見上げた空は晴れ渡り、どこまでも青く美しい。歓声や笑い声、そして祝福の言葉。そんなものが飛び交い、ここには幸せが満ち溢れていた。
舞い散る白い花びら。夢のように美しい光景なのだろう。
花京院もその光景に相応しい笑みを浮かべてみせる。
平然とした顔をして、彼の親友を気取ってスピーチだってこなしてみせた。その胸に渦巻く呪詛を祝いに変えて。
君は知らない。
あの日、至極当然のように危険を冒して僕を助けた君がこの心に撒いたもの。
君は知らない。
種は実を結び、恋から愛へ。
僕じゃない誰かの隣で微笑う君。
いっそ枯れてしまえば楽になれるのに。
美しい花は枯れることなく、美しいままに毒になる。
いっそ君を殺せたら。
僕だけの、君であったなら。
初めて会った日、彼に助けられたその時にはおそらく恋に落ちていた。
そんなことを承太郎が知るはずもなく、花京院はただ胸に秘める。
他意なく撒かれた種は、承太郎本人の知らないままに花京院の心の中で育ち芽を出し、やがて綺麗な花を咲かせた。
想いを伝えることも、通じることさえ願わず。
密やかで可憐で、そしてうつ向いてひっそりと咲く鈴蘭のように。
最初から諦めていた恋は、それでも枯れることなくただ静かに咲き続ける。花京院自身が枯れてしまうことを願っていても、白い小さな花は彼に心惹かれるたびにいくつもいくつも花をつけた。
彼が笑うたびに、視線が絡まるたびに、優しさに触れるたびに白い花はシャラシャラと小さな音を立てては喜びに揺らめく。
そばにいられたらいいと、信頼に足る友人であれたらいいとそう確かに思っていたのに、白い花は嘘をつくなとさざめいては花京院を責め立てる。
それでも絶えず音を立てる花を何度も引き抜いては花京院は想いを封殺してみせた。それはほんの些細な抵抗に過ぎず、すぐにまた花を咲かせてしまうのだけれども。
しかし、そんなものが欺瞞に過ぎないと思い知らされたのは、承太郎から招待状をもらった時だった。
結婚をするのだと、承太郎はそう言った。
もちろん出席してくれるよな?スピーチを頼んでもいいか?そんな言葉で承太郎は花京院の心をズタズタにしていく。
種を撒いたのは自分のくせに。花を咲かせたのは君のせいなのに。僕はこれを枯らす術さえ持っていないのに。
そんな風に思い、幸せそうに笑う姿が憎かった。
恋は愛になり、憎悪へと変わる。
可憐な鈴蘭が毒を持つように、花京院の愛がどろりと淀んで殺意を孕む。
それでも祝ってみせるだけの分別はあった。誰にも気取られることなく、結婚式へと出席し、憎しみを祝福に変えて新郎新婦へ告げてみせた。
一切の顔色も変えず、声も震えることなく、笑顔の仮面はまるで本物のように。
それでも承太郎の顔は挨拶以外ではまともにも見れず、誰かと談笑するふりをして誤魔化した。
だから花京院は承太郎がどんな顔で自分を見ていたのか知らなかった。
花京院の胸に咲く毒を持つ鈴蘭に承太郎が気づかなかったように、承太郎の胸に何が宿っているのかを花京院もまた知る由もなかった。
そこから数年の間は連絡を取り合うこともなかった。承太郎の方から連絡がないことも家庭を持つとはこういうことなのだろうと思えたし、その指に誰かを愛している証が宿っているのを見たくなかった花京院にとってはちょうどよかった。
それでも彼にとっての一番が自分じゃないと思い知らされるのはひどく堪える。
何度も鳴らない携帯を見ては溜め息を吐いた。例え鳴ったところで会えるはずもないのに、それでも待ってしまうのは致し方なかった。何度もそのアドレスを消してしまおうと思いながら、やっぱり消すこともできず、ただ登録された名前だけを見つめる。その度にこっそり流す涙もやがて頻度は減っていき、少しずつ思い出に変えていけた。
