あの曲を聴くと、あの頃の切ない気持ちが込み上げてきて、胸が苦しくなる。
彼の声、匂い、温もり。
鮮明に思い出す。
あの関係は過ちだった。
怖くなって僕は逃げ出した。
それから、僕は「恋」をした。
彼女のことが好きだ。
そう思い続け、今、僕は今ここにいる。
「高ちゃん、どっちのウェンディングドレスがいいかな」
「えっと」
半年後に結婚を控えた僕と彼女。
背中が見えるほど開いたドレスに、胸を強調したドレス。
どうして、こんな露出するドレスが好きなんだろう。
彼女と付き合って二年、理解できないことは多い。
だけど、もう二年。
彼女に言われるまま、結婚することになった。
「もうちょっと露出が少ないドレスないのかな?」
「ああ、もう。高ちゃん。独占欲強すぎなんだから」
彼女は僕の言葉をよく歪曲する。
そんな意味じゃないんだけど。
面倒くさいから否定もしない。
僕と彼女の関係はこんな感じなんだけど、これ、結婚してもいいのかな?
彼女は今年で二十八歳、俺は二十五歳。
子供を産む年齢があるからと急かされて、結婚することになった。
彼女は子供が欲しい。
僕は?
断る理由はない。
子供が好きだ。
小さい子が動く様子はまるで小さな玩具みたいで可愛いし。
一緒に遊ぶのも好きだ。
だけど、僕は親になれるのかな?
「……もしかして青山?」
彼女が着替え直している間にトイレに行った帰り、声を掛けられた。
封印したはずの記憶が蘇る。
「……谷田?」
「うん。久しぶり。十年くらい?」
「うん」
谷田の微笑みは何一つ変わっていなかった。
だけど、僕より背が伸びていた。
あの頃は、僕をいつも見上げていた奴が、僕を見下げる。
「なんか、変な感じだ」
「あ、身長?俺、転校した先でめちゃくちゃ身長伸びたんだよなあ。ちび扱いはもうされないぜ」
「しないよ。そんな子供っぽいこと」
早くこの場から去りたいと思いながら、懐かしさ、あの頃の気持ちが戻ってきて、僕は答える。
「そうだよな。はは。なんか懐かしくなってさ。青山は……えっと結婚の?」
「あ、うん。谷田も?」
「俺、ここで働いてるんだよ。フロント」
「そうなんだ」
よかった。
僕普通に笑えてる。
大丈夫。
僕は、普通だ。
あの時は気の迷いだったんだ。
谷山は顔はそのままだったけど、背が高くてさらにかっこよくなっていた。
黒色のスーツが良く似合っていた。
「青山?」
「あ、ごめん。僕、もう行くね」
「そう、じゃあな」
彼に見惚れていた。
最悪だ。
なんで?あの時の想いは気の迷いだ。
若気の至りだ。
あんな関係。
今更なんで、こんな。
俺を胸を押さえて、足早に谷田の前から逃げ出した。
「高ちゃん!遅い、遅い。お腹でも壊した?」
「うん、まあ」
「ねぇ、ねぇ。こっちのドレスどう?」
「可愛い」
「やっぱり?」
礼菜さんはドレス姿でくるりと踊る。
まるで妖精のよう。彼女は本当に綺麗だ。
僕は、結婚するんだ。
男として、女性と結婚して、家庭を築く。
普通の男として。
★
「高ちゃん、私のドレスはこれでいいから、次は高ちゃんのタキシードみようよ。白がいいかな、黒かな。高ちゃんは色が白いから白色かなあ」
礼菜さんはドレス選びに満足したらしく、今度は僕用のウエディングのタキシードを選んでいく。
男は飾る必要ないからって思っていたら、沢山デザインで出てきて驚く。
「礼菜さんのドレスに合わせるよ。任せていい?」
「うん」
めんどくさくなって、礼菜さんに任せてしまった。
そして試着の段階で酷く後悔した。
「これ、派手過ぎない?」
「いいの、いいの。可愛いよ。高ちゃん」
なぜか、僕のタキシード、フリル?レースが付いていてビビった。
なんていうか、宝塚の男役みたいな衣装だった。
「ちょっと、これは」
「高ちゃん、私に任せてるって言ったでしょ?」
「うん」
結局礼菜さんの好みで僕のタキシードは派手なものになってしまった。
まあ、いいや。
どうせ参加するのは僕の両親だけだし。
友達は可哀そうなことにいない。
親しい友人がいなくて、呼べなかったんだ。
恥ずかしいよな。
そんな僕でも礼菜はいいって言ってくれる。
本当有難い。
礼菜さんがいなきゃ、僕は多分結婚できなかっただろう。
「青山!」
会場で礼菜さんと別れ、駅に向かって歩いていると、谷田に声を掛けられた。
「何?」
「今夜暇?」
「え、いや、うん」
暇だった。
だけど断るべきだった。
なのに優柔不断な俺は断れず、そのまま青山と飲むことになる。
十年ぶりの再会。
最初は昔話をして盛り上がったけど、会話はどんどんなくなった。
そしたら、店内を流れる曲が耳につくようになった。
「あ、これ」
あ、まずい。
この曲は。
恋の歌だ。
俺が何度も聴いた曲。
「青山は変わってないよな」
「あ、うん。そうだね」
うん、僕は変わっていない。
ぱっとしない外見、話すのも苦手な、陰キャだ。
谷田とは違う。
彼はクラスを先導する感じで、だから、
僕は、彼に……。
気の迷いだ。
あれは、間違いだった。
「谷山は、変わったね。なんていうか大人になった」
「当たり前だろ。もう二十五歳だぜ」
「そうだよな」
もう二十五歳だ。
「青山はなんで、結婚すんの?早くない?」
「早いかな?」
「うん。早い、早すぎるよ」
谷山はじっとと僕を見つめる。
ジワリと変な汗が出てくる。
「青山。俺は忘れてないよ。ずっと」
「ぼ、僕は忘れた。そんな昔のこと」
ビールのジョッキを掴んでごくごくっと飲む。
心の動揺を悟られたくない。
僕は、違う。
結婚するんだ。
礼菜さんと、女性と。
「青山」
蘇る。
だめだ。だめだ。
「僕、帰るわ。じゃあ、ね」
これ以上は駄目だ。
財布から二万円を出して、机の上に置くと、僕は逃げた。
青山は追いかけてこなかった。
それに僕は、ほっとした、はずだった。