アメヒノ中心にどこまで書けるかわかりませんが、書いていこうと思います。
桜のワードパレットをお借りしました。
1、そわそわ、計画を立てて、一緒に
「花が咲くんだ」
嬉しそうな顔に、そんなにいいものなんだろうかと首を傾げそうになった。
桜は特別らしい。いや、どんな花が咲いていても、雑談の中で出てくるくらいだから、生来、花が好きなのだろう。
「そんなにきれいなのか」
「今週あたり、見頃らしいよ」
すっと慣れた手つきでスマホを動かす。その指先まで浮かれきっているのか、普段よりも動くことが多い。ほとんど動かない表情からも、喜びがにじみ出ているのがわかる。
ヒノモトは数秒、何かを躊躇うように目線を彷徨わせた。こういうときは、急かさない方がいいのだとつるむうちに学んだ。決断を急がせると、(アメリックが答えを用意している場合は別として)ヒノモトは大抵、自分の要求を飲み込んでしまうのだ。
「それでさ、……あの、うちの実家近くにいい場所があって。ちょっとしたお祭りみたいにもなるし、来ないか?」
ゆっくりと瞬きをした。ぱち、と小さく瞼のぶつかる音を聞く。
珍しい。いや、そんな言葉で済ませるには珍しすぎる。
嬉しいことも、好きなことも、基本的に一人で楽しんで満足するところのあるやつが、誘ってきた。そもそも、ヒノモトからの誘い何て何度あっただろう。両手で収まるというのは言い過ぎだろうか。
「俺と?」
飛び出した言葉はどこか念を押すような、信じられない響きがあった。ヒノモトは口を小さくまごつかせて、狼狽えたようなそぶりを見せた。それから、怒ったような顔を取り繕って、目を吊り上げる。
「そう、一緒に」
顔は馬鹿なことを聞くな、と言いたげなのに、声に微かに不安が乗った。
ふむ。ここまで言われたら、断る選択肢はない。いや、そもそも断ろうなんて微塵も思っていなかった。
だって珍しい相手が珍しく誘ってきた。それも仕事ではなく、楽しいイベントに。確認したのは、自身の浮かれようを誤魔化すためだった。浮かれるなという方が難しい話だったのだ。
誘った当の本人は、窓の外を見るふりをしてそわそわと落ち着きなく、全身でアメリックの返事を待っている。優越感を刺激する反応は、なんというか、好かれる要素に近い。
「良いぜ」
思った以上に優しい声が出て、アメリックは驚いた。ヒノモトは気づかなかったのか、聞こえた言葉を確認するようにアメリックを見つめる。その顔は晴れた空を思わせるほどに輝いていて、年上なのに随分と可愛らしいと思った。
「ランチは空けとけよ」
「え?打ち合わせ?」
どうしてここまで来ていきなり仕事の話に戻ると思っているんだろうか。そんなに素早く切り替えられるのはお前くらいだ。勿論、折角の雰囲気を崩すほど子供ではないので笑うだけにとどめる。
「何ってんだよ。何時に行くとか、何を持ってくとか、相談させろ」
「持っていくって、うちに来ればいいし」
「だから、」
美しい情景だった、と思い出にまとめてしまうのは勿体ない。お気に入りが一緒なのだ。計画を立てる時間から、少しでも長く楽しみたいのだ。
<2、初桜 探して、毎日、お知らせ>
吐く息が、白い。ヒートテックにセーターにコート。マフラーに手袋と思いつく限りのものを身に着けても寒い。ホッカイロを張っていても寒いのだから、不思議なものである。
「お前なんでそんな着てんの?」
寒いからだよ……と力なく返しながら、そういえば、欧州勢はヒノモトなどよりずっと寒さに耐性があるらしい、と書かれた論文だかニュースだかを思い出した。半袖で花見をしている外国人の姿はSNSやニュースでも見たことがある。
ちょっと暑ければエアコンをつけ始める人たちだ。寒さに強いのも頷ける。
「寒くないの?」
「全然。どんどんあったかくなってんじゃん」
その言葉に、そういえば梅の花がもう散り始めていたことを思い出した。紅梅の鮮やかな美しさは雪の中でもはっきりと見えて、寒さに滅入りそうな気分を少しだけ上向きにさせてくれていた。
昨日あたり、もう数個を残すばかりで、あぁ、寂しいなぁと思っていたのだが、アメリックの言葉で気づく。そうか。もうすぐ温かくなるのだ。毎日、仕事に追われてゆっくりと景色を見る余裕もなかった。
「何見てんだよ?」
思わず上を向いたのを話を聞いてないと思ったのか、アメリックの声は硬い。
「いや、花の蕾がもう見えると思って」
「?どれだ?」
こういうところはアメリックのいいところだと思う。相手の興味を否定しないで一度は付き合ってくれるところ。
「あれだよ、……ほら、木の先の茶色にちょっとだけ赤っぽいのがある」
「あれが?よくわかるな」
感心したような声につい気を良くして、ヒノモトは笑顔を浮かべていた。
「お前が暖かくなってる、って知らせてくれたから気づいたんだよ」