そんな頃に財団から承太郎とともに事件にあたって欲しいと連絡がきた。
それまでも何度か依頼はあったが、承太郎と一緒になる仕事はそれとなく断っていた。しかし今回は承太郎の方から花京院を指名してきたらしく、断ることは難しかった。
本音では会えることは嬉しい。しかし同じくらい怖かった。せっかく沈めた恋心が疼き出すのではないかと、またあのつらい想いを繰り返すのではないか、と。
独りで泣くのはつらい。ハイエロファントグリーンだけが抱き締めてくれるのに縋って泣くのは嫌だった。魂の片割れに心配をかけたくないし、それもまた自己愛の現れのようでひどく自己嫌悪に陥るからだ。
それでも断れない依頼に覚悟を決めて再会した承太郎に対して、花京院は少しの切なさを感じながらも懐かしさが勝り、自分の恋心に確かに決着がついたのを感じたのだった。
穏やかに笑って久しぶり、なんて声をかけて。本当にただの友人として近況を話して、君は結婚生活はどう?なんて。
その指にあるものに僅かに胸は傷んだものの、多分もう泣くことはないだろうと思えた。
しかし、そんな風に落ち着いた花京院とは対照的に、再会した承太郎はひどく荒んだ様子を見せていた。
噂を聞いていた限りでは特に何かあったということはないはずだった。しかし承太郎はそういうことを他人に見せるタイプではない。承太郎もまた何かを一人で抱えていたのだろうと思い、花京院がそれを問えば何でもないと返しながらもそれでも忙しくて疲れたんだとそう言った。そして久しぶりに会えて嬉しいとも。
そこから二人はまた昔のようにやり取りをするようになった。
花京院の方から連絡をすることはなかったが、承太郎の方から頻繁に連絡が来るようになったのだ。今までが何だったのかというほどに時間が出来るたびに承太郎から誘いの電話が来る。
それにいつも迷いながらも花京院は結局諾の返事をしてしまう。
そばにいれば、きっとまたこの恋は再燃してしまう。沈めた憎悪が勢いをあげるのではないかと怖かった。それでもやはり会いたくて。
そう思う時点ですっかり彼への想いを取り戻してしまっていることに気づいてはいた。しかし何度会ってもどこか落ち着いた感情のままであり、恋の名残を滲ませた友情で納めることが出来そうだとも思えた。
一方で承太郎はそれまでの疎遠さを忘れたかのように花京院との距離を縮めようとしていた。頻繁な連絡も承太郎らしくなかったし、会えばそれとないスキンシップも多かった。
こんな風に距離の近い付き合いだったかと花京院が疑問に思うほどに承太郎は花京院の近くにいたがった。ただ、それで勘違いするほど花京院は愚かではない。そんな都合のいいことなどあるはずがないとそう思っていた。何故ならその指には変わらず指輪が光っていたからだ。
しかし、承太郎と距離が近づくにあたって、彼のプライベートについて多少耳に入るようにはなっていた。前は無意識にシャットダウンしていたのだろう。そうして聞いた噂では承太郎の結婚生活が上手くいっていないということだった。ほとんど家には帰らず、仕事に没頭していて、大きな溝が生まれているのだという。既に離婚調停に入っているという話もあった。
それを聞いて花京院は承太郎に対して痛ましさを覚えつつも彼の方から口にするまで何かを言うつもりはなかった。指輪を外さない以上、彼としては何とか家族を繋ぎ止めたいのだろう、そう思った。しかししばらくして自分に会う頻度が高くなるにつれ、こうして自分といるよりも家族のもとにいるべきだと思う。この時間を家族と過ごせば、少しは失った時間を取り戻せるのではないかと。
当然それを提案したが、承太郎は何故か頷かず、むしろ花京院といる時間を増やそうとした。
それほどに家庭が苦痛なのかと花京院にはそれ以上言えることはない。
