春といえば桜。そう思うのは何も日本人だけでなくなってきている。
最近の日本ブームによって、フランス、パリにも「HANAMI」という春の行事が浸透し始めていたりするのだ。
といっても、日本で主流の桜、ソメイヨシノではなく、八重桜を愛でるのがパリ流だ。そのため、あの、ソメイヨシノの儚げな薄ピンク色ではなく、春の訪れを元気に歓喜するような明るい赤寄りのピンクがパリの青空にひらめくのだが。
天童覚が日本人であることを知った、専門学校の友人は「日本人ならHANAMIが好きだろう」とパリの桜を紹介してくれたとき。天童自身は「実はあんまり馴染みねぇンだヨな」と心の中で呟いていた。仙台の桜は関東以南の開花に比べて少し遅い。5月に近い開花になるそれらは入学式にも間に合わず、むしろ、5月の地区大会へ向けての合宿開始時期に被ってしまう事も多いそれは、ずっとバレー漬けだった天童にとって花見の機会などあまりなかったのだ。
『パリで花見かぁ』
『日本が懐かしいか?』
『日本っつうより……』
その時、天童が思い出したのは、天童と同じくほぼそれまでの一生をバレーに注いできた男のことだった。多分、牛島若利その人も、花見などというものに馴染みがない。年中体育館の中か学校周辺のロードしかしたことが無さそうな男の姿を思い出す。あの、東北のウシワカがわざわざ部活を抜け出して公園で花見などする姿が想像できなかった。
ただ、もしかしたら大学生になって、サークルか何かで花見に誘われているかもしれない。彼は東京の大学に行ったのだから、入学式近くに桜が咲いていただろうし、何より、大学というところが高校よりも浮き足だった雰囲気の場所であろう事は天童にも予想が付いた。高校卒業から1シーズンに1通程度の頻度でやりとりしている手紙。それから、時々送られてくるLINEや電話から察するに、牛島はどうやら高校時代とはかなり異なる環境に慣れることに四苦八苦していそうであったから。
『チョット写真撮ってくんない?』
『もちろん! パリにもHANAMIがあること、家族にでも伝えなよ』
専門学校で最初に天童が話しかけた彼は、パリを愛するパリっ子だ。天童が、いや、HANAMIの本場の日本人がパリっ子自慢の桜を見て感動したらしい様子が鼻高いのだろう。渡された天童のスマホを桜と天童に向ける。そうして、ソメイヨシノよりもずっと背の低い八重桜をバックにポーズを取る天童を、気前よくパシャパシャと何枚もフレームに収めていた。
『これ、印刷して日本に郵送したいンだケド?』
『メールじゃダメなのか?』
『うん。日本の友達と文通するッテ約束して来たカラ』
『春中に届かないかもしれないぞ……?』
『それでも良いンだ』
渡仏してから1年近くが経とうとしていたその頃、天童も日本国内と海外の物流事情の違いを理解し始めていた。とにかく郵便物がなかなか届かない。日本から時々送られてくる仕送り物資も、思いついたときにやっている牛島との文通も、なかなか届かないのが常なのだ。
でも、それでもいいのだ。
生まれて初めてにも近い花見を、なぜかパリですることになったこの奇妙な出来事を空気ごと封筒に詰めて送る。時間がかかっても、実際の紙として牛島の手に渡る事がなんとなく天童にとっては重要に思えていたのだ。
『とりあえず図書館のプリンターで出力できるんじゃないかな?』
『やり方教えテ』
春の暖かな日差しに浮き足立ち流行のHANAMIをするパリっ子達の間を縫って二人は図書館へと向かって歩き出す。日本のコンビニのような便利な店はない。語る言葉も日本語とは全く似ても似つかないフランス語だ。ずっと人生を捧げてきていたバレーでもなく、ショコラティエになるための勉強に心血を注ぐ。何もかもが変わった天童の人生だけれども。変わらないことがいくつかある。その中の一つが、牛島との友情、マブダチであるという事実だ。
小さな桜色の封筒を買おうと思う。図書館までの道すがら、文房具店があったはずなのでそこでレターセットでも買ってこよう。パリでも日本のように花見ができることを、日本でしたことがなかった花見をパリでしたことを、最近の牛島はどうしているかと天童が想ったことを、それらを書いたら、牛島はどんな反応をするのだろうか?
想像しながら歩き出した天童は、いつの間にかルンルンと足取り軽くスキップのようなリズムで歩を進めていた。
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哀愁ワードパレット3
初公開日: 2023年11月03日
最終更新日: 2023年11月03日
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