第二話 内気な新人
「お、俺が……ですか?」
今までに一度もされたことがない系統の依頼に、ジョージは困惑を隠せずにいた。そんな彼にお構いなく、アネットは履歴書を出し契約内容の説明に移る。
「これがその子の履歴書」
「ちょっと待ってください! 俺はやるなんて一言も……」
しどろもどろのジョージの言葉を遮って、アネットは冷静に話し始めた。
「貴方、分隊を組みたいと言っていたでしょう? ちゃんと成果に見合う報酬はだすから」
ジョージは眉間にシワをよせ納得いかない表情をしながらも、履歴書を手に取った。それを見たアネットは新人とやらの説明を始める。
「ワーカーになる前は医療機関に勤めていたらしいの。でも、最近はAI化も進んでいるわけだしリストラされた……。結果、家族を養いきれなくなって、ハイリスクハイリターンなこの仕事を選んだわけ」
履歴書には緊張した表情の若い男の写真と共に「ガイ=クアリー」と書かれていた。ワーカーのような命に関わる仕事を、家族を持った若者は普通だったら絶対にしない。しかし、仕事が見つからず、家族を養うためにそこそこの収入も必要となると話は違う。通常は倍率の高い試験に合格し、厳しい訓練を積んでからようやくワーカーの肩書を持てる。しかし、レナーク=ロブは簡単な体力測定のようなものを受けさえすればワーカーになれるのだ。つまり、誰でも就ける仕事。と、言っても最初のうちは給金の少ない簡単な依頼を与えられ、一攫千金という訳にはいかない。
「ガイ=クアリー……成績はいかがほどで?」
アネットは沈んだ表情をして、額に手をあてる。
「……一言、ほとんど何もしていない」
「へ?」
予想外の返答にジョージの口から情けない声がもれた。アネットによるとクアリーは臆病で、依頼を任せても中々進めれない。そのため依頼の期限を切らして仕事を失う……を何度もしでかしているそうだ。依頼を受けず個人で惑星に降り立ち、値のつきそうなものを探す。と、いったこともできるのだが、その性格ゆえにそれも難しいとのこと。いくらワーカー歴の浅い若者でも、年収が100万bullいくかいかないかを彷徨っているなんて論外だった。
「しかも内向的。分隊を組もうにもコミュニケーションが上手くいかなくて、すぐに抜けるか、追い出されるのがオチなのよね」
いくら、エリートのアネットでさえも、彼には手こずっているようだ。この会話中に何度もため息をついているのが、それを裏付けている。
「と、いうことで頼んだわ」
「え、ちょっと待っ――」
ジョージの話も聞かず……いや、聞きたくなかったので、さっさとアネットは退出してしまった。客室に取り残されたジョージは大きなため息をつき天を仰いだ。
(めんどくせぇなぁ……。俺だって人嫌いなのに)
そう思いながらも、アネットが言っていた通り、ジョージは分隊を組みたかった。事実、ジョージのような一匹狼のワーカーより、分隊を組むワーカーたちの方が年間功績が良い。誰かと組むことで、仕事の効率を上げれるのならば「一人で過ごしたい」を無視してもいいと、ジョージは思っていたのだ。
(……どうしたものか)
とにかく、ここに居ても仕方がないと思い、ジョージは念のため履歴書を持ち、退出しようとしたその時。
「失礼します!」
「うおっ?!」
突然、履歴書に貼られた写真の男、ガイ=クアリーが入室してきた。驚いた弾みで、ジョージの上がりかけていた腰は落ち、思いっきり尻もちをつく。驚愕するジョージの姿を見て、クアリーは一瞬だけ固まりあたふたしだした。
「え? あ、ああ、すみません!」
とっくの昔に知っていたことだが、アネットの行動力はすさまじいとジョージは再認識した。取りあえず、ジョージは驚いた弾みで出た情けない恰好を正し、クアリーに席に着くように言う。彼はどたどたと慌ただしくソファに座った。
「あ、あの!」
どもったり、上ずりながらも、自分の印象をできるだけ明るく見せようとして、クアリーは声を張り上げていた。
「僕と分隊を組んでくれるんですよね? あ、ありがとうございます、本当にありがとうございます!」
ジョージは彼の美しい緑の目を見ることができなかった。クアリーはきっと、ジョージが自分と分隊を組むことを快く思ってくれたのだと勘違いしている。それを思うとジョージは、とても目なんて合わせることができなかった。
