※■■■■■■■■。
これは、大したことのない話。
手遅れになった、そのあとの話だ。
致命的に終わってしまっても、
何もかも終わってしまっても、
ゲームオーバーになっても、
|日常は続いていく。
物語が終わっても、その舞台は今日だって続く。
誰かの物語が終わろうと。
たとえ、致命的なパーツが欠けようと。
「■■、今日も学校来てないんだってよ。」
「え、まじ?俺も聞いたけど、■■も来てないってよ。」
「ええ、どうしたんだろう。この前の事故?事件?が関係あるのかな」
「いやあ、どうだろ…だってあれ、ガス事故だって聞いたぜ?」
「いやでも、あんな爆発そうそう起こるわけなくね?詳しい情報何にも聞いてないし、案外何かもっと怖いことが起こったのかもよ?」
「―――あ、やべ。こっち来てるわ。」
「えっあっやべ。デリカシーなかったかな」
「だから本人たちの目の前ではやめようって言ったのに~!」
そういいながらも、蜘蛛の子をちらすように逃げる男子高校生達の群れと、近づく一人の人影。
「ちょっと、かっちゃん!」
分かっている。
彼らに悪意もなければ善意もない。
あるのはただのうわつきと、恐怖と、それに流されないようにする慎重さ。
うわさは本当なのか、それとも嘘なのか。
惑わされてないか、かどわかされてないか。
情報を精査し、状況を見定め、今まで怒ったことのない異例の事態に、皆何ができて、何をするべきなのか奔走している。
彼らのあれも、その一つだ。
褒められはすれど、責められるいわれはない。
分かっている。これは八つ当たりだ。
どこの誰とも知らない、肩を強めにぶつけてくる成人男性と同じこと。
分かっている。
分かっている、けれども。
ぎり、と拳を握り締める。
窓の外では、ぱらぱらと音を立てて水が降り注ぎ始めている。
「…遼平は?」
絞り出すような言葉に、しかし、痛ましい顔でこぼすように返す。
「…わかんない。家に行ったけど、閉じこもっちゃってて…。」
ドアを開けた時の、面影のある女性の悲しそうな顔を思い出す。
明朗で美しい、太陽の輝のような顔が、突然ああなったのだ。
無理もない。
天井を仰ぐ。
泣きたいわけでもないのに、湿った息が漏れる。
女子たちとは、連絡が付かない。
最後にみたのは、おびえ切った表情。
森岡先生は、長い休暇を取っている。
なんでも、東北に行ったのだそうだ。
―――|あの事件から、自分たちは、バラバラになってしまった。
心が、ではない。体が、肉体が、精神が。物理的に離されてしまって、嚙み合わそうにも、噛み合えない。
それは、望んだことではない。ふざけるな、誰があんなのを望むものか。
あの瞬間、あの時間、誰一人として、こんな結果は望んでいなかった。
今でも望んでいない。
だから今でも、自分たちはあがいていて、こうして何かができないか、出来たとしてどうするべきかを、皆探している。
離されて、噛み合えなくて、それでも必死に、それぞれで。一人でも。
それなのに。
「何やってんだよ、■」
静かなその声が、たくさんの笑い声の中にしみわたる。
その声に答えるものは、もう誰もいない。
■。
あめが。
振っている。
そのことに彼が気が付いたのは、ふとした瞬間だった。
思い出したように体に怖気が走り、おもわずぶるりと身震いする。
だけど、不思議と腕が動かない。
脚もおぼつかない。
ふらふらと踊るように、彼は夜空を見あげていた。
曇っていて、空の向こうは見えやしない。
今日は満月だったっけ。
それとも新月だったっけ。
そんなことすらあいまいで、もうはっきりとしない。
記憶の中の、歩いた記憶を参照する。
こうしてみてみると、実にあたり前のことだが、自分の道行きは、彩りで充ちていた。
輝と、幸福に満ちた道行。
悲しいことも、苦しいことも山ほどあり、それが傷になっていないとは、とても言えないけれど。
それでも、それは幸福だったのだ。
色に満ちた日々だった。
幸福の黄色、
輝の青色、
初心の紫、
今日の赤、
労りの桃色。
そのほかたくさん。
苦しみのどどめ色。
そして、その苦しみを引き裂いた、夜の色。
こんな色じゃない、こんな汚い色じゃない。
最上濃度の|君の色。
その色が、もう、どこにもいない。
もう、二度と。戻ってこない。
ああ。
何だろう。
なんだか。
もう。
なにも。
彼は彼本来の色に戻る。
何も映さない。何も混ざらない。
何も意味をなさない。
透明な色。
ずるりと。
いっぽ。踏み出した。
■。
首の後ろをガンとつかまれた。
そして後頭部に衝撃が来た。
引き倒された、否、引きずり上げられたのだ、と理解するのに、時間はかからなかった。
見覚えのある歩道橋。
見覚えのある風景。
そんな中に、全く見覚えのないもの。
見あげると、少女がいた。
否。少女という年頃ではないはずだ。
なのになぜか、少女だと感じた。
雨が降りしきる歩道橋。
寒々しい空の色。
老若男女ともつかないのに、確かに少女とわかるその姿。
まるで、どぶ川のような瞳で、こちらを見ていた。
何も感じていない、まるで希望を感じていないかのような、そんな、静かな瞳だった。
目の前の■に、それは期待も希望も理解もしていない。
何も映していない。
何も映さない。
真っ白で、真っ黒なもの。
第一印象は、「ただそこにある機械」。
当然、それが間違いではないけどそれだけでもないと彼が知るのは、これから数か月後の話である。
■。
「技術はある。道具もある。人もまあ…かろうじて?足りている。」
「ただ、それらを運ぶ車だけが、どこにもない。」
「だから。」
「だからお前、その車になってくれないか。」
「お前の姿かたちと、尊厳と人権の一部をくれ。
それをくれるのなら、約束しよう。
お前の求めていたものを、一片の欠けなく、お前の手元に取り戻すと。」
「お願いします、どんなことが起こってもいい、
俺の尊厳も人権も全部あげます。あげます、あげますから…!」
『■■さんを、助けてぇ…!』
そう口走った時見えたのは、|七色に光り輝く白黒。
目がつぶれそうな|鮮烈に、
声が出ないような|戦慄に、
決してつぶれない|意志に、
一瞬、ほんの少しだけ、見惚れるように見開いた。
「わかった。」
静かな、女の声が響いた。
たとえそれがどれだけ正しかろうと。
ヒトの命が地球より重いなら、
子供の涙は命より重い。
償いは、必ず。
だがその前にまずは救護活動だ。
夜はまだ暗く、二度と満月は登らない。
これは、どこにでもあるような世界の果ての話。
■■■の捜索願が提出されるのは、今日から一週間後の話だ。
それまでに、間に合わせなくてはならない。