しかしその頃、花京院自身にも結婚の話が持ち上がっていた。
勧められた見合いではあったが相手の印象は悪くはなく、このまま二人で生活していけるような気がした。相手方から話を進めたいと言われ、花京院もそれに頷いたことで結婚の話は現実となって進んでいく。
承太郎からの誘いも、結婚の準備に追われて断る回数が増えていった。
そんな中で承太郎からまた連絡が来て、どうしても会いたいと言われた。その切羽詰まった様子に花京院もさすがに断ることができずに待ち合わせた店へと向かう。
噂では承太郎の離婚は決定的らしい。おそらくそれを自分に報告したいのだろうと思った。
「すまない、待たせたかい?」
「いや、今来たところだ」
店内には既に承太郎が待っていた。
上着を脱ぎなから向かいに着席し、コーヒーを注文する。
来たばかりというわりには目の前に置かれた承太郎のコーヒーからは湯気は上がっておらず、既に温かさは失われているようだった。
それからしばらくは他愛ない会話が続く。互いの仕事絡みの近況などを話していると、不意に沈黙が落ちる。
「……、結婚、するのか?」
ポツリと溢された問いかけに花京院は一瞬言葉に詰まる。それでも何でもない様子を装って頷く。
「ああ、聞いたのか。そうなんだ。僕もそろそろ身を固めようかと思ってね」
「いつから付き合ってる」
「少し前に勧められて見合いをしてね。そのまま結婚まで話が進んだから付き合いというものはないかな」
「見合い……」
何故か愕然とした様子を見せる承太郎に構うことなく、花京院は結婚相手について語り、このあとの結婚の予定について話す。
「そうだ。君にも招待状は出すから来てくれるよな?」
「いや、俺は……」
「忙しいかい?君の結婚式には出たんだ、君も出てくれるだろう?」
「………」
テーブルに置かれた承太郎の拳がギュっと握りしめられる。
「……結婚は、やめておけ」
「は?」
まさか否定されるとは思わず、花京院は驚く。
「見合いなんて、相手のことを何も知らねぇってことだろう?そんなの上手くいくはずがねぇ。やめておけ」
「……それは既婚者からのありがたい助言ということか?」
知らず花京院の声が低くなる。どんな気持ちで自分が承太郎の結婚式に出たのか、知りもしないくせに否定しないで欲しい。新しく家族を作り、自分の心に居座る承太郎を追い出してしまいたい。そうすればきっと純粋な友として彼の隣に立てるだろう。それなのに、それを否定されてしまえば花京院はまた承太郎の隣に立てなくなる。
「そう、だな。……もしかしたら既にお前の耳にも入ってるかも知れないが、俺は離婚した」
噂では決定的という話だったが、既に承太郎は離婚していたらしい。確かに指輪はもうしていなかった。
「だから?君が結婚に失敗したから僕も失敗するだろうと?」
「…………」
「決めつけないでくれないか?確かに僕たちは見合いであって恋愛感情があるわけじゃあない。それでも上手くいく場合もある。恋愛でさえダメになるなら何だって変わらないだろう?」
「だが……」
それでも何かを言い募ろうとする承太郎に花京院もまたテーブルの下で拳を握る。
惑わさないでくれ。否定しないでくれ。期待なんて出来るはずがないのに。
「君たちがどうして破局に至ったのかは知らない。それでも、それは君と君の奥さんの問題だ。それを僕に押しつけないでくれ。例え同じ理由で僕達が駄目になったとしても、それもまた僕達の責任なんだ。君には関係ない」
「関係ない?」
「ああ。そうだ」
「俺は、お前の人生に関係ないのか」
その言葉に花京院はカッとなった。
沈めた憎悪が沸き上がる。
承太郎は花京院の気持ちを知らない。だから結婚してしまうことは仕方ないと思った。それについて承太郎が自分に相談したことなどない。今回の離婚についてだって成立したと今日初めて聞かされたのだ。
