※大幅に変更する可能性があります。
 目が覚めた時、”私”の腕は真っ赤な血に染まっていた。
『こうなることは、わかっていたのである』
 ”私”の腕で身体を貫いているのは山羊の神カプリコルヌス様で、息も絶え絶えな声が耳へ届く。
『……すべてをお主に託すのである。吾輩の友たちを……よろしく頼むのである。……加護の声を聞け……』
 話すのも辛そうで、言葉は短く、ゆっくりと紡がれた。言い切ったのか、表情は安らかなものに変わる。
『ああ……やはり、死にたくはなかったのである』
 最後の言葉は消え入りそうな声で、悲しさが伝わってきて胸を締め付けた。山羊の神カプリコルヌス様の目は光を失い、それまでよりもずっしりと重さが腕にかかる。
 目の前が真っ赤になって、色を失う。
 身体は意思に反してカプリコルヌス様を地面に投げ捨てた。そこに居たのは”私”。
「アスク……?」
 名前を呼ばれて、”俺”はアスクだってことを思い出した。そうだ、そうだ。”俺”はいままでヘレの記憶を見ていた。見ていたなんて生半可なものじゃない、経験していた。その一挙一動、感情までもが鮮明に脳に刻み込まれてる。自分がヘレだと思い込むほどに。
 思い出したことで、感情が支離滅裂なほど頭が混乱する。アスクと、ヘレの感情がごちゃ混ぜになって、どれが本当の気持ちかわからない。
 別の人間の人生が頭の中にあるなんて、想像以上に頭は処理してくれない。情報量もそう、知りたくなかったことも知ったのもそう、勝手に知ってしまったことへの罪悪感も、とめどなく押し寄せてくる。
 俺は知ってしまった。牡羊の星でのヘレはいつも俺に期待を押し付けていた一方、俺があのまま成長せずにいたことに安堵していたことを。それと同時に、俺が山羊の星でヘレにしたことは同じだった。ヘレに期待だけを押し付けた一方、彼女が成長しないから追いつけることに安堵していた。怒りたい一方で、怒られて当然だと思う。
 いっそ消えてしまえば、後は楽だろうか?
「牡羊の星(アリエス) 矢の雨(ヴロヒ・トン・ヴェロン)」
 自分の発する声で、目の前の光景に意識を戻された。俺は、ヘレを攻撃していた。なんで、ヤメロ! そう大声をあげたいのに、声も身体もまったく俺の言うことを聞いてくれない。
 なんで、どうして……! どうしてこんなことになってるんだっ! 俺はただ、強くなってみんなと、ヘレと同じ場所に立ちたかっただけなんだ。
 手に入らない力が手に入ったと思った。ヘレとの喧嘩だって、時間が経てば上手くいくと思った。それなのに、なんでどれもこれもが上手くいかない……っ。
『わかっているのであろう?』
 耳にかすかな声が届く。
 わかってるか。って、わかってる。わかってしまったから、激しく後悔してるんだっ。
 俺は、自分の力を過信した。
 俺は、オフィウクスの力を侮った。
 俺は、ヘレに彼女と同じ過ちを犯した。
 その結果がコレだ。
『ならば、耳を澄まし、心の望むままに応えよ』
 耳を澄ます……。
「身体の主が健在していればそれに従うのが加護だよ? 今動いているのは”私の加護”だ。牡羊の迷い子は特別な体質をしてはいるけど、いままでに加護がその身体を使ったことはある? ないでしょ? それはね、主導権を握る”彼”がいないからさ」
 マルフィクの師匠が、ヘレに説明している声が聞こえる。
 俺はここにいる。いるけど、主導権は奪われたままなんだ。どうしたそれを取り返せる?
「解からせてあげよう。相手してあげて」
 いつの間にか握っていた黒い剣でヘレに襲い掛かる――ダメだ!
 スピカに剣を止められてほっとした。と同時に、攻撃できなかったいら立ちを覚える。
 なんで……? 俺はヘレに対して、なんでこんなにいら立ちを覚えているんだ……?
