笑い方がよく似ている。
そう言って、葬儀に来た人は皆、私と遺影の中で笑う母を見比べ泣いて帰っていった。葬儀は粛々と執り行われ、静かにいつも通り笑っている私を見ては、皆一様に「心を守っているのね」と解釈しながら涙を流す。自己防衛の一種だろうと、医師でさえ判断するらしい今の世は、都合がいいなと一人になってからそう思った。
ひらひらと桜が視界の端で散っている。必勝、という名の付いた桜の木は、両親が死んでもなお、その花を美しく咲かせていた。
ひらり、と長閑な太陽光が降り注ぐ中を、舞う桜の花弁は蝶のような動きを見せている。警察と名乗る男性が、唯一返せる形見だと母の髪飾りを持ってきてたのは、葬儀が終わってからだった。
紫色の羽に|淡々としている水色の模様をした蝶の髪飾り。私が忘れられない『あの人』が付けていた髪飾りによく似ているそれは、欠けることもなく、私の手元に戻ってきた。
つくづくと、|縁があるらしい。
肩よりも少し長いくらいの髪を、上に巻き上げる。それを蝶の髪飾りでまとめれば、なるほど余計に母に似た『私』が鏡の中で微笑んでいた。
親戚が集まって、私の引き取り先に揉めていても、気にはならなかった。ヒーローという職業柄、死と敵意が身近にあったのだろう両親は、お金こそあったけれど、親戚付き合いはほとんどしていなかったらしい。金は欲しいが子どもは要らないと、そういう話はいやでも耳に入ってくるものだ。
そんな折、両親の弟子だという人が訪ねてきた。ざらりとした声音の人は、子どもの私から見ても子どもに見えたけれど、幼い私よりは確かに『大人』であったのだろう。
引き取って、育てます。
ざらりとした声が告げた。両親の遺産を目当てに来ていた親戚の前で、低い声が告げた。
子どもが何を言っているのかと、大人が言う。それはそうだろう。
前の私が生きていた頃、私が憧れた人達は自身が子どもであったにもかかわらず、鬼に身内を殺され身寄りのない[[rb:わたし > こども]]たちを引き取り、妹として育ててくれていたけれど、今の世の中が前の世の中よりもずっと複雑で、前の世で姉として育ててくれた彼女たちと同じことが出来ないことくらい、私にもよくわかっていた。
引き取って、育てます。
子どもを育てるというのは容易ではない。食費や生活費だけではなく、医療費だってかかるであろうことは明白で、更には学校教育が始まればそれなりの費用になる。
費用だけではなく、諸手続きとて成人していなければ思うようにいかないこともあろう。
けれど、目元を隠すように伸ばされた髪の、その向こうから覗く眼光は、鋭く光り、けれど冷たさを感じなかった。
風の名を冠する柱に、雰囲気が似ていた。
たった十九。成人年齢に満たない子どもの言葉は、戯れ言のようにも聞こえ、けれど、どうしたいのかという選択を与えてくれる優しさに満ちていた。
彼も例に漏れずプロヒーローという職に就いているらしく、駆け出しとはいえそれなりに備蓄はあると、親戚の前で告げていたその横顔は、どこか父に似ていたような気がする。
弁護士、という職にツテがあると、彼が口にすれば喧喧囂囂としていた親戚もおおよそ口を噤み、話し合いは持ち越されることになった。
「勝手して、すみません」
両親の遺影の前で、静かに手を合わせた彼の肩が、小さく震えていたことは、私だけが知っている事だった。
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世界というのはまったく非情なもので、日を追う事に両親の事件を扱ったニュースは小さく小さくなっていき、ついには取り沙汰されるようなことはなくなった。
それに比例して、ヒーローの遺された子ども、という私に張り付いた格付けのようなものも、人々の記憶から少しずつ薄れていった。
総人口の約八割が何らかの超常能力“個性”を持つ超人社会と呼ばれる現代。
幸か不幸か、私は未だ“個性”とやらが発現していなかった。
|齢四つから五つになる春のこと。
私の保護者になるのは、相澤消太、と名乗る人。その手の温もりが父と言うよりは母に似ている気がして、涙を隠したのも、記憶に新しい。
幸いにも家を引越す必要はなく、相澤さんが私の家に住まう運びとなった。固定資産税がどうだとか、難しい話は大人がするからと庭を眺めているように言われ、ぼんやりと必勝の桜を見上げる。
まず何から始めようか。
ぽつり、そんなことを思った。
呼吸を、整えることから始めよう。
体は忘れていても、覚えていることがある。
習得の仕方、訓練の仕方、持続の仕方。あの人たちに教わったことを、記憶が、引き継いでいる。
肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。
人外な存在を倒すために編み出された呼吸術。
その呼吸術を利用するには、肺を大きくきくして大量の空気を吸い込むことが必須。たくさん空気を取り込んで血が驚いた時に、骨と筋肉が慌てて、体が熱くなり強くなるからだ。
習得は長い年月を要し、かつ、習得は困難であるとされるが、習得すれば身体能力が飛躍的に向上し、体全体だけでなく一部分の身体能力の向上という応用も効く。
年月に関しては問題ないだろう。私は未だ子どもで幼く、成長過程にある。体の成長に合わせ、肺も少しずつ大きくしていけばいい。さらには記憶の中で一度習得しているものだ、確かに困難ではあるが何も知らなかったあの頃よりは、易いはずだ。
長閑な太陽光を浴びながら、私は大きく息を吸い込んだ。
個性、というものは面白いもので、両親の個性それぞれを引き継ぐこともあれば、どちらか片方だけ、あるいは遺伝子構造の中で変化し僅かに違ったものが現れることもあるらしい。
私の場合は、両親の個性が上手く合わせられたものらしく、個性診断をした医師の口からは『五行思想』に準えて考えて良いだろうと言われた。
五行思想とは、