その一矢は確かに、星を砕いた。
おれが知っている彼女は、おれが知っているどんな人間よりもきれいだった。
そういうことを言うと、たぶんおれ、各方面から罵詈雑言と正気を疑う言葉を投げかけられるのだろうけれど。
それでも、おれにとって、一番のきれいはあの人だった。
美しいとは思わない。正しくも善くもない。
だけど綺麗な人だった。美しいともいえない、殺さんばかりの耀。
まるで世界のすべてを殺しつくさないと気が済まないというようで、そして多分それは実際そうで、だからあの人は■■さんと気が合ったのだろうと思う。
■■さんも同類だから。
だけど、たぶんそれだけじゃなくて。
あの人は、世界のすべてを愛している。
殺したいと言いながら愛している。
抱きしめる腕を強めながらささやいている。
愛おしいから抱きしめる。
殺したいからだき締める。
そんなおぞましいことが、彼女の中では何の矛盾もなく成立していて、
だから多分、それが一番美しくて、おぞましいことだったのだ。
おれにとって。
だからそう。俺にとって。
あの人は、美しい偶像で。
どこまでもまぶしい、アイドルだった。
あの人の話をするとき。
大体の人は、嫌そうな顔をする。
まるで石のうらっかわに、びっしりとついた虫を思い出すような目。
それは大体の人にとっては吐き気と嫌悪の象徴で、だからこそ、そんな顔をするのだろうけど。
そして多分実際、彼女はそれに値することをしでかしてきたのだろうけれど。(見ればわかる)
だけど、彼女のことを思い出しながら過去を語るあの人たちの目には、いつだって、どうしようもないくらい、懐かしいと色が乗っていた。
それは、まるで夕焼けのような色。友達と別れて、家まで帰らなくちゃいけない。そんな原初の悲しさが、そのまま出てきたかのような色。
あの人の世界も同じ色をしているけど、あれとは全く違う。
あれは、世界の果ての色。いつでもまた会おうという再開の約束。
だけどこの色は、もう二度と手に入らない、美しい一番星を懐古するときの色だ。
手に入らない。美しい、一番光り輝く明星。
それを見て、愛おしんで。そうして、誰かのこころのなかに残していく。
ああ、今わかった。
あの人がまぶしすぎて、目をそらしてしまうのは、あの人が本来は近くで見られるような存在じゃないからだ。
おれたちはきっと、今までにないくらい近くで『彼女』を許されていて。だからこそ、そのまぶしさがまっすぐに目に入ってくる。
きっと本来は。
そうして、星の様に見上げる人なのだろう。
一瞬で世界を照らし出して。世界を変えて、又遠くへ行く。
人はその一瞬のまぶしさに目をしかめて、時に迷惑だなあって思うけど、その遠くなった光りをみて、又思うんだ。
ああ、会いたいって。
だけどもう星は振り返らなくて、どこまでもまぶしくて。
それなのに、目の前のあの星なんかよりずっと、脳裏に焼き付いたかがやきがはなれない。
あの”綺麗”が、離れていかない。
そうして人は見受けられる。あの輝きに、永遠に心を縫い留められていく。
そうして、もう二度と戻らない星に。永劫に焦がれながら、”余生”を過ごすことになるのだ。
ああ、いやだな、と思った。
正直に。
あの人に、過去にされるのはつらい、と思った。
あの人の今に、ずっと居たいな、と思った。
あの人はいつだって、今を見ないけれど。
それでも、二度と振り返られないなら。
二度とみられないという形で大切にされるくらいなら、おれはいっそ、あの人に壊されてもいい。
そんな大切は、要らない。
いつかの言葉を思い出す。
紺青の熱いお湯にはしゃぎまわる(広義)おれたちを文字通りしり目に、ブクブク揺れるぬるま湯の中で、腕の中の夜に、白い彼はつぶやいた。
「あの子はね、大事にしようとすると、見なくなるの。
大切だから、大事だから、いとおしいから。二度と見ないことで、傷つけないようにって。そうするの。」
ふざけるなと思った。
だけど、わかってしまう。
きっとあの人は、本当におれたちにそうする。
あの人は、おれにだけは笑いかけない。
殺意も、愛情もかざさない。
おれのことを、抱きしめることはしない。
何も見ない。
おれに何も見ないまま。希望も、絶望もないままで。
ただ、何も映さないままでおれを|見る《見ない》、赤い炎。
そのめに、赤い炎が宿らないことが、どうしてか寂しくなかった。
撫でる手の感触で、目が覚めた。
そっと目を開けると、海の色が目に入る。
過剰なくらいのクリアブルーにめを取られながら、そっと上を見あげると、ほんの背表紙と目が遭った。
「おはよう。」
「…ん…」
おはようございます。
むずがるようにもぞもぞすると、ふにょんとした感触と目があった。
温かいのに冷たくて、どことなくひんやりする。
その感触の正体を知っているのでおれは努めて後ろを振り返らないようにしつつ、そっと枕になったそれに顔をうずめる。
彼女の手が、そっとおれの肌をなぞる。
書き上げるように、よけるように。生え際と大差ない髪を撫でつける。
その微笑みに、わずかな快楽を感じて。
おれはそっと、その目を閉じた。