『わかっているのであろう?』
 さっきも聞いた声だ。そうだ、わかってる。忘れたかったんだ。でも、俺はヘレに怒ってるんだ。彼女の記憶を見て、彼女が俺にしたことに怒ってる。彼女が俺に怒っていたように。
 だから、俺の身体はヘレに攻撃ができるんだ。
 すべての主導権を取られてるんじゃない。俺の不安定な感情の一部を身勝手に使われてるんだ。
 この気持ちが整理できれば、きっと――
「アスク!」
 時間がほしいのに、ヘレが俺の前に立ちはだかる。
 俺は再び剣を構えてヘレに向かう。
 やめて、早く、どうにかヘレへの怒りを鎮めないと!
 ヘレが両手を広げて俺に微笑んだ。逃げる気はない。避ける気もない。俺の腕は心臓めがけて突き進んでる。
 ――ヘレを殺したくなんかないっ!
 めいっぱい心で叫んだ。手に身体を突き刺す感触が響く。角度が少しだけズレて、腹部へ突き刺さったのだけはわかったけど、ヘレを刺したことに手が震えた。
 ヘレの腕が背中に回って、優しく撫でてきた。慰められてるようで涙が出そうだ。
「アスク、わたし……貴方に言いたいことがいっぱいあるの。ごめんね」
 俺だって、いっぱい謝らなきゃいけないことがある。
「私が弱くて、アスクに当たっちゃって、ごめんね」
 俺だって、弱くて、何も知らなかったからヘレを傷つけた。
「私、ちゃんとアスクから話を聞きたい。アスクと話したい」
 ヘレに話したら情けない自分にさらに嫌気がさしそうで……でも、話しておけばよかった。話してあの時に喧嘩しとけばよかったんだ。そしたら同じことを君にしなかった。
「このまま話せないことがいっぱいなんてヤダ……」
 俺だってちゃんとヘレに話がしたい。ずっとずっと言いたいことがいっぱいある。
「オフィウクスの星に行くんでしょ? それで、一緒に牡羊の星に帰るんだよね」
 そう。そう約束した。ヘレと一緒に――
「私、アスクと一緒にいたい」
「俺も、ヘレと一緒にいたい」
 気持ちが溢れるままに、俺はヘレに応えた。応えられた。真っ赤だった景色が色を取り戻す。
 やっと、口が自由に動いたんだっ。ほっとする。でも、戻ってきた感覚は口だけじゃなくて、手についた生暖かい血の感触に寒気がした。
「ヘレ、ヘレ! ――スピカっ!!」
 俺は倒れそうになるヘレの身体を抱き込んで、スピカを呼んだ。
「っ! アスク!」
「おっと、終幕のようだね」
 スピカと剣を交わしていたレーピオスが、なぜか身を引くように距離をとった。スピカは追いたそうに唇を噛んだけど、俺がもう一度呼んだらこっちに駆けてきてくれた。
「ヘレがっ!」
「大丈夫だ。治せる」
 スピカはすぐにヘレに乙女の加護を使ってくれる。
 ヘレの苦しそうな表情が緩和されてほっとする。良かった……。
「ふぅ、どうにかなって良かったぜ」
 レグルスがいつの間にか俺たちを庇う様に近くに立ちながらレーピオスとアルディさんを警戒していた。
「レグルスのくせにー、強くなりすぎですわー」
「さすが山羊の神ってところだね」
「んん、そう思うなら引いてもらえないわけ?」
 俺は、ヘレをそっと地面に横たえてスピカに後をお願いした。
「もちろん。君たちが私に賛同してくれるなら、いいよ?」
「断る」
 レーピオスの言葉に俺は、はっきりと言い放った。いままで出したこともない唸るような低い声に、内心驚いたけど、怒りに震える今の感情にはぴったりだ。
 カプリコルヌス様が最後に残した言葉が耳に残ってる。
 ――『やはり、死にたくはなかったのである』
「おや、星の迷い子には振られてしまったな」
「当たり前だろ。俺に自分の加護を知らない間に預けて、俺がオフィウクスの力を使う様に仕組んだ。そしてこの手でカプリコルヌス様を殺させて、ヘレにも怪我をさせた。そんなヤツのこと信じられるわけないだろ!」
