熱狂が、降ってくる。
妖怪世代がいっせいに揃った日本代表チーム。それが、その年、とうとう念願のメダル獲得を果たす。
6位入賞で充分だと言われていた。軒並ぶ強豪、及川率いるアルゼンチンもある中での3位入賞。それはまさに奇跡と言われた。
「牛島選手。この奇跡に対して、何かコメントを一言」
アナウンサーから向けられたマイクに向かって、汗だくの牛島若利は日の丸を背負いながら小さく答えた。
「この勝利は応援してくれた全ての方々のおかげです。ただ、俺自身としては、このチームならもっといけると思っていました。次は、違う色を取ります」
「ち、違う色というと?」
「もちろん、金です」
カメラ目線でまっすぐに言われた言葉は、全国放送で大変話題になった。一部世界では日本国内だけで無く海外でも話題になっていた。YouTubeにもその部分が切り取られて動画配信され、視聴者数を勝ち取り、牛島には「もちろん、○○です」というフレーズを使ったCM依頼が大量に来た。
それが2021年、東京。オリンピックという大舞台での牛島若利の衝撃的な宣言だった。
「だが、だからと言ってなぜだ。天童」
マブダチであり、元チームメイトであり、そして今はまだ公表はしていないが、実は恋人でもある天童覚は、牛島の例の映像を彼の部屋で一人じっと見ていた。
「あ。若利くん、いらっしゃい」
いつもならば、天童以外誰も居なくとも天童一人で賑やかに明るい雰囲気の天童の部屋。パリの郊外に居を構える(と言っても2LDKのアパルトメントだ)彼の部屋はいつだって賑やかで明るいのに。
久々に天童の家を訪ねた牛島はその部屋の静けさに首を傾げた。しかも、夕方になるというのに、電気も点けずにいるのはやや天童らしくなかった。ソファから牛島を振り返るその目の下にクマがあるような……?
だから、牛島が思わず訊いてしまったのも無理は無いだろう。
「どうかしたか?」
と。それに天童は気怠げに首をコテンと横に倒し、そして、もう一度、牛島の動画を見る。動画を再生していたそのスマホを、上着を着たまま立ち尽くす牛島の方に向け、動画の牛島と現実の牛島を見比べた。
「若利くん、いい男だなぁって。唐突に思って」
からりと笑おうとした天童の瞳は明らかに失敗している。口の端は明らかに笑みの形に上がるのに、その声がカラカラと乾いてどこか空虚であった。
「……それだけか?」
「あとは……」
中途半端に途切れた言葉が何を示すのか牛島には推測できない。天童の推測力の10%でもあれば、もしかしたらもっと彼らのコミュニケーションはスムーズだったかもしれないのに。
「オリンピック。もうすぐだなって思ってさ。唐突に」
もう一度、天童が視線を落としたスマホの上ではまた牛島が「もちろん、金です」と宣言する。そこで動画を止め、天童はわずかに微笑むように目を細めていた。
「そうだな、来年だな」
「で? どぉ? 金、取れそう?」
パッと上げられた視線に、牛島はまっすぐに答える。
「解らないが、取りに行く」
「かっけぇな!」
あはは、と笑うその声は至極明るいのに。なぜかその瞳が完全に笑えず緊張の色をたたえている匂いを牛島は感じていた。
牛島は恋人としての作法がまだ理解し切れていない。しかし、ただ、解ることがある。天童は何かに打ちひしがれて居るのだ。そうで無ければ牛島の動画を見て英気を養うようなことはきっとしない。ならば、折角本物の牛島若利がいるのである。何度も再生できる動画でも一時停止しないとスクリーンショットを撮れない配信でも無く。
ずんずんと天童に近づく。夕飯の用意でもしようかと言って立ち上がりかけた天童の顎を掴み、口付ける。深く、そして、力強く、溶けるように。
どさっとその勢いに押されて、天童がソファに座り直す。それでも牛島は彼の額に、鼻先に、耳に軽いキスを落とし、天童の上体を倒させていく。
「どったの? 若利くん。久々に俺に会えて早速勃っちゃった系?」
「いや」
「否定するんか~ぃ!」
冗談交じりに肩を軽く叩く天童の表情が、しかし、少し柔和になった気がした。その変化に、牛島はほっと小さく息をつく。
「天童に誓おう。お前の住むこの国でこそ俺は頂点に立つのがふさわしい」
「金メダル取るって誓ってくれるってコト?」
「あぁ」
はっきりと言い切った恋人の鼻先に、今度は天童から軽い口づけが送られた。そして、「今日はチョット夕飯の前に抱いてヨ」と小さく提案される。
「ちょっと凹んでたンだ。若利くんはこンなすげぇ男になってンのに俺、マダマダじゃね? ッテ」
「なら、お前も俺に誓え。俺以上の男になると」
普段ならばこういうやりとりの時、天童はすぐに「もう既に超えてるカモ?」と茶化すが、その時の彼はどこか違った。しゅんと彼らしい空気をしぼませ、小さな声で呟く。
「なれっカナ?」
だから、せめて牛島はその短く刈られた彼の頭をいたわるように撫でるのだ。そうすると猫かなにかが甘えるように、天童がすりりと牛島の手に額を、頬を、すり寄せてきていた。
「この前送ってくれたショコラも綺麗で美味いと評判だった」
「トーゼン」
素直に牛島が天童の作るショコラを褒めれば、やっと彼の瞳に彼らしい光が戻ってくる。その燃えるような輝きをもっと近くで見たいと思った牛島はまた、彼に口付けた。口づけは、間近で彼を見ることはできるが、あいにく、お互いに直前に目を閉じるのが作法なので、ふれあう直前と離れた直後にだけ天童の瞳の中の綺麗な輝きをのぞき込むことができていた。
「解ったヨ。若利くんに誓う。俺、若利くんが金メダル取るまでに君以上の最強の男になるから」
でも、いまのひとときは、俺を甘やかして。
そうささやきながら、両腕を首に回されて恋人の願いを叶えてやれないならばその人間は彼にふさわしくないだろう。
彼らは誓った、溶けるように。
ひとときの綺麗な願いの中で。