部活が始まる前、大垣先輩と一緒に撮った写真を見る。
それが私のルーティンだった。
私が初めて恋をしたのが中学二年。中体連が始まる間際のことだった。
といってもそれは恋を自覚したのが、という話。大垣先輩が気になりだしたのはそのさらに一年前のことだ。
私は入学してすぐの身体測定でもすでに身長百六十はあったものだから、同い年の男子どころか先輩でも私よりデカい人はそんなにいない。流石に三年生にもなると大きな男子は見たものだけど、中体連が終わるとその人たちも引退する。
そんなものだから、夏休み明けて突然デカくなった大垣先輩に目が向いたのも当然だろう。
どれぐらい伸びてるんだろ、という好奇心。他の男バス部員よりも目立つという物理的な理由。自分よりデカい人が多くないから気にかかったのもあった。
そうやって一年あまり目で追うばかりだったわけだけど、もうすぐ大垣先輩も引退してしまうのか、ということがふと頭によぎった時、色んな感情が胸の内から溢れ出た。
その時ようやく、自分の恋心に気が付いたのだ。
だからこそ、というべきか、一緒に過ごすにも、告白するにも猶予がなかった。恋を意識したばかりの頃なんて大垣先輩を目にするだけでも心臓がうるさいし、これまで普通に交わせてた会話もままならなくなった。そうこうしてる内にあっという間に大垣先輩は引退してしまった。
引退した先輩に会おうにも三年の階なんて行き辛いし、放課後はすぐにバスケの練習がある。大垣先輩を見かけることも滅多になくなった。
そこで声をかければ、なんて無茶言わないで欲しい。私にとっては一緒に写真を撮ってもらうのが精々だった。
しかし会えなくなると、自然大垣先輩のことばかり考えるようになる。
無論そうなれば、プレーの精彩に欠けるわけで。
顧問の先生に叱られ流石にこのままじゃいけないと思った私は、プレーに集中できるルーティンを作ろうとした。
そうして試行錯誤ののちに辿り着いたのが、そのルーティンだった。
写真を見れば、大垣先輩に見られて恥ずかしいプレーなんてできないって強く思える。
単純だけどそれは確かに効果があった。おかげで県大会ベスト四まで進めたわけだし。
受験の時もそうやって乗り越えた。こよみや菜月なんかからは「愛の力だね」なんてからかわれたりしたけれど、一緒にいたいからがんばるのは当然じゃんか。
そんな風に成功体験が積み重なったものだから、このルーティンをずっと続けていた。
高校生になってからも、そうだった。告白して振られたあとだって。
あの日までは。
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ふぅ、と長い息。
周りの喧騒も耳に入るけど、うるさくは感じない。かといって集中できる感じもないけど。
やっぱり練習やただの練習試合のようにはいかないらしい。高校に入って二度目になるのに、未だに県大会予選の初戦ともなると緊張するようだ。
これまでことあるごとに取り出していたスマホは、鞄の中に仕舞ったまま。
……新しいルーティンは見つかっていない。
色々と試してはいるけど、前の時みたいな効果を発揮できてる実感がないのだ。
以前ほど集中できないって状況でもないから別にいいんだけども、なんというか、ルーティンが決まらないとなんだか落ち着かない。
これで大丈夫って気にならないからかもしれない。背中を押してくれるものがないから。
どうしたもんかなぁ、と思いつつ体をほぐしていた時、後ろから声が聞こえた。
「おーい、芹澤ー」
一瞬体が反応してしまう。
それはしばらく聞いてなかった声。どれだけその声をかけられたいと思ったことか。
だけどその声が呼んでるのは……私じゃない。
「なによ大垣。あんた試合は?」
「次だよ。時間空いてるし折角だから応援にな」
「冷やかすんじゃないよー。体温めときゃいいのに」
もう割り切ってるというのに、つい目は二人を追ってしまう。
笑顔で軽口を叩く、二人を。
……やっぱり、もう魔法は解けてしまってる。大垣先輩に見られると思っても、気力や集中力が湧いてこない。
