——色が溢れている、と思う。
最初に通された時、と言うよりも、最初に目が覚めた時と言うか。とにかく最初の記憶では無機質な空間だった。無機質と言うと語弊を与えるかもしれないのでもう少し具体的に言うと、白を基調としたシンプルで清潔感で無駄を省いたデザインの、よく整えられた空間。そこにいる自分も白っぽい病衣を着て身体のあちこちに包帯やらガーゼやらをつけていたからなおのことだ。唯一の色といえばきっと髪の毛だったろうけれど、それすらも顎下で整えられて短くなっていた。
そんな少しばかり寂しさを感じる部屋が。今や溢れんばかりの色に溢れている。
シックなデザインの壁掛け時計に鮮やかな赤のギター、暖かな色合いのブランケットに、ハンガーラックにかけられた種類も色合いも異なる衣類。コバルトブルーのグラデーションが美しい羽根ペンに、戻して戻しても窓際に移される黒いクマ。その他にもこの南極においてどうやって栽培しているのか緑が綺麗な観葉植物に、鮮やかな生花。
これら全て、アヤカ以外のある人物によって整えられていた。まぁそのある人物というのは言わずもがな、かつてのアヤカのサーヴァントであり、なんやかんや紆余曲折を経て再会を果たし今も共にいるリチャード一世その人であるのだけれど(ちなみにこの色溢れる部屋は、未だに高頻度で新たな色が増えていくのは余談である)。
さて、そのアヤカの自室内。件の彼は今現在席を外しており、アヤカはひとり、コバルトブルーが美しい羽根ペンを初めとする小物を、テーブルの上にずらりと並べ眺めていた。
置物から何に使うのか用途の分からないものから、身に着けるもの。多種多様なそれらの多くは身に着けるもので、その中でも肩に触れるほどの髪をまとめるのに丁度よく使用頻度の高い髪ゴムを手に取る。シンプルな黒いゴムに赤い石の飾りが付いたそれは、主に彼女が厨房のヘルプに入る時に使っていた(とゆうよりもアヤカが厨房に行き始めてからリチャードが手渡してきたものであるとは余談その2である)。使う頻度が高いからか少しばかり草臥れてきたゴム部分の状態を確認してから、それをそっとテーブルに置く。そのままアヤカは、中央に置いた小箱に手を伸ばした。
手のひらサイズの、シンプルな桐の箱。
かこりと小さな音を立てて蓋を開ければ、現れたのは、銀細工の髪飾り。息を飲むほどに美しく繊細で、可憐な花弁を持つ花が連なるそれは、そっと溶け込むようにして青い瞳を持つ小鳥が紛れていた。
これを手渡された日のことは、きっとこの先何があっても忘れないだろうとアヤカは思っている。あの時以上の星月夜が美しい夜は、この先二度と訪うことはないだろうとも。
壊れ物を触れるようにして、そっとアヤカは髪飾りを小箱から取り出した。僅かな重みのある、ひんやりとしたそれ。確かな腕の職人が作ったであろうそれは美しく、冷たい光を放つ銀細工でありながらもどこか暖かみを感じる品だった。その輪郭を、指先でなぞる。花弁のひとつひとつに触れて、小鳥の身体に触れる。この美しく繊細で暖かな髪飾りを、アヤカは実の所一度も着けたことがなかった。
気に食わない、訳ではない。
むしろ反対で、この髪飾りはリチャードから貰った日の出来事も伴いアヤカの中で何よりも大切な物だった。
──大切すぎて、着けられない。
そう、大切すぎて。傷を付けたくなくて、ほんの少しも損ないたくなくて。尻込みをしていた、というのが正しいだろう。今こうして箱から出し手に持つのも、落としたらどうしようと緊張する程だ。
小さな卓上ミラーの前で、アヤカは恐る恐る髪に当ててみた。陽に透けるような金髪に、繊細な銀細工はよく映た。差し色……にしては控えめだが、サファイアの輝きを放つ小鳥の瞳がキラリと光る。
「……可愛い」
ぽつりと。ほぼ無意識と言った声音でアヤカがそう独りごちた時。
「何してるんだ?アヤカ」
突如として真横から聞こえてきた声に、アヤカは素っ頓狂な声を上げることになるのだった。
「うひゃあ!!!あっ!!」
10cmばかり飛び上がり、驚きから手に持っていた髪飾りを手放してしまう。このパターンはデジャブだ、等と思う暇はなく。無情にも重力に従い落ちていく髪飾りの軌跡を咄嗟に追って、手を伸ばす。しかし自重からか落ちる速度の早いそれは、残像だけをアヤカに残し重い音を立てて床に叩きつけられる──直前。
「おっと」
軽い声とぱしりとこれまた軽い音を立てて、髪飾りはリチャードの手に受け止められるのだった。少しばかり中腰になったリチャードは、受け止めたそれにきょとんとしている。姿勢を正したリチャードから両手で受け取ったそれは当たり前に無傷で、アヤカは心底からホッとする。
相も変わらず霊体化しては壁を抜けて現れる男に腹立たしさを感じないでもないが、今はそれ以上に安堵が勝っていた。手の中に戻ってきたそれを今度こそ落とさないようにと、アヤカは慎重に木箱に戻した。そこで初めて振り返り、アヤカはリチャードに顔を向けた。そこに居るのは変わらず不思議そうな顔をしている見慣れた男で、彼はアヤカの一連の動作を静かに見守っていたらしい。
「ありがとう……落としちゃうかと思った」
「礼には及ばないさ。俺も驚かせてすまなかった……何をしていたんだ?」
言いながら、リチャードはテーブルの上に目をやった。そこに並べられているのは、彼にとっても見知った品々。その中でも目を引くのはやはり先程自分が受け止めた髪飾りで、しかしそれをアヤカが取り出すのを見るのは初めてだった。カルデアに保護される前に切られた髪に合わせる形で顎先程に短く切り揃えられた髪に触れるアヤカに、彼女の髪に似合うと贈った髪飾り。
今日は終わりまーす!!
ありがとうございました〜🙌🙌🙌