「なぁんだ。怒ってるのかい?」
 髪を掻き上げてはっきりと姿を現した赤い瞳は、ぎらぎらと愉しそうに歪んでいる。
「山羊の星に入れること自体が稀。山羊の神も相当な力を持っているから力づくでどうにかできるものでもない。他にいくらでもやり方を準備していたんだけどね、この結末を選んだのは山羊の神さ。ちょうどよく、山羊の神が君に力を与えて、ちょうどよく君が加護の力に押し負けそうになっていた。そして、神殺しの手順が整ったのさ。この選択が決定したのは、私が君に加護を与えるより前に山羊の神は君に気づかれないように加護を送ったから。だからね、私はちょうどよく場を整えてくれた山羊の神の意志に乗っかったのさ」
「でも、カプリコルヌス様は死にたくはなかったっ!」
「でも、死ぬしかなかったんだ」
「――っ!」
 俺だって、わかってる。
「山羊の神が死んだのは、獅子の王に、蟹の変り種に、星の迷い子に力を託したからだ。君が身体を貫かなくても、いずれ山羊の神は死んだ。あの道を選んだのは、君に何かを伝えるために過ぎない。君は――何を聞いたんだい?」
「お前に教えることじゃないっ!」
 カプリコルヌス様は俺にすべてを託した。それは、彼が死んでも守りたかったもの。大切な人たちを守りたい彼の気持ちはわかる。だから、だからこそ俺は、もう――
「俺はもう神殺しなんてさせないっ」
「はは、はははは! はー……じゃあ、君は敵だ」
 顔を手で覆うほどおかしそうに笑っていた。けど、次の瞬間手の間から見える赤い瞳からは憎悪を感じた。手のひらに汗をかく。
「もー! レーピオスさん、アルディさん! まだこんなところで油売ってるんですか!? 時間は有限です、こっちの準備はできてるんですよ!」
 動けないでいると、大声が二人を呼ぶ。声はサダルのものなのに、姿は見えなくて。代わりにサダルが操っているであろう水が二人をふわっと包み込んだ。
「時間ですのね~。レグルスー、こっちにきなさーい」
「え、いや。行かねぇよ!?」
「レグルスー? 借金返済がまだなのですからー、言うことお聞きあそばせー?」
「ちょ、まっ!」
「レグルス!」
 レグルスの抵抗も空しく、水がレグルスをあっという間に飲み込んでアルディさんのところへ連れていく。
「では、先に行きますわ~」
 アルディさんはにこっといつもの笑顔を見せた後、レグルスを連れたまま水の中を移動する。
「さて、乙女の騎士はどうする? 一緒に来るかい?」
「断る!」
「はは、残念だ。できれば同じ方向に歩きたかったんだけどね。君は昔の私によく似ているから」
「私を貴様と一緒にするなっ!」
「うん、そうやって自分の正義を妄信しているところがそっくりだ。乙女の騎士、君は正義とは何かを考えたことがあるかい? それが揺らいだことはあるかな?」
「……私は、もう知っている。自分の見えている世界がすべてではないと。アスクが教えてくれたのだから」
「まだ足りないね。願わくば君たちも私同様すべてを知り、同じ道を歩めるように。またね」
 レーピオスはアルディさんと同じように水によってどこかへ消えていく。
「……はぁ」
 引いてくれた。たぶん見逃されたんだ。俺たちなんて神殺しを止める邪魔にもならないってこと……か。
 まだ胃の辺りがぐるぐるしてイラつきが収まらない。
 神殺しを止めるには、レーピオスを倒せば全部終わるのか? でも、じゃあアルディさんとサダルは? それにマルフィクだって……他にも仲間がいるはず。
 知らなきゃ。どうして神殺しをするのか、それがわからなきゃ、きっと止められない。俺はまだ全然知らないんだ。
「アスクさん! やっと見つけたやざっ!」
「遅かッたか!?」
 膝をついて、息を逃していたらタルフとマルフィクが駆けつけてきた。レーピオスと同じフードを被っている彼が、なんでここに……?