そういいながら一歩前へ。浮かれてしまいそうなのを耐える。暖かくなる。繁忙期が迫っているということでもあるけれど、同時に、一年で一番好きな季節が、一番美しいと思う季節がやってこようとしている。
「へぇ。暖かいってだけでよくわかるもんだな」
「探せば色々あるんだよ。ほら、あっちはもう枯草の色が消え始めてるし、向こうの小さい川のところも水の量が増えてるし」
都会の中に作られた自然も、確かに四季折々の姿を見せてくれる。冬景色は確かに変わりつつあった。
「楽しそうだな」
呆れたようなアメリックの声にヒノモトは何も言わずに肩をすくめた。何を言ってもたぶん、この高揚感は伝えられないと思ったから。
……この綺麗な男が満開の花に囲まれたらさぞかし鮮やかに違いない。
「咲いたら、最初にお前に教えるよ」
「そりゃ、楽しみだ」
優し気な顔をしたアメリックに、何故か、ヒノモトの頬は熱くなった。
<3、桜花爛漫 見渡す限り、笑顔、連られて>
多分、今、脳内の色素は全部桜色だ。網膜から伝わる信号を脳は受け取って色を認識するのだという。確か、そんなような文章を読んだ記憶があった。
もし、それが本当ならば、自分の脳内は間違いなくピンク色の信号で大変なことになっているだろう。色が奔流してあふれてしまいそうだった。
「すげぇな」
「だろ」
見渡す限りの桜。右を見ても左を見ても、上を見ても花が咲いている。自慢気なヒノモトを見るのは悪くなかった。そもそも、こいつは自信なさそうに俯いているときより、虚勢だろうと胸を張っている時の方が、……方が、何だろうか。
面白い?……違う気がする。
格好いい?……もっと違う気がする。
思考を巡らせようとしたアメリックを遮るようにヒノモトが声を上げた。
「ほら、こっち。こっちのは山桜だから色が薄いんだけど、」
そう。驚いたのだ。桜というからみんな同じような者かと思っていたのだが、随分と種類が豊富である。まるで細い枝が大ぶりの花の重みで垂れ下がったようなものもあれば、空に向かって大きく伸びた枝に花がくっついているものもあった。遠くから見れば全部同じような色合いなのに、近くで見れば白だったり、赤に近いような色だったりと発見が多い。
「このあたりで一番古い樹なんだ」
宝物を見せるような笑顔に、アメリックは言葉を失った。見たかったものに近いような、似ているような。
誘われた時に快諾したのとはまた違った、妙な高揚感。
「綺麗だろ?」
アメリックがどう返してもヒノモトの笑顔は変わらない気がした。けれど、出来れば、ヒノモトが驚くような、花に向けた笑顔が変わるような言葉が欲しかった。
「—————あぁ、お前みたいだな」
ヒノモトの笑顔は引っ込んで、一瞬にして狼狽え始める。わなわなと震えた口は二の句が継げずに閉じて、桜を見るのだといわんばかりにアメリックに背を向けた。
信じられないほどわかりやすい。
アメリックは桜の花に連られたように笑い出した。
<4,桜吹雪 はらはら 一際 向こう側>
『悪い 遅れる』
短いメッセージに珍しいと思いながら、すぐさま、返事をする。
『転ぶなよ』
怒ったスタンプに笑ってしまった。実際、わざと相手を待たせる時以外は時間に正確なアメリックには珍しいと思ったのだ。おそらくは電車か、何かしらのハプニングか。
今日のお昼は奢ってもらおう。
遅刻の責任を取らせるという皮算用をすると、つい口角が上がった。ハッと気づいて慌てて周囲を確認する。
人気がないことに安心した。いきなり笑う変な奴にはならなくて済んだようである。
スマホを覗くヒノモトと画面の間に、ひらりと花びらが通り過ぎていった。花びらが来た方向を見れば、大きな枝垂桜。花の半分が散った樹は、既に華やかさを失い、残ったアメヒノ中心にどこまで書けるかわかりませんが、書いていこうと思います。
桜のワードパレットをお借りしました。
1、そわそわ、計画を立てて、一緒に
「花が咲くんだ」
嬉しそうな顔に、そんなにいいものなんだろうかと首を傾げそうになった。
桜は特別らしい。いや、どんな花が咲いていても、雑談の中で出てくるくらいだから、生来、花が好きなのだろう。
「そんなにきれいなのか」
「今週あたり、見頃らしいよ」
すっと慣れた手つきでスマホを動かす。その指先まで浮かれきっているのか、普段よりも動くことが多い。ほとんど動かない表情からも、喜びがにじみ出ているのがわかる。
ヒノモトは数秒、何かを躊躇うように目線を彷徨わせた。こういうときは、急かさない方がいいのだとつるむうちに学んだ。決断を急がせると、(アメリックが答えを用意している場合は別として)ヒノモトは大抵、自分の要求を飲み込んでしまうのだ。
「それでさ、……あの、うちの実家近くにいい場所があって。ちょっとしたお祭りみたいにもなるし、来ないか?」
ゆっくりと瞬きをした。ぱち、と小さく瞼のぶつかる音を聞く。
