第一話 孤独なワーカー
 分厚いレンズから見える風景は青白い氷に包まれ、曇天の中でも美しい。しかし、気候とは恐ろしいものだとジョージは知っていた。優秀な防寒スーツとアーマーをどんなに重ね着していても、手足の先がかじかみ感覚が鈍くなる。ゴツくて大きな腕時計を見ると、気温が-135度と表示されていた。
 それでも彼は歩みを止めず、一方へ向かい続ける。その先には1メートルぐらいの氷塊が、まるで誰かを待つかのように立ちすくんでいた。氷塊の元まで何とかたどり着いたジョージは、大きな息をつき少しだけ口角を上げた。
「ようやく中間地点だな」
 その表情は絶望と安堵が混じり、疲労を隠し切れないでいた。しかし彼は、それを否定するかのように、腰にかけていたつるはしを頭の上まで高く振り上げ、重く強い一回目を氷塊に打ち込んだ。氷塊に大きなヒビが入る。二回目、三回目、四回目にジョージは歯を食いしばり止どめの一撃を放った。そして、中央が大きくえぐれた氷塊は内部を明らかにする。
「ふう、やっとご対面だぁ」
 そこには鋭い牙が並んだ小さな生き物の下あごの化石が、氷の隙間から顔を出していた。ジョージはノミを使って化石を傷つけないよう慎重に氷を削る。乱暴に扱ってしまえば歯がポロッと取れそうだ。厳しい環境の中、できるだけ早く、できるだけ丁寧に作業を行うのは極上の緊張感が味わえる。氷にノミを当てながら化石を触る、をかれこれ20分ほど繰り返す。その時は突然にやって来た。
「っつぅ……」
 口から息が漏れたのと同時に、化石はジョージの手の中に納まった。リュックを下ろし、中から化石の二倍もあるケースを取り出す。ケースの中には衝撃吸収材がこれでもかと入っている。ジョージは中身を素早く整頓し化石を真ん中にそっとおいた。閉める際の振動も気にしながら、化石入りケースを傾けたりしないよう、リュックに詰めこんだ。
「後は帰るだけ……か」
 しかし、ただ「帰る」ということが一番の壁であることを、彼は嫌というほど知っていた。立ち上がって、今までリュックにぶら下がっていたライフルを手に持ち、再び氷の上を歩き始める。
「……!」
 すると、ジョージの進行方向から、ギャアギャアと何かが唸る声が聞こえた。氷を鋭い爪で削る音がどんどん近づく。ジョージがライフルを構えるころには、その何か、コールドランナーの群れが立ちはだかっていた。いくらベテランワーカーの彼でも、コールドランナーの群れを突破できるとは限らない。名前の通り、走ることを特技としている奴らは、知能も高く狩りの際は目を見張るほどのチームワークで獲物を追い詰め、捕食する。しかもここは奴らの星。状況が不利なことぐらい分かっていた。
 お互い一歩も引かない睨み合いがしばらく続く。その瞬間、群れの一匹が僅かに目をそらす。ジョージはこれを見逃さなかった。銃声と共に短い悲鳴を上げ、一頭が倒れる。それと同時に残りの5頭が声をあげ一斉に襲いかかってきた。しかしジョージはこれを見据えていたかのように、拳大の手榴弾を群れの中に投げ込む。群れは爆発をよけようと散るが、1頭反応が遅れ、倒れた奴がいた。間髪入れずジョージは残りのコールドランナーに銃弾を撃ち込む。だが、奴らは素早く動き回り被弾を最小限にし、傷を負いながらもお構いなしに獲物の肉を目指して駆けてくる。ジョージはトリガーを引くも、ライフルは銃弾を発射せずカチカチと音を上げるだけだった。
「チッ、弾切れか」
 リロードをしながら逃げてもすぐに追いつかれるだろう。ジョージは背を向けて全速力で走りだした。しかし、コールドランナーから逃げ切れるとは到底思えない。奴らはぐんぐんジョージとの距離を詰めていく。先頭の奴が思い切り踏み込んで、ジョージの背中に飛びかかった瞬間。空中に舞い上がったそいつの腹が破裂し、体液が噴き出し飛び散る。そのまま、地に落ちうめき声を上げピクリとも動かなくなった。後続の奴らも同じように倒れて息絶える。
 ジョージはその光景を確認して、走るのを止めた。大きな息をつき空を見上げる。そのまま、少しの間生の実感を味わうように彼は動かなくなった。辺りは何もなく静まり返っている。ようやく動き始めたジョージは、薄いタブレット端末を取り出して自分の宇宙船の位置を確認する。そしてまた、氷の世界を歩み始めた。
