「おいし?」
そう聞くと、腕の中の小さな命は、うん、と小さくうなづいた。
雨が、又降っていた。
降水確率は0%であったにも関わらずだ。
綺麗に整えられた道路。人っ子一人いない地下の大通り。
リニューアルしたばかりの駅の近く。新しく建てられたばかりのビル。
その地下に、依然相変わらず立っている店舗のうちの一つ。
バリアフリーもびっくりな段差なしの出入り口直通徒歩0秒カウンターに、一人の少女が立っている。
否。
厳密には、二人が。
寿司屋の大将は、慣れたように寿司を握る。
その様は熟練のすし職人の在り方で、まさしくここにふさわしく、ある意味最もふさわしくないものの一つだ。
されどそのおかげで、銀座や築地や豊洲などの超高級店に向かわなくてもいいのは、最大の幸福かもしれない。
「…どうぞ。」
「どうも~。」
寡黙で、100人中100人が「職人」と言われて思いつくような風格の大将は、そっと少女の前に寿司を出す。
つやつやと輝く本マグロ。赤身のその様はいかなる宝石にも劣らない。
むろん味も、そこいらのチェーン店の中トロや人工大トロ等、遠く及ばない。
舌にのせるだけでとろける、天上の味わい。一口サイズに凝縮された天国を、しかし少女は口に乗せず。
軽く会釈をした姿勢のまま、目下に向かって語り掛けた。
「ほい、あーん」
【いらんいらんいらん!!!!!!】
その腕の中には、全力で首を振る赤子がいた。
恐らく、生後二か月程度だろう。それも、月のはじめくらいの。
と言ってもこの時期の赤子はどれも様々で、これもただの仮設でしかない。
それでもこの赤子はそれなりに小さい。まだ首も座っていないだろう。
そんな赤ん坊が、だけど理知を抱いた瞳で、
「…わさびとかは大丈夫でしょうか。」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。」
赤ん坊も、ふにふにと触手を振った。
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向き
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寿司食う話。後日談
初公開日: 2023年10月09日
最終更新日: 2023年10月09日
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別名【細かいことは気にしないスタイルで行くことにした板前の話】。