それなのに。
「君がそれを言うのか!?」
握りしめた拳に爪が食い込む。
激しい怒りを湛えた目に承太郎はたじろいで息を飲む。
「君は、結婚するときに僕の了承を得たのか?そんなことはしていないだろう?」
「それは……」
「そんなことは当たり前だ。僕たちはただの友人で、僕には君の結婚に口を挟む立場にはないんだから。でも君がそれを言うのなら、君こそ……、君こそ、その人生から僕を切り捨てたんじゃないか!!何もかも事後報告で、君こそ……」
激した感情を抑え込むように花京院の言葉はだんだんと弱くなっていき、そして睨んでいたその瞳はどこかが歪んでいく。まるで溢れ出す涙を飲み込もうとするかのように。
「花京院……」
承太郎が握りしめた拳を開いて花京院の頬に触れようと手を伸ばした。けれどそれは触れるよりも早く花京院によって払い除けられる。
その明確な拒絶に、承太郎の中にも沸き上がるものがあった。
承太郎が知らないように、花京院もまた知らない。同じようにその胸のうちに沈めたものがあることを。
花京院が憎しみを帯びながらもそれを静かに心の底に沈めたのとは裏腹に、承太郎のそれはどろりと淀んで理性を蝕んでいた。
「……ああ、そうだな。お前にはきっと関係ないんだろうな。ただの友人のお前には……」
その言葉に傷ついたのは、吐き出した方か受け止めた方かどちらだったのだろう。
けれどお互いに自分の中に抱えたものが重たすぎて、相手の感情にまで思い至ることが出来ない。
結局物別れのように終わってしまい、それ以上の話はできなかった。
それからしばらく花京院はひどく忙しい日々が続いていた。
急な財団からの依頼で数週間ほど日本から離れざるを得なかったのだ。それが承太郎の手によるものだとは思いもしないままに。
そして帰ってきて聞かされたのは婚約破棄の話だった。婚約者だった女性に好きな相手が出来たのだと言う。
仲人からは何度も頭を下げられたが、花京院から言えることはなかった。
彼女となら生活していけるかとは思ったが、花京院自身彼女に対して特別な感情を抱いているわけではない。彼女もまたそうだったのだろう。それがこの土壇場になって特別だと思える人が出来てしまったという。それならお互いの為に破談にするのが一番だ。
それでも多少の痛みはある。また自分は選ばれない。やっと承太郎を忘れて誰かと生きていけると思ったのにとため息をつく。
それでもこの件はこれで終わるはずだった。しかしそうならなかったのは、婚約者だった彼女が好きになってしまったと選んだ結婚相手の存在を知ったからだ。
彼女が花京院の婚約者だということはそれほど知られてはいなかったが、それでも彼女が結婚するという相手は周囲にとっては衝撃的であり、花京院本人が聞くつもりがなくても勝手に耳に入ってきたのである。
それを聞いた時、花京院は愕然とした。そして納得とともにひどく傷ついた。
彼女の結婚相手は承太郎だった。
不可解なあの日の承太郎のセリフはこれだったのかと思った。
きっと承太郎は彼女のことが好きだったのだろう。それが想いを告げる前に彼女は自分と婚約してしまった。
承太郎ほどの男が結婚を望んで断る女性はいないだろう。
自分と婚約したあとに彼女と知り合ったのかもしれない。
だからこそ承太郎は自分に結婚をやめるように言ったのだ。自分から横取りする形になるのが嫌で、さりげなく反対したのだろう。
でもそれなら本当のことを言って欲しかった。花京院は彼女と結婚しようと思っていたが愛していたわけではない。だから承太郎が彼女を好きだと、結婚したいのだとそう言ってくれていたら身を引いていたはずだ。
