「だったらまた他を試せ!!僕に触るなっ!!勝手に諦めてさっさと結婚して、僕を切り捨てたくせにやっぱり無理だった?知るかっ!そんなことっ!!」
「花京院っ!俺はっ」
「何も聞きたくなんかないんだよっ!!僕はあの時に全部飲み込んで諦めると決めたんだ!」
「待ってくれ!そんなこと俺は知らなかった!」
承太郎が一人でその想いを抱えて結論を出して結婚を選び失敗したように、花京院も同じ想いを抱えて結論を出したことなど知る由もなかった。
人の身で、自らの想いを抱えるのに精一杯なただの男でしかない承太郎にとって、それを理解して行動しろと言うのは無茶と言うものだ。
だが、花京院も自分の気持ちを抱えるのに手一杯で承太郎を思いやることは難しい。
どんな理由があったにせよ、その結婚を見届けた時に刻まれた傷は深く痛い。
それでも必死で堪えて抉れた心から目を逸らして生きてきたのだ。そうしてようやく穏やかに悲しみを抱えて生きる道筋を見つけたのに。
それなのにその道は承太郎の身勝手さに閉ざされた。また選ばれないという傷を与え、そのくせ最初に自分を捨てた男があり得ない独占欲をぶつけてみせる。
そのことに怒りと混乱で滅茶苦茶になった花京院が承太郎の想いを素直に受け取れるはずがない。
また、自分も同じことをしようとしていたとはいえ、承太郎は既に一度自分ではない誰かを選んだのである。
どれ程自分を好きだと言ったところで他の人を選び、その手に抱いた事実は消えない。
力ずくで花京院を抱こうとしたその手は既に誰かに触れている。
そんなことを具体的に連想したわけではなかったが、それでも花京院の中に渦巻く憎悪は承太郎が誰かを選んだことをひどく責め立てていた。
「君がっ、どう思ってたかなんて僕だって知らないっ!でも、君は僕じゃなくても……」
「違うっ!!お前じゃなきゃ駄目なんだ!!俺はお前を傷つけたくなくて、でもきっとあのままじゃあ酷いことをしてしまうとそう思ったから……」
「でも、僕がどんな気持ちで君の結婚式を見ていたと思う?どうやって君を忘れようと……」
ぽたり、と涙が落ちる。
何度も一人で泣いた。忘れたくて、忘れられなくて、愛しくて、悲しくて。
抱えた傷を一人で舐めて、孤独を噛み締めた。それでもやっぱり花京院は承太郎を愛していた。
差しのべられた手が花京院に触れる。
先程までの荒々しさは消え、まるで触れた瞬間に砕けて消えてしまうのではないかと怯えるように、その指先は震えていた。
「すまん……。お前は俺のことなんてただの友人だとしか思っていないのだと……。お前に嫌われたくなくて、自分を守ろうとした臆病さがお前を傷つけるだなんて思いもしなかったんだ……」
濡れた睫は伏せられて、花京院はまだまっすぐに承太郎を見ることができない。
それでも怒りが静まり、悲しみが空気を満たすのを感じ、承太郎は指先でその涙を拭うとそっと抱き締める。
びくりと小さく震えた体は、しかし拒絶を示さない。
「好きだ。ずっと、好きだった。勝手だってことも、傷つけたことも謝りきることもできねぇのも分かってる。それでもお前が好きなんだ」
「…………」
「頼む、花京院……」
弱々しいほどに懇願する承太郎の言葉に、花京院が拒絶できるはずもない。
恐る恐るその腕が承太郎の背に回され、縋るように指が服を握りしめる。
「この先一生お前だけだ。だから、頼むから、俺と生きてくれ」
「……君を、許せない。……それでも、僕だって、君が、好きなんだ」
腕の中の花京院がひどく小さく感じる。
必死で目を逸らしてきた傷を突きつけられて花京院の涙は流れ続ける。
でも手にした温もりを手放すこともできず、自らの過ちを思う。