「あ、あのー。ジョージさん?」
ジョージは本当のことを話そうか悩み頭が痛くなったが、結局話すことにした。
「いやなぁ、それが、ぶっちゃけるとよ」
ジョージが全てを話し終えたとたん、さっきまでの威勢はどこへやら。クアリーは途端にうつむき、声のトーンを倍ぐらい落とす。
「そう……ですか」
「お前には悪ぃけど、俺にとってはあくまで『仕事』だからな」
ジョージは彼に釘を刺す。足を引っ張ってほしくなかったからあえて強めに言った。クアリーの仕事は自分の責任となる。いわゆる連帯責任。万が一クアリーのミスで、ジョージが死んでしまったら元も子もないからだ。クアリーは小さな声で「はい」と答える。その顔は今にも泣きそうになっていた。
しかしジョージは、一方的に決められたとは言えクアリーの教育係。ちゃんと彼を一人前のワーカーにせねばならない。どこから教えればいいのか分からなかったジョージは、考え抜いた結果、とりあえず本番をやらせて、彼の技量を測ることにした。
「よし、じゃあ今から行くぞ、仕事」
さっさと、仕事……というか、自分なりの、「体力測定」を始めたかったので、ジョージは立ち上がりリュックを背負う。
「え、ええ……?」
明らかに嫌がるクアリーをみて、ジョージは苛立ち、軽く殴ってやろうかと思ったが、いきなり乱暴してはこの仕事を下ろされるかもしれないと、瞬時に判断して堪えることにした。
ほぼ会話をすることなく二人はホームに向かった。ジョージはもう少しクアリーについての情報が欲しかったので、面接(のようなもの)をするために近くのカフェスペースへ二人で入る。しかし、二人に流れる静寂は変わりない。
「あー、好きな飲み物あるか? おごるよ」
ジョージはこのシーンとした気まずい空気を払拭すべく、取りあえずクアリーに飲み物をおごることにした。まあ、それぐらいしか思いつかなかったのが実際だが。すると、丁度いいタイミングで店員がやってきた。
「ご注文はございますか?」
「俺はA-5コーヒーのミディアム1つで」
ジョージの注文に対して、クアリーもついて行くかのように注文をする。
「僕は……A-3コーヒーのデカフェで。あ、サイズはミディアムでお願いします」
しかし、注文が終わると、また二人の間に静寂が流れる。
(こいつ、本当に何も話さねぇな)
ジョージはそう思いつつも、クアリーに質問をすることにした。
「……お前、得意な武器とかあるか?」
突然の質問にクアリーは、驚いているのか怯えているのか、よく分からない表情で答える。
「ええと、クロスボウ……です」
「そうか、他にはあるか?」
ジョージがそう問うと、クアリーは首を横に振って小さな声で呟く。
「いえ……」
「ふーん……それじゃ、入社時の体力測定の結果は?」
クアリーは目を伏せながら何も話さない。しばらく経ってようやく口を開いたが、その声はか細く死にかけのセミのようだった。
「射撃精度がD判定。それから、投てき精度もD――」
クアリーの言う結果は、かなり得意不得意の差があるものだった。射撃のような技術を必要とするもの、懸垂のような筋力を必要とするものは、最低のD判定が多かった。しかし、長距離走や水泳など持久力を使うものは、すべて最高のA判定。
「お待たせしました」
注文のコーヒーが届いたことにも気づかずジョージは思いつめていた。結局話を聞いても、新人教育の経験が全くないジョージは、クアリーにとってベストな教育方法を考えてやることすらできなかった。
「ありがとうございました」
店を出た二人の間にはやはり会話が生まれることはなく、各々の荷物を取りに社内に設置された自室へ向かった。その後、近くのエントランスで合流し出発の準備をする。
(俺も昔は、人と話すことが苦手だったなぁ……。まあ、今も苦手だが)
そこで、ふとジョージは昔の自分を思い出していた。仕事をよく失敗して怒られてばかり。初めての顧客を持った時も大失態を起こし、相手に激怒されアネットにも2時間の説教をくらった。
(あの頃はまだ、俺も若かったのか……)
