はいないかと思って相談に・・・・・・」
「そう言われましても・・・・・・」
肩を落とす監督の力になって差し上げたい気持ちは山々だ。しかし、残念ながら俺自身はあまり役者内で顔の広い方でもない。先程、監督の口から出た古株の舟木さんも、最近アイドルから役者に転向した不思議系元アイドル鏑木くんも違うと言われれば他に思い当たる役者がいなかった。
「と言うわけで、誰か良い役者さんいたら是非教えてね・・・・・・?」
はぁ、とちからなさげに嘆息する息が紅茶の赤い水面を揺らした。そうして、やっと監督はそれを口にする。もしかしたらただ単に監督が猫舌だったのかもしれないと今更考えたが、だからと言って俺に出来ることは大してないに等しい。
「わかりました」
ただ、そうやって頷くしか無い。俺の目も前にも出した紅茶はすっかりと冷え切っていた。
だが。だからと言って、そんなズブの素人を古賀監督が連れてくるとは。
「お願い、します・・・・・・」
深々と頭を下げた長身の男の頭頂部を俺は見下ろす。もう既にゲゲ郎役用の銀髪のカツラや着流しの着物を着ている。その姿は確かに台本で見た『ゲゲ郎』のイメージそのままな雰囲気を醸し出してはいるが。
「ゲゲ郎役の田中くんはロケハンしてたら見つけたダイヤの原石だよ」
俺って運が良い‼ と無邪気に笑う古賀監督になんと文句を言うべきかと俺は考えていた。
カット
Latest / 104:26
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
俳優パロゲ謎
初公開日: 2023年12月17日
最終更新日: 2023年12月17日
ブックマーク
スキ!
コメント
俳優パロを書こうと思った
https://x.com/m_supe/status/1736271555028721746?s=20
七回目執筆鍛錬
第七回執筆鍛錬企画
supe2
お月見だんご渋将
お月見だんごを食べる渋将ちゃん
supe2
彼女の翼を捥ぐ話 第三十二話
堕天した天使とそれに付き添われている主人公のお話の三十一話目を書きます。
ひさぎ
現パロchi夢バデ山とキス部屋(完!)
全てを変える───。(もしよかったら、チャット欄で話しかけてみてね!)
ぱな