珍しい。いや、そんな言葉で済ませるには珍しすぎる。
嬉しいことも、好きなことも、基本的に一人で楽しんで満足するところのあるやつが、誘ってきた。そもそも、ヒノモトからの誘い何て何度あっただろう。両手で収まるというのは言い過ぎだろうか。
「俺と?」
飛び出した言葉はどこか念を押すような、信じられない響きがあった。ヒノモトは口を小さくまごつかせて、狼狽えたようなそぶりを見せた。それから、怒ったような顔を取り繕って、目を吊り上げる。
「そう、一緒に」
顔は馬鹿なことを聞くな、と言いたげなのに、声に微かに不安が乗った。
ふむ。ここまで言われたら、断る選択肢はない。いや、そもそも断ろうなんて微塵も思っていなかった。
だって珍しい相手が珍しく誘ってきた。それも仕事ではなく、楽しいイベントに。確認したのは、自身の浮かれようを誤魔化すためだった。浮かれるなという方が難しい話だったのだ。
誘った当の本人は、窓の外を見るふりをしてそわそわと落ち着きなく、全身でアメリックの返事を待っている。優越感を刺激する反応は、なんというか、好かれる要素に近い。
「良いぜ」
思った以上に優しい声が出て、アメリックは驚いた。ヒノモトは気づかなかったのか、聞こえた言葉を確認するようにアメリックを見つめる。その顔は晴れた空を思わせるほどに輝いていて、年上なのに随分と可愛らしいと思った。
「ランチは空けとけよ」
「え?打ち合わせ?」
どうしてここまで来ていきなり仕事の話に戻ると思っているんだろうか。そんなに素早く切り替えられるのはお前くらいだ。勿論、折角の雰囲気を崩すほど子供ではないので笑うだけにとどめる。
「何ってんだよ。何時に行くとか、何を持ってくとか、相談させろ」
「持っていくって、うちに来ればいいし」
「だから、」
美しい情景だった、と思い出にまとめてしまうのは勿体ない。お気に入りが一緒なのだ。計画を立てる時間から、少しでも長く楽しみたいのだ。
<2、初桜 探して、毎日、お知らせ>
吐く息が、白い。ヒートテックにセーターにコート。マフラーに手袋と思いつく限りのものを身に着けても寒い。ホッカイロを張っていても寒いのだから、不思議なものである。
「お前なんでそんな着てんの?」
寒いからだよ……と力なく返しながら、そういえば、欧州勢はヒノモトなどよりずっと寒さに耐性があるらしい、と書かれた論文だかニュースだかを思い出した。半袖で花見をしている外国人の姿はSNSやニュースでも見たことがある。
ちょっと暑ければエアコンをつけ始める人たちだ。寒さに強いのも頷ける。
「寒くないの?」
「全然。どんどんあったかくなってんじゃん」
その言葉に、そういえば梅の花がもう散り始めていたことを思い出した。紅梅の鮮やかな美しさは雪の中でもはっきりと見えて、寒さに滅入りそうな気分を少しだけ上向きにさせてくれていた。
昨日あたり、もう数個を残すばかりで、あぁ、寂しいなぁと思っていたのだが、アメリックの言葉で気づく。そうか。もうすぐ温かくなるのだ。毎日、仕事に追われてゆっくりと景色を見る余裕もなかった。
「何見てんだよ?」
思わず上を向いたのを話を聞いてないと思ったのか、アメリックの声は硬い。
「いや、花の蕾がもう見えると思って」
「?どれだ?」
こういうところはアメリックのいいところだと思う。相手の興味を否定しないで一度は付き合ってくれるところ。
「あれだよ、……ほら、木の先の茶色にちょっとだけ赤っぽいのがある」
「あれが?よくわかるな」
感心したような声につい気を良くして、ヒノモトは笑顔を浮かべていた。
「お前が暖かくなってる、って知らせてくれたから気づいたんだよ」
そういいながら一歩前へ。浮かれてしまいそうなのを耐える。暖かくなる。繁忙期が迫っているということでもあるけれど、同時に、一年で一番好きな季節が、一番美しいと思う季節がやってこようとしている。
「へぇ。暖かいってだけでよくわかるもんだな」
「探せば色々あるんだよ。ほら、あっちはもう枯草の色が消え始めてるし、向こうの小さい川のところも水の量が増えてるし」
都会の中に作られた自然も、確かに四季折々の姿を見せてくれる。冬景色は確かに変わりつつあった。
「楽しそうだな」
呆れたようなアメリックの声にヒノモトは何も言わずに肩をすくめた。何を言ってもたぶん、この高揚感は伝えられないと思ったから。
……この綺麗な男が満開の花に囲まれたらさぞかし鮮やかに違いない。
「咲いたら、最初にお前に教えるよ」
「そりゃ、楽しみだ」
優し気な顔をしたアメリックに、何故か、ヒノモトの頬は熱くなった。
<3、桜花爛漫 見渡す限り、笑顔、連られて>
多分、今、脳内の色素は全部桜色だ。網膜から伝わる信号を脳は受け取って色を認識するのだという。確か、そんなような文章を読んだ記憶があった。