ジョージは荷物の整頓に手間取っているクアリーを横目で見る。こうしてみると、自分とどこか似ているところがあると思った。そこでジョージは、さっきまで考えつきもしなかった教育方法を思いつく。そして、ニヤニヤしながらクアリーの肩に触れた。いきなり肩を掴まれたクアリーの身体に力が入るのをジョージは感じてしまったが、構わず話をする。
「なぁ、今受けている仕事はあるか?」
ジョージの不敵な笑みに、クアリーは動揺と驚きを隠せない。
「い、いえ、ありま……せん」
クアリーは、今からブラックマーケットに連れていかれる拉致被害者のような顔をしていた。ジョージは一旦ここで待ってもらうようにクアリーに頼む。そして自室に戻り、追加の荷物をリュックに詰めて、携帯できる小型のガスボンベを2つづつ両脇に抱えるという、へんてこな姿でクアリーの元に向かった。一方、帰ってきたジョージのそんな恰好を見て、クアリーは口を半開きにし固まる。
「ほら、これ持ってけ」
そう言って、固まるクアリーにガスボンベ二つとフルフェイスマスク、フードや袖口にゴムが入った化学防護服を渡す。
「何ですか、これ……?」
不安げなクアリーに対してジョージは笑いながら、安心させようと背中を軽く叩く。
「心配するなよ、大丈夫だ。次の仕事に使うだけだよ」
クアリーは「はぁ」と、心配を払拭できていない声を出し渡されたマスクと防護服を着る。着替えが終わるとジョージはすぐにクアリーを格納庫へ連れて行った。
格納庫に到着したとたん、ついにクアリーの不安が爆発したようで、ジョージは質問攻めにあう。
「あの、ちなみにどこに行く予定ですか?」
「ああ、銀河BM:053の惑星ネブーテだ」
「そこで何をするんですか?」
「ガスの採集だよ。何だ? まだ心配しているのか?」
「ええ……。その仕事は僕みたいな素人でもできるんですか?」
「できるさ! 安心しろよ。大丈夫だって」
「……本当に?」
「だぁっ! しつこいぞ! 大丈夫と言っているじゃないか」
それでも、クアリーは何かを言おうとする。
「あの、危険は――」
「ああ、もういいから! 現地に着くまで、もう質問はやめろ!」
だが、ジョージの一喝でその声は遮られた。
いちいち不安がるクアリーを、見れば見るほどにジョージはわずらわしさを感じる。
「とにかく! 今は仕事にいくぞ。早く船にのれ」
ジョージは自分の船へさっさと向かってしまったので、クアリーはその場に取り残されてしまった。心配事が多すぎて動けなくなってしまいそうなクアリーだったが、どんなに足掻いても仕事には行かなければならない事を理解し、船に乗り込むことにした。
船に乗ると、ジョージがクアリーの船に艦内無線をつなげた。
「聞こえるか? 今から向かう現場の座標を送る」
「それをナビに入力して、後は自動航行すればつくからな」
クアリーはベルトを装着して出港の準備をする。座標を入力しているうちに、艦内無線からジョージの出港する声が聞こえてきた。
「こちら、マフムード=ジョージ。ID:30211022。出港許可を申請する」
慌ただしいクアリーも無線を管制塔につなげ、同じように出港許可取る。
「ええと、こちら、ガイ=クアリー。ID、えー。ID:30470414。出港許可を申請します」
『本人確認完了。ガイ=クアリーの出港を許可します』
すると、船が勝手に離陸できないように起動されていた、電磁ドームが解除される。この電磁ドームには特殊な電磁波が使われており、一時的に船のエンジン類を機能させなくなる効果がある。クアリーは船のエンジンをかけて操縦桿を引き船体を浮遊させる。そのまま、一瞬でクアリーは宇宙空間に飛び出す。身体にGがかかる瞬間はほんの僅かだったが、クアリーには仕事をするか否かの境界線にも思えて、今までに体験したことのない圧を感じていたのだった。
「お、無事出港できたみたいだな」
クアリーはスピーカーに向かって不安げに「はい」と言う。
「それじゃあ、ここからは自動航行だ。ゆっくり宇宙の旅を楽しもうぜ」
ジョージはクアリーを安心させようと思い、そう言った。
「ま、略奪者が来なければの話だがな」
安心させようと言うのは嘘。ジョージはクアリーが不安がる様子にイラつくのをやめ、いっその事からかって楽しむことにしていた。スピーカーからは何も聞こえない。しかし、クアリーの顔が青ざめている事を想像するだけで、ジョージはクスクス笑いをこらえられなかった。