「ありがとう、頂きます。」
「どうぞ、召し上がれ」
焼き上がったトーストをそのままこちらに渡しながらシオンが言う。
いつもバターをつけてから渡してくれるのに可笑しいな、という疑問はすぐに解消した。
「あ、デニッシュ?」
「好きだろう。ここの所食が進まないようだから、好物なら食べるかと思ってな。
バターはくどくなるからそのまま食べろ。」
あっさりと応えて、シオンは向かい側の椅子に腰掛ける。彼の背後に置かれた紙袋には、
美味しいデニッシュを通販しているパン屋のロゴが印字されていた。
ポットからマグカップに紅茶を注ぎ、更にミルクを注意深く注いでいく。
自分は紅茶なんて飲まないのに、私の好きな茶葉とミルクの分量まで把握して。
最近食欲が落ちてるからって、わざわざ私の好きなデニッシュを取り寄せて。
ぎゅ、と胸が締め付けられる、そんな音がした。
その大小様々な言動、その一つ一つが私の胸を圧迫して、
食事が通らないようにさせているということを彼は全く気づきはしないのだ。
だから私はデニッシュにかぶりついて咀嚼ながら自分に言い聞かせる。
『勘違いするな』
彼は私の護衛で、私の命を守るのが任務。
食欲不振、栄養失調の上の餓死なんて遠回りな自殺をされないように、
あれやこれやと工夫をこなすのだ。
そこには私への「心配」はない。「責任」存在するとしても。
「どうした。まさか余り美味しくないのか」
「ん?」
唐突に問いかけられ、慌てて返事をする。
「眉間にしわを寄せて食べているから。」
少し首をかしげて、こちらを覗き込むシオン。澄んだ瞳に吸い込まれそうだ。
何でもないと首を振って、私は表情を隠す為に俯いて朝食を食べ続けた。
ふわりと広がるバターの香りに、また胸がぎゅっとした。
昔は無邪気に彼と遊んでいたのに、何時から私はこうなってしまったんだろう。
無邪気な子供だった。素直な子供だった。
それが裏目に出て、身代金要求のための誘拐事件がついに3度目に及んだ時
両親が私に与えてくれた護衛役のシオン。
あれは確か8歳の誕生日直前だった。プレゼントのように与えられた「友達兼兄」に
私はすぐ懐いた。
『リナリア様』
膝をついてこちらを覗き込んだ、澄んだ瞳を憶えている。
最初は彼もかしこまった口調で私に接していた。それが、私を否定したのだ。
『だめ』
『え?』
『呼び捨てで良いの。シオンは友達でお兄ちゃんだから。リナって呼べばいいの、
父様や母様みたいに』
偉そうに告げられた護衛対象の言葉に、流石の彼も絶句していた。
まさかお友達扱いされるとは思っていなかったのかもしれない。
彼が助けを求めるように振り向いた先には、苦笑しながら頷く両親達がいた。
それを受けて、彼はゆっくりと応えた。
『……わかったよ、リナ』
『それから私命令するのはキライ。シオンがお兄ちゃんみたいにしてくれたらいいの』
【命令ではなく、自主的に行動しろ】
完璧な彼には難しくない話だろうが、今思えば『護衛』として寉われた彼にとって、
どんなに迷惑な『命令』だったことだろう。
けれど、当時の私にとって、それは非常に重要なことだったのだ。
『令嬢のリナリア・ガーランド』
『財閥の一人娘』
『歩く金塊』
両親以外の人間が皆私を特別扱い(金蔓)扱いするものだから、私は『普通』に憧れていた。
そうした経緯があって、彼は、私に対して兄のように面倒を見るようになったのだ。
私の両親が交通事故で亡くなってからも、ずっと。
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