23年、男として生きてきて、突然性が変わるなんて考えたこともなかった。
筋肉質な体を鏡に映して、うーむと首を傾げる。男と比べると細やかながらに胸の膨らみがあるが、その他いわゆる下の棒が付いていない以外、男だった頃と大きな違いが見られない。空を飛ぶため、きつめの体重制限をしていたせいか、元々筋肉も控えめだったし、骨格も細い。
(ミルコさんと並ぶと、どっちが女子? って聞かれるくらいだったからな……)
なお、薄っすら生やしていた髭は残念ながらすっかり消えて、つやつや卵肌だ。
くるりと鏡の前で回ってみたが、火傷だらけの背中も変わらない。
「……まあ、ついてるかついてないか、なんて今更どうでもいいよな」
男だった時も、特別使うことも無かったものだ。
今更、と肩を竦めた。
終戦の日、群訝山荘跡からトゥワイス(トガの分身)が消え去り、漸くやってきた救助隊のヘリの降下を援助した後、ホークスは意識を失った。
骨折数か所、全身打撲、内臓も傷つき個性も奪われた。そんな状態で意識を保っていたことが異常なのだが、彼が気を失ったのは、ヘリコプターから降りてきた隊員にあちこちで倒れているヒーローたちの救難指示を出した後だった。
そしてセントラル病院へと搬送された三日後、漸く昏睡から目覚めた彼がベッドの上で目覚めると、体が女性化してしまっていたのだ。
「これぞ、オールフォーワンの置き土産」
要らんわ、そんなもの。
毒づきながら、全裸のホークスは鏡の前で悩殺ポーズをとってみる。
うん。可愛くない。
パイもケツも肉が乗らなさ過ぎて、全然魅力的じゃない。顔はまあ、男の時から可愛い可愛い言われてたから、髭も生えてこなくなった今はまるでティーンのようだ。
医者によると、ホークスの性転換はOFAからの個性攻撃らしい。剛翼を奪った際、性転換する個性をかけたのだろうと言う。この系統の個性は非常に珍しく、現在個性登録で確認されているのは一人だけ。その一人が、大戦の少し前にOFAに個性を奪われていた。
「登録情報によると、時間経過ではけして解けないそうです。個性をかけた本人だけが一定の条件下で解除が可能なのですが――元の持ち主にはもう個性因子は無く、OFAも消失してしまったため、あなたを男に戻すことは不可能です」
まるで余命告知のように沈んだ口調で告げた医師に、ホークスは、なるほど、と頷き、
「まあ、男か女かなんて些細な問題ですし、いいんじゃないですかね」とその事実を受け入れていた。
終戦から三年が経った。
ヒーローを引退した轟炎司は、その間に長男燈矢を看取り、被害者への謝罪と犯罪者の社会復帰機構の運営に費やして過ごしていた。去年、冷とは離婚が成立し、子供たちも皆、外へ出ていった。一人残された家へ、時折尋ねてくるものがいる。
「こんばんはぁ」
今夜も玄関から間延びした声が聞こえてくる。
不在にすることも多いのだから、前もって連絡をしろと言うのに相変わらずのアポなし訪問だ。もう小言を言うのも飽きてしまった。
「今日は随分早いな。仕事はどうした」
玄関まで迎えに出ると、頭に薄っすら雪を積もらせた鷹見がいつも通りの笑顔で玄関の外に立っている。
そういえば寒波が来ていると天気予報で言っていた。この家で雪を見ることは滅多になかったが、鷹見の背後では積もりそうなぼた雪がしんしんと降り注いでいた。
「……何を突っ立っとる。さっさと中に」
「お久しぶりです、エンデヴァーさん」
にこにこと微笑みながら、鷹見は炎司の言葉を遮った。そうしてすっと手を差し出す。
「ちょっと早いけど、コレ受け取ってくれますか」
両手で捧げるように持っているのは、真っ赤なラッピングの小さな箱だ。
「なんだ」
「来週、バレンタインでしょ。俺、来週は来れるか解らんので」
態々そんなもののために、雪の中やってきたのか。忙しい身だろうに、と眉を顰めた。