承太郎を責めながらも、自分もまた踏み出す勇気を持てなかったのだ。どちらかがもっと早くその勇気を持てていたら、きっとお互いにこんなに苦しい思いを抱えることはなかったのだから。
「僕も、君としか生きられない。だから、もし君が僕をまた捨てるなら、僕はきっと……」
その胸に咲いたのは小さな鈴蘭の花だった。白く可憐な恋は毒を持つ。
「お前を捨てることは絶対にあり得ない。むしろ、お前の方こそ俺から逃げる時は覚悟してくれ。俺はお前を手放せない」
花京院は知らない。承太郎もまたその胸に苛烈なまでの花を抱えていることを。
壊すことを恐れるように触れた指は、今度はまたその腕から逃がすまいとするように力が籠る。
縋るように腕の中にいた花京院も自分だけのものだと確かめるように強く抱き締める。
どちらからともなく唇は重なり、永遠の契約を交わすようにキスをする。
「花京院、愛してる」
「承太郎……、僕も」
ひどく遠回りをしながら、やっと想いを伝えあうことが出来た二人。
とはいえ、花京院はやはり承太郎をゆるしてはいなかった。
とさり、と承太郎がベッドに花京院を押し倒しすと花京院の目がすっと細められた。
「承太郎?言っておくけど、さっきの続きをしようとしてるなら許さないよ?」
「…………」
まさかのストップ。いや、そういう雰囲気だっただろ……。そう思いはするものの言えるはずがない。
「誰を触ったかわからない手で僕に触れようって?」
「いや、それは……」
「結婚年数分、我慢しようか?」
「ちょっ!?待ってくれ!!確かに俺は結婚はした。でも何もしてねぇ!!」
「いや、嘘をつくならもう少しマシな嘘つきなよ」
お預けされて、さらにそれが年単位となりそうな承太郎は必死だった。しかしバツイチ男が何もしてませんは無理があるだろう。
「嘘じゃねぇ!確かに結婚はしてそういう流れにはなった。でもできなかったんだ……。お前の顔がちらついて、女に触ってもお前はどうなんだろうと、どんな顔でどんな声で喘ぐのかって」
「っ!!」
「肝心な時に使いものにならなかった。その後も何度か相手からは迫られたが駄目だった。そのうち面倒になって家にも帰らなくなって離婚だ。離婚の理由は俺が家庭を顧みなかったからだが、それにはレスも含まれる」
「……本気か?」
「こんなことで嘘なんかつくか」
正直、信じられる話ではない。それでも承太郎がここで嘘をつくとも思えなかった。
「と、りあえず、僕も君も、今日は混乱の極致にあると思う。ひとまずここは仕切り直すことにしよう」
「オイ、ちょっと待て」
承太郎の言葉を改めて理解した花京院は真っ赤になった顔を片手で覆うともう片方の手で承太郎の胸を押し返して逃れようとする。
しかし承太郎もここまできて引き下がれない。
感情は乱高下して、お互いにもう自分がどういう状態かもよく分からなくなっていた。それでも今が最後の追い込みだということは本能で理解した。
「俺は花京院、お前じゃなきゃ駄目だって言ったよな?俺が間違えてお前を傷つけたことも理解した。だから、俺がどれだけお前を愛しているのか証明する必要があると思わねぇか?」
承太郎の胸に添えるように当てられた花京院の左手を取ると、その瞳を射貫くように見つめながらその手に口づける。
「えっ、と……。整理する時間が、いると思う……」
「いーや、どれだけ考えたって意味なんかねぇだろ?俺たちはお互いに考え過ぎてすれ違ったんだからな。ここはきっちり理解を深めようじゃあねぇか」
「いや、ちょっと!無理、無理だって!!」
その後二人は正式にお付き合いを始めたのだが、対話による理解か肉体言語による相互理解かは二人だけが知ることである。