しかし承太郎は本音を口にはしてくれなかった。よりによって花京院の面目を潰すような方法を選んだのである。
恋は盲目とはいえ、あまりにもな仕打ちだと思った。
花京院がどう感じようが、傷つけることになろうが構わないという意思表示に他ならない。
花京院は承太郎を愛していたが、それでもこんなことをされて許せるものではなかった。
友人としてでさえずいぶんな仕打ちではないか。秘めた想いが叶わないことは理解していた。それでも彼にとって自分は友人ですらなかったのだと思い知らされたのだ。
婚約破棄よりも、承太郎の行いそのものが花京院をひどく傷つけた。
壊れた恋心は花京院を苛み、零れた毒が心を黒く染めていく。
白い鈴蘭は花弁まで毒に変わっていくようだった。
花京院が日本に戻り、婚約破棄となり、承太郎の再婚を知ってから少しして本人から連絡があった。
携帯の画面に表示された承太郎の名前に涙がぽつりと落ちた。
通話は押されることはなく、そのまま携帯が静かになるまで花京院は画面を見つめていた。
そして、ずっと消せなかったその名前を、花京院はやっと消したのだった。
それでも承太郎からは何度も連絡があった。名前を消してもすっかりと覚えてしまった番号が表示されるたびに苦しくて、結局着信拒否を設定する。
留守電でもメールでも取れる手段の全てを使って承太郎は会いたいと伝えてきていた。
きっと今回の件について謝罪でもしようと思っているのだろうとは思ったが、もう聞く必要があるとも思えなかった。
どれほどの言葉を重ねられてももう何の意味も為さない。
だから連絡を断つ道を花京院は選んだ。財団にももう承太郎からの連絡を受ける気がないことも伝えた。
そして承太郎からの連絡は途絶え、本人がやってくることもない。これで本当に終わったのだと花京院は思う。友人ですらなかったことを噛みしめ、そして全てを振り切って心に沈めた愛を殺した。
仕事に没頭する花京院はすっかりと以前の生活へと戻っていた。
承太郎と再会してからは頻繁に連絡があって二人で食事に行ったりしていたが、それがなくなってしまえばまた一人の生活に戻るだけのことだ。
寂しさを感じる暇もないほどに花京院は仕事を入れていた。
たまには休みをと言われても笑顔で流す。
スタンド絡みの仕事では財団が滞在するホテルも交通手段も用意してくれるので手間が少なくていい。
この日も花京院は用意されていたホテルの部屋へと向かった。
財団で手配するホテルはいつも広くグレードの高いことが多い。それでも今回は何かの手違いではないかと思った。
シングルで十分だと伝えてあったのに、何故か案内されたのはそのホテルのスイートルームだったからだ。それでもこの部屋で間違いないのだと言われ、案内されるままに花京院はその部屋に踏み込んだ。
そして部屋の奥へと進み、何故財団が自分にこの部屋を用意したのかを理解した。
「花京院」
そこには承太郎が立っていた。
一瞬の間を置き、そして瞳に憎悪の炎が揺らめく。
それでも花京院はそれらを言葉に乗せるつもりはなく、黙って踵を返した。
「待てっ!」
引き留める声を後ろに聞きながらも応えるつもりはない。
しかし、扉の前まで戻ったはずの花京院は次の瞬間部屋の中央で承太郎の腕の中に抱き締められていた。
「っ!時を止めたのか!?」
「ああ」
悪びれる様子もなく首肯する承太郎に苛立ちを覚え、その腕から逃れようと花京院が暴れるものの承太郎の腕の力は緩まない。
「何のつもりだ!!」
「こうでもしなけりゃテメェは俺と会っちゃくれねぇだろうが!」
激昂する花京院に負けず劣らず承太郎も感情的になっていた。
「会う必要なんてあるわけないだろ!」
「そんなに、そんなにあの女が良かったのかよ!!」
「君こそあんな真似をするくらい彼女が好きだったんならそう言えば良かったじゃないか!!」