 ジョージは船に乗り込み、まず暖房をつけた。フェイスマスクを取り深呼吸をする。身体の末端がじんわりと温かくなってくるのに快感を覚えたのか、口を半開きにし、一点を見つめ続けた。しかし、ゆっくりはしていられない。発射に備えベルトで身体を固定して操縦桿を握り締める。轟音と共に船体が宙に浮かび、地面との距離をどんどん離していく。いつの間にか船は大気圏を抜け、宇宙空間に突入していた。ジョージは船を銀河間ドライブのエンジンに切り替える。ナビマップを設定し、自動航行で、自信の職場である「レナーク=ロブ第二部」へと帰ることにした。宇宙空間を飛行する間、ジョージのまぶたは重くなっていくばかり。そしてついに眠りのなかに落ちたのだった。
 ジョージが次に目を覚ましたのは、巨大な宇宙ステーションを丁度目の前にしたところだった。スピーカーから鳴り響くアラームの音は、彼を起こすために一生懸命になる。眠い目をこすりながら、アラームを解除し、無線機のチャンネルを合わせ宇宙ステーションの管制塔に入港許可を取ろうとした。
「こちら、マフムード=ジョージ。ID:30211022。入港許可を申請する」
 こうして、ワーカーからの信号を受け取り、姓名とIDを確認するのが管制塔の仕事。さらに艦内無線局から発信される識別信号を使って、本人確認のセキュリティを強固にしている。
『……本人確認完了。マフムード=ジョージの入港を許可します』
 その音声と共に、船の近くにある入港口から発されていた黄色い光が緑色に変わる。許可が下りた証拠だ。ジョージは船のスピードを落としステーションに入る。格納庫には大小さまざまな他の船も駐機しており、燃料の補給や修理といったメンテナンスを行う船も居た。
「くそぅ、暑いぜ」
 暖房を消しても通気性の少ない防寒スーツは熱をいつまでも閉じ込めて、まるでサウナのようになる。脱げばいい話なのだが、ジョージの船はかなり狭いため着替える余裕はない。
 船から降りたジョージは、早速防寒スーツを脱いだ。足に装着していた滑り止めスパイクも取り、スーツと共に脇に抱える。ステーションの中心部であるホームに向かうと、ワーカーや依頼人が今日もあつまっていた。ワーカーたちが仕事を受けるときは大体ここに来る。そして財宝発掘屋としての仕事を全うするのだ。すると、ジョージの胸ポケットに入っていた携帯端末から、着信音が流れ出す。液晶画面を見ると、取締役と表示されてした。
「――もう到着しています。――分かりました、今すぐ向かいます」
 そう言って通話を切ると、ジョージは抱えていた荷物をリュックに急いで詰め込み、乱れたロン毛を少しだけ整えてエレベーターに乗った。フロアCで降りると、プラチナブロンドのボブヘアーが特徴的な鋭い目つきの女性がエレベーター近くに立っていた。女性は早足で歩くジョージの横について話を始める。
「時間通り。でも、その恰好は減点ね」
 今のジョージは、汗だくの顔に、コールドランナーの返り血が落ちきっていないアーマーを身に着けていた。減点と言われても仕方がない。
「すみません。一分間で来るにはこれが限界でした」
「……次からは、そのアーマーだけでも脱いで来なさい」
 少し不愉快そうな顔をする彼女はアネット。ジョージの上司であり、ここレナーク=ロブ第二部の取締役だ。
「お客様が待っているわ。大丈夫だと思うけど、失礼の無いように」
「分かりました」
 そんな会話をしているうちに、お客が待っている21番客室に二人は到着した。アネットがカードキーをスキャナーにかざすと、扉がゆっくりと開く。室内にいたのは、眼鏡をかけた中年の男。そして、耳が尖っていて長く、爬虫類のような尻尾があり、顔の凹凸が少ないという特徴を持ったリザンデル族の若者だった。二人とも白衣を身に着けており、いかにも研究者の面持ちをしている。
「お待たせしました」
 ジョージが申し訳なさそうにそう言うと、リザンデル族の客は首を横に振った。
「いえ、こちらが頼みました納期より二週間も早く届けてくれたのです。謙遜なさらずに」
