―――それにしても。
彼がここまで怪我を負ったことが今まであっただろうか。
*
「早く伝えようと思っていたら、一足遅かったな。」
シオンの腕をてきぱきと『外科手術』して、早くも縫合してくれている『先生』は苦い表情で呟いた。
人も機械も治すことができる数少ない医者である彼は父の友人で、その縁でずっとお世話になっている
「以前の銃弾では、シオンの体表面で弾かれていただろう。けれど、
最新型の護衛用アンドロイドの装甲すら破壊できる素材が裏で出回るようになってね...」
「はぁ、それを銃弾にしたってわけですか。どうも大きなブツを構えていると思ったら」
シオンは息をついて、接がれた自分の新しい腕を見下ろした。
血液代わりのタートル状の液体には修復機能を持つナノマシンが含まれていて、
今頃彼の体を駆け巡っているはずだ。千切れたケーブルも先生が直してくれたけど、
細かな微調整はナノマシンの形状記憶によって行われる。
しばらく安静にするように、と当たり前のお達しがでた。
「だからリナリアも、あんまり出歩くんじゃないよ。シオンが『所有者』を喪えば
君の情報は垂れ流しになるし、かといってシオンが破壊されれば君はなすすべが無いのだから」
「はい、先生」
素直にうなずいて、そして唇を噛んだ。
自分の不甲斐なさと、やるせなさに。
浮かれていて、馬鹿みたいだ。そのせいで自分の命を、シオンを危険に晒した。
自分の命にちょっとばかり大金が乗るからって、皆が皆それを貪ろうとするのだ。
両親の命と引き換えに得たお金は自分にとって酷くおもいものなのに、
両親の気持ちを考えればあっさり捨てることもできない。
「リナリア」
先生は見透かしたかのように私の瞳を覗き込んだ。
「僕にもう少し力があったなら、こんな窮屈なおもいはさせないのに。すまないね。」
「いいえ、そんなこと」
慌てて否定の言葉を紡ごうとしたものの、ただの吐息になって唇から転げ落ちてしまった。
窮屈なんて感じない。
ここにシオンと一緒にいられるのなら。
―――そう言い切ってしまうことはできなかった。
「また顔を見にくるよ、シオンのメンテナンスもしないとね。」
「ありがとうございました、先生」
私の代わりにシオンが深々と頭を下げ、玄関までお見送りした。
それがまた私の気持ちを落ち込ませた。
私は無力で、一人では何もできないのだと痛感して。
先生が帰っても塞ぎ込んでいる私に、シオンはあえて右手を使わず、左手だけで起用にミルクティーを
淹れてくれた。
「でもよかった」
ミルクティーの湯気越しに彼を見ると、彼はとても嬉しそうに笑っていた。
「なにが...?」
「リナが無事で」
言葉を失ってただ見つめ返すと、シオンは目を細めて続ける。
「だってそうだろう?俺の装甲も爆発するなら、リナの生身の体はどうしようもない。」
ああ、まただ。
私はぎゅうっとなった胸に手をあてた。
彼がまっさらな笑顔を向けるたびに、こちらを覗き込むだびに胸が痛くなって。
そして私は勘違いしそうになって。自分を戒めて、泣きたくなるのだから。