――鷹見からは、ずっと特別な想いを抱かれていることを知っていた。その視線が、触れる指先が雄弁に語り、他とは違う扱いや、事業への支援には私情が見え隠れした。忙しいくせに食事に誘えば喜んでついてくる。向けられる表情の意味に気づかないほど鈍くはない。
だが、応えられない、と思っていた。きっとこいつも、応えられることはない、と解っていた。
だから去年まではこんな些細な贈り物も渡されることがなかったのだが。
(これは決意か)
受け取れない、と断れば、今後は一切の恋愛感情を断ち切る覚悟。
妻帯者ではなくなった、このタイミングを狙ったのも、きっぱり諦めをつけるためか。
炎司は小さく溜息を吐き、土間へと下りる。
鷹見はいつまでも敷居の外につったったままで、迎え入れてやらねば家の中に入ってきそうになかったからだが、その箱を受け取る時に指先に触れると凍える程に冷たい。
いったい何時からここにいたのか。迷いに迷って、ずっと立ち尽くしていたんじゃないか。
(いじらしい男だ)
離婚もした自分には、この好意を拒む理由もない。きゅっと唇を引き絞り、
「ありがとう。来月はお返しを用意する」
だから楽しみにしていろ、と答えた。
察しの良い鷹見のことだ。これで意図は通じただろう。事実、嬉しそうにはにかむような笑顔で、うっとりと幸せそうに首を傾げる。思わず抱きしめたい、と衝動がこみあげてきたが、今は未だその立場にはいない。ぐっと拳を握り締めて耐えていると、だが鷹見は少し俯いたかと思うと
「えっと、それは要らんので」
「何?」
「そん代わり、俺と結婚するか、俺の処女、貰ってくれるかどっちかお願いできません?」
「……あぁ?!」
それまでのしんみりした空気は、鷹見の一言でぶち壊しになった。
思わず顔からバスッと焔が出て、鷹見の頭に乗っかっていた雪が消し飛んだ。
「わあ、すげ」
絶句した炎司に向かって、更に底抜けの笑顔になった鷹見は、更に明るい声音で
「あ~すんません!調子に乗りました!! 俺も結婚は無理だって解ってるんで、一回えっちしてもらえんかなぁ~って」と笑う。
とんでもないプロポーズだった。
「いったいどういうつもりだ」
「いやぁ……俺もちょっとお年頃でしょう。周りがうるさくて」
あっちこっちから見合い相手を斡旋されては、仕事一筋なので結婚なんて考えていませんと断り続けているのだが、最近相手を送り込む手段に遠慮がなくなってきた。辟易しているところへ、今回どうにも断りづらい立場の人間が立候補までしてきてしまった。
「誰だ、それは」
お前に迷惑をかけるようなやつは、俺が説教してやる、と不機嫌に唸るが、まあまあ、と鷹見はそれをいなす。
「相手の名前まではちょっと。でも、理由もなくお断りするのも難しくて」
「何故だ」
「わー、質問攻め。まあ、相手はお立場のかなり上の方なんで……しかも、基本俺を煙たく思ってるサイドからのご提案で……ようは結婚退職しろって強要されてるわけですが」
「別に――結婚したからといって仕事を辞める必要はないだろう」
女性が妊娠したのなら産休くらいは取ったほうがいいと思うが、男が結婚退職を迫られることなどないだろう。
とんちきな話をすると不快に思っていると、鷹見は肩を竦めた。
「うちはオールドタイプがまだまだ揃ってますからね。かなり大戦の後で引退しましたけど、まあしつこくて……とにかく結婚退職させようって必死なんですよね。で、どうにも断れない相手を引っ張ってきたんで、せめて処女は好きな人相手に捨てたくて」
明け透けに、俺はあなたのことが好きなんで、と告白し、へへ、と鼻の頭を掻いて照れているが、さっきから話が噛み合っていないのではないだろうか。
これまでセックスの経験がないから、見合い相手とする前に俺としたい、ということなのだろうが、それにしたって、何が処女だ。捨てるんなら、童貞だろうが。ならば相手は俺ではない――いや、俺を抱きたいということなのか?