むしろあの時のことを思い出してしまって、気力が下がってしまったくらいだ。
がんばろうって気持ちが萎んでいく。
……だめだめ。もうすぐ試合なんだから。
そうは言っても、心は言うことを聞いてくれなくて。
溜め息を吐こうとした、その時だった。
「おーい、日向さーん」
後ろから、今度は私の名前を呼ぶ声がした。
その声に慌てて振り返ると、観覧席の柵に寄りかかった堂島くんが手を振っていた。
ふつ、と。心臓が跳ねるのを感じ取った。
「あれ、今日は来られないって言ってなかった?」
体育祭の準備期間中の生徒会は忙しいらしい。去年だって侑が駆けずり回ってたけど、今年は生徒会長が生徒会長なものだから、大幅に準備が遅れてると侑がぼやいていた。先輩たちの有能さを突き付けられた、とも。
そんな状態が続き、体育祭も間近に迫ってるというのに進捗が芳しくなく、結果今週は休日も準備で学校に詰めることになったという。
だから今日の試合に応援には来られないってこないだ言ってたのに。
「やーそれがさ、槙と小糸さんが日向さんの応援行けって。あとはやっとくからって言ってくれてさぁ」
急いできた、と歯を見せ、にっと笑う。
――胸の底から嬉しさが湧き出て踊る。がんばろうって気力が、体に漲る。
それと同時に、二人の気遣いが気恥ずかしくて顔が熱くなった。
そりゃ感謝はしてるよ、してるけどもっ。
なんと返せばいいか分からず、小さく唸っていた私の頭に、さっきまでのことがよぎった。
「そんじゃあ、さ」
「ん?」
「応援してくんない?」
思わず勢いそのままに言ってしまった。
きょとんとする堂島くんの反応に緊張していると、彼はふっと表情を崩して息を吸い込んだ。
「がんばれー日向さーん!」
普段おちゃらけてる声は、大きく張ったからか真剣そうに、そしてなにより力強く聞こえた。
って声デカいっ。うるさっ。
「ちょっ、声でかっ」
他の部員からの視線を感じるんだけど。
関知したくないから堂島くんにクレームを入れると、すっかりいつものへらへらとした笑顔に戻っていた。
「俺の取り柄そんくらいだしなー」
確かにそうだけど、傍迷惑な。
……けど、それでこんなにもやる気になる私も、やっぱり単純だ。
「……ありがと。行ってくる」
「おう、かっこいいとこ見せてくれよ」
拳を突き出す堂島くんに私も拳を返して、コートに向き直る。
……さぁ。あいつにかっこいいとこを見せてやろう。
初めて恋をしたのは、中学一年の夏休みが明けた時のことだった。
「あれ、あんな先輩いたっけ?」
外周から帰ってきたら、ちょうど男子バスケ部が集まってミーティングしているところだった。
その先輩は他の男子に比べて頭一つ抜けていた。少し遠目だから正確なところは分からないけど、ひょっとしたら私よりも大きいかもしれない。
入学してすぐにあった身体測定ではもう身長百六十はあったものだから、同い年の男子どころか先輩でも私よりデカい人はそんなにいない。流石に三年生にもなると大きな男子は見るものだけど、中体連が終わったこの時期にはもう引退してる。そうなると男バスに私よりデカい人はいなかったはずだけど。
「んー……大垣先輩じゃない、あれ」
「え、マジ? デカくなってない?」
「なってるなってる」
慌てて目を凝らしてみると、確かに顔立ちは大垣先輩だ。でも夏休み前は私とそんなに変わらないくらいだったはず。むしろ私の方がちょっとだけ上だった。
いくら成長期だからって、一ヶ月かそこらでそんなに伸びるもんなの?
そんな些細なことがきっかけだった。気が付けば私は大垣先輩を目で追うようになっていた。
どれぐらい伸びてるんだろ、という好奇心もあった。他の男バス部員よりも目立つという物理的な理由もあった。自分よりデカい人が多くないから気にかかったのもあった。
そうやって追いかけてる内に、プレー中のかっこよさを知った。朗らかな人柄を知った。
「日向ー、隣見るな集中しろー!」
あんまりに大垣先輩を見ていたものだから、プレーに精彩を欠いてしまうようになっていた。