初めて見るはずなのに、知っている光景。うおおおおん、うおおおおおんと遠く低く響く、風のうなり。
赤い空。茶色の砂塵。歪んだ姿の人々。そして――。
「行け。それがお前の使命だ」
大きな翼を背負った、金色の髪と赤い瞳を持った人。上級天使。
彼は実体ではない。その傍らにある赤い球体、感覚球から映し出された映像だ。
そして、彼が姿を消した後には、大きな銃が残されていた。いつものように。
こうして彼の導くまま、この銃を背負って、僕は砂塵の向こうにそびえ立つシエルエットを目指して歩いて行く。
神経塔。
直線と曲線の入り混じった異様なフォルムのその塔に向かってこうして歩いていくのは、もう何度目だろうか。
[[rb:前回 > ・・]]の最後の記憶が断片的にフラッシュバックしてくるのにももう慣れてしまった。
腹のあたりをかすめたと思った異形の刃は、しっかり僕の腰のあたりを裂いていた。上半身を失って倒れる自分の下半身を、他人事のように冷めた死に際の思考で眺めていたのを覚えている。
そして僕は、今こうして、何事もなかったかのように、前と同じようにここにいて、こうして大きな翼を持つ天使に導かれるままに、大きな銃を背負って神経塔へと向かう。
僕には、なにもない。
こうして重く巨大な銃を背負っていても、その重さはどこか遠い。自分の死すら、僕にはもう重大な出来事ではなくなってしまっていた。自分の肉体でさえ、自分のものではなくなっている気がする。
ただ――ただひたすらに、無い。僕には、なにも。
いちばん大切なものを失うことを「半身を失ったようだ」と表現するけれど――僕は実際に、自分の半身を、自分の半分を失った。
今の僕になにもないのは、兄さんを失ったからだ。文字通り自分の半身だった兄さんを失ったからだ。ここに残っている僕は、人間一人分の虚無を抱え、それに飲み込まれそうになっている哀れな一人の囚人だ。
そんな事を考えながらも、僕の足は前と同じように、そしていつものように神経塔へと向かう。
神経塔。その最下層には神がいると、あの大きな翼を背負った天使は言う。塔のもっとも奥底には狂った神がいて、その神をこの中で撃ち抜くことで正常化できると。
そうすれば神の力でこの世のすべての歪みは取り除かれ、すべての欠落は完全に補完されるという。もちろん、かつて失われた自分の半身である兄も。