もし、それが本当ならば、自分の脳内は間違いなくピンク色の信号で大変なことになっているだろう。色が奔流してあふれてしまいそうだった。
「すげぇな」
「だろ」
見渡す限りの桜。右を見ても左を見ても、上を見ても花が咲いている。自慢気なヒノモトを見るのは悪くなかった。そもそも、こいつは自信なさそうに俯いているときより、虚勢だろうと胸を張っている時の方が、……方が、何だろうか。
面白い?……違う気がする。
格好いい?……もっと違う気がする。
思考を巡らせようとしたアメリックを遮るようにヒノモトが声を上げた。
「ほら、こっち。こっちのは山桜だから色が薄いんだけど、」
そう。驚いたのだ。桜というからみんな同じような者かと思っていたのだが、随分と種類が豊富である。まるで細い枝が大ぶりの花の重みで垂れ下がったようなものもあれば、空に向かって大きく伸びた枝に花がくっついているものもあった。遠くから見れば全部同じような色合いなのに、近くで見れば白だったり、赤に近いような色だったりと発見が多い。
「このあたりで一番古い樹なんだ」
宝物を見せるような笑顔に、アメリックは言葉を失った。見たかったものに近いような、似ているような。
誘われた時に快諾したのとはまた違った、妙な高揚感。
「綺麗だろ?」
アメリックがどう返してもヒノモトの笑顔は変わらない気がした。けれど、出来れば、ヒノモトが驚くような、花に向けた笑顔が変わるような言葉が欲しかった。
「—————あぁ、お前みたいだな」
ヒノモトの笑顔は引っ込んで、一瞬にして狼狽え始める。わなわなと震えた口は二の句が継げずに閉じて、桜を見るのだといわんばかりにアメリックに背を向けた。
信じられないほどわかりやすい。
アメリックは桜の花に連られたように笑い出した。
<4,桜吹雪 はらはら 一際 向こう側>
『悪い 遅れる』
短いメッセージに珍しいと思いながら、すぐさま、返事をする。
『転ぶなよ』
怒ったスタンプに笑ってしまった。実際、わざと相手を待たせる時以外は時間に正確なアメリックには珍しいと思ったのだ。おそらくは電車か、何かしらのハプニングか。
今日のお昼は奢ってもらおう。
遅刻の責任を取らせるという皮算用をすると、つい口角が上がった。ハッと気づいて慌てて周囲を確認する。
人気がないことに安心した。いきなり笑う変な奴にはならなくて済んだようである。
スマホを覗くヒノモトと画面の間に、ひらりと花びらが通り過ぎていった。花びらが来た方向を見れば、大きな枝垂桜。花の半分が散った樹は、既に華やかさを失い、残った花の萼(がく)の茶色や若葉の緑色が目立ち始めていた。ほんの2,3日前は通行人の足を止めるほどだったというのに、早いものである。
散り際でも目を引くのは桜だからだろうか。そう思いながらはらはらと花弁を落とし続ける樹へと向かう。地面に落ちた花びらは白っぽい色なのに根本が濃い桃色で、イメージする桜色とは似ても似つかない。一枚拾い上げようとしゃがんだ瞬間、一際大きく風が舞った。目を閉じるほどの突風に視界が真っ白になる。白昼夢という言葉が脳裏をよぎる。夢のような瞬間。何もかも染められた後のような、不思議な満足感。桜に攫われる、というのは色々なネタとして知っていたが、攫われる側はきっとこんな風に見えているんだろう。面白い知見を得てしまった。
「——ヒノモト!」
舞い上がった花びらがゆっくりと落ちていく、その中。桜吹雪になど目もくれずに走りこんでくる陽光の男。ヒノモトは思わず笑った自分を誤魔化すように、ひらひらと手を振って花吹雪の向こう側へと歩き出した。
<5、遅桜 ようやく、おいかける、それだけ>
※チュヒノです
残る桜も散る桜、とは誰が言ったのだったか。遅咲きの桜はようやく花開いたばかりだというのに、過ぎ行く季節に引っ張られてもう散り始めようとしている。
先に散った桜を追いかけようとしても、地面に落ちるだけなのに。
枝に残っていたいとは思わないんだろうか。
「何を見ているんです?」
気配なく背後に立たれて、肩が跳ねた。高い背をわざわざヒノモトの目線の高さに合わせるように屈んだ中国は、どこか胡散臭い笑顔を浮かべている。
「花を、」
呟いた声は言い訳じみていた。
「綺麗だったので、つい」
わざとじゃないのだと言い訳をする。礼儀がなってないといわれたら困るし、無視するつもりはなかったのだ。ただ、本当に綺麗で、見惚れただけで。
「あぁ、随分とアメヒノ中心にどこまで書けるかわかりませんが、書いていこうと思います。
桜のワードパレットをお借りしました。
1、そわそわ、計画を立てて、一緒に
「花が咲くんだ」
嬉しそうな顔に、そんなにいいものなんだろうかと首を傾げそうになった。
桜は特別らしい。いや、どんな花が咲いていても、雑談の中で出てくるくらいだから、生来、花が好きなのだろう。
「そんなにきれいなのか」