「何だそれ。あんな女に興味なんてあるわけねぇだろ」
「は?」
承太郎の言葉に花京院は耳を疑う。興味もないのに横から手を出して破談に追い込んだのか?そこまでされる理由が分からなかった。そんなにも憎まれるようなことを自分がしたとでも言うのか。
「テメェの結婚をブチ壊せるなら何だって良かったんだ。テメェが選んだあの女、俺が声かけたらほいほい鞍替えしようとしてきたんだぜ?あんな尻の軽い女、結婚なんてしなくて良かったじゃねぇかよ」
「言いたいことはそれだけか?」
蔑みに満ちた承太郎の言葉に花京院の怒りは沸点を越えて感情はむしろ冷えていった。
そんな花京院に承太郎もまた口許に歪んだ笑みを浮かべる。
「いいや、そんなことはどうでもいいんだ。俺が言いたいのはそんなことじゃねぇ」
「君から聞くことなんて何一つない」
「そうだな。テメェの人生に俺は関係ないんだったな。だがな、そんなこと許せるはずがねぇんだよ!!」
拒絶する花京院と何故か怒りに満ちた承太郎。会話は噛み合うことはなく、承太郎はそのまま花京院を部屋に備え付けられた大きなベッドへと押し倒すとその両腕を自らのズボンから抜いたベルトで一纏めに拘束した。
「なっ!何するんだ!!ほどけっっ!!」
「なぁ、俺が何を考えてるか知りてぇか?」
「知りたくもないっ!離せっ!!」
「そうだよな。テメェはいつだって澄ました顔して俺をただの友人だって言っていたからな。俺がどれだけのものを抱えていたかなんて興味もねぇんだろうな」
昏い眼で承太郎が花京院を見下ろす。
拘束した両腕は承太郎のスタンドであるスター・プラチナが押さえた。
空いた両手で承太郎は花京院の首もとに触れた。まるでそのまま縊り殺そうとするかのようなその手の動きに花京院はひゅっと息を飲んだ。
「このまま、この手で首を絞めたら、お前は俺のものになんのか?」
「な、に言って……」
しかし言葉とは裏腹にその手に力が籠ることはない。するりとほどいた手で承太郎は花京院の頬に触れる。そのまま前髪を梳き、耳に触れ、輪郭をなぞるように顎を指の腹で辿るとその唇を親指で柔らかく押す。
そしてその親指を花京院の口の中へとぐっと押し込んだ。
「んっ」
承太郎の長い親指が花京院の舌を捕らえざらりとなぞるとさらに奥へと潜り込ませる。
「んんっ」
喉奥まで触れられて、花京院が思わずえづきそうになるのも構わず承太郎は口内を蹂躙する。
それでも花京院は怒りに燃えた目で承太郎を見返すと、顎へと力を込める。しかしその指を引き千切らんとする動きは押し込まれた親指と残りの指で顎を固定されて閉じきることができなかった。
ちゅぷりと引き抜かれた指から唾液が垂れる。それを承太郎は花京院の目を見据えたまま己の口に含んだ。
「なっ!!」
驚愕に見開いた目から一切視線を逸らすことなく承太郎はゆっくりと自らの親指をしゃぶる。
そしてその親指から腕へと唾液が伝うのに見せつけるように舌を這わせた。
その瞳には花京院への情欲がはっきりと燃え滾っているのに、同時にひどく冷酷な光を宿していた。
「んんっ……っ!!」
一切の言葉もなく、承太郎は身を屈めると花京院の唇に自身の唇を重ねる。
反射的に閉ざそうとした口を再び捩じ込んだ指が阻み、承太郎の舌が侵入する。
呼吸さえ許さないほどの激しい口づけに花京院が身を捩り逃れようとするものの、拘束はほどけることはない。
「んっ、ん、……んぅ」
絡み合う舌がぐちゅぐちゅと音を立て、唾液が溢れて頬を伝う。まるで飲み込もうとするように承太郎は花京院の舌を強く吸い上げ己の口内へと引きずり出す。厚みのある承太郎の舌がぐにぐにと花京院の舌を探っては自分の舌を押し付け、絡ませ、撫でては吸い、食らいつく。
