お題:初恋 学生
「初恋は実らないなんて文句があるだろう?でもそんなこと言われたら、絶対にかなえてやるって意地になることだってあるんじゃない?」
森にも大きな異常は見られず、軽装で森に飛び込んだおばかさんもいない、比較的落ち着いた午後のことだった。今日の予定といえば、珍しく来訪の手紙を事前に送ってきたセノを迎えることくらい。ご丁寧なことに、手紙には不足して困っていると漏らした砂漠の貴重な植物が添えられていた。些細なことだけれど、愛されてるなあと実感するには十分だ。遅めの昼食を摂りながら、ティナリとコレイはのどかな昼下がりに似合う雑談に花を咲かせていた。
「そういうものなのか...」
「思いが通じる可能性なんて相手との関係性次第だろうし、初恋に限ってその確率が下がるとは考えにくいかなあ...」
コレイもそんなことを意識する年頃なんだろうか。ティナリはちょっとした感慨に浸りながら、コレイの返答を待った。ティナリの答えにあまり納得のいっていない様子のコレイは、考えながらこう話した。
「師匠は...なんていうか、いつも冷静だから...けが人の治療のための薬草が無いって気づいたときも、レンジャーたちに指示を出すときも...あと、あたしがどんな失敗をしても、頭ごなしに怒ることなんてないし、ちゃんとカバーもしてくれるだろ...だから、ちょっと意外だったんだ。」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、実際はそんなに立派じゃないよ」
それでも思案顔をやめないコレイは、やがて一つ思いついたように尋ねた。
「もしかして師匠にもそんな体験があるのか?」
ティナリは実践を重視する。教令院を離れ、実地で教えながら自ら森を守るレンジャー活動を行っていることからも明白だ。そんなティナリを尊敬しているコレイは、その思考の理由は彼の経験上にあると思ったのだ。ティナリはうーん、と考えてくすりと笑みを浮かべ、
「誰かに話したことはないけれど、僕の初恋はたぶんセノだったよ」
「え!?じゃ、じゃあ、やっぱり師匠は初恋を実らせたのか?」
コレイは目をまん丸にして、驚いたリアクションを見せた。なんせコレイにとってセノもティナリも、特にティナリは偉大な人生の先輩で、いろいろな分野で経験豊富なものだと思っていたので。驚くコレイを横目に、ティナリは続ける。
「そうかもね。しかも多少は意地になって。恥ずかしいからあんまり認めたくないんだけど、結構アタックしたような気がするし。...わかったよ、聞きたいんでしょ、仕方ないなあ...」
弟子のいかにも興味津々といった目を見てしまっては耐えられず、ティナリは当時のことをゆったり語り始めた。
セノとティナリが出会ったのはお互いが教令院に所属していたころで、セノはすでに皆から恐れられるマハマトラであった。ティナリは、特段マハマトラに目を付けられるような研究も問題行動もしていなかったし、若くして教令院に入ったことで多少目立つ程度の学生だった。幼いころからティナリの好奇心は旺盛で、自分の足で歩き回って世界を見て回るのが好きだったし、一番の友達は植物図鑑かもしれないくらいだった。さらに自分の生まれのこともあって、人に対して特別な情を抱くことはそれまでなかったし、あったとしても自分の優先事項は変わらないだろうなと思っていた。まさかその相手があのマハマトラになるとは夢にも思わなかったから、まず先に驚いたのを覚えている。マハマトラに用もないのに声をかけたり、一緒にランチを食べたりしたがるやつなんて少なくとも教令院にはいない。探られたくない腹があるならもちろん、後ろめたいことがなくともポリスの前を通るのに緊張することがあるだろう、それと同じだ。おかげで分かりやすいライバルはいなかったかもしれないけれど。
初めはただの好奇心くらいだったのかもしれない。セノに適当に声をかけて、お弁当を持って押しかけてみたり、カフェに誘ってみたり。セノからは初めは不審な目で見られていたものだから、初めて食事の場で意味の分からないジョークを飛ばされたときは、ちっとも意味が分からなかったけれど笑ってしまった。ほぼほぼ意地だったといってもいいだろう、初恋云々の格言に逆らってというよりは、ただ振り向かせてみたくて意地になって根気よく頑張った。信頼を勝ち取って、気持ちを打ち明けて、お互いの道に進んでからも穏やかに関係が続いたことは、奇跡かもしれないし、あの時の恋心由来の情熱ゆえかもしれない。「恋を実らせる」の定義ははっきりしないけど、きっと実ったのだろうとティナリは信じている。
「そうか...師匠にもそんな時代が...!」
「大袈裟だってば...」
己の甘い恋愛模様を回想する羽目になったティナリは耳の方に手をやり、くしくしといつも通り整った毛並みをいじりながら言った。はあ、とため息をひとつつき、思い出したようにティナリは言った。
「これ、セノには言わなくていいからね。秘密ってことにしておいて」
なんてことはない、ティナリとしてはただ昔の自分の必死さ健気さをさらに広めるのは気恥ずかしいだけだったが、何を思ったのか、コレイは
「秘密...秘密だな!わかった!」
と、うれしそうに笑っていた。
だいたい話終えた頃、約束通りの時間にセノが訪ねてきた。コレイはセノとティナリの顔を見比べて、こらえきれなかった様子で笑った。セノに初恋を捧げて頑張ったティナリのことも、ティナリの猛アタックに絆されたセノのことも、2人の他に知っているのはコレイだけだという事実がうれしくて、うっかり笑ってしまったのだ。自分たちを見て突然笑ったコレイに状況が解せない様子のセノが訳を尋ねても、笑顔のまま首を振られる。
続いてティナリの方に向き、ティナリにも聞こうとしたが、
「昔話をしてただけ。なんでもないよ」
と先回りして濁されてしまった。こうなればティナリはなかなか答えてくれないのはわかっているので、セノはおとなしく口をつぐんだ。2人からのけ者にされたようで心なしかしょんぼりして見えるセノを見てティナリはこっそり笑い、3人分のコーヒーを淹れに席を立った。