「今週あたり、見頃らしいよ」
すっと慣れた手つきでスマホを動かす。その指先まで浮かれきっているのか、普段よりも動くことが多い。ほとんど動かない表情からも、喜びがにじみ出ているのがわかる。
ヒノモトは数秒、何かを躊躇うように目線を彷徨わせた。こういうときは、急かさない方がいいのだとつるむうちに学んだ。決断を急がせると、(アメリックが答えを用意している場合は別として)ヒノモトは大抵、自分の要求を飲み込んでしまうのだ。
「それでさ、……あの、うちの実家近くにいい場所があって。ちょっとしたお祭りみたいにもなるし、来ないか?」
ゆっくりと瞬きをした。ぱち、と小さく瞼のぶつかる音を聞く。
珍しい。いや、そんな言葉で済ませるには珍しすぎる。
嬉しいことも、好きなことも、基本的に一人で楽しんで満足するところのあるやつが、誘ってきた。そもそも、ヒノモトからの誘い何て何度あっただろう。両手で収まるというのは言い過ぎだろうか。
「俺と?」
飛び出した言葉はどこか念を押すような、信じられない響きがあった。ヒノモトは口を小さくまごつかせて、狼狽えたようなそぶりを見せた。それから、怒ったような顔を取り繕って、目を吊り上げる。
「そう、一緒に」
顔は馬鹿なことを聞くな、と言いたげなのに、声に微かに不安が乗った。
ふむ。ここまで言われたら、断る選択肢はない。いや、そもそも断ろうなんて微塵も思っていなかった。
だって珍しい相手が珍しく誘ってきた。それも仕事ではなく、楽しいイベントに。確認したのは、自身の浮かれようを誤魔化すためだった。浮かれるなという方が難しい話だったのだ。
誘った当の本人は、窓の外を見るふりをしてそわそわと落ち着きなく、全身でアメリックの返事を待っている。優越感を刺激する反応は、なんというか、好かれる要素に近い。
「良いぜ」
思った以上に優しい声が出て、アメリックは驚いた。ヒノモトは気づかなかったのか、聞こえた言葉を確認するようにアメリックを見つめる。その顔は晴れた空を思わせるほどに輝いていて、年上なのに随分と可愛らしいと思った。
「ランチは空けとけよ」
「え?打ち合わせ?」
どうしてここまで来ていきなり仕事の話に戻ると思っているんだろうか。そんなに素早く切り替えられるのはお前くらいだ。勿論、折角の雰囲気を崩すほど子供ではないので笑うだけにとどめる。
「何ってんだよ。何時に行くとか、何を持ってくとか、相談させろ」
「持っていくって、うちに来ればいいし」
「だから、」
美しい情景だった、と思い出にまとめてしまうのは勿体ない。お気に入りが一緒なのだ。計画を立てる時間から、少しでも長く楽しみたいのだ。
<2、初桜 探して、毎日、お知らせ>
吐く息が、白い。ヒートテックにセーターにコート。マフラーに手袋と思いつく限りのものを身に着けても寒い。ホッカイロを張っていても寒いのだから、不思議なものである。
「お前なんでそんな着てんの?」
寒いからだよ……と力なく返しながら、そういえば、欧州勢はヒノモトなどよりずっと寒さに耐性があるらしい、と書かれた論文だかニュースだかを思い出した。半袖で花見をしている外国人の姿はSNSやニュースでも見たことがある。
ちょっと暑ければエアコンをつけ始める人たちだ。寒さに強いのも頷ける。
「寒くないの?」
「全然。どんどんあったかくなってんじゃん」
その言葉に、そういえば梅の花がもう散り始めていたことを思い出した。紅梅の鮮やかな美しさは雪の中でもはっきりと見えて、寒さに滅入りそうな気分を少しだけ上向きにさせてくれていた。
昨日あたり、もう数個を残すばかりで、あぁ、寂しいなぁと思っていたのだが、アメリックの言葉で気づく。そうか。もうすぐ温かくなるのだ。毎日、仕事に追われてゆっくりと景色を見る余裕もなかった。
「何見てんだよ?」
思わず上を向いたのを話を聞いてないと思ったのか、アメリックの声は硬い。
「いや、花の蕾がもう見えると思って」
「?どれだ?」
こういうところはアメリックのいいところだと思う。相手の興味を否定しないで一度は付き合ってくれるところ。
「あれだよ、……ほら、木の先の茶色にちょっとだけ赤っぽいのがある」
「あれが?よくわかるな」
感心したような声につい気を良くして、ヒノモトは笑顔を浮かべていた。
「お前が暖かくなってる、って知らせてくれたから気づいたんだよ」
そういいながら一歩前へ。浮かれてしまいそうなのを耐える。暖かくなる。繁忙期が迫っているということでもあるけれど、同時に、一年で一番好きな季節が、一番美しいと思う季節がやってこようとしている。
「へぇ。暖かいってだけでよくわかるもんだな」
「探せば色々あるんだよ。ほら、あっちはもう枯草の色が消え始めてるし、向こうの小さい川のところも水の量が増えてるし」
都会の中に作られた自然も、確かに四季折々の姿を見せてくれる。冬景色は確かに変わりつつあった。