抱く側ならともかく、流石に男に抱かれる覚悟は直ぐには持てそうにない。想いに答えてもいい、と思っていた数分前の自分が吹き飛んでいく。
「鷹見。その……俺は抱かれてやれそうにないんだが……」
「はぁ」
「
「だからさっきから言ってるでしょう。俺の処女貰って欲しいって」
「
何故産休なんだ。妊娠したからといって、お前が休む必要はないだろう」
「まあ、妊娠するのは俺なので」
「は?」
「実は俺、女なんで。そんで今回の相手が厄介で、エッチすると百発百中らしいんですよねー」
混乱に混乱を極めた炎司は、くしゃん、と小さなくしゃみを聞いて、顔を渋らせながらも鷹見を家の中に入れた。ケラケラ笑って軽い調子で話していたが、顔色は良くなかった。
客間へと遠し、こたつに入れ、と促す。部屋の温度も自分の個性であげると、鷹見は「うわ、懐かしい」と嬉しそうだった。
その様子は驚くほど通常運転のままで、なにがなんだかわからない。
混乱しながらも、熱い渋茶の入った湯飲みを出し、ふぅ、と一息ついた炎司が
「お前、女だったのか」と尋ねると、茶を啜っていた鷹見は
「男でしたよ?」と答えてから、
「あっ、今は女です」と訂正をいれる。
男――だったが女になった、ということか。炎司は、意味が解らん、と怒鳴りそうになるのをかろうじて抑えた。
「何時からだ。ヒーローの時からそうだったのか」
「いや、その頃はまだ男でしたね。女になったのは終戦後なんで」
「個性事故で一時的なやつか」
根掘り葉掘り聞きだすのは趣味ではない。だが、事実確認をしなくては、
「いえ、そういうんじゃなくて……うーん……説明めんどいんですが、簡単に言うとAFOの置き土産ですね」
あっさりと告げられて、再び炎司は絶句した。AFOに個性を奪われただけでなく、体まで作り変えられたということなのか。
「すまない……俺が不甲斐ないばかりに」
お前にそんな負担を強いてしまったとは、と
「えっ、いやこれはエンデヴァーさんのせいじゃないですよ。
「個性事故ではあるんですが、AFOが居ないんで、もう男に戻れることはないので」
「何時からだ」
「え」
「何時から女の体になった。最近なのか」
「いえ、もう……かれこれ3年」
「さ」
「病院で目ぇ覚めた時にはもう女だったんですよね」
「で、調べたところ処女ってのがまずいらしいんですよね。なんで、結婚はおいといて、エンデヴァーさんが俺の処女貰ってくれないかなって」
「何時から女だった」
「大戦後ですね。OFAにしてやられました。詳しく知りたければ、こちらどうぞ」
「妊娠必須とは」
「ま、するかどうかは怪しいですけどね。その検査した時点では実は子宮がまともに動いてません。妊娠できる可能性は限りなく低い、って言ってました」
「必須とは」
「わーもう。全部白状させられる……昨日、参加したパーティでですね。その、結婚退職させようって
「お前、いつからここに居た」
「さあ」
まり気にせず、とですから あなたは女性になってしまったんです と医師から 衝撃的な告知を受けたのだった
ご自身の性器と
性器 で見るってことです ね
しばらく受けていた オークスが恐る恐る 掛け布団の中に頭を突っ込み 何やら ゴソゴソ とゲッという声とともに しばらく固まっていたが 30秒ほど 数えている間に 数えてから 布団から顔を出した
なるほど 理解しました
思ったよりも冷静ですね もっと取り乱すかと
動揺はしてますよ。でも事故なら仕方がないですしね。解除方法はあるんですか?
それが……と口ごもり、俯いてしまう。ホークスもその様子を見て、はぁと溜息を吐いた。
この個性をかけたのは、AFOだと予想がついていた。剛翼を奪った時に、性転換の個性でもかけたのだろう。そして、その個性を掛けた本人はもうこの世のどこにもいないと来た。
(となると、解除の可能性は限りなく低い)
下手をすると女のままでいなくてはならないのか、と
法で個性をかけた 本人か 解除できるはずだが 消失 してしまった この世に残っていないのだと
つまり解除は不可能と
性転換系の個性は時間経過で解除されることがほとんどありません。一時的な弱い影響しか及ぼさないのなら、そもそもこの三日間でもとにもどっているでしょう。個性解除については研究機関が全力を尽くしますが、現状は変化なしでーー
「なるほど。まあ…男か女かなんて、たいした問題じゃないですしね」
「ホークス?!」
「研究するなら協力はしますが、大元がいないんじゃあね
そもそも、オールフォーワンとの戦いで命を失わずにすんだのだ。それだけでも儲けものだと思わねば。
性別くらい、と軽い調子でホークスは笑い
「男に戻りたいと思いませんか」