「ふっ、ん、っ…ん……は……ぁ……、ん」
激しいキスの合間に必死に息を繋ごうとするばかりに、鼻からはまるで甘えているかのような吐息が漏れてしまう。
承太郎のキスに翻弄され、耳が拾うのは唾液の混ざりあう淫靡な音と、喘ぎ声にも似た自分の吐息で。
羞恥に拳を握りしめても承太郎は離してはくれない。
それどころかその手は花京院の服の裾から入り込み、その身体を辿り始めていた。
ぐちゅりと舌を抜かれ、その唇が離れたときには花京院の息はすっかりと上がってしまい、理由を問うことも出来ない。
そんな様子に構うこともなく、承太郎は事を進めていこうとする。
頬を濡らす唾液を舐めとり、その首筋に舌を這わす。
ちり、とした痛みが断続的に続き、承太郎が自分の身体に痕を刻んでいることに気づく。
「じょう、たろう、……ちょっと、待って」
しかし花京院の静止を聞き入れようとはせず、承太郎の指は花京院の服を淀みなく暴いていく。
「なん、で。……何で急に、こんな……」
「急に?」
花京院の言葉にそれまで反応しなかった承太郎が顔を上げる。
「テメェは、これを急だと思うのか?」
「それは、だって、当然だろう?こんな……」
「ああ、そうだろうな。テメェにとっちゃ思いも寄らないんだろうぜ。なぁ、いつからだと思う?俺がこうやってテメェを力ずくでも抱きてぇと思っていたのは」
「抱き、たい?」
「はっ。この状況でも分かってねぇのかよ。なぁ、俺はな、ずうっとこうやって無理矢理にでもテメェを抱きたいと思ってたんだぜ?」
「そんな……、嘘だ!!」
承太郎の思いがけない言葉に花京院が反射的に叫ぶ。
そんなはずはない。自身の一方的な思いだからこそ花京院は諦めたのだ。胸を毒で満たし、それでも必死でその恋を殺したのだ。それなのに、承太郎が自分を抱きたいと思っていたなどあり得ない。
「嘘?嘘なんかじゃあねぇさ。俺はな、花京院。あの旅の頃からテメェが好きで、欲しくて欲しくてたまらなかった。なのに、いつだってテメェは澄ました顔で俺を友だと呼んだ。だからせめてお前の望む友人でいられたらと思ったんだ」
「だって、君は結婚したじゃないかっ!!」
「……ああ、そうだ。俺は逃げたんだ。どうにもならないこの感情を捨てちまえるかとそう思って。それに、もしかしたら少しはお前が俺の結婚に動揺してくれるんじゃねぇかと期待もした。馬鹿だよな?どうにもならねぇから諦めたのに、それでもまだお前が少しは俺を見ちゃあくれねぇかと思ってたんだ。横に女を立たせておいてな」
「そんなこと、今さら言われても困る。それにだったら何で今になってこんなことを……」
「はっ。忘れたのかよ。俺は離婚したんだぜ?駄目だったからに決まってんだろうが」
その言葉に花京院は我に帰る。女と結婚して、上手く行かなかったから自分に縋ろうということか。そんな都合のいい話があってたまるか。
静まりかけていた怒りが再び沸き上がる。
「向こうが駄目だったから、今度はこっちって?ずいぶんと薄っぺらい感情だな。そんなものをぶつけられても迷惑なんだよ。さっさと離せっ!」
花京院の怒りに宛てられるように承太郎もまた怒りを深めていく。抑え込んだ花京院の両腕にかかる力は強まり、スター・プラチナの指が食い込む。
「んなわけねぇだろ。結婚しちまえば、お前とは何でもない友人としてやっていえるかと思った。でもテメェは俺の気持ちなんて知りもしないで笑顔で祝って、そしてそのあとも一切の連絡も寄越しはしなかった」
「勝手なことを言うなっ!!連絡を寄越さなかったのは君の方だろう!?結婚して、僕のことなんて忘れていたんじゃないかっ!!」
「忘れられねぇから出来なかったんだろうがっ!!お前を愛していることを忘れるために結婚したのに、どうしても忘れられなかった。会えばきっと取り返しのつかないことになる。平然と俺の結婚を祝うお前が許せなくて、殺してやりたかった。会えるわけがない……」