「楽しそうだな」
呆れたようなアメリックの声にヒノモトは何も言わずに肩をすくめた。何を言ってもたぶん、この高揚感は伝えられないと思ったから。
……この綺麗な男が満開の花に囲まれたらさぞかし鮮やかに違いない。
「咲いたら、最初にお前に教えるよ」
「そりゃ、楽しみだ」
優し気な顔をしたアメリックに、何故か、ヒノモトの頬は熱くなった。
<3、桜花爛漫 見渡す限り、笑顔、連られて>
多分、今、脳内の色素は全部桜色だ。網膜から伝わる信号を脳は受け取って色を認識するのだという。確か、そんなような文章を読んだ記憶があった。
もし、それが本当ならば、自分の脳内は間違いなくピンク色の信号で大変なことになっているだろう。色が奔流してあふれてしまいそうだった。
「すげぇな」
「だろ」
見渡す限りの桜。右を見ても左を見ても、上を見ても花が咲いている。自慢気なヒノモトを見るのは悪くなかった。そもそも、こいつは自信なさそうに俯いているときより、虚勢だろうと胸を張っている時の方が、……方が、何だろうか。
面白い?……違う気がする。
格好いい?……もっと違う気がする。
思考を巡らせようとしたアメリックを遮るようにヒノモトが声を上げた。
「ほら、こっち。こっちのは山桜だから色が薄いんだけど、」
そう。驚いたのだ。桜というからみんな同じような者かと思っていたのだが、随分と種類が豊富である。まるで細い枝が大ぶりの花の重みで垂れ下がったようなものもあれば、空に向かって大きく伸びた枝に花がくっついているものもあった。遠くから見れば全部同じような色合いなのに、近くで見れば白だったり、赤に近いような色だったりと発見が多い。
「このあたりで一番古い樹なんだ」
宝物を見せるような笑顔に、アメリックは言葉を失った。見たかったものに近いような、似ているような。
誘われた時に快諾したのとはまた違った、妙な高揚感。
「綺麗だろ?」
アメリックがどう返してもヒノモトの笑顔は変わらない気がした。けれど、出来れば、ヒノモトが驚くような、花に向けた笑顔が変わるような言葉が欲しかった。
「—————あぁ、お前みたいだな」
ヒノモトの笑顔は引っ込んで、一瞬にして狼狽え始める。わなわなと震えた口は二の句が継げずに閉じて、桜を見るのだといわんばかりにアメリックに背を向けた。
信じられないほどわかりやすい。
アメリックは桜の花に連られたように笑い出した。
<4,桜吹雪 はらはら 一際 向こう側>
『悪い 遅れる』
短いメッセージに珍しいと思いながら、すぐさま、返事をする。
『転ぶなよ』
怒ったスタンプに笑ってしまった。実際、わざと相手を待たせる時以外は時間に正確なアメリックには珍しいと思ったのだ。おそらくは電車か、何かしらのハプニングか。
今日のお昼は奢ってもらおう。
遅刻の責任を取らせるという皮算用をすると、つい口角が上がった。ハッと気づいて慌てて周囲を確認する。
人気がないことに安心した。いきなり笑う変な奴にはならなくて済んだようである。
スマホを覗くヒノモトと画面の間に、ひらりと花びらが通り過ぎていった。花びらが来た方向を見れば、大きな枝垂桜。花の半分が散った樹は、既に華やかさを失い、残ったアメヒノ中心にどこまで書けるかわかりませんが、書いていこうと思います。
桜のワードパレットをお借りしました。
1、そわそわ、計画を立てて、一緒に
「花が咲くんだ」
嬉しそうな顔に、そんなにいいものなんだろうかと首を傾げそうになった。
桜は特別らしい。いや、どんな花が咲いていても、雑談の中で出てくるくらいだから、生来、花が好きなのだろう。
「そんなにきれいなのか」
「今週あたり、見頃らしいよ」
すっと慣れた手つきでスマホを動かす。その指先まで浮かれきっているのか、普段よりも動くことが多い。ほとんど動かない表情からも、喜びがにじみ出ているのがわかる。
ヒノモトは数秒、何かを躊躇うように目線を彷徨わせた。こういうときは、急かさない方がいいのだとつるむうちに学んだ。決断を急がせると、(アメリックが答えを用意している場合は別として)ヒノモトは大抵、自分の要求を飲み込んでしまうのだ。
「それでさ、……あの、うちの実家近くにいい場所があって。ちょっとしたお祭りみたいにもなるし、来ないか?」
ゆっくりと瞬きをした。ぱち、と小さく瞼のぶつかる音を聞く。
珍しい。いや、そんな言葉で済ませるには珍しすぎる。
嬉しいことも、好きなことも、基本的に一人で楽しんで満足するところのあるやつが、誘ってきた。そもそも、ヒノモトからの誘い何て何度あっただろう。両手で収まるというのは言い過ぎだろうか。
「俺と?」
飛び出した言葉はどこか念を押すような、信じられない響きがあった。ヒノモトは口を小さくまごつかせて、狼狽えたようなそぶりを見せた。それから、怒ったような顔を取り繕って、目を吊り上げる。
