「ごめん。本当に」
 結婚間近だった彼に別れを告げられた。
 二年付き合った挙句、式場まで予約したのに。
 招待状を出す前で本当によかった。
 
 高くんは、私の親にまで頭を下げにきて、お父さんに殴られた。
 二十八歳、私は絶望の淵にいた。
 会社の人達は私たちが付き合ってることを知っていたから、陰で笑われた。
 高くんは会社を辞めた。
 だけど、私への同情、嘲笑は止まなかった。 
 人の噂も七十五日って言う言葉を信じて、私が職場にしがみついた。
 この歳で転職する勇気がなかった。
「加山さあ、無理すんなよ」
「……あんたには関係ないでしょ?」
 唯一、こいつだけは同情も嘲笑もしなかった。
 単に私を心配してる感じ。
 高くんと付き合ってる時は散々嫌な思いをさせられたけど。
 島田は私と同期。
 同じくセールス。
 だけど、私と違って有能。
 これは男女との差じゃない。
 島田は、うまいのだ。
 頭もいい。
 それを認めたくなくて、必死に頑張ってきた。
 でも辛くなってきて、結婚に逃げようとした。
 高くんは私より三歳も年下。
 だけどすごい優しい人だった。 
 一緒にいれば癒されて、きっと結婚しても穏やかな家庭が築けると思ったのに……。
「別れたい理由を聞いてもいい?」
「……好きな人ができたんだ。ううん。前から好きだった人に再会して」
 高くんは優しかった。
 ううん。誰にも同じ態度だったかもしれない。
 距離を誰とでも置いている感じ。
 彼が私のことをそんなに好きじゃないかもしれない、って知っていたけど、その優しさに付け込んで結婚を了承させた。
 彼も結婚願望があったから。
 
「その好きな人って、もしかして男の人?」
 前から感じていた違和感。
 もしかしたら、そうかもしれない。
 聞いてはいけなかったことかもしれない。
 だけど、私は別れを切り出されたことに苛立っていた。
 彼のことを思いやれなくなっていた。
「うん」
「やっぱり」
 思わずそう言ったら彼の顔が真っ赤になって、その後真っ青になった。
「嫌だったんじゃないの?そういうのが、だから私と結婚しようと思ったんじゃないの?」
 結婚したかった。
 仕事が嫌になった。
 負け続けるのがいやだった。
 だから逃げたかった。
 なのに。
 八つ当たりかもしれない。
 私が彼を詰った。
「そうだよ。だけど、ダメだったんだ。気持ちには嘘をつけない」
「ずっと、ずっと嘘をついていたのよね?二年も。この先も嘘をつき続けることができたんだじゃなかったの?ねぇ。いいから、関係続けてもいいよ。だから別れないで。私と結婚して?」
「ごめん。それはできない。ごめん。本当に」
「酷いよ。もうみんな知ってるんだよ?私どうやったら」
「ごめん。僕、会社辞めるから。だから」
「それが何?残された私がどういう目で見られるかわかってるの?」
「わかってる。だけど、本当にごめん」
 高くんは卑怯だ。
 彼は泣き出してしまった。
 私が泣けなくなってしまった。
 私は彼が好きだったから。
 ずっと彼が誰かを好きなのはわかっていた。
 音楽を聴いてる時、外を見てるとき、ぼんやりとしていたから。
 切なげに視線を落した時、それは私への想いじゃないことを知っていた。
 だって、私はそんな高くんを好きになってしまった。
 不思議で、とても綺麗な高くん。
 
「……一つだけ、あなたの好きな人と会わせて」
「それは、」
「会いたいの。それくらい叶えてくれてもいいでしょ?」
 高くんは私の願いを叶えてくれた。
 私は、彼の好きな人にあった。
 二人の間に流れる空気はまるで別世界のようだった。
 そして高くんが好きな人は深く私に頭を下げた。
「すみませんでした」
 謝られることじゃない。
 いわゆる寝取られと言われる行為だけど、謝られるのは違う気がした。
 多分、私が彼らの間に入ったのだ。
 
 この後、高くんは私の家に来て、謝り、父に殴られた。
 高くんの好きな人は、外で待っていた。
 一緒に行くつもりなのかと思ったけど、高くんが彼を外で待たせた。
 
カット
Latest / 28:29
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
彼の恋
初公開日: 2026年09月29日
最終更新日: 2026年09月29日
ブックマーク
スキ!
コメント