今日ばかりは悪酔いするのも仕方ない、と、思う。
「……呑みすぎですよ、降旗君」
「まだ全然へーきだって言ってるだろ~? 大げさだって」
「そう言ってボクの目の前で潰れられても困りますからね」
見てくださいこの力こぶ、とないものを見せつけてきたところで説得力のかけらもない。……いやこの場合逆にあるのか? なんて、ろくにまわらない頭で考えてみたりする。ふわふわと心地いいくらいだから、まだ余裕はあるはずだ。一応明日は休日をもぎ取ってきているし、帰宅して即寝落ちても特に問題ない。無事に帰れれば、の話ではあるけれど。
あいかわらず表情の薄い黒子は、さきほどからノンアルをちびちびと口にしている。あまりアルコールに強くないくせに、それでも誘えばほいほいとやってくる。これがキセキ相手だとしてもほとんど変わりないんだろうな、と思うものの、そんな光景は想像するだけでかなり怖い。
ぶるりと背筋を震わせて、手近にあったジョッキを一気に飲み下す。
高校を卒業してもう十年ちかく経つというのに、思えばたいしてかわりばえのない日々を送っていた。
そもそも平々凡々な人間だ。高校1年のWCで優勝するまでは、なにかで1位をとることもなかった。それで自信がついた、というわけではないが、それがきっかけでおおきく変わったこともある。
「自力で帰れなくなったら最終兵器を召喚するまでなんですけどね」
「なんだよその物騒な言い方……」
「秘密です。ほら、今日の主役なんですからおおいに飲み食いしてください」
ふたりぼっちの誕生会のくせによく言うものだ。が、プレゼント代わりに今日の飲み代は全部黒子がもつと宣言されている手前、断るのもなんだか気が引ける。
最近話題の作家先生はなかなか羽振りがいいらしい。そんなわけでいい感じにへにゃへにゃになっている。ここまで気兼ねなく飲み食いできる友人がいるのは貴重だ。社会人になったいま、それをつくづく感じざるをえない。もちろん、会社の同僚と飲み会をするのが嫌いなわけではないけれど。
……それでも、3年間あの体育館で汗を流した同級生とは比べものにならない。
思い返すと、なんだか無性に恋しくなってきた。カワもフクもいないことが心底悔やまれる。火神にいたっては東京を離れ、遠いアメリカの地でバスケ三昧の日々を送っている。たまにニュースで見かけることもあるくらいだ。さすが日の丸を背負うプロ選手はわけがちがう。
くらべれば、やはりどうして普通な人間なのだ。
黒子や火神のようになにかに秀でるものがあるわけでもなく、家庭があるわけでもない。大切なひとはいる、けれど、ひさしく顔を合わせていない。そろそろ声も忘れてしまいそうだ。あちらが世界中を駆け回っているから仕方ないと思うものの、そのさびしさを埋めるのはどうも難しい。
その分を仕事や趣味にうちこもうとしても、なにかちがう。
……どうにも苦しいのだ。そんなことを、三十路手前になってようやく思う。
スマホが点滅していることに気がついたのは、そんな時だった。あまりにも自然な流れで画面をつけて、そのまま大きく目を見張る。アプリの通知に並んだ名前に思わず見入る。
どうしましたか、と問われてもなお、それを信じることができなくて。
「…………黒子さんイグナイト一発お願いしてもいいデスカ」
「え、いやですけど」
「このタイミングで断るかフツー!?」
「殴るほうもけっこう痛いんですよね」
とんちんかんな会話をしている間にも、次々通知がやってくる。スタンプが流れてこないのが彼らしいところだ。もしかしたら初期設定以外のものを持ち合わせていない可能性すらある。これでキャラもののスタンプとかが来たらおもしろいよな、と一瞬でも考えた自分はその場で殴り倒して。
「えっあっなに!? いまから来るってどういうこと!!」
「案外早かったですね」
「知ってたのかよ黒子言えよ!!!!」
「そんなことしたらサプライズにならないじゃないですか」
「ビビりすぎてオレの寿命5年は縮んだから安心してほしいけどそうじゃないんだよなぁ!!」
「ああほら、来ましたよ」
こっちです赤司君、と黒子がおもむろに片手を上げる。居酒屋にいた女性客の目線を釘付けにしながらやってきた人影は、こんな店には似つかわしくない高そうなスーツを着こなして、颯爽とこちらに歩み寄る。
……薄い笑みがなんだかこわいものに見えたのは、どうしてだかわからない。
「しばらくぶりだね、降旗君。黒子も元気そうでなによりだ」
「おひさしぶりです、赤司君。用事が無事済んだようでなによりです」
「ほかでもない恋人のためだからね。スケジュールなんてどうとでも組み直すさ」
「そういうのはふたりっきりのときに言ってもらえますか? なんならボク帰りますけど」
「逃げるのか黒子!」
「逃げるも何もボクはおまけみたいなものなので」
じゃああとはお好きにどうぞ、と伝票片手にすたすたと行ってしまう黒子を追いかけるも、にっこり微笑む赤司にあっさり阻まれる。
「場所を変えよう。大切な話があるんだ。ほかでもない君に」
なんせ今日は、大事な恋人の誕生日だからね。
その完璧すぎる笑みにうっかりうなずいてしまったのが運の尽きだった、と、黒子に泣きつく電話が入るのはまた別の話だ。