「そう、一緒に」
顔は馬鹿なことを聞くな、と言いたげなのに、声に微かに不安が乗った。
ふむ。ここまで言われたら、断る選択肢はない。いや、そもそも断ろうなんて微塵も思っていなかった。
だって珍しい相手が珍しく誘ってきた。それも仕事ではなく、楽しいイベントに。確認したのは、自身の浮かれようを誤魔化すためだった。浮かれるなという方が難しい話だったのだ。
誘った当の本人は、窓の外を見るふりをしてそわそわと落ち着きなく、全身でアメリックの返事を待っている。優越感を刺激する反応は、なんというか、好かれる要素に近い。
「良いぜ」
思った以上に優しい声が出て、アメリックは驚いた。ヒノモトは気づかなかったのか、聞こえた言葉を確認するようにアメリックを見つめる。その顔は晴れた空を思わせるほどに輝いていて、年上なのに随分と可愛らしいと思った。
「ランチは空けとけよ」
「え?打ち合わせ?」
どうしてここまで来ていきなり仕事の話に戻ると思っているんだろうか。そんなに素早く切り替えられるのはお前くらいだ。勿論、折角の雰囲気を崩すほど子供ではないので笑うだけにとどめる。
「何ってんだよ。何時に行くとか、何を持ってくとか、相談させろ」
「持っていくって、うちに来ればいいし」
「だから、」
美しい情景だった、と思い出にまとめてしまうのは勿体ない。お気に入りが一緒なのだ。計画を立てる時間から、少しでも長く楽しみたいのだ。
<2、初桜 探して、毎日、お知らせ>
吐く息が、白い。ヒートテックにセーターにコート。マフラーに手袋と思いつく限りのものを身に着けても寒い。ホッカイロを張っていても寒いのだから、不思議なものである。
「お前なんでそんな着てんの?」
寒いからだよ……と力なく返しながら、そういえば、欧州勢はヒノモトなどよりずっと寒さに耐性があるらしい、と書かれた論文だかニュースだかを思い出した。半袖で花見をしている外国人の姿はSNSやニュースでも見たことがある。
ちょっと暑ければエアコンをつけ始める人たちだ。寒さに強いのも頷ける。
「寒くないの?」
「全然。どんどんあったかくなってんじゃん」
その言葉に、そういえば梅の花がもう散り始めていたことを思い出した。紅梅の鮮やかな美しさは雪の中でもはっきりと見えて、寒さに滅入りそうな気分を少しだけ上向きにさせてくれていた。
昨日あたり、もう数個を残すばかりで、あぁ、寂しいなぁと思っていたのだが、アメリックの言葉で気づく。そうか。もうすぐ温かくなるのだ。毎日、仕事に追われてゆっくりと景色を見る余裕もなかった。
「何見てんだよ?」
思わず上を向いたのを話を聞いてないと思ったのか、アメリックの声は硬い。
「いや、花の蕾がもう見えると思って」
「?どれだ?」
こういうところはアメリックのいいところだと思う。相手の興味を否定しないで一度は付き合ってくれるところ。
「あれだよ、……ほら、木の先の茶色にちょっとだけ赤っぽいのがある」
「あれが?よくわかるな」
感心したような声につい気を良くして、ヒノモトは笑顔を浮かべていた。
「お前が暖かくなってる、って知らせてくれたから気づいたんだよ」
そういいながら一歩前へ。浮かれてしまいそうなのを耐える。暖かくなる。繁忙期が迫っているということでもあるけれど、同時に、一年で一番好きな季節が、一番美しいと思う季節がやってこようとしている。
「へぇ。暖かいってだけでよくわかるもんだな」
「探せば色々あるんだよ。ほら、あっちはもう枯草の色が消え始めてるし、向こうの小さい川のところも水の量が増えてるし」
都会の中に作られた自然も、確かに四季折々の姿を見せてくれる。冬景色は確かに変わりつつあった。
「楽しそうだな」
呆れたようなアメリックの声にヒノモトは何も言わずに肩をすくめた。何を言ってもたぶん、この高揚感は伝えられないと思ったから。
……この綺麗な男が満開の花に囲まれたらさぞかし鮮やかに違いない。
「咲いたら、最初にお前に教えるよ」
「そりゃ、楽しみだ」
優し気な顔をしたアメリックに、何故か、ヒノモトの頬は熱くなった。
<3、桜花爛漫 見渡す限り、笑顔、連られて>
多分、今、脳内の色素は全部桜色だ。網膜から伝わる信号を脳は受け取って色を認識するのだという。確か、そんなような文章を読んだ記憶があった。
もし、それが本当ならば、自分の脳内は間違いなくピンク色の信号で大変なことになっているだろう。色が奔流してあふれてしまいそうだった。
「すげぇな」
「だろ」
見渡す限りの桜。右を見ても左を見ても、上を見ても花が咲いている。自慢気なヒノモトを見るのは悪くなかった。そもそも、こいつは自信なさそうに俯いているときより、虚勢だろうと胸を張っている時の方が、……方が、何だろうか。
面白い?……違う気がする。