「早速ですが、契約の品は……」
 と、言いかけた瞬間、隣の男がリザンデル族を睨み注意した。
「気が早すぎるぞ、ジル」
「申し訳ありません研究長。ジョージ様、失礼をお許しください」
 睨まれたジルは、怯えた小動物のように小さくなってしまった。研究長はジョージに座るよう促す。そして両手で握手を交わした。
「改めて依頼人の、ラルフ=ネイサムです」
「先ほどは部下が失礼しました。先日、依頼したワーカーが模造品を持って来たものでピリピリしているのですよ。許してください」
 ラルフとジルは、ジョージに向かって頭を下げた。
「そんな。頭を下げないで下さい」
「それより、契約の話に移りましょう」
 ジョージはリュックから、先ほどの化石入りケースを取り出し、二人の前に差し出す。そして、そっとケースを開け衝撃吸収材を慎重にとり、化石の全貌を見せた。すると、ラルフは目を輝かせ、貴重品を扱う際の手袋をはめる。
「拝見させていただきます」
 興奮を必死に抑えているように見えたラルフは、化石を手に取り全方向からじっくり見つめる。一方、隣のジルは緊張を顔にだし固まっていた。すると、ラルフが化石から目を離しジョージを見た。
「間違いありません……! 幼体のデザートランナーの化石です!」
 そう彼が言ったとたん、ジルの強張った顔が明るくなる。ラルフは泣きそうな声で、礼を言いだした。
「ジョージ様。突然の難題に応えて頂きありがとうございます」
「お陰さまで、我々の研究も一歩前に進みました」
「約束の250万bullは、今すぐ口座に振り込ませていただきます」
 ラルフは「ジョージ様の口座に振り込みをするよう、本部に伝えてくれ」とジルに耳打ちをし、退出するように指示をする。その後、ラルフはジョージに何度もお礼を言って客室を出ていった。
 そして、彼と入れ替わるように、アネットが部屋に入ってくる。
「さて、私の依頼も果たしてくれたかしら?」
 ジョージはリュックにかけていたライフルと、三つのマガジンを机の上に置く。
「こいつのお陰で命拾いしましたよ。製品化はしてもいいと思います」
 アネットは個人で武器の開発もしている。そして製品化するためのテストを、たびたびジョージに「依頼」と称して頼んでいた。
「何を仕留めたの?」
 銃弾を手に取り、指で表面でなぞりながらアネットは問う。
「コールドランナーです。6頭ぐらいの」
 アネットは目線だけをジョージに向ける。
「確かにそれなら製品化は可能ね。炸裂の威力はどれぐらい?」
「奴らの腹を破って、重度出血させるほどです」
 今回の依頼内容はまるで手榴弾のように炸裂する弾薬のテストだった。銃弾が発射された瞬間、安全装置が解除され自動で信管に点火する。そして、約3秒後に爆発が起こるという仕組みだ。これを開発するのに、アネットはかなり尽力してきたようだった。
「わかったわ、ありがとう」
「それと、もう一つ……」
 このときのアネットは少しばかり上機嫌に見えた。しかし、いつもの凛々しい表情は崩すことなく、続けてジョージに依頼をしようとする。
 しかし、今まで威儀を正していた彼が、突然そわそわと落ち着かない様子になった。アネットはそんな様子の彼を訝しげに見つめ、ため息をつく。
「はぁ……もう、切れたのね」
 呆れ顔の彼女に対して、ジョージはニヤつき、ポケットの中から薄汚れたボトルを取り出す。
「ここで……いいですか?」
 「はいはい」とアネットは適当に流し、ジョージは急いでボトルから楕円状の錠剤を1粒口に放り込み、ガリッと音を立てて噛み砕く。そして舌で口内に満遍なく塗りたくった。
「貴方それ何とかならないの? ……中毒のせいで離婚もしたのでしょう?」
 ジョージは愛想笑いを浮かべるだけで何も言わない。それを見たアネットは、彼が推進剤を止める気などないことを再確認した。そして話を戻す。
「それで、次の依頼があるのだけど」
 ジョージは口をもごもごさせながら。顔を上げアネットに視線を向ける。アネットはこう言った。
「貴方、新人教育に興味はない?」
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