「…………」
「耐えて耐えて耐えて、それでもお前に会いたかった。必死で我慢してるうちに、家庭になんて興味もなくて勝手に壊れてたんだぜ?お前が壊したんだ」
「っ!!人のせいにするなっ!!」
「ああ。そうだ。俺のせいだ。でもお前のせいなんだよ。再会して、どれだけ俺が嬉しかったか分かるか?気が狂いそうなほどお前に会いたくて、何でもないような顔して笑うお前に俺はやっぱりお前を愛しているんだと思い知らされた。今度こそお前に気持ちを伝えようと思った」
「………嘘だ」
「嘘じゃあねぇさ。友人としてなんて無理だって分かった。お前以外とは生きられない。だから何としても手にいれようと思った。それでもお前に愛されたいとそうも思ったから、少しずつ距離を縮めていこうと思ったんだ。……でも、お前は結婚するんだと言った」
花京院を抑える力とは裏腹に、承太郎が淡々と話す。けれどそこに深い憎悪があることを隠すつもりもなかった。それを聞かされた花京院もまたこれまで抱えてきた憎しみをその瞳に燃やす。
「……そうさ。僕だって結婚しようと思ったんだ。やっとこれで穏やかに生きていけると思ったんだ。なのに君がぶち壊した」
やっと忘れられると思った。これでもう承太郎に囚われずに生きていけると。それなのに、婚約者を奪った男は花京院を愛しているとほざいて自分を組み敷いている。
許せる所業ではなかった。
「今さらテメェを他人になんてくれてやれるかっ!!」
「僕だって愛してたっ!!」
「…………は?」
花京院の叫びを聞き、承太郎が動きを止める。その目は驚きに見開かれている。
「僕だって好きだったんだ。君のことがずっと。頭がおかしくなりそうなくらい、ずっと君のことが……」
伏せた目にうっすらと涙が浮かび、その想いをを口にする花京院を承太郎は信じられない気持ちで見下ろしていた。
「本当、なの、か?」
「そうさ……」
「そう、か……」
途切れ途切れに問いかければ肯定の言葉が返ってくる。それに気を削がれて押さえつける承太郎の手が弛む。
その隙をついて花京院が腕を抜き、承太郎の胸を押す。それに承太郎も抵抗せずに少し体を浮かせた。
承太郎としては花京院の言葉に驚いたのと、想い合っていたという事実に油断したのだろう。状況を考えれば間違ってはいない。
無理やり押さえつけて力ずくで奪うよりも対話によって気持ちを交わすことができるのだから。
けれど花京院は怒っていた。両想いだったなんてことで喜べる心境ではない。
承太郎の背後に現れたハイエロファントグリーンがその両肩を後ろから押さえる。それを承太郎は花京院からの抱擁だと思って振り返ってそのスタンドの顔を見た。
その隙に花京院も承太郎の肩を掴むと、その脇腹に膝を入れたのだった。
「っっ!!!」
組み敷かれた状態から入れた蹴りは踏み込む勢いが足りないと花京院は思ったものの、それでも完全に油断していた承太郎には十分効いた。
「かきょ……」
「何が少しずつ距離を縮めていこうかと思っただ!!何が今さら僕を他人に渡せないだっ!!僕がどんな思いで君の結婚式を見ていたと思っているんだっ!!」
「っ!それは……」
「やっぱり駄目だった?それが何なんだよ!じゃあ上手くいってたんならそのまま僕を諦めていたんだろ!?」
「…………」
脇腹の痛みと、花京院の剣幕に承太郎は何も言えない。
「だったらまた他を試せ!!僕に触るなっ!!勝手に諦めてさっさと結婚して、僕を切り捨てたくせにやっぱり無理だった?知るかっ!そんなことっ!!」
「花京院っ!俺はっ」
「何も聞きたくなんかないんだよっ!!僕はあの時に全部飲み込んで諦めると決めたんだ!」