寒くなると見られる名物が白鳥沢学園バレーボール部にはある。それは、牛島と天童の二人羽織、のようなものだ。
「寒いヨー」
急に冷え込んだ朝練。まだ人が集まりきらない体育館の隅で、のっそりと立つ牛島のジャージの背中。そこに天童がその長い両手を突っ込んでいる。つまり、そうやって暖を取っているのだ。
「今日は冷え込むもんな」
もうその光景を三年間見続けてきた大平はそう言うだけで特に牛島にも天童にも苦言を呈しない。
「若利。嫌なときは嫌って言うんだぞ?」
瀬見に関してはそうやって牛島の意思を尊重するような声かけをするが、牛島自身が「問題ない」とただ静かに仁王立ちしているのでそのままにしていた。
「俺も手が冷たいんで牛島さんのジャージん中、手ぇ入れさせてくださいよ」
去年散々「どういう状況ッすか?」と天童を問い詰めた川西は、今年はあえてそうやって茶々を入れる側に回ったらしい。天童の横にずいずいと近づき、天童の横から牛島のジャージの背に手を入れようとするが、それは華麗に天童に阻まれることとなる。
「だぁめ! 若利くんの背中は俺専用なンだから!」
「なんでッすか? 減るもんじゃないし」
「減るよ⁉ 二人分の腕入ったらこのぬくぬくが逃げちゃうし若利くんのジャージが延びチャウでショ⁉?」
「そもそも一人分でも両腕入ってたらジャージ延びますよ」
「いーの! 俺は若利くんのマブダチだからマブダチ特権!」
「なんすかそれ」
じゃぁ、俺、天童さんの背中借ります。
言ったかと思うと、川西はサッと天童のジャージの背中にその冷え切った両腕を突っ込んだ。天童がこの世の終わりかと思うような悲痛な叫びを上げたのも仕方のないことだろう。
「あったけぇ……」
「太一⁉ 手ぇ抜けヨ⁉ 寒い⁉ 冷たい⁉ どんだけ手ぇ冷たいんだヨ⁉ 氷かヨ⁉」
「だって外寒いんですもん」
「獅音、たすけてぇ!!!!!」
「ほら、馬鹿なことやってないで部活始まるぞ」
体育館のドアがガラリと開き、斉藤と鷲匠が現れる。それと共に外の冷たい空気がピュウと吹き込んで、芋虫のように連なっていた三人がより、ぎゅっとその間隔を狭めていた。より、ぎゅっとジャージの中に差し込まれた天童の腕を振り向きながら牛島が眉をしかめる。
「俺も寒い」
「うぅ……でも、もうちょっと暖取らせて……」
消え入りそうな声で返す天童の頬が青白い。三年も冬が来る度に背中に手を入れられ続けてきた牛島だ。いくら他人の感情の機微に疎い方である牛島でも多少は天童の思考回路が理解できたようだった。天童の後ろに控えて楽しそうにしている(といってもそんなに常時と表情が変わっていない)川西に視線を送った。
「川西。天童から離れてくれないか? 天童が離れない」
「はーい」
そもそも天童をからかうためだけに天童のジャージの中に腕を入れたのだ。この意地の悪さを変に同じポジションの先輩から引き継いだ後輩は。だから、川西はあっさりと天童のジャージの中から腕を引き抜く。
引き抜いた際のジャージのはためきがまた冷たい風を天童の背に入れたのか、ブルブルッと天童の背が震えていた。たいちめ、という小さな呻きはぴったりとくっつかれた牛島の耳にのみ届いていた。
「集合‼」
斉藤のかけ声にバレー部面々が体育館中央に駆け足で集まる。にもかかわらず、いまだに天童は牛島の背中にその手を入れて、牛島の走る速度に合わせて駆けていた。
「覚……いい加減にしなさい」
さすがに見かねた斉藤からも声がかかる。鷲匠に関しては、もしかしたら既に諦めの境地に達しているのかもしれない。見て見ない振りをしている様であった。
「若利もいい加減、覚を甘やかすんじゃないよ」
「手ぇ冷たいままだとサーブもまともに出来ねぇモン!」
「と、天童が言うので」
至極真面目な表情で牛島がそう返すと、周囲の部員も斉藤も、十人十色な溜息をついていた。一年生だけが初めての冬の名物におろおろと状況を窺い見ている。
まったく、と呟いた斉藤がその眼鏡をくいっと指で押し上げながら「なら」と切り返す。
「ホッカイロでも覚に買ってやればいいだろ?」
「「あぁ!」」
なるほど、と声が重なったのはさすがマブダチというところだろうか? 天童と牛島は今まで全く気がつかなかったかのように目を丸くして斉藤の提案に納得していた。
「あんまりにも若利くんの背中の温かさが心地よくてホッカイロという存在を忘れてたヨ……」
「今度、ロードに出た際に買っておこう」
「もしかして若利くんのおごり⁉ やった!」
「そんなわけ無いだろう。きちんと料金は徴収する」
「えーケチー‼」
「ほら‼ そんなことどっちでも良いから部活やるぞ‼」
鷲匠の眉間の皺が深くなっていくのに気付いた瀬見が二人に声をかける。その頃にはやっと天童の指先も温まったのか、牛島のジャージからその手を引き抜いていた。ホッと一年生のうちの何人かから安堵のような吐息が漏れる。やっと、部活が始まりそうだった。
「でも、寒いの理由に若利くんにくっつけなくなるの、ちょっとサミシーかも」
ぽつっと言われた言葉に、牛島が天童を見やる。寒い寒いと言っていた時よりもいくらか血色の良くなったその頬のほのかな赤みを見ながら、確かに牛島も少しだけ物足りないような感覚を抱いていた。ついさっきまで背中に触れていた天童の細長い指先を今後感じることが無くなるかと思うと、誰の手も入っていないのに、ジャージの背中にすうすうと隙間風が吹くような錯覚があった。
「そうか。なら、またたまに背中を貸そう」
「やった! 若利くん大好き‼」
そう言って天童に抱きつかれれば、そんな隙間風はどこかに行ってしまう。牛島は、ぽかぽかと胸の辺りが温かくなるような感覚を一人静かに満喫していた。
「そこのバカップル‼ 部活すんぞ‼」
それを遮ったのは瀬見の忠告だった。パッと離れていく天童に名残惜しさを感じながら、しかし、牛島と天童の二人はおとなしく部活に集中することにしていた。
今チョット細かいお金無いから、と天童が五千円札を牛島に渡したところ、五千円分のホッカイロを牛島が購入してきたことにより、天童と牛島がたわいの無い痴話喧嘩をしたのは、また別の話だ。
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2023/11/15ワンライ
初公開日: 2023年11月15日
最終更新日: 2023年11月15日
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