格好いい?……もっと違う気がする。
思考を巡らせようとしたアメリックを遮るようにヒノモトが声を上げた。
「ほら、こっち。こっちのは山桜だから色が薄いんだけど、」
そう。驚いたのだ。桜というからみんな同じような者かと思っていたのだが、随分と種類が豊富である。まるで細い枝が大ぶりの花の重みで垂れ下がったようなものもあれば、空に向かって大きく伸びた枝に花がくっついているものもあった。遠くから見れば全部同じような色合いなのに、近くで見れば白だったり、赤に近いような色だったりと発見が多い。
「このあたりで一番古い樹なんだ」
宝物を見せるような笑顔に、アメリックは言葉を失った。見たかったものに近いような、似ているような。
誘われた時に快諾したのとはまた違った、妙な高揚感。
「綺麗だろ?」
アメリックがどう返してもヒノモトの笑顔は変わらない気がした。けれど、出来れば、ヒノモトが驚くような、花に向けた笑顔が変わるような言葉が欲しかった。
「—————あぁ、お前みたいだな」
ヒノモトの笑顔は引っ込んで、一瞬にして狼狽え始める。わなわなと震えた口は二の句が継げずに閉じて、桜を見るのだといわんばかりにアメリックに背を向けた。
信じられないほどわかりやすい。
アメリックは桜の花に連られたように笑い出した。
<4,桜吹雪 はらはら 一際 向こう側>
『悪い 遅れる』
短いメッセージに珍しいと思いながら、すぐさま、返事をする。
『転ぶなよ』
怒ったスタンプに笑ってしまった。実際、わざと相手を待たせる時以外は時間に正確なアメリックには珍しいと思ったのだ。おそらくは電車か、何かしらのハプニングか。
今日のお昼は奢ってもらおう。
遅刻の責任を取らせるという皮算用をすると、つい口角が上がった。ハッと気づいて慌てて周囲を確認する。
人気がないことに安心した。いきなり笑う変な奴にはならなくて済んだようである。
スマホを覗くヒノモトと画面の間に、ひらりと花びらが通り過ぎていった。花びらが来た方向を見れば、大きな枝垂桜。花の半分が散った樹は、既に華やかさを失い、残った花の萼(がく)の茶色や若葉の緑色が目立ち始めていた。ほんの2,3日前は通行人の足を止めるほどだったというのに、早いものである。
散り際でも目を引くのは桜だからだろうか。そう思いながらはらはらと花弁を落とし続ける樹へと向かう。地面に落ちた花びらは白っぽい色なのに根本が濃い桃色で、イメージする桜色とは似ても似つかない。一枚拾い上げようとしゃがんだ瞬間、一際大きく風が舞った。目を閉じるほどの突風に視界が真っ白になる。白昼夢という言葉が脳裏をよぎる。夢のような瞬間。何もかも染められた後のような、不思議な満足感。桜に攫われる、というのは色々なネタとして知っていたが、攫われる側はきっとこんな風に見えているんだろう。面白い知見を得てしまった。
「——ヒノモト!」
舞い上がった花びらがゆっくりと落ちていく、その中。桜吹雪になど目もくれずに走りこんでくる陽光の男。ヒノモトは思わず笑った自分を誤魔化すように、ひらひらと手を振って花吹雪の向こう側へと歩き出した。
<5、遅桜 ようやく、おいかける、それだけ>
※チュヒノです
残る桜も散る桜、とは誰が言ったのだったか。遅咲きの桜はようやく花開いたばかりだというのに、過ぎ行く季節に引っ張られてもう散り始めようとしている。
先に散った桜を追いかけようとしても、地面に落ちるだけなのに。
枝に残っていたいとは思わないんだろうか。
「何を見ているんです?」
気配なく背後に立たれて、肩が跳ねた。高い背をわざわざヒノモトの目線の高さに合わせるように屈んだ中国は、どこか胡散臭い笑顔を浮かべている。
「花を、」
呟いた声は言い訳じみていた。
「綺麗だったので、つい」
わざとじゃないのだと言い訳をする。礼儀がなってないといわれたら困るし、無視するつもりはなかったのだ。ただ、本当に綺麗で、見惚れただけで。
「あぁ、随分と遅くに花をつけた子ですね」
我が子のような言い方に、ヒノモトは一瞬自分の目が泳いだのを感じた。軽く瞬きをして、誤魔化す。中国に悟られてもかまわなかった。
誤魔化すのは自分の心の方だから。
「もう散ってしまうのは、早すぎますね」
憂えるような、呆れたような響き。
「自分の一番華やかな時は、長く持たせた方がいいでしょうに」
「……きっと、」
ころん、と喉から転がった言葉。今更止めるのは逆に不自然で、ヒノモトは諦めたような心持ちで飛び出す言葉を放っておいた。
「追いかけたかったんでしょう。先に咲いた桜を」
中国はじっとヒノモトを見る。それから、小さく笑って屈んだまま、ヒノモトの耳に口を寄せた。
「追いかけて、それだけですか?」
散ることで終わると思っている馬鹿な子に、お前は花ではないのだと教えるために。
はい!!!
60分、ありがとうございました!!!