「マルフィク……? なんで……?」
「貴様、レーピオスと一緒に行かなかったのか?」
「ッ……やッぱり師匠はオレを置いていッたンだな」
 マルフィクは顔を落として呟く。唇から血が出るほど噛みしめていて、感情の波が激しいのがわかった。
「一人だけ残すとは、レーピオスは何を企んでいるんだ?」
「ほんなことより、はよこの星を出るやざ!」
「待って、ヘレの意識がまだ――」
「はよせんと、星がのうなってしまうやざ!」
「なんだって!?」
 ゴゴゴゴという地響きで、大きく揺れた。立ってられない。
「こ、これは……」
「ちッ、もう少し持つと思ッたンだが……」
 次々に爆発音が響く。最初に来た時に見た水の噴火がそこかしらから上がっている。あっという間に水が膝、腰まで上がってくる。
「な、なんなんだよ。いったい……」
「この星は元の姿に戻ンだよ」
「どういうこと?」
「フン、話してる時間はねェ。ここから出ンぞ」
 マルフィクが呟いたことは気になるけど、あっという間に首まで水に浸かってしまった。俺は泳げない。スピカに抱き上げられているヘレも同じだろうし、これでどうやってここから出るんだよっ。
「タルフは乙女の騎士……スピカだッけか、そッち頼む。牡羊の二人は俺が連れてく」
 マルフィクとスピカに一瞬が緊張が走った。そんなことしてる場合じゃない。俺がヘレを受け取ると、マルフィクが俺の腕をとる。
 マルフィクは双子の星でも俺を助けてくれた。こういう時に人を騙すようなヤツじゃない。でも、レーピオスにあんなことされたんだから、スピカが信じられないのも無理はない……。
「スピカ。俺を信じてほしい」
 一言だけ伝えればスピカは頷いてくれる。
 すぐにマルフィクに腕を引っ張られてざぶっと視界が水の中に入る。慌てて手足をバタつかせた。
「落ち着け、息はできンだろ」
 マルフィクの声に、ごぼごぼと息を吐いていたが、そういえば苦しくない。はたっと動きを止めて、意識して恐る恐る息を吸えば、水が鼻から入ってきて変な感じだ。でも、液体の感触はするけどいつもと変わらずに呼吸ができる。
「ごぼぼぼ」
「しゃべれはしねェから。頭で話しかけろ。オレの近くにいればそれで会話できる」
「な、なにそれ……」
「見りゃわかんだろ」
 俺の腕を掴んでいるマルフィクを、俺は今やっとちゃんと見た。
 足は魚の尻尾そのもの……カプリコルヌス様と同じだ。でも上半身は魚のうろこがびっしりと生えているが人だとわかる。手には水かきがあって、耳も魚の大きなエラのようで、見たことがない姿だった。
 それでもマルフィクとわかるのは、真っ黒な瞳と真っ黒な髪が何も変わってなくて、印象的だったから。
「ほんに人魚やざ……」
 タルフの言葉に、俺は魚の星に住む人魚のことを思い出した。
「話は後だ。山羊の星から出ンぞ。手、離すなよ」
 タルフに槍を手渡した後、マルフィクは俺の腕を掴んだまま泳ぎだした。すごい速さで水の中を泳いでいってて、俺はそれだけで浮かれてしまった。
 すごい。水の中をこんな風に泳ぐなんて。
 いままでにない体験に興奮した。
 どんどん早くなって、懐かしい淡い青白い光へと吸い込まれた。
幕間:魚の星
 淡い青白い光の中を抜けた先には、水の底に作られた街がきれいに光り輝いていた。
「うわぁ、綺麗……これが魚の星?」
「そうだ。……寄りはしないがな」
「え!? 寄らないの!?」
「テメェらはここに用はねェだろ。もう神もいねェ星だ」
「魚の神がいない? え、神様がいない星ってこと?」
「……お前には、修行が上手くいったら俺のことを話してやるッて言ッたな」
「う、うん。もしかして聞かせてくれるの?」
「ああ……移動に時間もかかッし、話してやる」
 マルフィクはどこか悲しげに街を見下ろして、話始めた。
 俺が産まれたのはこの魚の星にある街の一つだ。
 俺は、妹と街の一角に住んでた。別に食べ物に困ッたりはしないが、
 レーピオス
ーーーー
カプリコルヌス様
※設定メモ。ネタバレ
マルフィク、師匠、サダル、アルディの話にシフト
ヘレこない。
ヘレ「絶対アスクに負けない」ショック
暴走:他の加護を
ヘレ、スピカに怪我
自己嫌悪
ヘレ、私の自業自得。アスクは悪くない。
仲直り
アスクの技名
※技名要検討「数字:月で ギリシア語、ラテン語 」
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Latest / 554:07
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オフィウクスの謎―加護を受けたと思ったら存在しない神だった―3章10
初公開日: 2023年04月23日
最終更新日: 2024年03月23日
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コメント
蠍の神と和解したが、そこに乙女の加護を得た扶養の騎士が現れ蠍の神を……
FIX稿までは小説家になろうにUPしてあります。
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